「じゃあ頼んだよ、鬼同丸」
「おぅ!任せとき」
晴明に使いを頼まれた鬼同丸は、元気良く廊下を走る。
いや、元気良く―というより、ドタドタと屋敷中に響き渡るような賑やかな音だ。
そしてそのままの勢いで玄関を出ようとした時にある人物とぶつかりそうになった。
一歩間違えると大事故になってしまう勢いだ。
「うわっ!!」
「………っ!!」
―だが、すんでの所で互いに立ち止まり、なんとか激突は免れた。
「あー…ビックリした」
鬼同丸はフーッと胸を撫で下ろした。
「驚いたのは俺だ」
すると冷めた口調が返ってきた。
「騒がしい足音がすると思ったら、やっぱりお前だったか」
その冷ややかな声音に鬼同丸が顔をあげると、そこにいたのは―。
「なんや、高遠やないか」
「屋敷は走るなと、あれほど言っているだろう。此処は大江山じゃないんだ」
「そんなん分かっとるわ。せやけどちょっと急いどったんや。かんにんな?それよりお前こそこないなとこで何しとるん?」
「別になにも。それより急いでる、と言っていたが、何処か行くのか」
「せや」
「何処に行くんだ?」
「都や」
「都に?何しに行くんだ?」
―(なんでいちいち説明せなあかんのや)
そう思いつつも朗らかに説明をした。
「都に行ってじーさんに頼まれたもんを買うてくるんやで」
どーだ!凄いやろ♪―と言わんばかりで何故だか胸を張っている。
「そうか…なら、引き留めて悪かったな」
「別にええよ。じーさんも急がんでええってゆうてたし」
「だが少しでも早いに越したことはない」
「せなや。ほな行くわ」
手を上げて踵を返そうとした鬼同丸。だが高遠は、ちょっと待て―と止めた。
「なんや?」
「寄り道だけはするなよ」
「なんやそれ…するわけないやろ!子供扱いすんなや」
「あと知らないヤツにホイホイ付いていくなよ。都には危険人物が多いからな。騙されて拐かされそうだ」
「付いていくわけないやろ!バカにしとるんか?」
「どうだか…第一お前は何処か抜けていて危なっかしいからな。唐菓子ひとつで釣れそうだ」
「…っ、せやからさっきから子供扱いすんなてゆうとるやないか!」
鬼同丸はムッと口を尖らせる。
すると高遠は困惑した面持ちで鬼同丸を見下ろした。
「なにを怒っている」
「怒ってへん!!ただ、オレはガキやないっちゅう話や」
「別に子供扱いしているつもりはないが、気に障ったならすまない」
高遠は軽く頭を下げる。
「…あっ」
素直に謝られたため、鬼同丸は思わず憤っていた肩を下げる。
―(ガキ扱いされてムキになったとはいえ、ちょっと言い方キツかったかな…。こりゃ悪いことしてしもたかな)
覆水盆に返らず―というほど大袈裟ではないが、言い過ぎてしまったことに、鬼同丸はシュンとなる。
「オレこそ言い過ぎてしもた…かんにんや」
高遠は構わん…と言って踵を返しかけたが、ふと立ち止まって振り返る。
「ああそうだ、鬼同丸」
「ん?なんや?まだなんぞ用か?」
声を掛けられた鬼同丸は、扉に手を掛けたまま不思議顔で振り返る。
すると高遠は大真面目な顔で再び歩み寄ってきて、鬼同丸の前に立った。―そして。
「都は色々見世物があるが覗いたり、キョロキョロして人にぶつかって怪我させるなよ。あと馬に轢かれないよう気を付けろよ。あと、金を落とさないように気を付けろ」
そう言いながら、まるで元気のない子供を慰めるかのように、鬼同丸の頭をポンと優しく叩いた。
「………」
―これが子供扱いでなければ、一体なんなのだろう。
返す言葉が見付からず、一気に疲労感が押し寄せて来た鬼同丸は肩をガックリと落とす。
「どうした?」
「…もうええ」
―が、ひょいと小首を傾げた。
「そんなに心配やったら高遠も一緒に来んか?」
朗らかに誘われ、高遠は思わず言葉を失う。
「…何故俺が一緒に行かねばならん」
「ええやんか。行こうや」
更にふわり―と微笑まれ、断れなくなった高遠は、「支度をしてくるから、そこで待っていろ」と言い置き、自室へと踵を返す。
そんな後ろ姿を見ながら鬼同丸は、「おもろいやつやなー」と呟き、満面の笑みで笑うのだった。
―終―
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