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       港街― 
      ひとつの恋人同士が抱き合っていた。 
       
       
      『もう2度と君を離さないよ』 
      『ええ。私達どこまでも一緒よ』 
       
       
      そして永遠の愛を誓い、口づけを交わす2人―。 
       
       
       
       
       
       
       
       「あ〜、おもしろかったvv」 
      夏実が瞳をうるうると潤ませながらTVを消した。 
       「このドラマって確か去年やってたわよね?」 
      ガム抜きのアイスコーヒーを飲みながらヘヴンが聞いた。 
       「そうなんですよ。ヘヴンさん。今のは再放送なのですv 
       私、このドラマ大好きだったんです〜v いっつもラストで泣いちゃって…」 
       「夏実ちゃんもロマンチストなのねv」 
      うふふと笑い合う女性軍。そんな女性軍に反撃する男がいた。 
       
       
       「こんなの夢のまた夢だって!実際こんなのあるワケねぇって!!」 
      その男は、ツケのコーヒーを飲みながら、偉そうにふぅ〜っと煙草の煙を吐いた。 
       「もうっ…蛮さん!現実的なこと言わないで下さい〜! 
       それに例え夢でも素敵じゃないですか〜!こういう恋って憧れるんです!」 
       「そうよね。女性ならロマンチックな恋って1度は憧れるものよ。蛮クン、それが分からないからモテないんじゃない?」 
      結託した女性軍から反撃を受ける蛮。 
       「うるせぇ!別に俺は女にモテたくてロマンチストになんぞになるつもりはねえよ。それに俺はモテねぇんじゃねぇっ!」 
       「モテないんじゃないなら、じゃあ何?」 
      ヘヴンに突っ込まれ、うっ…と言葉を呑む蛮。 
       
       
      ―好きな奴ひとりに好かれてりゃいいんだよ。 
       
       
      蛮はちらっと隣りにいる銀次を見た。 
       「そうですよ、蛮さん!モテないんじゃないなら、何なんですか?」 
      ついには夏実にまで突っ込まれてしまった。 
       
       
      その時だった―。 
       
       
       「なになに〜? 何の話〜?」 
      今までもいたのだが、食べるのに夢中で何も聞いていなかった銀次が話に入ってきた。 
       「女性なら誰でもロマンチックに憧れるって話と―」 
       「蛮さんはモテるのか〜?という話なのだ〜vv」 
      ふ〜ん、そうなんだぁvと笑顔で女性軍の話を聞く銀次。 
       
       
       「ねぇねぇ、銀ちゃんはどう思う?やっぱりロマンチックって憧れるよねぇ?」 
      今度は銀次に聞いてくる夏実。 
       「う〜ん…オレはよく分からないけど…でもオレは夏実ちゃん達の味方だよv」 
      銀次が笑顔でそう言った途端、何処からかハンマーが飛んできた。 
       「痛ぁいっ!何すんだよぉ〜…蛮ちゃん!」 
       「うるせぇ!よく分かんねぇなら黙ってろ!」 
      う゛〜、蛮ちゃんの暴力魔。と言いながら、頭をさすっている銀次。 
       「…で、そのロマンチックに憧れるって、例えばどんなのだ?」 
      蛮は逆に切り返してきた。 
       「そうですねぇ。例えば…ファーストキスの場所とかシュチュエーションとかも女の子ってこだわりますよねv」 
      そう言った夏実は恥ずかしそうにうふふっと笑った。 
       「あら〜ん、可愛い夏実ちゃんvやっぱり女の子ねぇv」 
      ヘヴンが夏実の肩をつんっとつつく。 
      きゃらきゃらと盛り上がっている女性軍を横目で見ながら、蛮は天井に向かって煙を吐いた。 
       「そういやよく女共はファーストキスって何かの味って言わねえか?リンゴだっけ?レモンだっけ? 
       どっちにしてもくだらねぇよな…」 
      その台詞に反応を示したのは女性軍ではなく隣で甘めのカフェオレを飲んでいた銀次だった。 
       「えっ!ファーストキスってそんなにおいしい味がするの!?」 
      そしてどうやら本気で言っているらしい― 
       
       
       「私はまだだからよく分からないけど…銀ちゃんのファーストキスは何の味だったの?」 
      夏実がオレンジジュースを飲みながら、笑顔でサラリと聞く。 
       「えっ!?オレ?」 
      突然振られたものだから、銀次は慌ててカップをソーサーに戻した。 
       「…オレは……」 
      視線を天井に向け銀次は考えた。そんな銀次の視界に蛮が吐き出した煙が映る。 
      そしてぽつり―と答えた。 
       
       
       「………煙草…かなぁ?」 
       「えっ!? 煙草?」 
      ヘヴンが聞き返す。 
       「うん!だからオレの場合、ちっとも果物の味なんかしなかったよvv」 
      満面の笑みで答えたあと自分の発言の意味に気が付いたのか、途端にボッと赤くなった。 
      そして蛮は銀次に背を向け、このドアホ!と呟いた。 
       「ふ〜ん…タ・バ・コ…ねぇv」 
      意味ありげにニヤニヤして蛮を見るヘヴン。 
      夏実は始めは銀次の言った意味が分からなかったが、蛮とヘヴンの表情、 
      そしていまだ赤くなって下を向いたままの銀次を見て、全てを察した。 
       「あっ、分かった!銀ちゃんのファーストキスの相手って…!!」 
       「わ〜っ!夏実ちゃんっ、し〜っ!!」 
      慌てて人差し指を口に当てて『し〜っ』のポーズをする銀次。 
      蛮はそんな銀次の頭をポコッと叩いて、そろそろ行くぞ。と声を掛け逃げるように店の外へ出た。 
      銀次も、うん。と頷き、蛮の後を追うように慌ててHonkyTonkを出た。 
       
       
       
       
       
       
       「…ったくお前アホか!みんなの前で分かりやすい答えを言ってンじゃねぇよ!」 
      足早に歩きながら怒鳴っている蛮に追いつこうと、此方も足早になる銀次。 
       「ゴ、ゴメンね…蛮ちゃん…。つい口が滑っちゃって…」 
       「“つい”…じゃねぇ!」 
      顔こそは見えないが、口調でかなり怒っていることが伺える。 
      そして今、蛮が此処まで怒っているのは、先ほどの自分の失言のせいだと銀次は反省していた。 
      その場に立ち止まり、下を向く銀次。 
      蛮はそんな銀次を見て微笑むと、銀次の傍まで歩み寄り金色の髪をくしゃくしゃっとした。 
       「…まあ今更言っちまったもんはしょうがねぇよ。だからもう気にすんな」 
      頭上から降り注ぐ蛮の優しい言葉と笑顔を見て、ぱあ〜っと顔が明るくなる銀次。 
       「うんっ!…でも、本当にゴメンね。蛮ちゃん」 
       「もういいよ」 
      蛮の微笑みで銀次の顔にもいつもの笑顔が戻る。 
       
       
       「あっ、ねぇ…蛮ちゃん。じゃあひとつだけ聞いてもいい?」 
       「何だ?」 
       「蛮ちゃんのファーストキスってどんな味だったの?」 
      微笑みながら銀次が聞く。 
      予想だにしなかった銀次の質問に蛮の中の時間が止まる。 
      そして慌てて自分を取り戻し、明後日の方を向き、ポツリと呟いた。 
       「そんなの…大昔のコトで忘れたよ」 
       「え〜!忘れちゃうほど前なの?オレは…蛮ちゃんがファーストキスだったのにな」 
      むーっと残念そうに唇を尖らせる銀次。そんな銀次を見ながらフッと笑う蛮。 
       「でも、お前とのファーストキスなら覚えてるよ」 
       「えっ、ホント?」 
       「あぁ、お前はさっき煙草の味とか言ってたけど、俺は…」 
       「何々?何の味だったのvやっぱり果物?」 
      色々な果物を頭に思い浮かべながら、キラキラと瞳を輝かせ、蛮の顔を覗き込む銀次。 
      そんな銀次に期待を裏切りそうで、蛮は言おうかどうしようか躊躇していたが、ボソリと呟いた。 
       「………焼き肉弁当」 
       「…ほぇっ?」 
       「焼き肉弁当だ!」 
      果物を期待していた銀次は、思いがけない答えにビックリしたが、無意識にボソッと呟いた。 
       「いいなあ…おいしそうv」 
      銀次らしい呟きに蛮は思わず吹きだした。 
       「残念か?果物じゃなくて…」 
      銀次はううん。と首を振り、にこっと笑った。 
       「タバコとお弁当か…オレららしいかもねv」 
      笑って自分を見つめる銀次を、蛮はぎゅっと抱きしめた。 
       「ばっ…蛮ちゃん…どうしたの?人が見てるよ?」 
      いつもは人前で抱き締めることなど絶対にしないのに…。 
      いきなりの出来事に焦って手の行き場のない銀次とは対照的に、蛮はいいんだよと言って優しく抱きしめ続けた。 
       
       
      そして優しくキスをした― 
       
       
      初めこそ行き場の無かった銀次の手も、今では蛮の背中に回されている。 
      そして2人は時が止まったようにいつまでも静かに唇を重ねていた。 
       
       
      唇から伝わってくる蛮の優しさ―銀次はその心地よさが大好きだった。 
       
       
       
       
       
       
       「ふふっv」 
      銀次が蛮の胸に顔を埋めて笑い出す。 
       「…なんだよ」 
      蛮が銀次の額をつんっとつつく。 
       「だって蛮ちゃんのキスした時って、やっぱりタバコの味なんだもんv」 
      蛮の胸の暖かさに触れながら銀次が幸せそうに笑う。 
       「うるせぇ。文句あっか!」 
      と言いつつも、銀次を優しく包み込む蛮。 
       「オマエも今日は…カフェオレの味がしたな」 
       「あっ、そう言えばさっき波児さん所で飲んだんだv」 
       「だからか…」 
      再び笑顔で見つめ合う2人― 
      そして銀次はハッと思い付いたように満面の笑みで言った。 
       「今度は果物食べた後にしようね…vキ・スvv」 
       
       
       
       
       
       
        
      〜The End〜 
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