貴方を愛した記憶 PageXI





記憶を失った銀次が蛮に愛の告白をした日―
そして、蛮も自分の思いを銀次へ打ち明けた日―
そして二人、始めて抱き合ってキスをした日―
二人にとって幸せな夜が明けた。
夕べは文字通り二人は愛し合った。今までの分も含めるくらいに、二人は激しく求め合った。
何度も何度も何度も―時間なんて関係無いほどに二人は互いを求め合った。
久し振りに触れる銀次の肌。そして久し振りに心も身体もひとつになる―
蛮は、たったそれだけのことで最高の幸せを味わっていた。
空中に舞う紫煙の行方を目で追った後、煙草を灰皿に押しつけ、隣で眠っている銀次の髪を優しく撫でた。
 「久し振りに昨日あんだけ体力消耗させちまったからな…しゃーねぇ、旨い朝飯でもいっぱい作ってやっか」
そう呟くと静かにベッドから降り立ったその時だった―
 「ん…蛮ちゃ…ん」
 「おっ、もう起きたのか?いいぞ、もっと寝てても…夕べは久し振りだったし…疲れたろ?」
蛮が銀次の顔を覗き込むと、夕べのことを思い出したのか、銀次の顔が見る見る赤くなっていく。
久し振りに見るそんな銀次の表情を見て、蛮はフッと笑うと銀次を残したままベッドルームを出ようとした。
すると不意に銀次が蛮を呼び止めた。
 「あっ…待って、蛮ちゃん」
 「…何だ?」
呼び止められてドアノブに手を掛けたまま、蛮が振り返る。
 「あの…オレね、蛮ちゃんに聞きたいことが…あるんだけど…」
 「何だよ、聞きたい事って?」
思わせ振りな銀次の態度に蛮は再びベッドまで移動し、銀次の横に腰掛けた。
 「あのね…蛮ちゃんは…その…あの…」
 「何だよ、さっさと言えよ」
 「うん」
銀次は頷くと、すうっと深呼吸をしてから蛮の瞳を見つめた。
 「あのね、蛮ちゃんは…オレの記憶が戻った方が…やっぱり良い?」
 「………えっ?」
突然の銀次の言葉に、さすがの蛮も思わず言葉を無くしてしまう。
 「ねぇ、蛮ちゃん?」
 「何でまた…そんな事…急に…」
やっとの思いで口から出た言葉が、この一言だった。
だが、銀次の顔は真剣そのものだった。そして銀次は尚も言葉を続ける。
 「急じゃないんだ。オレ…オレ…昨日蛮ちゃんに抱かれてから…ううん、蛮ちゃんもオレのことを好きだって言ってくれた
時からずっと、ずっと考えてたんだ。ねぇ…蛮ちゃんはオレの昔の記憶が戻って欲しい?」
 「お前はどうなんだよ…?」
 「えっ…?」
 「俺に聞く前に、まずお前は記憶が戻って欲しいのか?それとも戻って欲しくねぇのか?どっちなんだ?」
逆に蛮からの問いに銀次は下を俯き、そして膝に顔を埋めた。
 「オレは………」
 「俺は?」
蛮に言葉を反復され、銀次は膝に顔を埋めたまま答えた。
 「オレは…戻って欲しくない」
 「…銀次」
銀次はそう答えると顔を上げ、再び蛮の顔を真っ直ぐに射抜いた。
 「オレは要らない…前の記憶なんて、オレには要らないっ!だって…だって…」
 「銀次…」
 「だって、記憶が戻っちゃったら今度は記憶喪失だった間の事を代わりに忘れちゃうんでしょ?両方の記憶があると
パニックになっちゃうから…だから忘れちゃうって、よく聞くもんっ!オレ、オレ…オレっ、やだよっ!
今のこの、蛮ちゃんが好きだって言う気持ち…この気持ちを忘れちゃうなんてやだよ、忘れたくなんかないっ!
蛮ちゃんを愛した記憶だけは、もう二度と忘れたくなんかない!もう二度とあんな思いはしたくないよ!」
 「………」
 「そんなの…もう…やだよぉ…」
銀次は一気に其処まで捲し立てると、ポロポロと大粒の涙を零し始めた。
 「銀次…」
蛮に名前を呼ばれ、銀次の肩がピクリと動く。だが、どんなに蛮が名前を呼んでも銀次の涙が止まることはなかった。
いたたまれなくなった蛮は銀次を力強く抱き締めた。
 「っく…蛮ちゃ…っ」
 「銀次…この…大バカ野郎!」
 「蛮ちゃ…?」
抱き締められたと思ったら、突然怒鳴られたもんだから銀次の涙も一瞬止まる。
 「このバカ…一人でそんなに悩むなよ…ホント、お前は大バカだ…」
 「そんなっ…バカバカ言わないでよ…」
 「バカだから言ってンだよ、このバカバカバカっ!」
 「蛮ちゃん…」
バカを連発され悲しそうに自分を見る銀次を、蛮は今度は優しく抱き締め直した。




そして―




 「忘れないから…」
 「えっ?」
 「忘れない…ゼッテー忘れねぇよ!例えお前に記憶が戻って、今のお前の記憶が失われたとしても、
俺が…俺が絶対に忘れないから…」
 「蛮ちゃん…」
 「忘れるわけねぇよ…こんな俺のこと二度も愛してくれたお前の事だけは、誰が忘れようと俺が忘れないから…
ゼッテー何があっても忘れないから…忘れるもんかってんだ!」
 「蛮ちゃん…」
乱暴な口調ながらも、自分への気持ちが込もった温かな蛮の言葉に、銀次の瞳から止まっていたはずの涙が
再び溢れ出て来る。
 「あ〜…もう…お前はマヂですぐ泣くし…」
 「だっ…だってぇ…」
蛮は、自分の胸でひっくひっくと肩を上げて泣いている銀次の髪を優しく撫でた。
 「蛮ちゃん…」
 「…ん?」
 「蛮ちゃん、ありがとぉ…今の言葉、すごく嬉しかった」
 「銀次…」
 「蛮ちゃん…v」
銀次が涙を拭き、満面の笑みで微笑んでから蛮を見つめる。
そんな銀次を見ている内に蛮は、ある事を思いついた。
 「あっ、そうだ!銀次…今日は天気でもいいし…デートでもするか?」
 「えっ?でぇと?」
 「ああ。行きたいって言ってたろ?ディズニーランド」
 「えっ?連れてってくれるの?」
 「ああ…行こうぜ。約束したもんな」
 「約束―。うん、うん!行こう行こうv」
 「よし、そうと決まったら…ほら銀次、さっさと支度しろよ」
 「うんv」
蛮と今の銀次との約束―。
些細な事が銀次にとっては最高に嬉しく、満面の笑みで微笑んだ。
そんな銀次が可愛くて、蛮はちゅっと音を立てて口付けをプレゼントした。






「蛮ちゃんは、オレの昔の記憶が戻った方が良い?」
何故、銀次が急にあんな事を言ったのか。
それは蛮にも分からなかった。
だが、今銀次が抱いている不安。
今銀次が抱えている痛み。
蛮にはそんな銀次の気持ちは、よく分かった。
痛いほどにまで、よく分かった。
分かっただけに蛮には励ますことしかできなかった。
抱き締めてあげることしかできなかった。
口付けをあげることしかできなかった。








そして、二人にとって最初で最後の約束が交わされるのは、
すぐ其処まで来ていた―。










××続××