この手を繋いで







―いい天気だな

 シカマルが、ん〜っと伸びをすると後ろから拳が飛んできた。
「いってぇ〜…いきなりなにすんだよ!」
「アンタこそ何ボーっとしてんのよ!今は任務の途中なんだからね!しっかりしてよね!」
 いのが仁王立ちの格好で片手を腰に当て、もう一方の手でシカマルをピッと指さす。






 そう―今日、シカマルを初めとする10班の面々は、任務として木ノ葉の里の外れにある小さな村へとやって来ていた。
 ―と言っても、五代目から預かった巻物をこの村の村長に渡し、代わりに渡された巻物を届けるだけという何とも簡単な任務なのだが。






「だからって何も殴るこたぁねぇだろ…」
 ブツブツと呟きながら一番後ろを歩いていたシカマルの目の前に、目的地である村長の家が登場した。
「シカマル、着いたよ」
 チョウジが振り返り、ニッコリと微笑んだ。
「おぉ…」
「じゃ、さっさと行きましょ」
 メンドクセェ…と呟きながら、いのとチョウジの最後尾に付け、シカマルもゆっくりと歩みだした。






「遅せぇなぁ…いのは未だ来ねぇのか?」
「うん…ちょっと遅いね」
 任務もあっという間に終わり、『火影様に宜しくお伝え下さい』と言うメッセージと共に、巻物も渡された。後はこれを届ければ良いだけなのだが、肝心のメンバーのひとりが未だ来ない。門の外から覗いてみると、どうやら村長の家の入口で掃除をしていたひとりの使用人と話し込んでいるらしかった。
「おい、いの!なにやってんだよ?置いてくぞ」
 溜まりかねたシカマルが中へと声を掛けてみる。
 するとその声が届いたのか、ありがとうございました―とお辞儀をしてから、いのが出て来た。
「お待たせ〜♪」
「なに話してたんだ?まぁ、いいや…早く帰ろうぜ」
 すると、急かすように踵を返したシカマルの袖を、いのが引っ張った。
「…ん?今度は何だよ…」
「あのね、二人にちょっとお願いがあるんだけど…」
「「…お願い?」」
 シカマルとチョウジ―二人の声がハモる。
「うん!実はね、この近くにすっごい美味しいスイーツのお店があるって里の女の子達の間で超有名なのよ!んでも里から此処までじゃ遠いから一度も来たこと無かったのね?でも今日、此処まで来たことだしせっかくだからちょっと寄りたいな〜って」
「………」
 明らかにシカマルは不満顔だ。だが、いのは続ける。
「遠方からも来るくらいだって噂だし、今、場所を聞いたらその店って此処から結構近いのよ!…ねぇ?寄ってっていい?」
「いの…お前なぁ…」
 呆れるように額に手を当て、はぁ…と溜息を吐くシカマル。
「任務が終わったらさっさと帰って報告するのが常識だろ?俺たちは遊びに来たワケじゃねぇんだし」
「なによ、優等生みたいなこと言わないでよ!いいじゃない、別に!」
 小さく口を尖らせたいのは、シカマルじゃ埒が明かないと思ったのか―くるっと振り返り、チョウジを見た。
「ねっ!チョウジは行きたいでしょ?超有名なスイーツのお店♪」
 矛先を自分へと向けられたチョウジは、ん〜っと考える。
「僕は行くとか行かないよりもその前に…」
「その前に?」
 いのが復唱すると、チョウジは照れるように笑った。
「スイーツってなぁに?すっごい美味しいって事は食べ物?」
 その瞬間、いのの目が丸くなる。そして信じられないという表情でチョウジを見た。
「なに?もしかしてアンタ、スイーツも知らないとか?」
「うん」
 素直に頷くチョウジ。
「じゃあもしかしてと思うけど…」
 いのは振り返り、シカマルの顔をじっと見つめた。
「アンタもスイーツって一体何のことか知らないとか?」
「うっ………」
 図星を指され、シカマルが明後日の方を向く。
「はぁ…アンタ等信じらんない」
 ガックリと肩を落とし、呆れたように頭を抱えるいの。
「いい?スイーツってのはデザートのことなの!ケーキとかムースとかプリンとか…兎に角甘〜くて美味し〜いヤツ!アンタ、知らなくて反対してたの?」
「ならそんな言い方しなくてもデザートでいいじゃんか。なぁ、チョウジ?」
 同意を求めようとチョウジの方を振り返るが、チョウジは黙ったままポツリと呟いた。
「シカマル…」
「ん?」
 不意に名前を呼ばれ、再びチョウジの方を振り返るシカマル。
「…僕も行きたいな♪そのお店」
 指をくわえてニッコリと微笑むチョウジ。
「でしょ〜?さすが!チョウジは分かってるわね♪…じゃあシカマルも行くでしょ?」
「でもよ…」
「ほら!ブツブツ言わないの!例え寄っても30分も変わらないんだから!」
「そうだよ〜…せっかく来たんだから行こうよ」
 二人のテンションは既に最高潮に上がっており、シカマルを置いて歩き出して行く。そんな状態で今更反対しても無理だと思ったシカマルは渋々後から付いてくる。そんなシカマルを横目に、いのがチョウジに小声で話し掛けた。
「上手く行ったわね!」
「そうだね!…でもシカマル、ちゃんと買うかな?」
「ん〜…なんだかんだ言ってもアイツも鈍ちんだからねぇ〜…」
 やれやれと言った感じで手を広げ後方から付いてくるシカマルをチラッと見たいのは、フウッと小さく息を吐いてから呟いた。
「やっぱもう一押し…必要かしら…?」






 いのお薦めの店が近いというのは本当らしく、10分も掛からず目的地に着いた。
 店の外まで漂ってくる甘い香り―チョウジは幸せそうにウットリとしている。そして、遠方から来たのかまでは分からないが、かなりの人だかりも出来ていて賑わっていた。どうやら美味しくて有名というのは本当らしい。いのはシカマルを置いてさっさと店内に入ろうとしたが、何かを思い出したように、ポンッと手を叩き振り返った。
「そうそう、そう言えばこの店のバースディケーキって限定品なんだって…今丁度焼き上がる時間かもよ…じゃあね♪行きましょ、チョウジ♪」
「僕たちお店の奥の方に居るからね」
 いのとチョウジは楽しそうに店内へと入っていく。
 何かを含んだような二人の言い方に不満を思いつつも、シカマルはいのの言葉をもう一度心の中で繰り返してみる。
「バースディケーキか。………そういや今日って確か」
 シカマルは空へと視線を移す。真っ青な空には一羽の鳥が、空高く飛んでいた―。






 その後、五代目火影に、預かった巻物を渡し無事任務終了となったシカマル達は、またな…と言って別れた。
 けれどもシカマルは自分の家へは戻らず、そのままの足でナルトの家へと向かった。そしてチャイムを鳴らすと中から『開いてから勝手に開けていいってばよ―』と言う声が返って来た。
「あ〜…俺だけど…入るぞ?」
 躊躇しながらもドアを開けると、ラーメンを食べていたナルトが顔を上げ、シカマルと目が合う。
「あれ?シカマル…どうしたんだってばよ」
 部屋に入り、笑顔で出迎えるナルトの目の前に、赤いリボンの掛かった四角い箱をずいっと無言で出すシカマル。
「…なんだ?これってばよ?」
 不思議そうな顔で目の前の箱を指さすナルト。するとシカマルは照れを隠すかのように横を向き、ボソッと答えた。
「見りゃ分かるだろ?その…ケーキだ」
「ケーキ?オレに?」
「あぁ…ほら、今日って確かお前の誕生日だったろ?」
「うん、そうだけど…えっ、嘘!?マジで?シカマルから?オレに?」
 みるみる笑顔になっていくナルト。
「うっわ〜、オレってばすっげー嬉しい〜!ありがとな、シカマル」
「いや…茶でも入れるか?」
「うん!…あっ、いいよ。オレが煎れるってば」
「いいよ。誕生日なんだから静かに座っとけ」
「うん…ありがとな、シカマル」






 シカマルが盆に茶を乗せて戻って来た頃、ラーメンを食べ終わったナルトは丼を端に寄せ、中央にケーキの箱を置いて待っていた。
「ほらよ」
「ありがと〜、シカマル」
 満面の笑みでシカマルを迎えるナルト。シカマルは照れを隠しながらコホンと咳払いを一回すると、中央に置いてあったケーキの箱をナルトの方へとぐいっと押しやった。
 するとそのパッケージにプリントしてある店のロゴをじっと見ていたナルトがあっ!と声を漏らす。
「どした?」
「あのよ、確かこの店ってケーキとかがめちゃめちゃ旨いんだろ?」
「へぇ〜…よく知ってるな、ナルト」
「当ったり前ってばよ!オレ、甘いモンには目が無いからな♪」
「へぇ〜…俺は全然知らなかったな」
 感心するような目で見られ、ナルトはえへへと笑いながら頭を掻いた。
「…なんちゃって♪実はオレもさ、さっきまで知らなかったんだってばよ」
「なんだ」
「実はね、昼間サクラちゃんに会ったとき、シカマル達が任務としてだけど、この店のある村に行けるから羨ましいって言ってたんだってばよ」
「へぇ〜、やっぱ女には有名な店なんだな」
 言いながら茶を口に含むシカマル。そんなシカマルを見ながらナルトは笑顔で続ける。
「うん!それでサクラちゃんがあんまり美味しいって言うもんだから、オレも食べてみたくなっちまったってばよ」
「…なら丁度よかったな」
「うん!だからすっげー嬉しい」
 満面の笑みのナルト。
「…ならアイツらも呼ぶか?」
 ふと漏らしたシカマルの言葉に箱を持つナルトの指がピクリと動く。
「あっ…でも…」
「…なんだ?」
「今日は…せっかくだからシカマルと過ごしたいんだってばよ…ダメ?」
 俯きながら、口ごもるようなナルトの言葉に、思わず照れてしまったシカマルはカリカリと頭を掻いた。
「いや、別にダメじゃねぇけど…」
「じゃあさ、二人で過ごそうってばよ♪ねっ!」
 満面の笑みで再び微笑むナルト。
 だが、『でもオレだけ食べたことがサクラちゃんにバレたら怒られるかな…』と困ったように呟いたり、『でも二人で過ごしたいしな〜』と笑顔で呟いたりと表情がクルクルと変わる。
 その姿がまるで百面相をしているようで、思わずシカマルも吹き出してしまう。
「なんだってばよぉ〜」
 自分が無意識の内に百面相をしていると気付いていないナルトは小さく口を尖らせる。
 するとシカマルはポンッとナルトの頭の上に手を乗せた。
「悪りぃ悪りぃ…でもよ、その点なら心配要らねぇよ」
「…なんで?」
「いののヤツが、しょうがないから買ってやるかって文句言いながらも買ってたからな」
「へぇ〜」
「なんだかんだ言いつつ仲良いよな、アイツら」
「じゃあこれ全部食ってもいいの?」
 ナルトの顔に再びパアッと笑顔が戻る。
「全部!?くっ…食えるならな」
 心置きなく食べられると分かったナルトは、笑みを保ったまま箱からケーキを取り出す。
 フワフワのスポンジに真っ白な生クリーム―そして真っ赤なイチゴ。スタンダードではあるが、有名と言うだけあってどれをとっても美味しそうである。ナルトは目を輝かせながらケーキを見つめた。
 その内の1ピースをシカマルに渡したとは言え、残っただけでもかなりの量である。
 それを完食しようと言うのか―。しかもさっきコイツはラーメンを食べていなかったか―?
 シカマルのそんな心中を余所に、目を輝かせながらパクパクとケーキを口に運んでいるナルト。
 そんなナルトを見て、思わずシカマルは口をあんぐりと開けた。
「うっめぇ〜!これ、すっげぇうめーってばよ、シカマル!」
「まぁ…そんだけ喜んで貰えれば本望だな」
 シカマルはそう呟きながらパクついているナルトの顔を覗き込み、フッと微笑んだ。
 そして次に、この日一番言いたかった言葉を口にした。
「誕生日おめでとう…ナルト」
「うん!シカマル…ありがとうってばよ」
 その言葉にフォークを口に含んだまま、嬉しそうにナルトが応じる。
「でもよ…その…プレゼントが何もねぇんだけど」
 すまなそうに人差し指でカリカリと頭を掻くシカマル。だが、ナルトは首を横に振った。
「そんなの要らないってばよ!ケーキくれたじゃんか♪それにこうやってシカマルがお祝いしてくれるだけで、オレは充分だってばよ」
「でもケーキとは別に、今度なんか買ってきてやるから…なにがいいか考えとけよ」
 シカマルはニッと笑い、フォークを手に取るとケーキを口へと運ぶ。
「うん―結構旨いな」
 そう言いながらナルトを見ると、それまでせっせとケーキを口へと運んでいた手が止まっていた。
「どうした?ナルト?」
 シカマルの言葉に、ナルトはフォークをテーブルの上に静かに置く。
「…だったら」
「なんだ?」
「プレゼントは要らないから…お願いがあるんだってばよ」
「お願い…ってなんだ?」
 俯いたナルトの顔を覗き込むシカマル。するとナルトは目を伏せたまま呟いた。
「その…手。手を…繋いで欲しい…んだけど」
「……手?」
「うん…ダメ?」
「いや…いいとかダメとかって以前に…その……この手?」
 シカマルは自分の手をナルトの前に翳した。すると、うん―と言うように頷くナルト。
 するとシカマルは、しばし自分の手を見つめていたがポケットにそのまま突っ込んだ。
「イヤだ…」
「え〜っ!なんでも叶えてくれるって言ったじゃんかよ〜!」
「んなことまで言ってねぇよ!兎に角そんな恥ずかしいこと出来るか!」
「………っ!」
 ポケットに手を突っ込んだまま視線を反らすシカマルを見て、寂しそうに膝を抱えて俯くナルト。
 そんな表情が一番苦手なシカマルはガリガリと頭を掻くと、ナルトの前にスッと手を差し出した。
「分かったよ…今だけだからな」
「シカマル!」
 弾かれるようにナルトの顔が上がる。
「メンドクセェけど―誕生日のヤツの言うことは聞かなきゃいけねぇから…」
 すると、ナルトの顔にパアッと笑顔が戻ってくる。
 結局なんだかんだ言いつつ、ナルトには逆らえないのを自分では気付いていないのだ。
「…マジでいいの?シカマル」
「ほらっ、早くしろよ!」
「うん!!」
 満面の笑みでシカマルの手を取るナルト。そんなナルトにシカマルも笑顔を向ける。
「シカマルの手って温かいってばよ」
「違げぇよ…お前の手が温けぇんだよ」
「シカマルだってばよ!」
「ナルトだ!」
 手を繋ぎながら下らない争いをしていた二人だが、目が合うとプッと吹き出した。




シカマル…オレってばサイコーに嬉しい…なんかサイコーに幸せなんだってばよ
それにオレ、前からずぅ〜っとシカマルと…こうしたかったんだってばよ
ありがとう…シカマル




ナルトはシカマルに言えなかった言葉を何度も何度も心の中で繰り返すのだった。







初めて繋がれた二人の手。
初めて伝わった互いの手の温もり。
たったそれだけの事なのに、ドキドキ感が最高潮に達するシカマルとナルトであった。
そして―二人の間にある時間は、ゆっくりと―だが着実に動き出そうとしていた。






〜終〜







作:2004/10/10