愛すると言うこと





 「蛮ちゃん、おはよv」
いつもより早く銀次が俺に声を掛け、パジャマのまま俺を揺さぶった。
 「ンだよ…今日はヤケに早ぇな。でももっと寝かせろよ。寒みぃ…」
俺はそう言うと、銀次がはがした布団をもう一度引き寄せた。だが―
 「ダメっ…今日は起きてっ!起きてってばぁ…蛮ちゃあぁんっ!」
銀次がしつこくもう一度布団を引っ剥がすもんだから、俺は仕方なく起きあがった。
 「一体何だってンだよ…」
俺はまだボーっとする頭をポリポリと掻きながら、大欠伸をした。
銀次は俺が起きたのを確認すると、嬉しそうにベットの脇に座った。
それに伴いベッドもぎしっと軋む音がする。そして銀次は俺の顔を覗き込む程近づくと、ニッコリと笑った。
 「ねぇ、蛮ちゃん…今日は何の日か知ってる?」
 「今日?」
 「うん!今日v」
銀次が満面の笑みで俺の答えを待っている。


―今日か
クリスマスは来週だし、仕事の依頼も今日は無かったはずだし…


俺が考えている時、銀次がキラキラした瞳で答えを出した。
 「今日はね、蛮ちゃんの誕生日なんだよv」


誕生日…
ああ、そんなのすっかり忘れてた…
それに祝って貰った覚えもほとんどねえし…
でも銀次はちゃんと覚えててくれたんだな…


 「だから、早く起きて一緒に過ごそうよぉ♪」
 「…あぁ」
俺は銀次の金色の髪をくしゃくしゃっとかき混ぜた。
 「でもね、オレ、金無いからプレゼントとか買えないんだけど…」
銀次が申し訳なさそうに俯いている。


 「いいよ、そんなのいらねぇよ…」


―お前が覚えていてくれただけで充分だ


俺は微笑んだ。だが…
 「ダメっ!それじゃオレの気持ちがすまないんだ…だからっ!」
銀次がムキになって顔を上げた。
 「んじゃ、何くれるんだ?」


―『俺をあげるv』なんて発想、コイツの頭にあるワケ無いし…


 「今日はね、ご飯も掃除も洗濯も、ずぇ〜んぶオレがやるから蛮ちゃんは今日1日ゆ〜っくりしててねv」


―なんだ、そう言うコトか。………ってメシ!?


 「あ〜!今、蛮ちゃん、オレにご飯なんか作れるのか?って思ったでしょ〜!
 この日のためにマスターにちゃんと教わったんだからね」
銀次がピッと俺を指差した。


―相変わらずコイツはカンだけは鋭いなあ


俺は銀次にせがまれるまま、ソファに腰掛けた。
銀次は嬉しそうにエプロンを身に纏い、鼻歌を歌いながらメシの仕度を始めた。


が―


ガラガラガッシャ〜ン☆
 「うわ〜!!」
必ず聞こえると思っていた効果音と銀次の叫び…そして…
 「あれぇ?マスターと作った時は、こんなにならなかったのに…おっかしいなあ???」
明らかに思っていたのと違うであろう『?』が飛び交っている銀次のセリフ…
 「手伝おっか?」
俺は銀次に声を掛けた。だが銀次は、俺をソファに押しやると首を思い切り横に振った。
 「ダメ!今日はオレ一人で作りたいんだ。蛮ちゃんはドカッと座って待ってて!ねっv」
銀次のこの『ねっv』攻撃に、俺は弱かった。特に語尾のハートマークにはもっと弱かった。
俺は言われるがまま再びソファに腰掛け、TVのスイッチをおもむろにつけた。






しばらくすると、銀次が笑顔でやって来た。
 「蛮ちゃん、お待たせv」
そう言いながら銀次が俺に差し出したのは、カレーライスだった。
 「食べよv」
銀次が俺にスプーンを手渡した。
 「おぉ…んじゃ、いただきます」
俺は銀次からスプーンを受け取ると、一口、口に運んだ。
恐らく銀次が生まれて初めて作ったであろう、カレーライスを…
 「どう?…どう?」
銀次がかなり不安げに俺の顔色を伺っている。俺はそんな銀次可笑しくて思わずプッと吹き出しそうになった。
 「大丈夫…旨えよ」
俺がそう言うと銀次はホッとした様な表情を見せた。
 「ホント?」
銀次もカレーライスを一口食った。そしたら一気にフワリと笑顔になりやがった。
 「本当だ…おいしいねv」
銀次はパクパクと食べ始めた。
 「おかわりもいっぱいあるから、いっぱいいっぱい食べてねv」






食べ始めてしばらくすると、何かの形をした人参が出て来た。


―何だ? コレ?


俺はスプーンでその人参をすくって見た。その形は紛れもなく…ハート型だった。
銀次は俺がハート型の人参を見ているのに気付くと、えへへと笑った。
 「それはね、オレの気持ちv」


―えっ!?


 「夏実ちゃんにね、クッキーの型を借りて、それでくりぬいたんだ…可愛いでしょv」


―くそっ!可愛いコトするじゃねえか!


俺はその人参をばくっと一口で食った。そしたら…
 「あっ!今、蛮ちゃん、オレの気持ち食べてくれたんだね!うわ〜い、嬉しいなぁv」
銀次が満面の笑みで俺を見つめた。
 「なっ…何言ってやがるっ!」


―バカっ!バカかテメエは!


そう思いながらも俺は自分がみるみる赤くなるのが分かった。
分かったから残りのカレーを一気に食うと、ベランダに出た。
 「蛮ちゃん…外、寒いよ?」
銀次が心配そうに俺に声を掛ける。確かに銀次の言う通り、すげえ寒かった。
…が、こうでもしねえと身体の火照りが収まりそうもなかった。






それから少し経つと、おかわりのカレーを食い終わった銀次も俺の隣にやってきた。
 「寒いね。蛮ちゃん…」
 「もう12月だからな…」
 「でも寒くないかな?」
 「はぁ?どっちだよ?」
 「もう!“なんで?”…って聞いて?」
銀次の頬がぷうっと膨れる。
 「めんどくせぇなあ…はいはい、なんでだよ?」
 「ふふっ…それはね、蛮ちゃんがいるからだよv」
そう言いながら銀次が笑顔で俺にぴったりとひっついてきた。
 「蛮ちゃんってあったかいねv」
 「おメエも湯たんぽみたいだな」
俺も包み込むように銀次を優しく抱きしめた。そしてオレ達はしばらくそのままでいた。






 「ねぇ、蛮ちゃんv」
 「ん?」
ふいに呼ばれて俺は、抱きしめている銀次の顔を何気に見た。


そしたら―


銀次の方から俺にそっと口付けた。
 「お誕生日おめでとう…蛮ちゃんv」
 「お、おお…サンキュー」
サイコーの笑顔を共にくれたサイコーのプレゼント。


―憎いコトするじゃねえか


だから今度は俺の方から銀次にキスをした。
俺の気持ちが銀次に届くように――深く深く口付けた。


 「蛮ちゃん…大好きv」
 「あぁ…俺も好きだよ。銀次」
俺は再び銀次を抱きしめた。今度は銀次への思いを込めて――強く強く抱き締めた。






この銀次に対する思い
それは「愛」なんて大層なモノじゃないのかもしれない
第一、俺は「愛」なんて感情を今まで味わったコトなどなかった
だが、俺はこの時、お前をただお前を心から大事に思った
失いたくないと思った
銀次に出逢えて本当に良かったと思う
もしこの気持ちが「愛」だと言うのなら
銀次…俺はお前を心から愛している




空からは俺達を祝福するかのように静かに雪が落ちてきた。
俺達はその中でただずっと、抱き合っていたのだった。

 

 


〜End〜




作:2001/12/17