1月1日―
一緒に新年を迎え、“明けましておめでとう”の言葉を互いに言い合ってから数時間後。
リビングでは年越し蕎麦を食べ、除夜の鐘を聞き、満足げに仰向けで大の字で寝ている聖の姿があった。
自室を出た弓生は、やれやれ…と言うように聖の傍まで寄り、肩に手を掛けるとそっと揺すった。
「聖……聖」
繰り返し呼ぶと、ん〜と言いながらもぞもぞと聖が動いた。そしてそっと瞳を開ける。
「なんや?ユミちゃん。まだ真夜中やないか?腹でも減ったんか?」
お前じゃあるまいし、と言う言葉を飲み込んで弓生は言った。
「いや、違う。寝ているところ済まないが、今から出掛ける…用意をしろ」
「は?今からか?」
「ああ、そうだ。暖かい格好をして来いよ」
なんや?わけ分からんわ…と呟くものの、言われたとおりに聖は起き上がる。
「ほな珈琲でも飲んで待っとって?」
「ああ…早くしろよ」
「うん」
―(せやけど新年早々、何処に行くつもりなんやろ…)
聖は自室に向かいながら、何度も小首を傾げた。
外気ですっかり冷え込んだ車に乗り込むと、聖はぶるっと身を震わせた。
「雪、降りそうやなぁ」
「今日は天気が悪いと言っていたからな…この気温だと雪になるかもしれんな」
「まあ雪でもなんでもええわ…なんや知らんけどユミちゃんとドライブ出来るなら構わんわ」
―(せやけどもうちょい明るくなってからでも良かったんとちゃうやろか)
そう思いながら聖は大欠伸をした。
「眠いのか?」
「さっきまで寝てたしな…ユミちゃんは眠とうないんか?」
「眠気など気合いでどうにでもなる」
「せやからこんな所で気合い入れんでも…それより何処に行くんや?」
「着いてからのお楽しみだ…なんなら着いたら起こしてやるから、それまで寝ていてもいいぞ」
「平気や…ならオレもいっちょ気合い入れてみるわ!」
絶対に無理だと思う聖の気合いに弓生はフッと笑みを漏らす。
そして案の定、数分後には助手席からすやすやと安らかな寝息が聞こえてきた。
「聖、着いたぞ?」
弓生に揺すられ、聖がハッと目を覚ます。
「ありゃ?オレ、寝てしもうたんか?」
「ああ。見事なまでに短い気合いだったな」
「もー…意地悪言わんといて」
跋の悪そうに聖は弓生から目を逸らすと、助手席から外を見た。
するとそこは―。
「海―?」
「ああ、海だな」
「なんで…なんで海なんや?」
「お前と初日の出を見たかった―此処からなら綺麗に見えるからな」
弓生の言葉に聖はハッと横を向いた。
「ユミちゃん」
「去年、見たいと言っていたのに、結局見せてやれなかったからな―そのお詫びだ」
「ユミちゃん」
「寒いが、外…出てみるか?」
「うん」
ひとつ頷いてから聖は弓生と共に外に出た。
ヒンヤリとする外気だが、なぜか少しも寒くなかった。
聖は弓生を見つめてから、視線を空へと向けた。
「ユミちゃん…見てみい」
「なんだ?」
「星や」
二人の頭上に降り注いでいるのは満天の星。
透き通るような寒さのお陰か、輪を増して寄り一層美しく光り輝いて見える。
そんな星空を見つめながら聖は懐かしそうに目を細めた。
「昔はこないして、よう一緒に星、見たな」
昔―まだ互いが「高遠」「鬼同丸」と呼び合って居た頃。山で過ごしていた頃、よくこうやって二人で星を見合ったものだ。
星はその頃からなんら変わることがない―。
「そうだな」
「都会じゃよう見れんしな」
「ああ」
「けど知っとるか?ほんまは都会にも星があるんや…ただ、周りの明るさで星の輝きが隠れてしまうんやて」
「そうらしいな」
「一生懸命輝いて居るのに見えんなんて、そう考えるとなんや寂しいな」
「………」
「星はちぃとも変わっとらんのに周りがどんどん変わってまう…まるでオレらみたいやな」
「聖」
聖の寂しげな口調に思わず振り返る弓生。
「けど、まだまだこんな綺麗に星が見える場所があるっちゅうのは、捨てたもんやないな―」
聖は一端言葉を止め、自分を見つめている弓生を見つめた。
「せやから、オレらかてそうや」
「ああ…そうだな」
すると、二人の視線の先の水平線から赤みを灯した光が射し込んできた。
「ユミちゃん、お日さんや!初日の出やで」
「そうだな」
「綺麗やなぁ」
「ああ」
登ってくる朝日を満足げに見ている聖を横目で見ながら弓生は呟いた。
「聖」
「ん?」
振り返ると、弓生が反らすことない視線で聖を見つめている。
「ユミちゃん?」
「周りがどんどん変わってしまっているのは確かなことだ―だが」
「だが?」
次の言葉を促すように聖は弓生の言葉を反復した。
「だが、お前への気持ちは変わることはない―この先もずっと永遠に」
「ユミちゃん」
「聖…これからも宜しくな」
「ユミちゃん…」
聖はみるみる満面の笑みになり、大きく頷いた。
「うん!うん!こっちこそ宜しゅうな?」
聖の笑顔を見据えながら、弓生は残念そうにフウッと息を吐いた。
「だが、どうせなら今がもっと寒ければいいのに」
「…なんで?」
「お前を抱き締める理由が出来るからな」
「ユミちゃん…」
聖がプッと吹き出す。
「なあユミちゃん?抱き締めるのに理由は要らんと思うで?」
そう言いながらフワリと微笑む聖の身体を包み込むように抱き締める弓生。
「ユミちゃん」
「なんだ」
「今日は連れてきてくれておおきにな…ほんまにほんまにおおきに」
伝わってくる弓生の温もりに酔いしれながら聖は何度も何度も礼を繰り返すのだった。
〜終〜
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