teddy bear

  




あなたは昔、言いました。
目覚めれば枕元には、ステキなプレゼントが置いてあるよ…と。
優しく髪を撫でながら……





 「プレゼント?」
寝しなに突然天子峰から発せられた言葉に、銀次はピクンと反応した。
 「なんで?オレ、明日はまだ誕生日じゃないよ?それより天子峰の方がもうすぐじゃん」
 「別に誕生日ばかりがプレゼントを貰う日とは限らないさ。それともなんだ?要らないのか?」
天子峰にそう切り替えされ、銀次はちょっと待って―と制止する言葉を発す。
 「欲しいっ、欲しいよ〜!天子峰から貰えるなら、オレ、何でも嬉しいv」
思わず誤解をしてしまいそうになる言葉に、天子峰は苦笑する。
銀次が自分に対する思いは、少なくとも『愛』ではない。
もしも『愛』という言葉で表現するならば、それは『家族愛』だ。
銀次には家族の想い出と言うものがないから…。
銀次は家族と言う形を欲しがっていたから…。
自分に『兄』のようでいて、時折『父』であるような感情を求めていたから…。
それが天子峰にはよく分かっていた…。
銀次にとって自分が『兄』であるならば、自分にとっても銀次は『弟』である。
誰よりも世話も手も掛かる―だが誰よりも愛おしく大切な『弟』
 「…ほら、いいから。さっさと寝ろ!…でないとプレゼントが逃げるぞ?」
 「えっ!?プレゼントって逃げちゃうの!?じゃあ寝る!直ぐ寝るねっ!」
銀次が慌てて毛布を引き上げる動作に、天子峰は今度は声を出してクッと笑う。
そして銀次の頭をポンポンっと優しく叩くと、お休み―と一言だけ呟いた。




 

私は期待に弾む胸を、抱えながら眠りにつきました。
やがて訪れる夜明けを心待ちにして……。





天子峰からのプレゼントは、いつも銀次の期待通りのものだった。
…と言っても無限城の状況が状況だ。
毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際で、貰ったこと自体片手でも余るほど少ない。
それだけに銀次にとって大切な家族である天子峰からのプレゼントは、心から嬉しかった。
だから今夜はなかなか寝付けなかった。
今度は一体なんだろう?何をくれるんだろう?
そんな浮き立つ気持ちばかりが先行して、なかなか寝付けずにいた。
そして時々隣にいる天子峰に視線を見やると、まだ眠くないのか、
それとも眠れない銀次が、眠るのを待ってくれているのかは分からないが、
窓際に腰掛けて遠くを眺めていた。
そんな天子峰を見つめながら、銀次はいつしか眠りについていた。
 「銀次…ごめんな」
天子峰の小さな呟く様な言葉は闇に紛れ、既に眠りに落ちている銀次には届かなかった。





そして夜が明けた…。





ちゅん…ちゅん…
無限城に流れている数羽の鳥達の声。
こんな静閑で長閑な朝は久し振りだ。
銀次はその鳥の声に反応するようにピクリと動いた。
そして窓から差し込む日を眩しそうに見つめてから、大きく伸びをした。
 「ん…もう朝……?」
むにゃむにゃと目を擦りながらボーっとした表情を浮かべた。そして―。
 「朝…ってことは!!」
昨日の寝しな、天子峰に言われたことを思い出す銀次。

―目覚めたらステキなプレゼントがあるよ。

 「天子峰っ、天子峰っ!プレゼントって…なに?」
朝からハイテンションな銀次は、いつも隣で眠っているはずの天子峰を振り返った。
するとそこには―
天子峰ではなく、大きな大きなクマのぬいぐるみがあった。
銀次が抱えると身体の2/3は隠れてしまうくらいの、とても大きいクマのぬいぐるみ。
 「すっごーい…すっごいね、ありがとうv天子峰…あれ?」
御礼を言おうと天子峰の姿を探すが、何処にもない…。
 「天子峰ぇ〜…どこぉ?」
だが、銀次の声に答えるものはいない。
 「…おっかしいなぁ?買い物にでも行ったのかなぁ?」
銀次は早く御礼が言いたくて、ぬいぐるみを抱き締めたまま、窓際に置いてある椅子に座った。
此処から外を眺めていれば、天子峰が帰ってくるのが一目瞭然だったから―。
銀次は其処に座り、いつまでもいつまでも天子峰の帰りを待っていた。
だが、窓から差し込む朝陽が夕陽に変わり、再び静寂な闇が包み込もうとしていても、
天子峰は銀次の元に戻っては来なかった―。




 

目覚めた私の枕元には
大きなクマのぬいぐるみがいました。
隣にいるはずのあなたの姿と引き替えにして……。

 




何処からともなく吹いてきた風に乗って、薄桃色の花弁が一枚、フワリ―と舞い込んできた。
そしてその花弁が音もなく舞い落ちたと同時に―。
ポタリ―
抱き締めたクマのぬいぐるみの上に、涙が零れ落ちる。
 「オレ…捨てられちゃったのかな」
銀次がポツリと呟く。無論、その問いに答えるものなど無い。
 「オレ…また…捨てられちゃったのかな」
今度の呟きには涙混じりの声に変わっている。
 「…なんでっ…どうして…」
どうして自分に何も言わずに、皆、消え去ってしまうのだろう。
どうして大切な人は皆、自分の前から居なくなってしまうのだろう…。
うっ…ううっ…っく…
銀次は声を押し殺して泣いた。
いつまでもいつまでも泣いていた―。




そしてひとしきり泣いた後、銀次はぬいぐるみの首輪の部分に小さな紙が着いているのに気が付いた。
銀次は涙に濡れたままの手で、そっとその紙を開いた。
するとそこには走り書きのような一言だけ―。だが天子峰の言葉で残されていた。




銀次…今まで有り難う。
黙って出ていってごめんな…。
だが、いつか出逢うはずの、お前の真実の人が早く現れることを
俺は遠くから近くから見ているからな―。
だから―頑張れ!!





手紙は其処で終わっていた。
そして手紙を握り締めたまま、銀次の頬を涙が伝う。
だが、先程までの悲しい涙ではなく、別の意味の涙が…。
実のところ、銀次はいつかは天子峰が自分を置いて出ていってしまうことに、何となく気付いていた。
気付いていたのだが、気付かない振りをしていただけなのだ。
天子峰が時折窓の外を見やるときの表情―その時も不安は途轍もなく感じていた。
銀次は怖かったのだ。今の自分は途轍もなく小さく、また、か弱いものだから―。
だが、天子峰もきっと辛かったに違いない―。
置いていく方も置いていかれる方も同じように辛い―。
否、もしかしたら置いていく側の方が、自分よりももっと辛いかもしれない―。
 「だって…天子峰はそう言うヤツだから…」
銀次は小さく、だがハッキリと呟いた。




 

あなたは昔、言いました。
目覚めれば枕元には、ステキなプレゼントが置いてあるよ…と。
優しく髪を撫でながら……。

 




天子峰さん、オレの方こそ今まで有り難う。
本当に素敵なプレゼントも有り難う。
いつもいつも本当に有り難う。
オレは感謝の思いでいっぱいです。
次に逢った時には、オレはもっとちゃんとした人間になるから!
だから見ていてね。
でも…今度逢ったらひとつだけ文句を言わせて貰うよ。
オレも…ちゃんと御礼が言いたかったんだからね!






銀次はえへへと小さく微笑み、フウッと息を吐くと空を見上げた。
東の空からは朝陽がゆっくりと昇ろうとしていた。
銀次は1日が始まる合図を静かに見つめていた。
そしてその表情には、もう全く翳りはなかった―。










 

 

〜The End〜





作:2004.4.4