貴方を愛した記憶 PageT
何故俺は、アイツのコトを死ぬほど愛しているのに
そのことをあえて口にしなかったのだろう。
伝える時間は沢山あったのに…
それは冷たい雨が降り続いていた日のことだった―
「じゃ、蛮ちゃん。またあとでねv」
ホンキートンクの前で銀次が笑顔で言うと、蛮がぶっきらぼうに答える。
「おぉ…あとでな」
例えぶっきらぼうに答えようとも、蛮のことなら銀次は何でも分かっていた。
蛮に愛されていることだって銀次は分かっていた。
だから銀次は満面の笑顔で蛮に向かって手を振った。
そう…今日は二人は別行動だった。
銀次はマクベスに用があるからと言って無限城に行くことになっていた。
勿論銀次は蛮も誘ったが、当然の事ながら蛮は一緒には行かなかった。
「そんなトコ行くんだったらパチンコの方が百倍もいいぜ!」
蛮が答えると銀次は笑って言った。
「あはは、やっぱり!蛮ちゃんならそう言うと思ったv」
「…何だよ。この俺サマが銀次如きに思考を読まれるほど単純だってのか!?」
「違うよぉ♪オレが分かるの…大好きな蛮ちゃんのことだから…」
恥ずかしげも無くサラリという好意の言葉。
蛮は嬉しいはずなのに、いつも逆のことを言ってしまう。
「お前、そんなしょちゅう『好き』『好き』言ってて飽きねぇのか?」
「飽きるわけないじゃんvそれにオレは伝えたい時に伝えてるだけ…」
銀次が幸せそうに微笑む。
その微笑みが綺麗で愛おしくて…蛮は思わず銀次を抱きしめる。
これが蛮なりの好意の現れ―
好きだという代わりに抱きしめる―それが蛮なりの愛の証。
そんな素直じゃない蛮の愛し方、愛され方も銀次は知っていた。
だから『好き』と言う言葉を特には欲求しなかった。
それだけでも充分幸せだったから―
蛮は銀次の前髪から滴り落ちる雨粒を優しく拭った。
それからもう一度愛を込めて銀次のことを抱きしめた。
だが、愛を込めて銀次を抱きしめることが出来るのが最後になるとは、この時の蛮には思いもよらなかったのだ。
そして、蛮の元に連絡が入ったのは、それからしばらくたってからの事だった。
『そろそろ無限城を出るから、もうすぐそっち行くねv』
と、マクベスの携帯を借りて、銀次が電話をしてきたのは2時間も前のこと。
「無限城から此処まで来るのに2時間も掛かるわけねぇだろ!一体何処で寄り道してやがンだ、あのアホ銀次は!」
蛮の傍にある灰皿に吸い殻の山が出来ていく。
「蛮さん、吸いすぎだよ?」
その灰皿を見て夏実が新しい物と取り替える。
「そんなに気になるならお前も一緒に行けば良かったのに」
波児の言葉に蛮のこめかみがピクリと動く。
「し〜っ!マスター、それは禁句。蛮さん、銀ちゃんがみんなで楽しく話しているのを見るとヤキモチ妬いちゃうから…」
夏実が口に人差し指を当ててし〜っのポーズをしてから、波児に小声で話しかける。
「聞こえてんだよ!第一あんなヤツにヤキモチなんか妬くワケねぇだろ!」
蛮は益々不機嫌になりながら新しい灰皿にも吸い殻の山を作っていく。
その姿を見て波児は、はぁっと小さく溜息を吐いた。
「銀次が早く帰って来ないと、蛮が肺ガンになるのも時間の問題かもな…」
「あっ!じゃあ銀ちゃんは蛮さんの肺ガン予防に役立っているんだね♪」
二人がからかうように言うと蛮はチッと舌打ちをし、煙草の代わりに珈琲を流し込んだ。
その時だった―
カウンターに置いていた蛮の携帯が突然鳴った。
「銀次じゃねぇのか?」
波児の言葉に蛮も顔には出さないが、嬉しさを隠しながら電話に出た。
だが―
「銀…」
蛮が銀次の名前を呼ぼうとした時、相手からの声が聞こえてきた。
『此方、美堂蛮さんの携帯ですか?』
「あぁ。俺が美堂蛮だが……アンタは?」
銀次じゃないと分かった瞬間、おもむろに声のトーンが低くなる分かりやすい蛮。
だが次の瞬間、蛮の表情が一気に変わった。
波児と夏実は蛮が誰と喋っているのか、一体何が起きたのかが全く分からなかったが、
蛮の口から出た消えてしまいそうな一言だけは聞き逃さなかった。
「……銀次が………事故?」
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