「ただいまー!!」
玄関を開けるなり、靴を行儀悪く脱ぎ散らかし、大慌てでリビングに入ってくる聖。
暖房も効いてない部屋は、震えるほどに寒い。
だが聖は先に部屋に入ったにも関わらず、暖房には目もくれずに直に自室へと向かった。そしてなにやら押し入れをガタガタと漁っている。
後からリビングに入ってきた弓生は、そんな効果音を聞きながらエアコンのスイッチを入れ、それから着替えるために自室へと向かう。
着替えている途中、隣からは「あったあった!これや!!」と喜ぶ声が聞こえてきた。
「一体あいつは帰るなり、なにを探していたんだ」
―(まあどうせ下らんモノだろう)
着替えを終えた弓生はひとつ溜息混じりを息を吐いてから、リビングに入った。
その途端、聖が帰るなり家捜ししていたモノの正体が分かった。
―クリスマスツリーだった。
「あっ!ユミちゃん」
リビングに入ってきた弓生に気配で気付いたのか、聖は箱の中からツリーを取り出しながら、笑顔で振り返った。―まだ着替えておらず、首にはマフラーを巻いたままの姿で。
「……お前は着替えもせずに一体なにをしているんだ」
「なにって…ほらっ!明後日クリスマスイヴやろ?せやからツリー出しとるんや」
ツリーを立て置いてから、次に聖は飾りを出し始める。
―と、そこで首元のマフラーに気付いたのか、慌てて外す。
「今年はほんまに参ったわ…まさかこんなに時間が掛かると思わんかったから」
実は聖と弓生は御景家からの依頼で、妖魔退治をしに四国まで行っていた。
依頼されて四国、香川の地に赴いたのが先月のことだったので、聖自身もどんなに遅くても12月の上旬には帰れると思っていたので、ツリーを飾っていかなかった。―というより、出発する前、つまり11月からツリーなんか飾ったら、弓生に何を言われるか分からないので泣く泣く諦めたのだ。
「せやけどこんなに帰りが遅うなるんなら、やっぱりやっとけばよかったわ…」
「別に毎年飾る必要はないだろう」
―だから止めろと言う意味を含めたが、全く気付かない聖は手を休めることはない。
「オレもそう思ったけど、帰ってくるとき街とかクリスマス一色だったやんか?なんやそうゆうイルミネーションを見とったら、オレもやっぱり飾りとうなってしもた」
現地ではクリスマスの『ク』の字すらなかったし、今回の相手はなかなか手強かったので珍しいことに聖もついクリスマスを忘れてしまっていた。
だが帰りの車窓で眩いくらいのイルミネーションを見ている内に、飾りたい気持ちが浮上してしまったらしい。
もはやこうなってしまったら、止めるのは弓生でも無理だ。
「聖、珈…」
珈琲と言おうとしたのだが、ご機嫌よく鼻歌を歌いながら、せっせと手を休めることなく飾り付けしている聖を見て、弓生は静かに立ち上がった。
そして数分後―。
「聖、珈琲…ここに置いておくぞ」
「おおきに、ユミちゃん」
「少し休憩したらどうだ?」
「せやな。ほなそうしようかな」
ん〜っと大きく伸びをしてから珈琲を手にして、弓生の隣りに腰掛ける。そして満足げに飾り付けたツリーを見つめる。
「だいぶ出来てきたな」
「せやろ?迷うたけど、やっぱり飾って良かったわ〜」
やはり手慣れているだけあって、ただの樹だったツリーも、みるみるうちに綺麗に飾り付けられていく。段々完成に近付いているのか、聖は更にご機嫌だ。しかも今年のクリスマスイヴは仕事が入っていないため、2人きりで過ごせることにもご機嫌に拍車が掛かっているらしい。
「やっぱりクリスマスパーティにツリーは必要不可欠やもんな」
「不可欠ではないと思うが…。そう言えばあいつらはいつ来るんだったか?」
「今年は25日や。せやからイヴはユミちゃんと2人きりでパーティやろうな」
あんまり嬉しそうに満面の笑みで微笑むものだから、弓生もつられるように微笑し、ああ…と答えた。―と、そこに一本の電話が入る。
「ん?電話や」
「いい。俺が出る」
立ち上がろうとした聖を座るように促し、弓生は電話に出た。
「はい」
弓生の返答の雰囲気で、相手は『本家』やろか―と思いながら、ズズッと珈琲を啜る。
何となくイヤな予感を醸し出しながら―。
「分かりました―それでは今から伺います」
電話を切った弓生は聖の前までやってきた。すると口を開く前に、聖の方からカップに口を付けながら問いてきた―。
「電話の相手、『本家』か?」
「ああ。神島達彦だ」
達彦と聞いて、ますますイヤな予感が募る。
「ほんで?なんやて?」
「仕事を依頼された。電話で聞いた感じだとそれほど大変な仕事ではないから、2〜3日で終わると思う」
その場に立ったまま事務的に告げる弓生に、思わず聖も立ち上がった。
「ちょっ、待てや。2〜3日ってゆうたらちょうどクリスマスやんか!!」
「仕方ないだろう―仕事なんだから。今回の依頼も理不尽ではないから安心しろ。それに自由契約になったのだから出来うる仕事は断りたくない」
「それは分かるけど、アイツいっつもクリスマスの時期に依頼してくるやんか!あれ絶対ワザとや!いくら鬼でも我慢の限界があるわ!」
少なくともわざとではない。
―というより鬼の我慢の限界のボーラーラインとはどの辺りなのだろう。
などと突っ込み所が満載だが、ここは大人しく口をつぐんだ。すると聖がふてくされながら続ける。
「クリスマスは恋人達の一大イベントや!!大体一度くらいはクリスマスに仕事を依頼せんっちゅうプレゼントをくれたかてバチは当たらんと思うで?ユミちゃんかてほんまはそう思うやろ?なあ?」
そこまで一気に怒鳴った後、なにか思い出したように聖はハッとした。
そして怒っていた肩を下げ、静かに座り直す。弓生も同様にソファに腰掛ける。
「そんなに怒るならお前も来るといいだろう。それに今回は現地調査は終わっているから、すぐにでも封じられるということだし、達彦もお前も是非にと言っている。まあ戻りは夜だからうちでパーティは無理だが、イヴは何処か洒落たレストランでメシを食おう―どうだ?」
「いや、ええ」
手を叩いて喜ぶかと思ったのに、あっさりと断られた。
―というか、途端に大人しくなっている。
「いいのか?」
「うん」
「今回は結界を厳重に張るから、暴れていいと言ってるぞ?」
「それは惹かれるけど…ええわ」
「レストランで食事だぞ?」
「それも惹かれるけど……ええ、止めとくわ」
「聖…」
「考えてみたら達彦が一番ようけ仕事依頼してくれるから有り難い思うわ―。さっきは言い過ぎた」
「どうした?聖」
―(お前がそんなこと言うなんて)
「別に?それで帰りはいつ頃や?」
「イヴの夜…いや、夕方には帰る」
「ほな、今日明日は帰って来んのやな?」
「ああ、そうだ」
すると心なしか聖に安堵の笑顔が戻った気がする。
「うん分かった。ほなオレ、家で留守番しとるな?パーティの準備はしとるさかい、な?」
「…いいのか?」
「仕事やもん。良いに決まっとるやんか」
文句を言い続けると思ったのに、素直に承諾されるとなぜだか拍子抜けしてしまう。
しかも笑顔で―。
「ほらほら、そうと決まったらはよ行った方がええで?待たせたら悪いし」
玄関に向けて、グイグイと背中を押す。
「…取り敢えずもう一度着替えてくる」
「あっ!せやな。ほなはよちゃっちゃと着替えてき?」
今度は自室に向けてグイグイと背中を押す。
そして着替え終わった弓生に車のキーを渡すと笑顔で手を振った。
「ほな、気ぃ付けてなー?」
「ああ」
聖の笑顔を背に受けながら、自分が置いていくことに関して寂しがらない聖は、逆に自分が寂しいと思ってしまう弓生であった。
一方、聖はというと―。
バタン―と玄関が閉まるのを確認してから急いで自分の部屋に行き、袋をガサガサしながらリビングに戻ってきた。
「あー、思い出してよかったわ…まだ少しも進んどらんかったからな。今年は手編みのセーターにするつもりやったし」
そう言いながら袋から取りだしたのは毛糸玉。
どうやらさっき自分で何気に口にした『プレゼント』と言う言葉で、そのことを思い出したらしい。
「せっかく編むんやからオレとペアにするつもりやったけど、ユミちゃんの目ぇ盗んでセーター2枚編むのはいくらオレでも無理やからなあ。部屋に籠もってたら絶対怪しまれるし…。うん!今回ばかりは連れ出してくれた達彦に感謝やな」
聖は単に、セーターを編む時間が欲しかっただけらしい。
「ユミちゃん喜んでくれるとええなあ」
様々なクリスマスソングを次々に口ずさみながら、聖の手は快調にセーターを編んでいく。
一方、弓生は―。
そんなこととは思っていない弓生は、聖の笑顔が気になって仕方ない。
―(もしかして聖は怒っているのだろうか)
そう言えばここ毎年、仕事だと言ってイヴにパーティらしいパーティはやっていないことに気付いた。その度に聖は怒っていた。
―(もしかして今も本当は怒っているのかもしれない。いや、傷付いているかもしれない)
そんな自分を気付かれたくなくて、笑顔だったとすると―。
―(聖)
「雷電、どうしたね?」
達彦に聞かれ、弓生はハッとした。
「いえ、なんでもありません」
「そうかい?では仕事は明日早朝から始めよう。いいかい?」
「…いえ、なんなら今からでも」
「今からかい?」
「はい、此方は構いません。それともそちらがまずいでしょうか?」
「我々は少しでも早い方がいいが…構わないのかい?」
「はい」
―(早く終わらせる。そして早く聖の元に帰る)
弓生の脳にはそれしかなかった。
そしてクリスマスイヴ。
徹夜でセーターを仕上げた聖は、ソファーでごろ寝をしていた。
そこに弓生が帰ってきた。
弓生は聖の傍らに立つと、軽く揺すった。
「聖、ここで寝ると風邪を引くぞ?」
「ん…ユミちゃん」
「寝るなら自分のベッドで寝ろ」
「ん…もう平気や…。うたた寝しとっただけやし」
聖は寝惚け眼でまだ焦点のあっていない様子で目の前の人物を見た。
そして数秒後、我に返った聖は途端に目を丸くする。
「……って、ユミちゃん!?どないしたんや、ユミちゃん!まだ昼やで?帰りは夜やなかったか?」
「お前が待っていると思って早く仕事を終えた」
「ユミちゃん…」
「まずかったか?」
「そんなわけあるかい。はよ帰って来てくれて、ごっつぅ嬉しい」
聖は満面の笑みで弓生を見つめる。
―が、途端に困ったような顔をして、指先でカリカリと頭を掻く。
「せやけどどないしょ…オレ、ユミちゃんが帰ってくるまでにパーティの準備しとくゆうたのに、まだ全然や。しかも時間ないっちゅうんに昼寝までしてオレってアホやー!!」
参ったなぁ…と呟いてから、聖は立ち上がった。
「よっしゃー!ほな今から急いで準備するから待っとって?」
「いや、俺も手伝おう」
「ほんまに?」
「ああ…。取り敢えずこの続きでもやるとしよう」
弓生は飾り付けの途中だったツリーの前に座った。
そこで聖は、あっと声を上げる。
そう言えば弓生が出掛けてからはセーターに付きっきりだったので、飾り付けの続きをすっかり忘れていたのだった。
「かんにんや」
「構わん」
そうだ、その前に…と、弓生は涼しい玄関から箱を持ってきた。
「なんや?」
「クリスマスプレゼントのケーキだ。まだ作ってないようだからちょうど良かった」
「プレゼント…って、ユミちゃんがケーキ買うてきてくれたんか?」
「ああ…それとももうケーキは作ったのか?」
「ううん、今からやけど」
「こんなものですまんな。本当はちゃんとしたプレゼントを買おうと思ったのだが、少しでも早く帰ろうと思って選ぶ時間がなかった」
「ううん!ごっつぅ嬉しい!!なんやごっつぅ嬉しくて、オレ、今ごっつぅ感動しとる!!しかもオレ、この店のケーキ大好きなんや!!ユミちゃんおおきに」
「大袈裟なヤツだ」
「ほんまやて。ほんまに嬉しいんや!ほんまにおおきに」
聖は満面の笑みで微笑む。
すると今度は、せや!と言って聖が自室へと走った。
そしてなにやら包装されたモノを持ってきた。
「ちょっと早いけどオレももう渡すわ」
「…なんだ?」
「クリスマスプレゼントや」
「開けてもいいか?」
「うん、もちろんや」
綺麗に包装されたのを開けると中から出て来たのは、これまた見事な出来映えの手編みのセーターだった。
「お前が編んだのか?」
「うん、せやで」
「一昨日まで四国に行ってたのに、よく編む時間があったな」
「いや、無かったからほんまに焦ったで。せやけど一昨日からユミちゃんが仕事で居らんかったから、その間に編んだんや」
「もしかしてそれで俺がお前を置いていくのにあっさりしてたのか?」
「せやで…なんでや?」
「俺はてっきりお前が怒ったのかと思った」
「なんでや?オレがユミちゃんを怒るわけないやんか」
あははと笑う聖を見て、思わず拍子抜けしてしまう。
「なあなあ?それよりビックリしたか?」
「ああ。驚いた」
「やったー!!それなら『ユミちゃんをビックリさせるクリスマスプレゼント作戦』大成功や〜♪」
―下らない。
そんな言葉が過ぎったが、両手を上げて喜ぶ聖を見て思わずその言葉を飲み込んだ。
そして気を取り直すため、弓生はセーターを握り直した。
「ありがとう…早速着てもいいか?」
「うん!もちろんや。ならオレも着ようかな。実はな自分の分も編んだんや。ユミちゃんとペアルックや♪」
「そうか…なら一緒に着替えるか」
「うん!!」
お揃いのセーターを身に付けた聖は、最高の笑顔で弓生を見つめた。
そして弓生も―。
「ありがとう。ピッタリだな」
「ほんまに?よかったわ。それによう似合うとる」
「お前も似合ってる」
その言葉に聖はますます嬉しそうに笑った。
「メリークリスマス、ユミちゃん」
「メリークリスマス、聖」
今日はホワイトクリスマス―。
空からは粉雪が2人を祝福するように舞い落ちていた。
―終―
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