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最後の優しさ |
それは暖かな陽差しの刺す、ある春の日の事だった。 銀次は空から落ちてくる天気雨を避けながら、信号待ちをしていた。 青になった。 銀次は交差点を渡りだした。 すると反対側から歩いてくるひとりの人物が視界に入った途端、銀次の足が止まった。 その人物の足も止まった。 「銀次…か?」 その人物はビックリしたような顔で銀次を見つめた。 銀次はその問い掛けに一瞬躊躇したが、静かに頷いた。 そして小さく微笑みながらその人物の名を呼んだ。 「うん、天子峰さん…久し振りだね」 2人は通り雨を避けるため、場所を交差点のそばにあった喫茶店へと移動した― 店内に流れる有線のBGMと共に、お互いの間から聞こえるのは、 カチャリというカップをソーサーに戻す音だけだった。 しばらく無言が続いたが、最初に口を開いたのは天子峰だった。 「あ~…その…元気か?銀次」 銀次は静かに微笑んだ。 「うん!元気だよ…天子峰さんは?」 「あぁ…元気だよ」 「そう…よかったv」 銀次が微笑みながら天子峰を見つめる。 ああ…この笑顔だ… 天子峰は久し振りに見る銀次の笑顔にホッとしていた。 自分を捨てたヤツにも笑顔をくれるんだな…コイツは… 変わらない銀次の優しさに天子峰は嬉しさが隠せなかった。 「今は…何処かの帰りかなんかか?」 「うん。お弁当買いに行った帰り…」 銀次の笑顔の答えに天子峰は静かにカップを戻した。 「…一緒にいるあの男の分もか?」 思ってもみなかった天子峰の問いに銀次はキョトンとした。 「…えっ、天子峰さん、蛮ちゃんのコト知ってるの?」 「…ああ。波児さんに聞いた」 「そっか…うんそうだよ。蛮ちゃんの分もあるよv」 波児の言う通り、蛮の事を話すときは溢れんばかりの笑顔になる銀次。 「そうか…じゃ、早く帰ってやらなきゃな…」 「大丈夫だよ、蛮ちゃん…少しくらい遅くなっても怒らないよ…多分」 最後の言葉は聞こえるか聞こえないくらいかの囁くような声だったが、 天子峰には充分すぎるほど感じていた。 今、銀次には『帰る場所』がある― 今、銀次には『待っていてくれる人』がいる― その事を痛烈に感じていた。 それから2人は何も話さなかった。 何を話して良いのか分からなかったのかもしれない― 銀次は最後の一口を飲み干すと、立ち上がって手を振った。 「じゃあ天子峰さん、オレそろそろ行くね?……じゃあまたね」 その時だった― 天子峰は銀次の右手に握られたものに気が付いた。 「あっ…銀次。伝票…」 「ううん、いいよ。今日はオレのおごりv」 銀次はにっこりと微笑んだ。 「だって今日は天子峰さんの誕生日じゃんvお誕生日おめでとう、天子峰さんv」 その言葉に天子峰は言葉を失った。 「覚えて…いて…くれたのか…?」 「うん、当たり前だよv」 銀次は満面の笑みで天子峰を見つめた。 だが次の瞬間、銀次の目が丸くなる。 何故なら、天子峰が自分の手をしっかりと掴んでいたから― 銀次はビックリした顔でただ、天子峰を見つめていた。 「て…しみねさん?」 「銀次…」 銀次を掴む手に徐々に力が加わってくる。 「銀次…っ!」 「天子峰さん……どうしたの?」 行くな― 行かないでくれ、銀次― 俺と― 俺と一緒に来てくれ― 天子峰の頭の中には色々な言葉が廻っていた。 そしてそんな天子峰の口から出た言葉は― 「銀次…お前は今…幸せか?」 だった― すると銀次は満面の笑みで答えた。 「うんっ!幸せだよ。天子峰さん」 銀次はそっと瞳を瞑るとその人のことを思い浮かべながら続けた。 「オレね、蛮ちゃんと居れてすごく幸せだよ。 そりゃ、借金もまだ返せていないし、ご飯もちゃんと食べられない時もあるし、 喧嘩をしちゃう時もあるけど…でも…」 銀次は再び大きく瞳を見開くと、笑顔で天子峰を見つめた。 「でも、オレは蛮ちゃんが側にいてくれて、一緒に居られるだけですごく幸せだよv」 銀次が満面の笑みで微笑む。 そしてこの時銀次が見せた笑顔は、この日一番の笑顔だった。 ああ…適わないな… 天子峰は心の中で苦笑した。 すると今度は逆に銀次の方が天子峰に質問をしてきた。 「天子峰さんは…?」 「えっ…?」 「天子峰さんは今…幸せ?」 銀次の、不安そうな自分を見つめる瞳に天子峰は笑って答えた。 「ああ…幸せだよ」 ウソだった お前といたときが一番幸せだったよ… その言葉を静かに飲み込むと、天子峰は掴んでいたままだった銀次の手をそっと離した。 「そうか…じゃ、早く弁当持っていってやれ…」 「うん!そうするっ♪」 「引き留めて悪かったな」 「ううん」 銀次は静かに首を横に振った。 本音を言うと、この時天子峰は、 このまま銀次を帰したくはなかった― このまま銀次を浚ってしまいたかった― このまま銀次を浚って何処かへ行きたかった― だが、そんな事できるはずない― 天子峰は気持ちを抑えて言った。 「サンキュー、銀次」 「ううん、どういたしましてvv」 そして2人は再び、偶然会った交差点にやって来た。 天気雨はすっかりあがり、空からは眩しいくらいの太陽が覗いていた。 「じゃあ…また…」 『また』なんて機会、果たしてあるのだろうか? 今回のような『偶然な再会』は二度と無いのではないだろか? 天子峰は自問自答しながらその言葉を口にした。 「うん…またね、天子峰さん。…絶対だよ?」 だが銀次が使うと、『また』という言葉も本当にあるような気がするから不思議だ。 「あぁ…またな」 天子峰は今度は確信を持ってそう答えた。 そして銀次は天子峰に大きく手を振ると、交差点の彼方へと消えていった。 天子峰はその姿を最後まで見送ると、再び裏新宿の雑踏へと消えていった。 バタン― スバルの扉が閉まった。 「お前なあ…何処まで弁当買いに行ってンだよ…」 待ちくたびれたと言った具合で蛮が大きく伸びをしながら、その音の主に声を掛けた。 「ゴメンね…はい、お弁当」 蛮は銀次から弁当を受け取った。 「おぉ、サンキュ……ってお前、すっかり冷えてんじゃねぇ…か…」 怒鳴ろうと思っていたのに、当の本人の銀次の瞳からは、既にポロポロと大粒の涙が溢れていたので、 蛮は怒鳴ることも出来ず、ポリポリと頭を掻いた。 「あ…その、一人で買いに行かせて悪かったな…迷ったのか?」 銀次はふるふると首を横に振った。 「そういや雨が降ってきたけど…平気だったか?濡れなかったか?」 その問い掛けに今度は縦に首を振った。 そんな銀次の腕を掴み、ぐいっと近づけると蛮は優しく抱きしめた。 銀次はそんな蛮の暖かな優しさに包まれながら、いつまでも声を殺して泣いていた。 蛮は何も言わず、何も聞かず、ただずっと銀次の金色の髪を静かに撫でていた。 「俺がずっと側にいるから、好きなだけ泣いちまえ…」 銀次はうん―と言うように頷きながら、いつまでも蛮の胸の中で泣いていた。 本当の事を言うと、銀次は天子峰の本音に気付いていた。 勘の良い銀次である― 天子峰の思っていることくらい顔を見れば分かる。 だが、それは叶えてあげられない事だから― だからこそ銀次は、気付かない振りをしたのだった。 それが自分が天子峰に出来る最後の優しさだから― ありがとう、天子峰さん… オレは無限城で天子峰さんに出逢えて本当に良かった 天子峰さんといたときも本当に幸せだった これはウソじゃない―本当だよ 天子峰さんに教えてもらったたくさんのこと オレはずっとずっと忘れない 天子峰さんと一緒に過ごせたあの時間は あの頃のオレにとってはとても大切な宝物だった でもね、でも今もすごくすごく幸せ これも本当だよ 蛮ちゃんという運命の人に出逢えて オレは― 生きてて良かったって思える 幸せだって確信できる だから天子峰さんもどうか 心から幸せだと思える人に出逢って下さい 天子峰さん、本当にありがとう 銀次の頬に、涙が一筋零れた。 その涙に太陽が反射して、金色に光り輝いていたのだった。 ~End~ |
作:2002/04/04