秘 密










ある日、銀次は風呂の中で、ふと、雪彦の言葉を思い出していた。




――美堂蛮は…あの男は僕たちの姉のエリスを殺したんだよ




そんなコトはない…
きっとそれは雪彦くん達の誤解だと思う…
だってオレは蛮ちゃんを信じているから…





銀次は湯船の中に静かに潜った。
それと比例するようにブクブクと気泡が水面に上がってくる。




本音を言うと、蛮ちゃんの事なら何でも知りたい…
過去だって何だって愛する人の事なら何だって受け止められる…
でも、その事で蛮ちゃん自身を傷つけたくもない…
だから蛮ちゃんが話したくなった時に、オレも聞きたい…
それに蛮ちゃんは蛮ちゃんだもん…
オレの知ってる蛮ちゃんは…
何があってもオレの大好きな蛮ちゃんだから…







 
「おっ、風呂上がったか?んじゃ、次は俺が入るか…」
湯気を出しながら傍に立っているパジャマ姿の銀次を見て、テーブルの上に読みかけの雑誌を置き
ソファーから立ち上がる蛮。
 「ねぇ…蛮ちゃん…」
銀次が小さく呼び掛けると、歩み出そうとしていた蛮の足も止まる。
 「ん?……なんだ?」
 「オレ…オレね…蛮ちゃんのコト信じてるからねvv」
いきなり笑顔で言われたものだから蛮は少し焦る。
 「なんだよ急に。…ったくお前は、時々ワケ分かンねえコトいうなぁ」
蛮が頭をかきながら、もう一度ソファーに座り直すと、銀次がその隣りにちょこんと座る。
 「ううん…ただ言いたかっただけv」
そう言って満面の笑みで蛮に微笑む銀次を見て、ハッとした蛮がボソッと言った。
 「…もしかして、冷蔵庫のプリン食っちまったの…バレたか!?」
その言葉に銀次の顔から笑みが消えた。
 「えっ!?」
驚いたように冷蔵庫に向かって走り、脱皮の如く扉を開けた。
 「あ〜っ、無いぃぃ〜!蛮ちゃんいつ食べちゃったの?」
 「お前が風呂入っている間」
 「う゛〜!せっかくお風呂上がりに食べようと思って買ったのに…」
 「悪りいな…今度また買ってやるよ」
銀次が肩を落としながら再びソファーに腰を掛けると、お詫びとばかりに蛮は銀次の湿っぽい髪を、
タオルでわしゃわしゃと拭いてやった。
 「しっかし、プリンじゃないとすると…アレかな?」
蛮の言葉に驚いた表情で顔を上げる銀次。
 「今度は何!?」
 「なんだ…気付いてねぇのか…なら『秘密』のままにしといてもいいが、バレたらお前煩いしな…」
 「な…なに?」
銀次の瞳が蛮を貫く。蛮はそんな痛い視線から反らしながらボソッと呟いた。
 「あれも食った、アイス」
 「え〜っ!?」
銀次が再び冷蔵庫に向かって走り、脱皮の如く冷凍庫の扉を開けた。
 「酷いぃ〜蛮ちゃんっ!いつ食べちゃったの?」
 「ん〜…昨日かな?」
それを聞いた銀次がぷうっと膨れると、蛮はその銀次の頬をつんっとつついた。
 「じゃあ今度はそれも買ってやるよ」
 「絶対だよ!」
銀次が蛮の小指と指切りげんまんをした。
 「しっかし、プリンでもアイスでもねぇとしたら…やっぱアレがバレたか?」
 「えぇっ!?まだ他にも『秘密』があるのぉ〜!?」
 「それは……」
蛮は口を開こうとしたが、フッと笑うと銀次の頭を軽く撫でた。
 「んじゃ、風呂入ってくるな」
 「え〜っ!?何々〜?気になるじゃん〜!教えてよぉっ、蛮ちゃん〜!?」
銀次の『教えて攻撃』が出たが、慣れている蛮はそれを無視して風呂場に向かった。
 「気になって眠れないよぉっ!」
銀次の嘆きも空しく、蛮は風呂のドアを閉めた。






―そしてしばらくの後、蛮は風呂から出た。
洗いっぱなしの髪もそのままに、銀次はソファーですやすやと安らかな寝息を立てている。
 「…んだよ。気になって眠れねえっつってたのに…」
蛮は銀次を起こさないようにソファーの端に座るとまだ微かに湿っている銀次の髪を撫でた。
 「教えてやるよ、銀次…。もうひとつの『秘密』はな…」
蛮は眠っている銀次にそっと優しくキスをした。
 「お前が寝てる間にキスをすることだよ」
蛮は微笑みながら銀次を見つめた。そしてその微笑みはとても優しかった。




そうして、銀次が蛮の『秘密』を知るのは、しばらくしてからであった。
当然、手放しで喜ぶのだが…






End