銀次…
アイツを突き放したのは、つい先日の事なのに…
どうして此処までアイツが気になるんだろう…
どうして此処までアイツに逢いたいのだろう…
銀次だけは絶対に傷つけないと誓ったはずなのに
俺はアイツを傷つけてしまった。
最後に見たのはアイツの涙だった。
俺はどうしてこうまで
生きるのが下手なのだろう…
愛するのが苦手なのだろう…
銀次―今お前は一体何をしているんだ…







 「えっ…」
銀次が歩んでいた足をふと止める。すると一緒に歩いていた花月と赤屍とヘヴンが振り返る。
 「銀ちゃん…どうしたの?」
ヘヴンに問われて銀次は辺りをキョロキョロとした。
 「何か今……蛮ちゃんの声がした」
銀次の発言に3人は顔を見合わせ首を横に振った。
 「花月くん、聞こえた?」
 「…いえ。僕には何も…」
 「私にも聞こえませんでしたね…」
 「そうよね…きっと銀ちゃんの聞き違いよ。だって蛮クンはもうかなり先にいるはずよ?」
ヘヴンの言うことは尤もである。だがそれは順調に行っていればの場合―
今の蛮の状況を知っているのは、この中には誰もいない。
無論、銀次にだって今の蛮がどのような状況なのかは知らないはずだ。


―だが


 「でも…ほら、また聞こえたよ?銀次…って、オレを呼ぶ声が…
蛮ちゃんきっとこの近くにいるんだよ!」
 「銀ちゃん…」
 「オレ…行くよ!だって蛮ちゃんが呼んでるんだもん!!」
 「行くったって、何処にいるか分かるの?」
 「分からないけど…でもこの声を頼りに行けばきっと行けるよ!絶対に蛮ちゃんに逢える!」
銀次の瞳に迷いはなかった。
 「だからって銀次さん。この辺りは既に敵の本拠地に差し掛かっていますよ?」
 「一人で歩くのは不用心ですよ。ただでさえ貴方は今は攻撃する力が無いのでしょう」
 「分かってる。でもオレ、どうしても行きたいんだ。蛮ちゃんの傍に…
 でもみんなは先に行って!きっとマドカちゃんはひとりで不安だと思うんだ。
だから一分でも一秒でも早く助けてあげたいんだ」
 「銀ちゃん…」
 「大丈夫!後から絶対に追いつくから…蛮ちゃんと一緒に!!」
銀次が満面の笑みで微笑む。どうやら銀次の決意は固いようだった。
そして、3人の中で一番最初に口を開いたのは赤屍だった。
 「クスッ。…そう言えば銀次クンは見かけに寄らず頑固でしたっけ」
 「赤屍さん…」
 「分かりました、銀次さん。どうぞお気をつけて」
 「カヅッちゃん…」
 「早く追いついてきてね!勿論、蛮クンと一緒に♪」
 「ヘヴンさん…うん!みんなありがとう!!」
銀次は大きく手を振ると自分の心に聞こえる蛮の声のする方へ走っていった。






逢いたい…
早く蛮ちゃんに逢いたい…
逢って早く抱き締めて貰いたい。
ううん…それよりも…
早く蛮ちゃんの笑顔が見たい。
最後に見たのがあの背中なのは悲しすぎるから…
この世で一番好きな蛮ちゃんだから―
オレは蛮ちゃんの「銀次」ってオレの名前を呼んでくれるのが
凄く凄く好きだから―
蛮ちゃんの傍に居てもいいんだって思えるから―
だから…オレは…






 「確かこっちの方だよね…?」
パシ―と小枝を踏む音が響き渡る。それ程静閑だと言うのだろうか…
銀次は辺りが一番よく見える崖の上に立つと、スッと瞳を閉じた。
そして―
 「うん!こっちだ!蛮ちゃんの声が大きくなってきた…」
敵の本拠地だというのに、今の銀次には怖いものなど何もなかった。
蛮に逢える―
ただそれだけのことで人はこんなにも強くなれるのだろうか。
銀次の歩みが段々と早くなってくる。
そしてそれに比例するように銀次の顔に笑顔が戻ってくる。






―失敗したな
蛮にしては珍しく反省というものをしてみた。
まさか此処まで自分が追い込まれるとは思ってみなかった。
銀次がいないだけで此処まで自分が無力になるとは思ってもいなかった。
 「今…何時頃だろうな…っつーか、昼なのか夜なのかさえ分かンねぇ…」
そう呟きながら蛮はちっと舌打ちをした。
 「それに目が見えねぇって事は銀次の顔も見れねぇって事か…。そいつは痛いかもな」
蛮は苦笑しながら自分の脳裏にある愛する人の顔を思い浮かべていた。
それはいつも自分の隣にいる天使のような笑顔の銀次。
 「銀次……」
突き放したのは自分。
 「銀次……」
でも逢いたいのも自分―そう、全て蛮自身が選んだ道―






 「……蛮ちゃん」
―幻だけじゃなく声まで聞こえてきやがった。オレって結構ナイーブに出来てんだな
 「……蛮ちゃん」
―幻聴ってはじめて経験するけど…結構いいもんだな
 「蛮ちゃん!!」
―えっ!?この気配は…
 「銀…次?」
 「よかった!やっぱりいたんだねv」
銀次が蛮を見つけてホッとしたように微笑む。
 「なんで…何でお前此処に…」
 「なんでって…蛮ちゃんの声が聞こえたから…」
 「だからって…一人で来たのか?危ねぇじゃねえか!」
 「でも…蛮ちゃんに逢いたかったから…それじゃ理由にならない?」
 「怒って…ねえのかよ」
 「怒る?なんで?」
 「だって俺、お前に―」
―あんな酷いこと言って傷つけたのに…
そんな蛮の心を知ってか知らずか、銀次はふふっと微笑んだ。
 「蛮ちゃん、オレのために言ってくれたんでしょ?だから怒ってなんかないよv」
 「銀次…」
 「そんなことよりどうしたの?この目!?」
 「ああ…ちょっと油断しただけだ…大したことねぇ」
 「大したこと大ありだよ!蛮ちゃんはいっつもそうやって強がってばかりいるんだもん!
たまにはオレにも弱いところを見せてよ」
 「銀次…」
 「目にこんな怪我して見えなくて…こんな場所に独りで居て…平気なはずない…よ…」

銀次の声が微かに震えている。
それだけで泣きそうなのを堪えて居るんだな…と感じ取った蛮は、銀次の頭をよしよしと撫でた。
 「はいはい、逢いに来てくれて嬉しいですよ。天野銀次くん♪」
ふざけた蛮の口調に、銀次が疑うような眼差しで見つめる。
 「ホントにそう思ってるぅ?」
―当たり前だろ。お前に逢いたくて溜まんなかったんだよ
そんな心を知られたくなく、ぶっきらぼうに答えてしまう天の邪鬼と言う名の蛮。
 「しつけぇな、嬉しいっつってんだろ!」
だがそんな天の邪鬼振りも銀次にはよく分かっていた。
だから銀次は目の見えない蛮にも伝わるかのような満面の笑みで微笑んだ。
 「なら良かったvじゃあオレが早く治るおまじないをしてあげるv」
 「おまじない?」
 「うんv」
銀次は大きく頷くと蛮に顔を近づけた。
そして蛮の目に付けられた傷口にそっと口付けを落とした。
 「はい、おしまい…これで早く良くなると思うよv」
 「嘘くせぇ…」
 「んもう、蛮ちゃん!!」
 「嘘嘘♪サンキュな、銀次。効き目ありそうだよ」
 「良かったv」
銀次が満面の笑みで微笑んだ。
実際に見れないのは非常に残念だが、蛮には銀次の笑顔が見えているような気がした。
 「じゃあもう少し休んだら行くか?」
 「うん!でも蛮ちゃんは大丈夫?」
 「ああ…お前のおまじないのお陰で早く治りそうだ」
その言葉にえへへと嬉しそうに微笑む銀次。
 「だが、今の俺達ってめちゃめちゃヤバイ状況だよな」
 「やっぱりそうかな?」
 「だってよ、片方は目が見えなくて片方は力が使えなくて…
こんな時に敵に襲われたらゼッテーやべぇって…第一ボロボロだしよ…」
 「ん〜…でもさあ、ボロボロなのがオレららしいよねv」
 「…そういや…確かにな」
 「…ぷっ」
 「…ははっ!」
2人は顔を見合わせて微笑んだ。
 「それにさ、蛮ちゃんが見えない分、オレが蛮ちゃんの目になるよv」
 「銀次…」
 「それに…」
 「Get Backersの“S”は一人じゃないって意味だから…な」
 「うん!」
蛮の言葉が嬉しくて銀次は大きく頷いた。
そしてどちらからともなく、2人はそっと手を取り合った。
手から伝わってくる銀次の温もりに蛮はどんどんと癒されていった。
そして見えなくても伝わる銀次の笑顔と優しさに、蛮は改めて感謝していた。






『蛮ちゃんが見えない分、オレが蛮ちゃんの目になるよv』
その言葉でどれほど蛮が勇気づけられたか…
『Get Backersの“S”は一人じゃないって意味だからな』
蛮から改めて言われた言葉が、どれほど銀次を勇気づけたか…
それはお互い、自分にしか分からないこと。
でも自分の一言で何処まで人を元気付けられるか。
相手の一言で何処まで自分が元気付けられるか。
それはお互いには分かっている。
だって2人はそれ程までに愛し合っているのだから―v







〜End〜