はじめてのチュウ
〜Side Ginji〜




オレの名前は天野銀次。
自分ではそんなに思わないんだけど、蛮ちゃんに言わせれば、ちょっと鈍いらしい…。
あっ…!蛮ちゃんって言うのはオレの隣で煙草を吸っている人のこと。
付け加えれば…オレの大好きな人v
蛮ちゃんに告白されて…オレも気持ちを伝えて…
そう、オレたちはお互いの気持ちを確かめ合って、ちゃんと付き合いだしてから一ヶ月が経つ。
…でも一ヶ月経つのに何も発展はしていない。
抱き締めてくれる事はあっても、オレたちはまだ、キスさえしていない…。
でもキスをしてくれようとしたことは何度もある。
そういう雰囲気になった事だって何度もある。
ただ、蛮ちゃんがキスしてくれようとした途端、何故かいつもアクシデントがある。
なんでだろう…?




そして今日は実はオレの誕生日だったりする。
蛮ちゃんはオレの誕生日を覚えてくれているのかな?
覚えていてくれたら…嬉しいな…vv
でも蛮ちゃんはさっきからボーっとしている。
…かと思ったら急に握り拳を作っている。
一体どうしたんだろう???







 「蛮ちゃん、蛮ちゃん…どうしたの?」
軽く揺すった後、蛮ちゃんの顔を覗き込んだら、蛮ちゃんはオレの肩を掴み、
何だか嬉しそうに辺りを見渡しはじめた。そして…
 「銀次…」
蛮ちゃんが優しくオレの名前を呼ぶと、真剣な顔でオレを見つめた。
どうしたんだろう???
オレは一瞬分からなかったけど、蛮ちゃんの眼差しで何となく分かった。
―キスしてくれるんだ…v
そう思ったオレは、蛮ちゃんとのはじめてのキスにドキドキしながら、そっと瞳を閉じた。
そしてオレと蛮ちゃんとの距離が数センチと言うときだった。
―カカカッ!!
突然の音にオレは瞳を開けた。
 「なっ…何!?今の音っ!?…っていうか何か目の前を通った様な気がしたんだけど…」
―目の前を通ったものは見覚えのあるモノだったけど、オレはそのモノの記憶を辿らないことにした。
何となくその方が幸せのような気がしたから…。
すると蛮ちゃんは今度はオレのことをぎゅっと抱き締めてくれた。
 「…蛮ちゃん?」
オレが名前を呼ぶと、蛮ちゃんは抱き締めている力を強めた。
 「銀次…もう少しだけ、このままにしてくれ…」
蛮ちゃんがそんなこと言うなんて珍しいから、オレは嬉しくなった。
 「うんv」
オレは蛮ちゃんの胸の中で大きく頷いた。
すると蛮ちゃんはオレの顎をくいっと上げると、そっと瞳を閉じた。
―もう一度キスしてくれるんだ…v
再びそう思ったオレは蛮ちゃんと同じように瞳を閉じた。
そして蛮ちゃんの距離が再び数センチとなった時だった。
―チリン…
聞き覚えのある音にオレは咄嗟に瞳を開けた。
 「銀次っ、危ねぇっ!!」
蛮ちゃんはそう言うとオレを突き飛ばした。でも…どう見たって蛮ちゃんの方が危なかった。
 「蛮ちゃん!…って言うか蛮ちゃんの方が危ないよ?」
見覚えのある絃は針金のように鋭くて、壁にブスリブスリと音を立てながら刺さっていく。
蛮ちゃんは華麗に絃を避けながらオレの手を取った。
 「行くぞっ!銀次っ!!」
 「行くって…何処に?」
 「もう此処にはいられねぇっ!いいから俺と一緒に来いっ!」
―何処に行くのか分からなかったけど、蛮ちゃんと一緒に…
っていう言葉が何だか凄く嬉しくて、オレは大きく頷いた。
 「うんv」
手を繋いだままオレと蛮ちゃんがアパートの部屋を出た途端、今度はウォウウォウと犬の群が近付いてきた。
 「蛮ちゃんっ!あっちから犬が…」
 「犬じゃねえっ、アレは狼の群だっ!」
 「ええっ…なんで狼さんがこんな街中に!?」
頭の中に?マークが飛び交っているオレとは違い、蛮ちゃんは全てを悟っているように舌打ちをした。
そして握っているオレの手の力を強めた。
 「銀次…奴らを捲くぞっ!」
そしてオレたちは狼さんの群を避けながら、何とかスバルに乗り込んだ。
すると息をつく暇もなく、蛮ちゃんはスバルのエンジンを全開にして道路へと出た。
それでもしばらく後ろから、カカカッという音とブスリと言う音と狼さんの群が追ってきた。
でも蛮ちゃんがスバルのスピードを上げると、その内段々と静かになった。




一体どの位スバルを走らせたのだろう…。
オレたちはほとんど車も通らないような場所まで辿り着いた。
すると蛮ちゃんはスバルを茂みに隠すように止めると、茂みの中へと歩みだした。
だからオレも急いでスバルを降りると、蛮ちゃんの後を追って茂みの中へと入った。
 「ねぇねぇ、蛮ちゃん…?」
オレがくいっとシャツの袖を引っ張ると、蛮ちゃんがあぁ?と言いながら振り向く。
 「此処って一体…」
オレが最後まで言う前に、蛮ちゃんは迷わないようにとオレの手を取り、ズンズンと歩いていった。
そして茂みをかき分けて進んだオレたちの目の前に現れたのは……




 「うっわぁ〜………」
オレは目を輝かせた。
そう、オレたちの目の前に広がっているのは一面の海。
その海辺の綺麗さに、オレは思わず咄嗟に走り出していた。
オレの後を追いながら、蛮ちゃんも後ろからゆっくりと歩んでくる。
オレはギリギリ濡れない位の波打ち際まで走ると、蛮ちゃんの方を振り向いた。
 「蛮ちゃん…海…だね」
 「ああ…海だな」
蛮ちゃんも微笑んでオレの隣に並んだ。
 「蛮ちゃん…海、広いね」
 「ああ…広いな」
 「蛮ちゃん…海、綺麗だね」
 「ああ…綺麗だな」
オレたちは微笑み合うと、しばらく其処から海を眺めていた。
蛮ちゃんはオレの肩に手を乗せて…
そしてオレは蛮ちゃんの肩に頭を寄せながら…。
オレたちは何も言わず、ただ、水平線に沈む夕陽をいつまでも二人で見ていた。
そして今にも夕陽が沈み掛けたときだった。
静かだった海辺に蛮ちゃんの声が優しく響いた。






 「銀次…」
 「えっ…?なあに?」
 「やっと二人っきりになれたな」
―へっ?何を言ってるんだろう?いつも二人っきりなのに…?
 「蛮ちゃんってば面白いねvいつも二人っきりじゃん♪」
オレがクスクスと笑うと、蛮ちゃんは何だか呆れた様に溜息を吐いた。
…と思ったら、笑ってるオレを蛮ちゃんは抱き締めてくれた。
蛮ちゃんの胸の中はあったかい…v
 「銀次…」
 「ん?なあに、蛮ちゃんv」
 「誕生日、おめでとう。銀次」
 「蛮ちゃん…覚えててくれたの?」
オレがニッコリと微笑むと、蛮ちゃんはオレを抱き締める手を強めてくれた。
 「…ったりめぇだろうが!大切なお前の誕生日…忘れるわけねぇだろ」
 「蛮ちゃん…v」
 「愛してるゼ、銀次…この世で一番愛してる」
 「オレも…愛してるよ、蛮ちゃんv」
蛮ちゃんの言葉が嬉しくて嬉しくて…本当にすっごく嬉しくて…
オレが微笑んで蛮ちゃんの顔を見つめると、蛮ちゃんは真っ赤な顔をしていた。
蛮ちゃんに言うと怒られるから言えないけど、でもなんだかとっても可愛かった。
…と思ったら、急に真面目な顔をしてオレのことを見つめた。
―今度こそキスしてくれるのかなv
オレは嬉しくなって、ニッコリと微笑むとそっと瞳を閉じた。
蛮ちゃんの息づかいが近付いてくる。
それと比例するようにオレの心臓の音も大きくなってくる。
そして静かに重なる蛮ちゃんとオレの唇。
始めて貰う蛮ちゃんからのキス…。
時間にしては、あっという間だったのかもしれない。
それでもオレにとっては…今までの中で一番幸せで一番最高の時間だった。
今まで生きてきた中で、一番思い出に残る誕生日だった。





 「でも悪いな…俺、何もあげるものがなくて…」
蛮ちゃんがすまなそうに呟いた。
でもオレは本当に嬉しかったから、ふるふると首を横に振った。
 「そんな…いいんだよぉv 誕生日にこんな素敵な海に連れてきてくれて…
そして蛮ちゃんと始めて…その…キスできて…オレ、すっごく嬉しいv
今まで貰った中で、これが最高の誕生日プレゼントだよ、本当にありがとう…蛮ちゃんv」
オレがニッコリと微笑むと、蛮ちゃんはオレの肩をがしっと掴んだ。
 「銀次…よしっ、分かった!今日はキスだけじゃなく俺等の初エッチもプレゼントしてやるぜ!」
 「ええっ…こ、此処で?だって海だよ、蛮ちゃん…」
 「なんだ、銀次…知らねぇのか?海は初エッチのしたい場所、ナンバー1なんだぜ♪」
 「えっ…そ、そうなの?知らなかった…蛮ちゃんって物知りだねv」
オレが感心するように蛮ちゃんを見ると、蛮ちゃんはオレを押し倒した。
 「…いいか?銀次」
オレは顔から火が出るほど恥ずかしかったけど、でもそれ以上に嬉しかった。
 「…うん。オレ、よく分かんないけど…でも蛮ちゃんに全部任せるねv」
オレが赤くなりながら答えると、蛮ちゃんはフッと微笑み再びオレにキスをしてくれようとした。
―その時だった。






―カカカッ!
―チリン。
―ウォ〜、ウォウ!






 「……………」」
再び聞こえてきた効果音にオレたちの動きが止まった。
 「ばっ…蛮ちゃん?」
オレが恐る恐る、動きが止まっている蛮ちゃんに声を掛けると、蛮ちゃんは頭を抱えて叫んだ。
 「だあぁ〜っっ!!もうっ!アイツ等は何処まで俺等の邪魔をすればっ!」
 「ばっ、蛮ちゃん、落ち着いてっ!ねっv」
 「ねっv…じゃねぇ!こうなったらドイツだ!ドイツに行くぞ、銀次っ!」
 「えっ!?なんでいきなりドイツなの?」
 「コイツ等もいくら何でもドイツまでは追って来ねぇ…つーか、ドイツなら俺等は結婚できるんだ!」
 「そうなの?じゃあ行きたい!蛮ちゃん、行こv」
 「銀次っ!」
 「蛮ちゃんっ!」
オレたちはひっしと抱き合った。
 「…でもその前に」
 「…へっ!?」
 「パスポート代と…飛行機代を稼がないとね…」
―ひゅるるるる…
オレたちの間に冷たい風が吹いた。






奪還の仕事を頑張って、お金を稼ごうと改めて決意した誕生日だった。







〜The End〜






作:2003/04/19