貴方を愛した記憶 PageU






銀次が事故に遭った―







蛮はホンキートンクでその知らせを聞いた。
なんでも車に牽かれそうになった猫を助けようとして事故に遭ったらしい。
 「…ったく、あのアホ!」
思わず毒気づく蛮だったが、内心は生きた心地がしなかった。
もしもあの笑顔が永遠に失われたら、俺は一体どうなってしまうのだろう…
蛮はそのことで頭がいっぱいだった。






もしも銀次が…死んでしまったら―






こんな気持ちになるのなら、いっそ自分が事故に遭った方が何倍も何十倍も良い…
 「銀次…」
蛮は手術室の前のベンチに腰掛け、ただ静かに『手術中』のランプが消えるのを待っていた。
膝の上で組んだ手を何度も組み替えしながら…
あの銀次が死ぬわけない。そんなことは百も承知だ。
なのに何故こんなにも胸が張り裂けそうなのだろう。何故こんなにも心が苦しいのだろう。






それは…銀次を愛しているから…






蛮にだってその答えは分かっていた。




蛮は自問自答しながら静かに息を吐いた。






アイツが…アイツがもし死んだら…俺という人間は一体どうなるんだろう…






蛮は再び手を組み替えした。
その手が微かに震えている。いや、拳だけではない―蛮の身体が全体的に震えている。






独りなんて…慣れていたことなのに…




独りなんて…慣れていたはずなのに…






蛮はそんな気持ちを悟られないように、椅子から立ち上がった。
 「蛮クン…何処行くの?」
ヘヴンの問いに蛮は平然を装いながら答えた。
 「ちっと煙草吸ってくるわ…此処で静かに待ってんのは俺のガラじゃねぇし…」
 「お前っ!よくそんなコトが言えるな!銀次が必死で戦ってるってのにっ!」
不安から来る苛立ちか――士度が蛮に食ってかかる。
だが、ヘヴンが蛮と士度の間にスッと割って入った。
 「いいじゃないの。行って来なさいよ、蛮クン。何か変化があったらすぐ呼びに行くから」
ヘヴンがニッコリと微笑む。
そう、ヘヴンには蛮の苦しい気持ちが分かっていた。
待つことしか出来ない者の辛い気持ちが…
勿論、士度にだって花月にだって、蛮の気持ちは分かっていた。
此処にいる人間の中で銀次を失うのが一番怖いのが、美堂蛮―そのものだと言うことが―







蛮がヘヴンに悪りぃな…と言うように手をスッと上げ、その場を去ろうとした時だった。
点いていた手術中のランプが消えた。
思わず足を止め、振り返る蛮。
他の者も皆、一斉に立ち上がると手術室の入り口を見つめる。
時計の音が蛮の耳にはやけに大きく響く時、手術室の中から一人の医師が出てきた。
 「銀次は……。おい、先生っ!銀次は…銀次は一体どうなったんだっ!無事なんだろうな!?」
蛮は医師の肩をぎゅっと掴み、叫ぶ。その蛮の行動を止めるものは居ない。
そして蛮の声のみが響く廊下で医師はマスクを外すとゆっくりと口を開いた。






 「もう大丈夫ですよ」
医師はニッコリと微笑んで言葉を続けた。
 「出血はかなり多かったのですが、大事には至りませんでした。何より患者さんに生きる気力と体力がありましたから…」
医師の言葉に皆の顔にホッとしたような安堵の色が戻る。
 「気力と体力…さすが銀ちゃんねv」
 「うん…そうだねv」
ヘヴンと夏実が瞳に浮かんだ涙をそっと拭き取る。
 「ですが…」
表情を曇らせた医師の言葉に、そこにいるもの達は一気に凍り付いた。








例えば君が記憶を失ったとしても―






君は俺のことを再び愛してくれるのだろうか――


















××続××