雷 鳴







あの時の事は、今でもまだ鮮明に覚えている。
暗くて冷たい建物の中で、俺は泣いていた。
何故かは分からないけど、独りぼっちで泣いていた。
パパは何処なの―
ママは何処にいるの―
此処は一体何処なの―
そして―
そして、僕は―


僕は一体誰なの―

 







外では雷鳴が鳴り始めていた。それでも俺はただ、ただ泣いていた。
ひっく、ひっく…
だが、俺の小さな泣き声は、雷鳴の音に掻き消されていた。


すると、俺に近付いてくる足音が聞こえてきた。
カッ、カッ―
俺は恐かった。独りも恐かったけど、見ず知らずの人が近付いてくるのも恐かった。
だけどその男は、優しく微笑みながら、俺の頭にポンッと手を乗せた。
 「…ボウズ、名前は?」
それが、その男の第一声だった。
 「…ぎんじ…あまのぎんじ…」
俺は答えた。


そうだ。俺の名前は、天野銀次だ―
俺は自分から自分の名前を口にすることによって、自分の存在を確かめたような気がした。


 「…ここはどこなの?」
今度は俺がその男に聞いた。すると、その男が答えた。
 「…無限城」
 「むげんじょう…?」
 「あぁ、そうだ」
 「じゃあ、お兄ちゃんは?お兄ちゃんは誰なの?」
 「俺は…天子峰だ。天子峰猛」
 「てしみね…さん?」
俺が小首を傾げながら小さく呟くと、天子峰さんは静かに頷いた。
そして優しく微笑むと、俺の頭を優しく撫でてくれた。
 「銀次…俺と一緒に行くか?」
―それが天子峰さんと俺との出逢いだった。






それから天子峰さんは俺に色々なことを教えてくれた。
無限城で生きていくために必要なことを―
覚えなければいけない、大切なことを―
たくさん、たくさん教えてくれた。
計算の仕方も漢字の書き方も教えてくれた。
だけど俺は、バカだったからなかなか覚えられなかった。
でもそんな時、いつも天子峰さんは優しく頭を撫でてくれた。
そして、よくこう言ってくれた。
 「計算が出来なくても、漢字が書けなくても、それは生きて行くには何の支障もないことだ」
 「うん」
 「だがその代わり、お前はみんなに他のことを教えてやるんだ」
 「ぼくが…?みんなになにをおしえるの…?」
 「人の…人の愛し方」






今では思い出そうと思っても思い出せない、
両親の顔―両親の声―そして…姿―
俺は、俺を捨てた両親のことを、もう恨んでなんかいない。
そりゃ、最初の頃は恨んだりもした。酷いと思ったりもした。
でも今は、俺を捨てたこと―
それには何か大切な理由があったんじゃないか―
俺を此処に置き去りにしないといけなかったちゃんとした理由が、何かあったんじゃないか―
それも全て俺のためを思ったことだったんじゃないか―
そう思えてならない。
天子峰さんに聞かれて俺は、こう答えた覚えがある。
 「そうか…」
その時、天子峰さんはそれ以上何も言わなかった。






そしてそれからまもなくして、俺は天子峰さんにも捨てられた―






2度も“大切な人に捨てられる”と言うのは、正直ショックだった。
天子峰さんのことを恨んだ日もあった。憎んだこともあった。
でもきっと天子峰さんにもちゃんとした理由があったに違いない。
きっと、俺と一緒に居られない理由があったに違いない。
俺はそう思うことにした。いや、ただそう思いたかっただけなのかもしれない。




それから俺はVOLTSのリーダーとして、ロウアータウンを支配し続けた。
別に支配したかったわけじゃない。
ただ、大切なみんなを守りたかった。
ただ、みんなが俺を必要としてくれていた。
其処に俺の存在価値があったような気がしていた。
そのことが嬉しかったのだ。だけど―






 「どうした?銀次」
蛮ちゃんの声で、オレは我に返った。
 「ごめん…ちょっと昔のことを思い出しちゃって…」
オレは静かに微笑んだ。
 「そっか…」
蛮ちゃんはそう言ったきり何も言わなかった。
それからしばらくオレはその場から、無限城を眺めていた。






そして―
 「じゃあ、行こっか…蛮ちゃん」
オレは蛮ちゃんの方を向いて微笑んだ。
 「もう思い残すことはないか?」
蛮ちゃんの言葉にオレは小さく頷いた。
 「うん」
そしてオレは、もう一度無限城を見上げた―






そう、オレは今日此処、無限城を出る。
外の世界から向かえに来てくれた蛮ちゃんと一緒に―
オレはずっとずっと蛮ちゃんのコトを待っていたような気がした。
差し延べてくれた蛮ちゃんの手をぎゅっと握ると、オレは1歩ずつ噛み締める様に静かに歩き出した。
オレはみんなのこと、大好きだった。
それにオレはみんなを捨てたわけじゃない。置いて行ったわけでもない。
ただ何故か…何故だか分からないけど、此処にいてはいけない気がしたんだ。
みんなから必要とされたことは、すごく嬉しかった。



だけど……



 「士度、カヅッちゃん、マクベス、十兵衛、笑師、朔羅。そして無限城のみんな…またね♪」
心の中でオレは、何度も何度もみんなの名前を呼んだ。
声に出すと心が押し潰されそうだったから…
そしてオレが無限城を旅立つこの日も、此処に来たときと同じ様に、雷鳴が鳴り響いていた。
いつまでもいつまでも鳴り響いていた。そして雷鳴の音を背に受けながら、オレは無限城の外に出た。






ねえ、天子峰さん
オレはみんなに…
みんなに人を愛することを教えられたのだろうか―






〜終〜