君を守るため





波児と夏実が買い物に行って留守のため、店番を任された蛮と銀次(…といっても蛮は何もしていない)の元に、
卑弥呼が瓶に入った綺麗な色をした液体を持ってやってきた。






 「素直香〜!?なんだそのベタな名前は」
 「ベタで悪かったわね!」
その『素直香』 とは、卑弥呼が新しく開発した毒香水のひとつらしい。
 「とにかくこの香りをかげば、どんな奴でも素直になれる…まあ一種の『自白香』みたいなものね。
 まだ試作品段階なんだけど…嗅いでみる?」
 「けっ!冗談じゃねえよ!」
 「そうね…素直なアンタって気味悪いしね」
 「…けっ、言ってろ!」
 「じゃあ私そろそろ帰るわ…波児さんによろしく」
 「おぉ」
 「気を付けてね〜、卑弥呼ちゃんv」
波児の代わりにカウンター内に立つ銀次が、笑顔で見送った。
その時だった―






 「おう、店番ご苦労さん」
 「留守番ご苦労様なのだ〜v」
 「キャッ!」
買い物から帰ってきた波児と夏実と卑弥呼。3人が入口付近でぶつかってしまった。
そしてその拍子に持っていた『素直香』を落として割ってしまう。
パリンと言う瓶が割れる音と共に店中に広がる甘い香り…
 「あ〜…いい匂いだね〜、蛮ちゃんv」
 「バカ!嗅ぐんじゃねぇ、銀次!」
だが、時すでに遅し…蛮も思いっきり嗅いでしまった。
 「ちっ、卑弥呼!早く『解毒香』寄こせ!」
蛮が脱皮の如く卑弥呼の前に手を差し出す。だが卑弥呼はその手から視線を逸らした。
 「それが…」
 「それが?」
 「今、一緒に割れちゃった」
 「何ィ!だったら急いで持ってこい!」
 「何よ!威張らないでよ!分かったわよ、持ってくればいいんでしょっ!」
プリプリしながら卑弥呼が帰っていく。
…が、やはり自分のせいだからであろうか。それとも『素直香』の力だろうか?
怒りながらも卑弥呼は素直に『解毒香』を取りに家へ戻った。


 「一体…何だったんだ今の?それにこの香りは?」
何も状況を把握していない波児が不思議そうに聞いてきた。
 「ん…まぁ気にするな。害はない」
―よな?素直になるだけだし
そう思いながら、蛮は再びカウンターに座り直した。
 「とりあえず波児、コーヒーな」
 「またツケかよ…」
いつもの会話だった。だったはずなのだが―




 「いつも本当にワリィな波児…マジで悪いとは思ってるんだよ。払うつもりはあるんだケドよ」
そう言った途端、慌てて口を塞ぐ蛮。余りの素直な蛮の言葉に波児と夏実は唖然としている。
だが、銀次はひとり状況を知っているため、くすくすと笑っている。
 「お、おい…蛮?今、お前…謝った…か?」
震えながら指差し、問いてきた波児。蛮は一気に赤くなり、頭を掻くと席を立った。
 「行くぞ!銀次」
 「えっ!?でも卑弥呼ちゃんが戻ってくるから、このままここにいた方がいいんじゃない?」
 「戻ってくる頃にまた来りゃいいんだろ。このままここにいたらもっと余計なコト言いそうなんだよ!」
そう言いながら、蛮は逃げるように店を出ていった。そして、その後を追うように銀次も慌てて店を出た。






ひとまず2人は公園に避難した。そして此処でしばらく時間を潰すことにした。
するとベンチに座った途端、銀次がくすくすと笑い出す。
 「なんだよ?」
 「だ、だって蛮ちゃんが謝ったときの波児と夏実ちゃんのビックリした顔が可笑しくて…
 でもホントは蛮ちゃん、いつもあんなこと思ってたんだ…素直な蛮ちゃんも可愛いねv」
そう言いながら瞳に溜まった涙をふき取る銀次を、当然の如くに蛮は殴った。
 「痛〜い!なんで殴るの〜?」
 「お前笑いすぎ!…それにまぁ、あれだ。好きだからいじめるってヤツ?」
そう言ってから、慌てて再び口を塞ぐ蛮。
 「えっ?今、蛮ちゃん…なんて言ったの?好きとか聞こえたんだけど?」
 「だああぁぁぁっ、うるせぇっ!ちくしょ〜!素直ってなんてメンドくせぇんだ!」
 「逆ギレしないでよぉっ!」
銀次が反射的に頭を押さえようとすると、蛮はハアッと大きく溜息をつくと銀次の頭を優しく撫でた。
 「…まあいいや、銀次。前からずっと言おうと思ってたけど照れくさいし、
 別に改まることでもねぇから今まで言わなかったけど、この際だ…お前に言いたいことがある」
 「なあに?」
 「言っとくが、今から言うことは『素直香』の力で言わされてるんだ。それだけは肝に銘じとけ!」
 「蛮ちゃん、前置き長いよ?」
 「うるせぇ…いいか?1度しか言わないからよく聞けよ!」
 「うん」
 「俺達は多分これからも危険な目にたくさん遭うと思う」
 「うん」
 「でも俺は、お前を守るために生まれてきたと言っても言い過ぎじゃない…と思う」
 「…蛮ちゃんv」
 「俺は、銀次…お前に会えてよかったと…その、マヂで思ってる」
そう言うと赤くなって明後日の方を向いてしまう蛮。
銀次は今まで見せた中でも最高の満面の笑みを浮かべた。
 「うんっ、うん!オレもっ、オレも蛮ちゃんに会えてよかったvホントに良かったv」
蛮は銀次をそっと抱きしめた。そして銀次は嬉しそうに蛮の胸に顔を埋めた。
2人ともこの上なく幸せそうに…

 「まあこんなに素直になれたのも 『素直香』 の力だな」

 「じゃあ、卑弥呼ちゃんサマサマだねvv」






その時だった―卑弥呼が2人に近寄ってきた。
 「持ってきたわよ」
 「あっ!卑弥呼ちゃんvわざわざここまで届けてくれたの?」
 「まあね。私もちょっとは悪いかな?と思ったし」
 「ちょっとドコじゃねえよ!」
 「まあまあ蛮ちゃん、いいじゃん…だってほら、このおかげで…ねっv」
銀次の瞳が先ほどのことを匂わせている。
 「…だな。もういいから早くよこせ!卑弥呼」
蛮が卑弥呼の持っている『解毒香』をぶんどろうとした。


ところが―


 「渡しても良いんだけど、実はね…この『素直香』は試作品だから15分くらいしか効き目が無いのよ」
 「へっ?」
蛮が珍しくとぼけた声で聞き返す。
 「だから、もう効果がとっくに切れてるはずなのよ。それでも『解毒香』嗅ぐ?」
卑弥呼の最後の言葉は、既に蛮の耳には届いていなかった。
 「じゃあ…今のは…」
 「『素直香』が言わせたんじゃない、蛮ちゃんの…本当の言葉?」
青くなりながら振り返ると、銀次がぱあ〜っと嬉しそうな微笑みで蛮を見つめた。
それとは全く真逆で、青かった蛮の顔が今度はみるみる赤くなっていく。
 「だあああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
蛮の声が公園中に響いたのだった。








End