貴方を愛した記憶 Page]
美堂蛮 オレにとっての事件が起きたのは昨日の夜遅く。 蛮ちゃんはホンキートンクでお酒を飲み過ぎて酔っぱらってしまった。 だからオレは蛮ちゃんに肩を貸して、一緒にアパートへと帰ってきた。 そして蛮ちゃんをベッドまで運んで、いつ飲んでも良いように枕元に置こうと思って、水を組みに行こうと立ち上がろうとした。 そしたら―オレの腕は蛮ちゃんに掴まれ、そのままぐいっとベッドへと押し倒された。 「…銀次ぃ」 酔っぱらってる口調の蛮ちゃんがいつもの蛮ちゃんじゃないみたいで凄く可笑しくて、オレは微笑んで蛮ちゃんの顔を覗き込んだ。 「なぁに?蛮ちゃん…どうしたの♪…っんんっ」 でもオレの言葉は突然の蛮ちゃんからのキスで遮られた。ほのかに煙草とアルコールの味がする…深い深いキスを。 蛮ちゃんは昨日のことを覚えているのだろうか… ヤベェ事をしちまった。 アイツが寝ているときに思わず触れるだけのキスをしちまったときから― 歩道橋から落ちそうになるアイツを受け止めて、そのまま抱き締めちまったときから― もう理性が効かなくなっちまった。 昨日も…決して酔ってたワケじゃないのに。 アイツが俺の名前を呼ぶ声を聞いたら― アイツの笑顔を見たら―思わず俺は…… 果たして俺はアイツの顔をまともに見れるのだろうか― 「あっ…お、おはよ。蛮ちゃん」 既に起きていた銀次が、蛮にぎこちなく声を掛ける。 「おぉ……はよ」 蛮も不自然に微笑むとソファに腰掛ける。 「あ、あのさ…珈琲煎れようと思うんだけど、蛮ちゃんも飲むでしょ?」 そう言いながら銀次がポットを見せると、蛮が立ち上がろうとした。 「あぁ…オレが煎れようか?」 「ううん、平気。オレがやる」 昨日までとは違い、少しぎくしゃくしている様子の銀次。 ―はぁ…やっぱ気にしてんだろうな。昨日のキス。 蛮はせっかく此処まで我慢したのに、何故最後まで待てなかったのか、 銀次の気持ちも確認せずに何故行動してしまったのか、そんな自分に嫌気が差した。 だが当の銀次はと言えば、蛮の傍に居るだけでドキドキと言う感情と同時に 胸が締め付けられる様な思いまでもが、どんどんと込み上げてくるのを感じていた。 ―恋をすると苦しいって、本当なんだな。 そして蛮にとって反省する出来事は、銀次にとっては、最高の喜びの出来事だったのだ。 「はい、蛮ちゃんお待たせ」 銀次が煎れ立ての珈琲を手にして蛮に近付いてくる。 「おぅ、サンキュ」 銀次が蛮に渡そうとする手と、蛮が受け取ろうとする手。ふとその手と手が触れ合う二人。 「…あっ」 銀次は思わず手を離してしまいそうになり、その拍子に中に入っていた熱い珈琲が、銀次の手に掛かってしまう。 「あつっ…」 「大丈夫か!?銀次」 「う、うん…平気」 「…なワケあるか!貸せっ!」 そう言いながら蛮は銀次の手を掴み、キッチンの水道へと走った。水道の蛇口からは真冬特性の冷たい水が出てくる。 だが、水道から出てくる水の冷たさとは別に、銀次の心は熱かった。 蛮が自分の手を掴んで冷やしてくれている― 心配そうに自分の手を見つめる蛮の顔がすぐ傍にある― 銀次は自分の心臓のドキドキという音が蛮に聞こえてしまうのではないかと、心配していた。 「ば、蛮ちゃん、いいよ…蛮ちゃんの手が冷たくなっちゃう」 「アホ!オレの事はいいんだよ。自分の事を心配しろ!」 口調は悪いが、蛮の不器用な優しさ… だが銀次は蛮のその優しさが、今は逆に辛くなっていた。だから咄嗟に手を伸ばして蛮を離した。 「なんだよ…もう平気なのか?」 「う、うん…後は自分で冷やせるから…」 そう言いながら蛮から目を反らす銀次。 「だったらちゃんと俺の目ぇ見て言えよ」 「見っ…見てるじゃん」 「見てねぇよ。お前変だぞ?熱でもあんのか?」 心配そうな表情を見せる蛮の手が銀次の額に触れようとした途端、思わず銀次は咄嗟にその手を払った。 「本当に…大丈夫だから」 けれども全く自分の事を見ようとしない銀次に蛮はふぅっと溜息を吐いた。 ―なんだよ。俺、銀次に避けられるような事したか? その途端、夕べのことがプレイバックするように思い出してきた。 ―って、思いっきりしてんじゃねぇか…やっぱ昨日のキスの事、怒ってんだよな…普通そうだよな… 蛮は兎に角銀次に謝ろうと、謝罪の言葉を口にした。 「あ〜…その、えっと…昨日のこと…覚えてるか?」 その言葉で俯いていた銀次の顔が上がり、蛮の瞳を射抜いた。 それはYes―と言うことだろうと思い、蛮は言葉を続けた。 「その…悪いな…昨日は…そぅ、酔っぱらっててよ…勢いっつーか、その…お前の事を別にどうこうって言うような 深い意味は特にねぇから、気にしねぇでくれってぇか、忘れてく…」 蛮は思わず其処で言葉を詰まらせてしまう。 それは銀次の瞳から―銀次の瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちていたから―だった。 「…銀次?」 「あ…ゴメンね」 銀次自身も何故自分が泣いているのかが分からない。 だが、蛮の今の言葉が辛くて…悲しくて…聞きたくない言葉だったのは確かだった。 「悪りぃ…そんなにイヤだったか?」 蛮自身、複雑な表情で銀次を気遣う。だが銀次はふるふると首を横に振った。 「違う…違うの…蛮ちゃんは悪くないの」 銀次が訴えるような瞳で蛮を見つめる。 「…じゃあ…なんで泣いて」 「オレが悪いの…オレが変なのっ!だからオレ…蛮ちゃんの傍に居ちゃダメなのっ…」 銀次が次々と零れてくる涙を必死で拭きながら…それでも零れ落ちる涙の勢いには到底追いつかない。 「なんでそんな事言うんだよ…」 まるで分からないと言うような蛮の表情を目にしながら、銀次は恐る恐る言葉を口にした。 「オレ…オレっ、蛮ちゃんが…蛮ちゃんの事が……」 銀次は蛮をちらり…と見た。そして―。 「オレ…蛮ちゃんが……好きです……」 「えっ…」 突然の銀次に言葉に蛮も思わず唖然とする。 「ゴッ…ゴメンね!迷惑だよねっ…!オレ…記憶が無いってだけでも蛮ちゃんにいっぱい迷惑掛けちゃってるのに… それなのに変な事言っちゃってゴメンねっ…本当にゴメンねっ!」 「銀次…もういいよ。謝んな…」 「ううんっ…オレがいけないのっ!ゴメンね、蛮ちゃん…好きになっちゃってゴメンね…。もうこれ以上迷惑掛けないから… だから蛮ちゃん…お願いだから嫌いにならないで…お願っ…」 銀次の言葉を制止したのは蛮からのキスだった―しばらく口付けを交わした後、蛮はゆっくりと唇を離した。 「蛮ちゃん…」 何が何だか分からないと言った様子の銀次の頭を蛮はコツンと叩くと、フッと微笑んだ。 「バーカ…だから言ってんだろ?もう謝んなって…」 「蛮…ちゃん?」 「ホントお前は早とちり野郎だな」 「えっ…?」 「ホントはお前の記憶が戻るまで待とうかと思ったけど、もう待たねぇからな」 「蛮ちゃん…それってどういう…」 次から次へと繰り出される蛮からの言葉の意味が分からないと言った様子の銀次を蛮は優しく抱き締めると、 額にチュッと触れるだけの口付けを落とした。そして― 「俺もお前が好きだ…つーか、お前が記憶を失う前、俺達は恋人同士だったんだ」 「えっ…、恋…人?オレと蛮ちゃんが…?」 「おぉ…どっから見てもラブラブのな」 照れながら微笑む蛮。 「そっ…そうだったんだ。じゃあ蛮ちゃん言ってくれれば良かったのに…」 そう言った後、銀次は蛮の性格を思い出した。 「もしかして蛮ちゃん…オレのため?オレの気持ちを考えて言わなかったんだね… ふふっ、やっぱり蛮ちゃん、すっごく優しいやv」 銀次はこれ以上にないというくらいの満面の微笑みで蛮を見つめると、蛮は照れながらバーカ…と呟き、 コツンと銀次の額を軽く叩いた。そして今度はぎゅっと力強く銀次を抱き締めた。 「はぁ…やっとこう出来るゼ…」 「蛮ちゃん…」 蛮の名を呟きながら銀次も蛮の背中へと腕を回す。 「1日でも1秒でも早くお前とこうしたかったよ」 蛮の心からの言葉なのであろう― それが分かった銀次は蛮の暖かな胸に顔を埋めながら、うん―という様に頷いた。そして― 「銀次…」 不意に呼ばれ、思わず顔を上げる銀次。 「蛮ちゃん…」 ニッコリと微笑む銀次。 しばらく二人は見つめ合っていたが、その内、どちらからともなく唇を重ね合った。 「愛してるよ、銀次…愛してる…愛してる」 「オレも…オレも蛮ちゃんが大好き…世界で一番愛してるv」 それは銀次が事故に遭ってから丁度1ヶ月目の日の事であった。 1ヶ月目にしてようやく互いの気持ちは、通じ合うことが出来た。 1ヶ月目にしてようやく二人は、愛情と言う名の口付けをすることが出来た。 そして蛮はようやく『愛』の言葉を…銀次への思いを口にすることが出来た。 ―もう絶対に離さない。 銀次という存在も、銀次を愛する気持ちも、もう決して手放したりしない。 蛮が銀次を抱き締める力は、より一層強くなるのであった。 |
××続××