貴方を愛した記憶 PageY
蛮と銀次がホンキートンクに到着すると、既に皆が集まっており、銀次退院祝いのパーティの準備もほぼ終わっていた。 「こんばんわ」 銀次がぺこりと挨拶をすると、皆が安堵の表情になる。 「銀次さん、いらっしゃいませ」 「銀ちゃんvお帰り♪」 「今日は病院に迎えに行けなくて悪かったな」 「大丈夫か?疲れてないか?」 皆が次々に銀次へと声を掛ける。銀次はその全てに笑顔で答えていく。 「はい、もう平気です!今日はオレの退院祝いをわざわざ開いて下さって、本当にありがとうございました! それに入院中も何度もお見舞いに来て下さって、本当にありがとうございました!」 銀次が深々とお辞儀をすると、士度がフッと笑った。 「変わらねえな」 「えっ…何がですか?」 「そういう律儀な所」 「そう…なんですか…」 銀次が照れるように微笑む。 「気になさらないで下さい、銀次さん。我々がお祝いをしたいのですから」 花月が微笑むと銀次は同じように微笑んだ。 「さっ、銀ちゃん。こっちだよ♪」 そして夏実が銀次の手を引いて連れてきた所には― 銀次の目に飛び込んできたのは、机の上に並びきらない程の料理の数々― 「うっ…わぁv」 銀次はただでさえ大きい瞳を益々大きくさせて輝きを見せた。 「病院食は味気なかっただろ?好きなだけ食って良いぞ」 蛮が背後から声を掛けると、銀次は振り返り大きく首を縦に振った。 「うんv」 「まだ他にもいっぱいあるからな。遠慮するなよ」 スチールに座った波児が声を掛けると銀次は満面の笑みになった。 「ありがとうございます、波児さん!」 銀次の食欲と食い気と『食』に対する力の入れ具合は、何ら前と変わらない。ガツガツと平らげ、どんどんお皿を真っ白に していく銀次を見て皆、安心したのか、いつの間にかその周りには人が集まっていた。 「ケガはもう痛まないか?」 「うん、もう大丈夫!ありがとう、士度♪」 「でも思ったよりも早く退院できて、本当に良かったです」 「カヅッちゃんもありがとう♪」 銀次が以前と同じ呼び方とトーンで、えへへと笑う。 士度も花月も小さな事なのだが、その事が凄く嬉しかった。 だが実は銀次が皆の名前を普通に呼べるようになったのは、つい先程のこと。 それまでは全て“さん”付けだった。 だが、蛮にそれは絶対に駄目だ!呼ばれた方の気持ちも考えてやれ!―と怒られて呼び方の練習をしていたのは 皆、知らなかった。 銀次の周りでは賑やかに宴会が行われている一方、皆に祝われている銀次と離れ、蛮はカウンターで一人静かに ビールを飲んでいた。 「どうした?お前は行かなくて良いのか?」 氷を取りにやってきた波児が蛮に声を掛ける。 その問いかけに蛮は小さく、あぁ…と一言だけ答えた。 「なんで?」 「いや、今のアイツには色んなヤツと話して色んなコト吸収すんのが一番だと思ってよ。それにオレは大勢と話すのは キライだから…此処で良い」 「相変わらず…だな」 波児が苦笑しながら蛮の隣に腰掛け、蛮のグラスにビールを注いだ。 「でも…俺は今のアイツにはお前が必要だと思うけどな」 「そうか?」 蛮がグビッと一気にビールを空けグラスが空になると、再び波児が新しいビールをグラスに注ぐ。 「そりゃそうだろ…見ろよ、楽しそうにはしているが…何処か不安そうじゃねぇか」 波児が視線を銀次に移すと、蛮もつられて銀次に視線を移す。その視線の先に見えるのは、楽しそうに皆と話している銀次。 しばらくその様子を眺めていると、ふと目と目が合う蛮と銀次。銀次は蛮に向かって笑顔で手を振るが、蛮はふと瞳を反らした。 「…別に普通だろ?いつもと同じじゃねぇか」 宴もたけなわ、銀次は案の定、酔い潰れた。 元々酒には弱いし、アルコールが体の中に入ること自体が久し振りなのだから仕方がないと言えば仕方がない。 「…ったく、お前ら加減ってモンを知らねぇのかよ」 「仕方ないでしょう…銀次さんが飲みたいと仰ったから…つい」 「つい…じゃねぇ!いくら飲みたいっつっても止めろっつーの!」 蛮が大きな溜息を吐きながら、床で寝ている銀次を揺り動かした。 「おい、銀次。帰るぞ」 蛮が揺り動かすと銀次は幸せそうにふにゃ〜と瞳を開いた。 「ふぁ〜い…」 そう言いながらも銀次の足は千鳥足で今にも転びそうだった。 「…仕方ねぇな。乗れ、銀次」 「ほえ?」 蛮は銀次の方に背中を向けてしゃがんだ。 「おぶってってやるよ」 「えっ、いいよ、悪いよっ!」 「そんな危なっかしい足取りのヤツと一緒に帰れるか!早くしろっ!」 「うっ、うん。じゃあお願いします」 銀次は遠慮気味にも素直に蛮の好意を受け取った。 「じゃ、オレら帰るな。片付けなくて悪いな」 「そんなのはこっちがやっとくから、気をつけて帰れよ」 「おぉ」 「じゃあまたな、銀次」 「お気をつけて、銀次さん」 「うん!今日は色々とありがとうございました!」 銀次が蛮の背中の上から御礼を言う。 そして皆に手を振って見送られながら蛮と銀次はホンキートンクを後にした。 冷たい冬の風が銀次の頬に当たる。だが今の銀次にはその冷たさが心地よく感じていた。 ひんやりとした風と共に伝わってくる蛮の温もり。銀次はその調和がとても心地よかった。 「しっかり掴まれよ?」 そう言われ、銀次は蛮に絡めている手の力を強めた。温かい銀次の温もりにドキリとする蛮。 思わず振り向いて銀次の顔を見ようとしたが、銀次は嬉しそうに眠っていた。 「何だよ…ちっとも不安そうじゃねぇじゃんか…波児も気になるようなコト言うよな」 蛮がそう呟いた時、銀次が酔っぱらった口調でぎゅっと腕の力を強めた。 「蛮…ちゃん」 「おっ、なんだ?起きてたんだ?」 「蛮ちゃん、ねぇ…どうしてさっきはオレの傍に居てくれなかったの?」 「へ…?」 「オレ…オレ、寂しかったんだから…不安だったんだから」 「銀次…」 「そりゃ蛮ちゃんは色々な人と話した方が良いって言うし、確かにみんなと話すのは楽しかったけどさ… でも本当はすごく寂しかったんだよ…」 銀次が寂しそうに呟くと、蛮の背中に顔を押し寄せた。 蛮は銀次の心情を理解していなかった事に反省しつつ、優しく話しかけた。 「悪かったな、銀次…お前の気持ち其処まで理解って無くて」 「………」 「銀次?」 「………」 答えの返って来ない銀次の顔を覗き込むと、銀次は言いたいことだけ言ってスッキリしたのか、 安心しきったようにスヤスヤと眠っていた。 「……あんだよ…寝てんのかよ」 蛮は呆れるように溜息を吐いたが、幸せそうに眠る銀次の寝顔を見ているといつしか笑顔になっていた。 そして今は背中から伝わってくるこの温もりだけを、ただ大切にしていたかったのだった。 |
××続××