「はぁ?ユミちゃんを好きになった理由やて?」
キッチンで煎れ立ての珈琲をカップに注いでいた聖だが、弓生を好きになった理由というものを突然聞かれて、すっとんきょんな声を出して振り返った。
「なんや急に…」
「いいじゃん。参考までに」
「参考ってなんのや?」
聖は小首を傾げながら、三吾と成樹、それぞれの前に珈琲を置く。
「実はこの前俺さあ、彩乃に『私のどこが好きになったの?理由が知りたい』って言われたんだけどさ、『そんなの知るか!』って言ったら泣いちまって」
「あちゃー。せやけどそれはお前が悪いな」
「なんでだよ」
「いくら分からんとしても、言い方ってもんがあるやろ?」
「でもさ、分かんねえもんは分かんねえじゃん?だからさ、聖だったらなんて答えるかなーって。一応人生のセンパイだし」
「なんや、一応って」
「俺も聞きてえなあ。セ・ン・パ・イ」
「なんや三吾まで…」
からかうような口調が気に食わないながらも、振り返ってみるとそんなことを考えようとしたこともないので、聖は真剣に、ん~と考える。
「ユミちゃんを好きになった理由……か」
そして、ポツリと口を開いた。
「せやなぁ、傍に居るのが当たり前になっとって、気ぃ付いたら好きになっとった。せやからいつ好きになったかなんて分からんし、理由もないわ」
「へぇ…そんなもんかねえ」
「そんなもんや」
「でもそれ、俺ちょっと分かるかも」
「そうか?」
「うん。俺も気付いたら彩乃が好きだったからなあ…理由なんて分かんねえ」
「せやろ?それに人を好きになるのに理由なんていらんと思うで」
「…聖もたまには良いこと言うな」
「たまに、だけ余計や」
「そうだよな。俺は彩乃が好きで、好きだから好き。それで充分だよな」
「充分や。ほな、それをそのまま彩乃ちゃんに伝えてやり?きっと喜ぶで。どうせこの後デートやろ?」
「まあね」
「バレンタインやしな」
「それなんだよな。なんかよく分かんねえけど、女ってイベントごと好きだよな」
「……オレは男やけど好きやで?」
男が好きなのは変なのかなーと小首を傾げる聖。
「まずはお互いの誕生日やろ、初詣に節分にバレンタインに花見に祭りにクリスマスに紅白に年越し蕎麦やろ?あとは一緒に除夜の鐘数えて…」
一年のイベントごとを指折り数える聖。
それの全てに弓生が巻き込まれてるとなると、気の毒にさえ思えてくる。―というか、紅白辺りからはイベントなのだろうか。
だが、他にもあったかいなーとまだ考えているものだから、思わず話題を変える三吾。
「………で、お前は弓生にチョコやったのか?」
「当たり前やないか。今年は朝イチで渡したわ。もちろん今年も愛のぎょーさん込もった手作りやで♪」
なぜだかそこでVサインをする聖。
「せやけどせっかくのバレンタインなのに雪になってしもたな」
聖が窓に目をやると、二人も釣られて目をやる。
「まあホワイトバレンタインっちゅうのもロマンチックでええか」
「ブッ!!聖の口からロマンチックなんて…」
「似合わねえな」
ケラケラと笑う二人を見て、聖がむーっと口唇を尖らせる。
「似合わんで悪かったな!」
そこに弓生がリビングに入ってきた。
「あっ、ユミちゃん。ユミちゃんも珈琲飲むか?」
「ああ。貰おうか」
そして、横目で三吾と成樹を見る。
「来てたのか」
「………」
低い声音で一言だけ呟かれ、思わず来ちゃマズかったのかと思う小心者の三吾。
―(まあ考えてみたらバレンタインだしな。恋人達の時間を邪魔されたら怒るよな…。けど誘ったのは聖の方だしよ。まあそりゃ暇だったからって、呼ばれてのこのこ来た俺も悪いケドよ…)
「なんやお前、さっきから変な顔して」
「変って…悪いかよ、考えごとしてんだよ!」
「なにをや?」
「………」
当の本人にあっけらかんと言われ、三吾は肩を落とした。
「もういいよ」
考えてみたら、弓生の態度はいつもと変わりないし、聖の鈍さは折り紙付きなので、一気に無気力感が押し寄せる。
―(アホらし…)
すると成樹が身を乗り出してきた。
「なあ…さっきの話、弓生にも聞いてみない?」
「…さっきの?………ああ、あれか」
「それええな!オレも聞いたことなかったから楽しみや」
聖はにこにこと笑いながら、弓生に近付いた。
「なあ、ユミちゃん?」
「なんだ?」
「ユミちゃんがオレを好きになった理由ってなんや?」
「………一体なんだ、それは」
いきなりの脈絡のない質問―弓生の反応は尤もである。
だが聖はにこにこと笑いながら、更に距離を詰める。
「質問や。なあなあ?教えてぇや」
「何故そんな下らんことを答えねばならん」
弓生はその一点張りで口を開こうとしない―。当然だが。
更に新聞を立てて近付いてくる聖との間に壁を作る。
すると聖はその壁をぐしゃと壊して食いつく。
「下らんって…。さっきチョコあげた仲やないか!」
「だったら返す」
「返さんでええわい!!ユミちゃんのケチ!!」
ケチの使い方が若干違うような気がするが、聖はムッとする。
「な、なんか雲行き怪しくない?」
「なんか俺らふざけすぎちまったか?」
重たい空気のリビングの中、今度は膝を抱えて拗ね始める。
「今日はバレンタインやのに……。言うとくけど釣った魚に餌やらんと、どっか行ってまうで?知らんで?」
またまた使い方が微妙に違うと思うのだが、いつまでも拗ねているのも困るし、どこかに行かれても困るので渋々答えた。
「分かった、今回は特別に答えてやる。…だからそんな顔をするな」
「ユミちゃん!!」
今回は聖の粘り勝ちである。
聖は抱えていた膝を解き、弓生の方に身体ごと嬉しそうに向いた。
「そうだな…。敢えて言うなら、傍に居るのが当たり前になっていて、気付いたら好きになっていた。だからいつ好きになったかなんて分からんし、理由なんてない」
「……えっ」
「すまんな、こんな答えで」
弓生の答えに、思わず聖は目を見開いて驚く。
「ううん、それよりびっくりや…」
「なぜだ?」
「さっきオレも全くおんなじこと言うたんや」
「…そうなのか?」
「うん!やっぱり好きになるのに理由なんて要らんよな」
―なら何故聞く。と言いたい所だが、聖があんまり嬉しそうなので言葉を飲み込んだ。
「なんやオレら似とるな。こうゆうのをなんて言うんやったっけ…。せや!似た者夫婦や!!」
またまた意味合いが違うと思うのだが、聖は嬉しそうにうんうんと頷くのだった。
そして途端にご機嫌になった聖は、いそいそとエプロンを身につける。
「ほな、今から晩メシ作るな?今日はご馳走やで~♪」
鼻歌混じりでキッチンに向かう聖の後ろ姿を見て、ボソッと呟いた。
「なんてゆうかさあ…聖って」
「すっげー単純だよな」
そして二人、顔を見合わせて笑った。
********
それから、彩乃と待ち合わせがあるといって成樹は先に帰り、あとに残った三吾を含めた夕食。
ご馳走だと豪語しただけあって、夕食は豪華だった。
夕食も後片付けも終わり、聖お手製のチョコをつまみに3人で珈琲を飲みながら他愛もない話をしていたが、三吾が不意に立ち上がる。
「ごっそさん。じゃ、俺そろそろ帰るわ」
「まだあかん…お前、酒呑んだやないか。抜けてないんやろ?」
「平気だよ。あんくらい」
「あかんて!オレの目の前で飲酒運転は許さへんで?それに雪も結構降ってきたし……」
するといいことを思い付いたように、目の前でポンッと手を叩いた。
「せや!せっかくやから今日は泊まってったらええ」
「えっ…」
「………」
背後から聞こえる、カチャリというカップをソーサーに返す音。
無言で珈琲を飲む弓生の方を振り返るのが怖い三吾。
泊まって良いのか悪いのか―。うんともすんとも言わないのが余計に怖い。
「いや…でもやっぱり止めとくわ」
「なに遠慮しとるんや?気にせんでええて。それとも……もしかして」
―(おっ?珍しく気が付いたのか?)
「もしかしてお前、寝る場所気にしてんのか?」
「………」
残念ながら気付かなかったらしい。
「そういやこの前お前、ソファーで寝て風邪引いたっけ」
「まあな。やっぱ冬場にソファーで雑魚寝はキツイしな…」
だから―と言いかける言葉を止めるように、聖がスッと三吾の前に手を翳した。
「ほな、オレのベッド使ったらええ」
「……じゃあお前はどうすんだよ?」
すると聖はニヤリと笑った。
「オレか?オレはユミちゃんにくっついて一緒に寝るさかい、大丈夫や。それに元々そうする気やったし」
あっけらかんという相方の言葉に、思わずガチャンとカップを落とす弓生。
「ありゃ…大丈夫かいな?ユミちゃん、時々うっかりしとるからなぁ」
台所に飛んでいき、慌てて台布巾で机の上を拭く聖。
「…聖」
「大丈夫か?ヤケドはせえへんかったか?」
心配そうに見上げる聖。
「……ああ」
「ほなよかったわ」
屈託のない笑顔で微笑まれ、何も言えなくなった弓生に、思わず同情の色が隠せない三吾であった。
窓からは止むことのない雪が降り積もっていく。確かにこの雪の中をチェーン無しに車を走らせるのはやばいかもしれない。
「……じゃあお言葉に甘えて、泊まらせて貰うわ。この雪だしな」
とか言いつつ、正直、翌朝の二人の様子を見たいという好奇心もあったりする。
「そうしたらええ」
「んで、早速だけど、俺…そろそろ寝るわ」
「え?もう寝るんか?そか。……ほな、オレらも寝よか?ユミちゃん」
「聖…」
「ん?まだ寝ないんか?ほな付き合おうか?」
にこにこと笑う聖―。
三吾は思わずそそくさと聖の部屋に退散する。
その姿を見届けてから、弓生は立ち上がった。
「聖」
「ん?なんや?」
「頼むから、余り人前で、その……ああ言うことを言うな」
「ああ言うこと?」
「……寝るとかそういうことだ」
「ああ、あれか!もしかしてユミちゃん、……イヤやったんか?せやったらかんにんや。せやけどなんや嬉しくてはしゃいでしもた…」
「聖…」
「オレな、ユミちゃんに抱かれんの好きや。ユミちゃんはあんまり口に出してくれんけど、抱かれてると愛されとるゆうんが分かるからや。オレはユミちゃんが大好きやから…」
笑顔で見つめる聖を、思わず抱き締める弓生。
「もういい聖…余り恥ずかしいことを言うな」
―加えて言えば、可愛いこと、でもある。
「ユミちゃん…」
「それに1000年以上も前から、俺の心の中にはいつもお前がいる」
「ん?それってどういう意味や」
小首を傾げる聖に、弓生は思わず溜息を吐く。
「…どこまで鈍いんだお前は」
「だって分からんもん」
「つまり……お前を愛していると言うことだ」
「っ…ユミちゃん」
幸せそうに微笑む聖。
思わず弓生は額にキスを落としてから、優しく笑みを返す。
「もう寝るか?」
「うん、寝よ」
雪で満たされたこの日―。
二人の世界は愛で満たされたのであった。
~終~
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