貴方を愛した記憶 Page]U





―カランカラン
ホンキートンクの扉が音と共に開く。
 「蛮さん、銀ちゃん、いらっしゃいませぇ〜♪」
いつもと変わらぬ夏実の元気な声に迎えられ、蛮と銀次は店に入っていく。
 「あれ?なんか銀ちゃん嬉しそう♪」
 「えっ…分かる?」
分かるのも当然だろう。銀次の顔からは溢れんばかりの笑みが零れている。
 「えへへ♪実はね、今から蛮ちゃんとディズニーランドに行くんだv」
 「へぇ〜…いいなぁ〜v良かったねぇ、銀ちゃん♪」
 「うんv」
銀次が満面の笑みで頷いた。
 「そこでよ、準備してたら朝飯食い損なったんだ。悪りぃけど何か作ってくれよ」
 「またツケで…か?ま、いいか。銀次のあんな嬉しそうな顔を見せられちゃ…な」
波児もなんだかんだ言いながらも、二人の前にツケの珈琲を置く。
 「あっ…そうだ!ねぇ、蛮さんでも銀ちゃんでもいいんだけど、ひとつお願いがあるんだ」
珍しい夏実からのお願い―二人は不思議そうに顔を見合わせた。
 「なぁに?お願いって?」
 「あのね、二階の部屋の蛍光灯が切れちゃって、変えて欲しいんだ。
マスターは昨日足を捻っちゃって脚立の上に乗れないんだ…」
 「悪いな。その代わり朝飯はサービスするからよ」
波児も少し気恥ずかしそうに肩をすくめる。
 「よしっ、その話乗った!銀次、行ってやれ!」
 「うん、それはいいけど…波児さん足は大丈夫?お医者さんで診て貰わなくて平気?」
 「ああ…湿布貼ってるし痛みは無いから、直ぐに良くなると思うがな…」
 「そっか…なら安心したv じゃあ行こっ、夏実ちゃん♪」
銀次はニッコリと微笑んだ後、夏実と共にRESTROOMから買い置きの蛍光灯を持って二階に上がっていく。
その後ろ姿を見届けてから蛮は小さく溜息を吐いた。
 「ははっ…相変わらず銀次は人の心配ばかりするな…ところで?お前はなにか俺に言いたいんだろ?」
コト…という音と共に目の前にピラフが置かれ、蛮は俯いていた顔を上げる。
 「さすが…萬屋波児だな。何でもお見通しですってヤツか…」
 「茶化すな!…でもなんか聞いて欲しいからお前が行かないで銀次を二階にやったんだろ?」
図星だった―。
蛮は湯気の立っている熱い珈琲を一口飲んでから、先程の銀次との会話を静かに話し出した。
銀次の記憶が戻るのを願うべきか、願わないべきか―。蛮も銀次と同じくらい悩んでいたのだった…
 「それで…お前はなんて答えてやったんだ?」
 「……いや、何も」
 「何も?」
蛮は胸ポケットから煙草を出すと、火を付けた。すると空中に紫煙が漂う。
 「俺さ…卑怯者なんだよ。ズルいんだよ…俺が銀次に聞かれたのに…俺が銀次に答えを求められたのに…
なのに結局俺が逆に銀次に問いて…最後に答えを求めた。それって卑怯だよな…。でもオレは答えることが
どうしても出来なかったんだ。どうしたって答えなんかないんだ…」
 「蛮…」
 「でもこれだけは…ひとつだけは言える。俺は今の銀次…アイツとの約束を守ってやりたい。
俺は前のアイツも好きだが、今のアイツも愛している。同じくらいに大切だ。だって例えどんなことがあろうと、
結局…銀次は銀次だから…変わりはねぇ…フッ…んな事は当たり前だけどな。
なぁ、波児…オレはどっちを望むべきなんだろうな…」
 「…蛮」
波児も何も言えなかった。いや、言っちゃいけないのかもしれない。
これは蛮と銀次との問題だから―他人がどうこう言えるものでもなかった。
二人は会話のないまま、時間だけが過ぎていく―
そこへ蛍光灯を変え終わった銀次と夏実が二階から戻ってきた。
 「あれぇ?なんか空気…重くない?」
 「重くなんかねぇよ…だからさっさと食え!せっかくのピラフが冷めちまうぞ」
銀次は、はぁい―と頷くと、波児が作ってくれたピラフにパクついた。
その横で蛮も同じように食べ始めた。食べながら蛮はひとつの決意をしていた。
例え銀次の記憶が戻ろうと戻るまいと、同じように銀次を愛していこう―
同じように銀次と時間を過ごしていこうと―
これが先程の銀次の問いに対する蛮の出した答えであった…







軽快な曲が鳴り響く園内。
誰もが一度は行ったことのある人気テーマパーク、それがディズニーランド。
人気があるだけに午後にもなると人でかなり混み合ってくる。
そして、銀次は銀次―記憶があってもなくても銀次は楽しいことが大好きだった。
そして今の銀次にとっては始めての蛮とのデート。
しかも銀次が行きたがっていたディズニーランドともなると銀次の喜びようは半端ではなかった。
 「うわ〜…ディズニーランドって広いんだね〜v」
銀次が瞳を輝かせながら辺りをキョロキョロする。…と思ったらいきなり走り出し始めた。
 「そんなにキョロキョロ…つーかちょろちょろするな!迷子になるぞ?」
 「はぁ〜い」
でも走りたくてウズウズしている様子の銀次の手を蛮は取った。
 「…こうすりゃ迷子にゃならねぇだろ」
少し照れながら蛮は握りしめてる銀次の手の力を強めた。銀次はそんな蛮の表情が可笑しくてフフッと微笑んだ。
 「…あんだよ?」
 「ううん。別に〜♪」
そして銀次も蛮と繋いでいる手の力を強めた。繋がれている手から伝わってくる互いの温もり…
蛮も銀次もそれだけで充分だった。






シンデレラ城に差し掛かった時、蛮が不意に銀次の名前を呼ぶ。
 「ぎ〜ん〜じ♪」
 「えっ…?」
不意に呼ばれ、振り向いた隙にパシャッと音がする。そこにはカメラを構え、ニヤける蛮がいた。
 「もぉ〜っっ!蛮ちゃんのバカァ〜!撮るなら撮るって言ってよぉ〜」
 「しょうがねぇなあ…んじゃ撮るぞ」
そう言いながらパシャパシャと次々とフラッシュがたかれる。
―今のお前を残しておきたい。
そんな事言えるはずのない蛮は、次々にキャラクターやアトラクを見つけてはその横に銀次を立たせ、
フラッシュをたいていく。
 「ちょっ…ちょっとぉっ!オレばっか撮らないで蛮ちゃんも撮ろうよ〜♪」
腕を引っ張る銀次の手を蛮は優しく振り解いた。
 「いいよ。俺は写真は好きじゃねぇし…」
 「でもせっかく二人で来たんだし…それに…その、前のオレとは取ってたじゃん…」
 「…銀次、お前…まさか自分に妬いてんのか?」
 「ちっ、違うよぉ〜っ!全然そんなんじゃないってばぁ〜っ!」
 「プッ…はははっ!」
真っ赤になって否定する銀次が可笑しくて、蛮は腹を抱えて笑った。
こんなに笑ったのは久し振りだった。
 「もぉ〜っ、そんなに笑わなくてもいいじゃん〜っ!」
無気になるとプウッと頬を膨らます所は変わらない銀次。
 「はははっ、悪い悪い…でも前のお前と一緒の写真も、お前が無理に撮ったようなもんだからな」
まだ笑いの止まらない蛮は、笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭きとった。
その姿を見て益々膨らんでいく銀次の頬。そして銀次は拗ねるように蛮をちらっと見た。
 「それでも…オレだって、蛮ちゃんとの想い出の写真が欲しいよ…それに…あ〜っ、あとフィルム一枚
しか残ってないじゃん!もぉ、蛮ちゃん撮りすぎ〜っ!」
 「じゃ、ラストもお前で締めればいいじゃねぇか。どうする?もう一回ミッキーと撮るか?
それとも他の何かを探しに行くか?」
 「やだ〜っ!最後はオレもオレみたいにオレと蛮ちゃんと二人で撮りたい〜っ!」
 「俺俺煩せぇな…おっ、ほら銀次…あそこにドナルドがいるじゃねぇか!今日はまだドナルドと撮ってねえだろ?
ほら、行って来いよ」
確かに蛮は元々写真は好きな方ではなかった。
現に部屋に飾ってある二人の写真も、蛮が先ほど言った通り、銀次が無理矢理撮ったようなものだった。
それに、今の銀次を一枚でも多く残しておきたい…これも真実だった。
だが、今の銀次だって蛮との想い出が欲しかった。例えたった一枚でも良いから…
そこで銀次は一瞬の隙をついて、手をヒラヒラと振る蛮からカメラを奪い取ると、傍を歩いていたカップルに
向かって走っていき、声を掛けた。
 「すみませ〜ん」
 「おっ…おい、銀っ…」
蛮が止める間など全くなかった。銀次は男性にカメラを渡しながら頼んでいた。
 「あの…すみませんが、シャッター押して貰えますか?」
 「いいですよ」
頼まれた男性がカメラを構え、声を掛ける。
 「じゃあいきますよ」
 「ほらっ…蛮ちゃんv」
 「………ったく」
ここまできたら銀次の我が儘に付き合うしかない…か。
蛮は諦めたように微笑むと、銀次と共にカメラの前に立った。
 「はい、チーズ」
―パシャリ
最後の一枚がカメラに収まった。
そして最後の一枚の銀次の笑顔は、この日一番の笑顔だった。






 「楽しい時間ってあっという間なんだね…」
帰りのスバルの中、銀次は夏実へのおみやげのミッキーマウスのぬいぐるみを近くに引き寄せると
名残惜しそうに抱き締めた。
 「そうだな…まぁ今日は急に来るコト決めたし、そのせいで出たのも昼近かったからな…今度はもっと早く来ようぜ」
 「今度……。うん!今度はもっと早く家を出ようねv」
―今度と言う約束の言葉が今の銀次には嬉しくて…凄く凄く嬉しくて…
だから最後に乗ったアトラクションの中で流れていた、イッツアスモールワールドの曲を満面の笑みで何度も何度も
繰り返し口ずさんでいた。それはまるでスバルの中までディズニーランドの様だった…。






そして裏新宿近くに差し掛かった頃、窓から景色を見ながら銀次がポツリと言った。
 「ねぇ…蛮ちゃん…帰りにホンキートンクに寄って貰ってもいい?」
 「…これから…か?もう遅いぞ?」
 「でもさ、せっかくだから今日中に波児さんと夏実ちゃんにおみやげ渡そうよv」
 「…んなもん明日でもいいじゃねぇか」
 「でも明日はホンキートンクお休みだって言ってたし…それに明日はカヅッちゃんや士度に渡しに
行きたいから……ダメ?」
 「…ったく、しょうがねぇなあ…。面倒くせぇけど…姫の頼みだから寄ってやりますか…」
 「うわ〜いvありがと〜蛮ちゃんvv」
 「うわっ…このバカ!運転中には抱き付くなっ!」
 「はぁい…ごめんなさぁい…」
銀次はえへっと笑うと再び前を向いて座り直した。
そして月が覗く中、スバルは裏新宿の街へと到着した。







だがこの時の選択が今の二人にとって超えなければならない
最後のハードルだと言うことは、蛮も銀次も知る由も無かったのだった。










××続××