「おぅ!銀次居るか?」 「あっ…蛮さん。いらっしゃいませ」 銀次が笑顔で蛮を出迎えるが、蛮はズカズカと銀次の傍まで歩みよるとポカリと頭を叩いた。 「痛ぁい…」 「だから、俺のことは蛮ちゃんと呼べっつってんだろ!あと敬語は止めろ!何遍言わせりゃ気が済むんだ・・・」 「だって…ついクセで…」 「クセならつけるな!そう言うクセをつけろ!」 「そんな…むちゃくちゃなのです…」 銀次は叩かれた場所をさすりながら、上目遣いで蛮のことを見つめた。 蛮は蛮で銀次の体調が退院日まで決定しているほど良好なのを知った途端、容赦なく手荒に扱っていた。 「あらあら…以前の二人の会話と変わらないじゃない♪」 そこへヘヴンが花束を持って病室に入ってくる。 そんなヘヴンに対し、うるせぇとは言いつつも、蛮自身も内心とても嬉しかった。 銀次は何ら変わらない―仕草だって変わらない。 嬉しいときに見せる笑顔だって変わらない―悲しいときに見せる涙だって変わらない。 声だって… 確かに蛮と話すときの敬語はまだ完全には取れないし、多少遠慮がちな所もあるが、 蛮が普通に接してくれるから、銀次は蛮に対し既に安心感を感じていた。 だから銀次にも、いつの間にか蛮が来るのを待っている自分が居ることも分かっていた。 「ねぇねぇ、昨日の続き話して♪蛮ちゃんさんv」 銀次が蛮の方へ身を乗り出す。 「だからっ!“さん”は止めろっつってんだろ!決めた!今度から“さん”付けしたら話してやんねぇ〜」 「え〜…そんなぁ…」 悲しそうな瞳を浮かべる銀次。 「ちょっと蛮クン。そんな意地悪しちゃ銀ちゃんが可哀想じゃない…」 「うるせぇ!コイツには荒療治が必要なんだよ!」 そう言いながら煙草を銜える蛮。 すると―。 「あっ…ダメだよ、此処は禁煙だよ。蛮ちゃん」 「えっ…今なんつった?」 「禁煙だよ」 「そのあと!」 「…蛮ちゃん」 「やれば出来るじゃねぇか!よく出来ました♪」 蛮が笑顔で銀次の頭を撫でてやると、銀次は嬉しそうにえへへと笑った。 「んじゃ…昨日の続きな。……と、何処まで話したっけ?」 「んとね♪昨日はね♪」 そう―蛮は銀次が記憶を失う前の話を毎日しに来ていた。 そして銀次はその全てを頭に吸収しようと一生懸命聞いていた。 それは決して義務感からではなく、銀次自身も蛮が話してくれる自分との思い出、 そのひとつひとつがどれも新鮮で嬉しくて…だから目を輝かせて聞いていた。 蛮と銀次の出逢いの事―奪還という仕事の事。 今まで関わってきた沢山の人の事―二人で住んでるアパートの事。 その全ての事を話してきた。 そう…たったひとつを除いては… 「じゃあ蛮ちゃんとオレは奪還屋って言う仕事のパートナー同士だったの?」 「あぁ…オレとお前はダチだ。それも一番仲の良い…まぁ相棒ってヤツだ」 「そっかぁ…相棒かぁ…じゃあいつも相棒に来てくれて本当にありがとうねv」 銀次が満面の笑みで微笑む。 そう。蛮は自分と恋人同士だったと言うことだけは銀次には教えていなかった。 伝えたくても伝えられなかったのだった… 「どうして銀ちゃんに本当のことを言わないの?」 帰り道、ヘヴンに聞かれ蛮は思わず言葉を詰まらせた。 だが、ヘヴンが言っている意味が分かっているくせに、蛮はワザと話を逸らした。 「…言ってんじゃねぇか」 「違うわよ。もう、蛮クン分かってるんでしょ?私が言っている意味…どうして銀ちゃんに…」 「言えねぇよ!」 思わず怒鳴ってしまった事で、蛮は跋が悪そうに遠くを見つめた。 ヘヴンは自分と銀次のことを心配してくれているんだと言うこともよく分かっていた。 だから今度は静かな口調で話し出した。 「言えねぇんだよ…」 「どうして?」 「だってよ・・アイツは今、記憶が無くてただでさえ不安だってのに、 “オレとお前はパートナーでもあるけど 実は恋人同士です”……なんて言えるワケねぇっつーの。今のアイツにとって多分オレは、唯一安心できる ヤツなんだよ…。もし本当の事を言っちまって、アイツを縛りたくないから…アイツの居場所を奪いたくない から…だからこれで良いんだよ。オレはアイツを困らせたくねぇんだよ」 蛮はフッと寂しそうに微笑んだ。 「だからお前も余計なこと言うんじゃねぇぞ?」 「分かってるわよ…でも蛮クンって…」 「なんだよ」 「銀ちゃんには本当に優しいのね♪それ程愛してる…って事?」 「うるせぇ!」 「でも…この先もずっと本当のこと、言わないつもりなの?」 蛮はヘヴンの問いかけには答えず、空の飛行機雲の帯を見つめていた。 それがYes―という蛮の答えだと言うことをヘヴンは解釈したのだった。 それから10日程経ったある日。 東京で今年一番の寒さを観測した日。 蛮に迎えられながら、銀次が元気よく退院したのだった。 |
××続××