Happiness Rain





梅雨―毎年この時期になると、雨の天気が続く。
ヤクザも避けて通る裏新宿とて、それは何ら変わらない。
天野銀次は天気が晴れだろうと雨だろうと、相も変わらず元気100%だ。
『晴れの日には晴れの日の、雨の日には雨の日のそれぞれ良い所がある』
これが銀次論だ―だが、美堂蛮は違った―雨が大嫌いだったのだ。






この日も朝から雨だった。

雨が降っている事で外に出るのも億劫になってしまっている蛮は、楽しそうに隣に座っている銀次とは正反対に、イライラしながら銜えていた煙草を灰皿に押しつけた―
かと思ったら、再び取り出した新しい煙草に火を付ける。どうやら蛮のイライラと煙草の本数は比例するらしい…
 「もうっ!蛮ちゃん、吸いすぎっ!」
銀次がぷうっと頬を膨らませた。
 「るせぇな。文句があるなら天気に言えっ!」
無茶なことを言う蛮。
 「…どうして蛮ちゃんはそんなに雨が嫌いなの?」
不思議そうに小首を傾げる銀次を横目でちらっと見ると、蛮は小さく呟いた。
 「雨降ってンと、外出るのも面倒だし、…………だからだ」
 「えっ!?」
最後の言葉があまりに小さくて聞こえなかった銀次は、もう一度蛮に聞いた。
 「最後、なんて言ったの?蛮ちゃん…」
 
「だから、雨だと湿気で髪が上手く立たねぇんだっ!」
そう言われてみれば梅雨の間、蛮はずっと髪を下ろしていた。その事を思い出し、ポンッと手を叩く銀次。
 「なんだぁ…そんな事?」
 「なんだぁとは何だよっ!だから言いたくなかったんだよ…くだらねえし…」
気恥ずかしそうにポリポリと頭を掻く蛮を見つめると、銀次はにっこりと笑った。
 「でもオレ、髪下ろしてる蛮ちゃんも、髪を立ててる蛮ちゃんも両方好きだよv」
 「俺は嫌なんだっ!」
 「なんで?」
 「…ガキっぽく見えるじゃねえか」
そう言っている蛮の顔は少し赤かった。銀次はそんな蛮が可愛く見えて、くすくすと笑った。
 「お前…なに笑ってンだよ」
蛮が軽くデコピンすると、銀次はますます笑った。






 「んじゃ、お前は何で晴れも雨も好きなんだ?」

煙草替わりと言う理由でキスを贈りながら、蛮は銀次に聞いた。
 「だってさ…♪」
その問いに、銀次は嬉しそうに答えを口にした。
 「晴れの日だと、蛮ちゃんとお出かけ出来るしさ♪」
 「…んじゃ、雨だと?」
その問いに、銀次はますます嬉しそうに答えを口にした。
 「雨の日だと、お部屋でゆっくりこうして蛮ちゃんと過ごせるからvだから晴れでも雨でも大好きv」
そう言いながら蛮に寄り添い、笑顔を向ける銀次。
―相変わらず可愛いヤツ
蛮はお礼を込めたキスを銀次の額に贈ると、照れを隠すように再び煙草を手に取った。すると―
 「あ…」
 「どうしたの?」
 
「終わっちまった…」
蛮は、はぁっと小さく溜息を吐くと、煙草の箱をくしゃっと潰し、ゴミ箱へ向けて投げた。
潰された煙草の箱は放物線を描きながら、見事にゴミ箱の中へと吸い込まれていった。

 「もう、蛮ちゃんいっぱい吸うから……買い置きとか無いの?」
 「……ねえ!ちっ…めんどくせえが行って来るか」
蛮が渋々ソファから腰を上げた。
 「じゃ、オレも行くv」
蛮に続いて銀次が元気よくソファから立ち上がった。
 「駄目。お前は留守番」
 「え〜っ!なんで〜!?」
その言葉に銀次が不服そうに頬を膨らませた。
 「お前が来ると、いっつも余計なモンまで買うから駄目だっ!家に居ろっ!」
 「う゛〜…じゃ、買うのガマンするからさv」
そんな銀次の言葉を無視するように蛮はベランダを開けると、手を差し出し天気の様子を見た。
 「今なら…丁度雨上がってっから、走って行って来っか…じゃあな」
蛮はそう言うと途中まで着替えていた銀次を置いて行ってしまった。
 「あ〜っ…蛮ちゃん、待ってよぉっ!もうっ、一緒に行こうって言ったのにぃ…」
銀次は閉まってしまったドアを見ながら寂しそうに呟いた。
 「傘だって置いてっちゃったしさ…」
寂しそうに呟く銀次の視線の先にあったのは、蛮の傘だった。






 「あちゃ〜…やっぱ降って来やがったか……」
蛮が恨めしそうに梅雨空を見上げた。
 「ま、しゃーねーか。走って帰るとするか」
蛮が意を決してコンビニの軒下から出ようとした時だった。
道の向こうから歩いてくる人影―見覚えのある青い傘―そしてワンポイントで付いている黄色い笑顔のカエル。
その傘の下から現れたのはそう、銀次だった。
 「あ…」
その蛮の呟くような小さな声に気が付いた銀次が顔を上げた。
 「あっ!蛮ちゃんv」

銀次が蛮めがけて走り寄ってくる。
 「蛮ちゃん、やっぱりこっちのコンビニだったんだねv」
そう言いながら銀次が傘の下から満面の笑みを蛮に見せた。
 「お、おぅ…よく分かったな。こっちだって…」
 「最初にね、近くのコンビニに行ったら蛮ちゃん居なかったから、こっちかなって思ってv」
そう言うと銀次は傘をすぼめ、蛮の隣に立った。
 「迎えに…来てくれたのか?」
そんな蛮の問いに銀次は満面の笑みで頷いた。
 「うん!だって蛮ちゃん傘持ってかなかったのに、雨降ってきちゃったから、蛮ちゃん困ってるんじゃないかなって思ってv」
前髪を少し濡らしながら微笑む銀次を蛮は思わず抱きしめたくなる衝動にかられたが、此処はコンビニの前。
立ち読みをしている人や、コピーをしている人もいる。そんな人が見ている前でいくら蛮でもそれはマズイと判断した。そこで取り敢えず―
 「サンキュ」
と、一言だけお礼を言った。
銀次もそんな蛮の気持ちが分かったのかどうかは定かではないが、どういたしましてvと笑顔で答えた。
顔を見合わせ、くすくすと笑った後、蛮は銀次の両手を見た。だが、銀次は自分が差してきた傘以外、何も持っていなかった。
 「あのよぉ…銀次」
 「ん?なあに、蛮ちゃんv」
 「……で、俺の傘は一体何処にあんだ?」
 「どこって…」
蛮の問いに、銀次はきょろきょろと自分の両手を見た後、しまったと言う様な表情をした。
 「……ごめん、忘れちゃったみたい」
銀次のその言葉に蛮は、はぁっと大きな溜息を吐いた。
 「お前…アホかっ!傘無い奴を迎えに来たのに、その傘を忘れる奴がいるか!」
 「ゴ、ゴメン…オレ、もいっかい取ってくるっ!」
そう言いながら再び傘を差し、飛び出そうとした銀次の腕を蛮は掴んだ。
 「いいよ、銀次」
 「えっ…でも、傘」
狼狽える銀次の言葉が終わる前に、蛮は銀次の傘に入ると銀次から傘の柄を奪い取った。
 「この際せっかくだ…相合い傘ってのして帰るか…?」
思いがけない蛮の言葉に、銀次は嬉しそうに微笑んだ。
 「うん、うんv相合い傘、しよっv」
銀次は傘を持つ蛮の腕に思い切りしがみついた。
 「バ!そんなにひっつくな」
嬉しいクセについ反対のことを言ってしまうのも蛮の性格。だが銀次は蛮のそんな性格を分かりきっていた。
だから銀次は蛮に満面の笑みを向けると、それに気付いた蛮も銀次に優しい微笑みを向けた。
それから2人は相合い傘の下で幸せそうに微笑み合いながら帰路に着いた。






 「ところで、どうして蛮ちゃんはあのコンビニに行ったの?」

近くの自販機にもコンビニにも、蛮愛用の煙草は売っているのに―
もうすぐ2人のアパートだという側まで来たとき、銀次はずっと気になっていた事を聞いた。
するとそんな銀次の問いに、蛮は傘を持っているのとは逆の、反対の手に持っていたコンビニの袋を銀次に渡した。その袋の中身を銀次は不思議そうに覗いてみる。すると―
 「わあぁ〜v」
途端に銀次が満面の笑みになる。蛮は優しく見つめながら、その袋の中身を指差した。
 「お前…そのプリン好きだったろ?でも此処ら辺じゃあそこのコンビニしか売ってねえし…」
 「それでわざわざ行ってくれたの?」
おぉ。と言うように小さく頷く蛮。そんな蛮に銀次は満面の笑みで抱き付いた。
 「蛮ちゃん、大好きv」
 「まあ、喜んで貰えてこっちも良かったよ」
 「蛮ちゃん、本当にありがとうvありがとう〜v」
銀次は何度も蛮にお礼を言うと、いつまでも蛮に抱き付いていた。そして蛮は蛮で、
雨か。雨もたまにはいいかもな―

と思いながら、銀次の金色の髪を優しく撫でていた。
それから2人は微笑み合うと、傘の下で口付けを交わした。
微かに雨の香りのするキスを―






天気は雨だけれども、愛する2人に天気なんか関係ない。

雨の日だってこんなに素敵な時間が過ごせる。
空から降る雨だって2人にかかれば、それは素敵な演出にもなるのだから―






〜End〜






作:2002/7/03