貴方を愛した記憶 PageZ





銀次の退院祝いパーティーの翌日、銀次が目を覚ますと既に蛮の姿はベッドには無かった。
その代わりにキッチンからは小気味よい包丁の音が聞こえてくる。
―蛮ちゃん、もう起きたんだ。
銀次が寝ぼけ眼を擦りながらベッドルームから出ると、キッチンには朝食の準備をしている蛮の姿があった。
そして、カタンという音で銀次の存在に気が付いた蛮がフッと微笑み、挨拶をする。
 「おす、銀次」
 「…うん、おはよぉ…蛮ちゃん」
 「夕べはよく眠れたか?」
 「うん…」
 「もうすぐ出来っから、座って待ってろ」
そう言われ、うん…と小さく頷き、素直にソファに腰を埋める銀次。
でも何故か蛮の姿をもっと見ていたくて、蛮を見つめていると、だんだんと心の奥が熱くなってきた。
―あっ…あれ?なんでだろう?
銀次は自分の心の奥に芽生えているものの真実にまだ気が付かない。
しばらく銀次が蛮の姿に見惚れていると、自分を見ているとは知らない蛮が話し掛けてくる。
 「なぁ、銀次…今日は」
 「……」
 「銀次?」
 「えっ?今、なんか言った…?」
 「何ボーっとしてんだよ?まだ昨日の酒が抜けてないのか?」
蛮が意地悪くニッと笑いながら傍にやってくると、スッとしゃがみ込み、銀次の顔を覗き込んだ。
 「でーじょぶか?」
そして銀次の熱を計ろうと自分の額を近づける。
蛮の顔がだんだんと近づいて来るのに比例するかのように、銀次の胸の高鳴りもどんどんと高くなり、
額と額がくっつく頃は、とうとう顔全体までもが赤くなってしまった。
 「…熱はないようだが…どした?」
 「う、ううん!なんでもないよ!」
銀次は必死で首を横に振った。
 「相変わらず変なヤツ…で、今日はどうする?酒が残ってんなら今日は家でゆっくりするか?」
 「ううん…本当にもう平気。今日もまた昨日の所に行きたいなv」
 「ホンキートンクか?」
 「うん!マスターや夏実ちゃんとも、もっとお話ししたいな♪話もしたいし聞きたいコトもあるし…」
 「了解。んじゃ、飯食ったら行くか」
蛮はフッと笑い、銀次の髪を優しく撫でると、再び朝食の準備をし始めた。
そして銀次はその姿を再び見つめ始めた。
―どうして…どうして蛮ちゃんと話しているだけで、蛮ちゃんが微笑んでくれるだけで、こんなにドキドキするんだろう…






 「こんにちは」
銀次がカランという音と共に遠慮がちにホンキートンクに入ると、夏実が笑顔で出迎えてくれる。
 「いらっしゃ〜い、銀ちゃん♪」
 「マスターも夏実ちゃんも昨日はお世話になりました」
銀次がペコリとお辞儀をしながら笑顔で御礼を言うと、波児が新聞を畳み珈琲を煎れる準備をし始める。
 「もう酒は抜けたようだな?まぁ…今、旨い珈琲煎れてやるから座ってろ」
 「はい、これ取り敢えずお水ねv」
 「ありがとうございます」
銀次が笑顔でコップの置かれたカウンターに座ると、当たり前のように蛮がその隣に腰掛ける。
 「でも大丈夫?昨日、銀ちゃんお酒の許容範囲超えちゃったんじゃない?」
 「うん…でももう大丈夫だよ。元気元気♪」
銀次が笑顔で元気ポーズを作ると、蛮はどいつもコイツも銀次に過保護だな…とブツブツ言いながら、
煙草を吸おうと胸ポケットから煙草を取り出そうとした…が。
 「あ…そういや切れてたんだ…ちっと煙草買って来るな」
蛮が煙草の空き箱をくしゃっと潰して立ち上がると、同じように銀次も立ち上がる。
 「じゃあオレも行く!」
 「いいよ、すぐ其処だし。それより二人に聞きたいコトあるんだろ?」
蛮が銀次の髪をくしゃっと掻き混ぜると、銀次はうん―と頷いた。
 「じゃ、すぐ戻るから…」
銀次は蛮の姿が見えなくなるまで見送ると、再びカウンターに腰掛けた。






 「…で、なあに?聞きたいコトって?」
夏実が笑顔で銀次の隣に腰掛けると、波児もカウンター越しに身を乗り出して銀次の方に体を寄せる。
 「うん…あのね、実はね」
銀次はそっと珈琲を一口流し込むと、波児と夏実をちらっと見た。
 「あのね…この店に来るオレって、いつもどんなコトを話していたの?」
 「いつも?」
夏実が復唱すると、銀次も同じように復唱する。
 「うん、いつも…」
 「そうだなあ…?」
夏実は最初、ん〜…と考え込んでいたが、あっ!と言うように顔を輝かせた。
 「やっぱアレだよ!蛮さんのコト!」
 「えっ…蛮ちゃんのコト?」
 「うん!二人は本当に仲が良くて…そりゃ喧嘩をするときもあるけど、でも銀ちゃんはいつも幸せそうに笑ってて…
まるでラヴラヴ夫婦みたいだった♪」
 「えっラブラブ夫婦!?」
 「うん!ちょっとダメな旦那様にしっかりものの奥さん銀ちゃんって感じで…」
 「オレが…奥さん…幸せそうだった」
銀次が赤くなりながら夏実の言葉を繰り返していると、夏実はまずったかなぁと言う顔で波児に耳打ちをした。
 「ねぇねぇマスター、私…余計なコト言っちゃったかなぁ?」
 「あ〜…うん…いや…そんなコトは無いと思うが…」
明らかに冷や汗タラタラものの波児。
―こりゃ、蛮にバレたら怒られるぞ…
 「でもさあ…私てっきりもう話したと思ったのに…もしかして蛮さん、まだ銀ちゃんに本当のコト言ってないのかなぁ?」
 「あぁ…俺も昨日辺りてっきり言ったかと思ったのにな…でも銀次のあの表情を見る限りだと…」
二人の視線の先には赤くなり、動揺しながら珈琲を飲んでいる銀次の姿があった。
 「「(言ってないんだ…)」」
 「ど、どうしよう…今の嘘でぇ〜すvとか言った方がいいかな?」
 「いや、余計に変だろ…」
再びコソコソと二人で話していると、其処へ煙草を買い終えた蛮が戻ってきた。
 「う〜さみぃ…やっぱ店ん中はあったけぇな…」
少し背中を丸めながら入ってくると、蛮は銀次の横にどかっと座った。
 「なにコソコソしてんだよ?波児、珈琲ひとつ…」
蛮は波児に珈琲を注文してから、寒くて待てないとばかりに銀次の珈琲を一口飲んだ。
 「あっ…それ」
 「ん?」
―オレの飲み掛け…と言おうとするが、銀次の言葉が止まる。
 「ううん…なんでもない」
 「変なヤツ…しっかしお前のは相変わらず甘めぇな…」
 「ほらよ、ブラックお待たせ」
そこへ波児が煎れ立ての珈琲を置くと蛮は待ってましたとばかりに珈琲を飲んだ。
 「かぁ〜!やっぱ珈琲はブラックだよな。お前のは甘過ぎ」
 「そうかなあ?」
と小首を傾げつつ銀次は自分の珈琲を飲んだ。それも、態と蛮が口を付けた箇所と同じ場所で…
―オレ、蛮ちゃんと間接キス…しちゃったことになるのかな…?
そう思った途端、朝から続いていた銀次のドキドキは最高潮に達した。
 「なっ、何考えてんのっ!オレってばっ!バカバカッ!!」
突然そう叫びながら席を立つもんだから、蛮を始め、波児や夏実だって唖然として銀次を見る。
 「な、何だよ?いきなり…」
蛮の呆れ声で我に帰ってきた銀次は恥ずかしそうにそっと俯いた。
 「あっ…いえ、何でもないです」
銀次が静かに座り直すと、蛮はフッと笑った。
 「やっぱ相変わらず…変なヤツ」







どうしてだろう。
蛮ちゃんの傍に居ると―
蛮ちゃんを見ていると―
蛮ちゃんの事を考えると―
胸が苦しくなる。
ドキドキが早くなる。
そして。
息をするのも苦しくなる。
どうしてなんだろう。








××続××