心の音色




 ある日、いつものようにいつもの場所で昼寝をしているシカマルの元に、ナルトが脱兎の如く駆け寄ってきた。
「お〜い、シカマル〜!」
「…ナルト?」
 シカマルは起きあがると、隣で肩を上げて息を整えているナルトを見上げた。
「どした?今日は任務じゃなかったか?」
「うん…そうなん…だけど」
 はぁ…と乱れた息を戻そうと深呼吸を繰り返す。
「確か遠方まで行くから戻りは明後日だって…」
「明日!」
 シカマルの言葉を途中で遮り、貫くような視線で見つめるナルト。
「明日だ!明日!ぜってー明日、帰ってくるってばよ!!」
 拳を握り締め、これ以上にないと言うほどの力の入った顔で迫られて、思わずシカマルは落ち付けというように手を前方へと翳した。
「おっ…おぉ、分かった。明日な」
「だから絶っ対シカマルも明日空けとくんだってばよ!確か休みって言ってたよな?オレ、シカマルん家に行くから!」
 その言葉に、ん〜…そうだったかなぁ…と呟いたが、確かに休みだった事を思い出したシカマルは、あぁ…と呟いた。
「そういや休みだ…でもなんで空け…」
 シカマルが顔を上げた時には、既に其処にナルトの姿はなかった。遙か彼方に居たのだった。
「じゃあ明日なぁ〜!!」
 姿は見えないが、声のみシカマルへと届いた。
「騒々しいヤツ…」
 シカマルは、しばしナルトの駆けていった後を眺めていたが、再びゴロンと横になる。
 そして寝返りを打った形で背中を向けると、誰にも見えぬように小さく微笑むのだった。






「遅ぇぞ、ウスラトンカチ!」
「んもう!何やってたのよ、ナルト!」
 既に待ち合わせ場所に居た仲間から、喧々囂々に言われるナルト。
「悪りぃ悪りぃ…ちょっと忘れ物しちまったんだってばよ…でもたった5分じゃんか」
 ヘラリと笑うナルト。
「だがなぁ、ナルト。例え5分でも遅刻はいかんぞ?忍者たるもの何があろうと時間厳守だ!」
「…は〜い、ゴメンってばよ」
 やんわりとだが怒られ、肩を落とすナルト。そんなナルトの背後でサクラがサスケに話し掛ける。
「でも今の言葉をカカシ先生が言うと説得力無いわよねぇ?」
「あぁ、そうだよな」
 ボソボソと小声で話しているサスケとサクラを、振り返るカカシ。
「ん?なにか言ったか?二人とも」
「いいえ〜、なんでもありませんv」
 思わず作り笑顔のサクラ。そしてそうか…?と、踵を返すカカシ。
「じゃあ行くか」
「あぁ」
「は〜い」
 そしてカカシの後を追おうとするサスケとサクラ。その3人をナルトが呼び止めた。
「ちょっと待った!あのさぁ…」
「なんだ?」
「なによ、ナルト?」
「今回の任務に行く前にみんなにお願いがあるんだってばよ…」
「お願い?」
 うん―と頷くナルト。そしてぎゅっと胸の辺りで握り拳を作る。
「オレってば根性入れて入れて入れ捲って、ずぅえ〜ったい明日帰って来たいんだ!だから、みんなも根性なくなるまで入れて入れて入れ捲って頑張って欲しいんだってばよ!」
「…ん〜、よく分からないけど」
「明後日帰還予定の任務を明日帰れるようにしろ!ってことか?」
「うんうん!そうなんだってばよ!」
「お前なぁ…」
 ハアッと溜息を吐き、言葉を続けようとするサスケの頭をポンッと叩き、制止するカカシ。
「いいことじゃないか!やる気があって大いに結構」
「カカシ先生…」
「此処までナルトがやる気を出すなんて滅多にないことなんだから、お前らも協力してやれ」
「…なんかちょっと引っ掛かる言葉もあるけど…でも頑張ろうってばよぉ〜♪」
 カカシの言葉にナルトは少し膨れるが、直ぐさま笑顔になり、サスケとサクラの方を振り返る。
「分かったわよ」
「仕方ねぇな」
「じゃあ7班の帰還予定は明日ってことで出発進行〜♪」
 ナルトが高らかに手を上げ先頭を切って歩き出した。






 そして翌日…。
 全員で根性を入れ捲ったお陰かどうかは分からないが、7班の帰還はナルトの予定通りとなった。
 だが、予定通りの帰還だったとは言え、既に木ノ葉の里も夕焼け色に染まっていた。一旦自分の家へと戻ったナルトは床に荷物を放り出すと、取る物も取り敢えずシカマルの家へと脱兎の如く駆けていった。
 足取りも軽くウキウキしながらシカマルの家へと着いた頃には既に夕陽も沈もうとしていた。だがナルトはニッコリと微笑んだ。
「よかった…間に合ったってばよ♪」
 そして荒れた息を整えながら、笑顔でシカマルの家のチャイムを鳴らした。
 だが、数分待ったが中からは運とも寸とも言わない。
「あれ?」
 ナルトは再びチャイムを鳴らした。そしてドアをドンドンっと叩き、シカマル〜と名前を呼んでみる。
 だが、先ほどと同じように返事が無い。それどころか静寂の色が映っているかのように、中には人のいる気配が全く無かった。
「買い物にでも行ったのかな…?もう!待ってろって言ったのにシカマルってばよ!」
 小さく口を尖らせながらナルトはドアを背もたれ替わりにしながら座った。
「今日は休みだって言ってたもんな♪」

だからもうそろそろ帰るだろう―
もしかしたら自分が来ることを知っているから何か甘いモノでも買いに行ってくれたのかもしれない―

 ナルトは引き寄せた膝の上で頬杖を付きながらシカマルが来るであろう方向を見ていた。
 だが、夜空に月が浮かび、辺りが静寂の闇に包まれても、いつまで待ってもシカマルは帰ってこなかった。






―もしかして帰る途中で事故にあったとか?

 段々とナルトの心を焦燥感が埋め尽くしていく。

―どうしよう。シカマルが…。あっ!もしかしたらアスマん所かシカマルの実家とかに連絡が行ってるかも!?

 不安を消すためにも取り敢えずどちらかの所へ向かおうと立ち上がったときだった。
 ナルトの視線の先には、ポケットに手を突っ込んだままボーっと歩いて近付いて来るシカマルが居た。
「シ…カマル」
 ナルトは呆然と立ち尽くしたまま呟いた。
「あれ?ナルト…どうしたんだよ」
「どうしたんだよって…何だよ、それってば!」
 散々心配を掛けたくせに呑気に問われたものだからナルトの感情が高ぶってくる。
「何処行ってたんだよ!何してたんだよ!遅いんだってばよ!約束したのに…約束してたのに…それなのにシカマルってばちっとも帰って来ないから…オレ…オレ…凄く心配したんだってばよ!」
 次々と出てくる言葉を、ナルトはもう止めることが出来なかった。そして、そんなナルトの言葉をシカマルはただ黙って受け止めるだけだった。
「シカマルの…シカマルのぶわぁ〜か!!」
 最後にそう言い放つとナルトは俯いた。泣きたいのを堪えて居るかのように…。そしてその後ようやくシカマルは口を開いた。
「いや、馬鹿はねぇだろ…」
「…バカだよ!シカマルは…木ノ葉一の…大バカなんだってばよ!」
 ナルトは相変わらず下を向いたままだ。その肩が少し震えている。そんなナルトの肩にシカマルは優しくポンッと手を置いた。
「…悪かったよ、ナルト。実は今日は任務で…」
「任務?休みって言ってたじゃんか?」
「そうだったんだけど、今日の朝早く、急に呼び出されてよ…眠みぃのなんのって…つっても10班任務じゃなく中忍の任務な?それにこれでも早く帰って来た方なんだぜ?」
 ナルトの顔を覗き込むシカマル。だが、ナルトは相変わらず下を向いている。そして、そのままの状態で呟く。
「だったら…手紙くらいくれても良かったんだってばよ」
「手紙…?」
 ナルトの言葉にシカマルは不思議そうに小首を傾げ、ポリポリと人差し指で頭を掻いた。
「手紙なら書いたけど?んで任務に行く前にお前ん家の玄関に挟んで置いたけど」
「えっ!?」
 その時ナルトは弾かれるように顔を上げ、シカマルを見つめた。
「なにを…なにをどこに?」
「だから、『今日は急な任務で遅くなるから』ってメモを、お前ん家の玄関のドアん所に」

―手紙なんて少しも気が付かなかった。

 ナルトは記憶の糸を辿るように数時間前の行動を思い出した。そして、そう言えば―とナルトは思った。
 早くシカマルの家に行かないと―と思い、玄関を開けたと同時に荷物を放り出し、此処まで全速力で駆けてきたことを思い出した。
 余りに急いでいたから勢いよく玄関を開けた拍子に、恐らく手紙も一緒に部屋にでも落ちたのだろうか?
 …と言うことは今頃部屋の何処かにシカマルからの手紙が―。全てを思い出したナルトは再び俯いた。知らなかったとは言え、シカマルを疑ってしまった、八つ当たりしてしまった自分が情けない。
「…ゴメン、シカマル」
 肩を落としたまま身体の両脇で拳を握っているナルト。シカマルはそんなナルトの頭にポンッと優しく手を置いた。
「いや…誤解が解けりゃもういいよ…」
「あと、バカって言ってゴメンってばよ…」
「あぁ…あれはヘコんだな」
「マヂで?」
 溜息混じりのガックリとした声に、思わず顔を上げるナルト。だが、シカマルは微笑み掛けた。
「嘘だよ」
 シカマルの笑顔にホッと胸を撫で下ろすナルト。
「でも、今日空けとけとか、こんな時間まで待ってるなんて、なんか余程大事な用でもあったのか?」
 不思議そうに首を傾げたシカマルの問いに、ナルトは頷くと微笑んだ。
「だってどうしても今日中にお祝いしたかったんだ…」
「…お祝いってなんで今日?」
 シカマルの表情からは相変わらず不思議色が消えない。腕組みをし、ん〜と考え込むシカマル。
 その様子を見てナルトがげっ!と声を漏らす。
「シカマルってば何言ってんだよ?今日はシカマルの誕生日じゃんか!」
「…あっ!」
 ナルトの言葉に、今度はシカマルが弾かれるように顔を上げる。
「げっ!信じらんねー!まさか忘れてたとか?」
「…あぁ」
『信じらんねーよな!自分の誕生日だぜ?』と目を丸くしながら驚かれているナルトを見ながら、
 シカマルは先程までのナルトの言動を思い出していた。


―帰還予定を1日早めてまで今日帰って来ようとしたこと
―玄関に挟んだ手紙に気付かないほど急いでいたこと
―いつまでもいつまでも自分の帰りを待っていたこと


だからか…だから今日中に―そう全ては自分のために―


 その事にようやく気付いたシカマルはナルトの頭に手を乗せ、これ以上にない優しい声音で話し掛けた。
「ナルト」
「ん?」
「お前のそんな気持ちも知らねぇで悪かったな」
「ううん、もういいってばよ」
 そして思い出したようにシカマルの腕をグイッと引っ張った。
「ほらっ!早くしないとシカマルの誕生日が終わっちゃうってばよ」
「あぁ…でもナルト」
 自分を止めるかのような呼び声に、腕を掴んだままナルトが振り返る。
「なんだってばよ?」
「実は今日…冷蔵庫ん中、なんもねぇんだけど」
「それなら大丈夫だってばよ!」
 ナルトは自信満々にポンッと胸を叩いた。
「今日はオレが作ってやるってばよ!」
 そして玄関脇に置いていた買い物袋を、じゃ〜んと掛け声を掛けながらシカマルの目の前に出した。
「この前ラーメン作ってやるって約束してたじゃんか?それにほらっ、材料は全部持って来たから心配無用ってばよ!見ろよ、ちゃんと卵まであるんだぜ〜♪」
 ガサゴソと中身を漁っているナルト。そして何かを思い出すようにハッと顔を上げた。
「あっ、そうだ!なんかバタバタしててまだ言ってなかったんだってばよ!」
「何を?」
 ナルトはくるりと振り返ると、満面の笑みで微笑んだ。
「シカマル、誕生日おめでとうなんだってばよ♪」
「あぁ…ありがとうな、ナルト」

―ナルト…マジでありがとう

 ナルトからのお祝いの言葉に、シカマルも微笑みで返す。

―最高の誕生日になりそうだな

 シカマルはドアノブに手を掛けると鍵を解いた。
 そしてドアを開けると、どうぞ―と言うようにそっと肩に手を乗せ、ナルトを招き入れるのだった。






〜終〜




作:2004/09/22