はじめてのチュウ
〜Side Ban〜




俺の名前は美堂蛮。
自分で言うのも何だけど、かなりのいい男だと思う。
そして俺の隣に座って甘めぇ珈琲を飲みながら、へらへら笑っているヤツ。
コイツの名前は天野銀次。
俺の一番大切なヤツっていうか、んまあ…ぶっちゃけ、俺のもんだ。
実は銀次も俺に惚れていてくれたことが分かって、本格的に付き合いだしてから一ヶ月経つ。
経つってのに、俺等はまだエッチをしてねぇ…
…っつーか、キスもまだしてねぇ!
勿論そういう雰囲気になった事だって何度もある。
それなのに俺が銀次にキスをしようと、銀次の頬に手を触れ瞳を閉じて顔を近づけた途端、
待っていたかのようにメスが飛んできたり絃が飛んできたり、
部屋ン中だっつーのに鷲が飛び込んできたりする。
銀次はその度に「危ないねぇ〜なんでだろうね〜」と不思議そうに小首を傾げる。
…ったく、コイツの鈍さは世界一だと思う。




だが今日は愛する銀次の誕生日―
その日、俺は一大決心をした。
何が何でも命に代えても、俺はこの日、銀次の唇を奪ってやるゼ!!
俺は拳を力強く握りしめた。






 「蛮ちゃん、蛮ちゃん…どうしたの?」
決意を固めた俺を銀次が軽く揺すり、俺の顔を覗き込んだ。
銀次の可愛い顔が至近距離…いや、射程距離内に入りやがる。
―おっ!早速のチャンスか♪
上機嫌になった俺は辺りを見回した。アイツ等の気配は………ねえっ!チャンスだ!!
 「銀次…」
俺がぐいっと肩を掴むと、銀次は不思議そうに小首を傾げた。
だが、俺の真剣な眼差しで全てを悟ったのだろう。
銀次は赤くなり、もじもじしながらも恥ずかしそうに瞳を閉じて俺の方を向いた。
―かあぁ〜!やっぱコイツは可愛いゼ!
そして俺と銀次との距離が数センチまで近付いた時だった。
―カカカッ!!
突然、俺等の間にメスが飛んできて奥の柱に刺さる。
 「なっ…何!?今の音っ!?…っていうか何か目の前を通った様な気がしたんだけど…」
銀次はオロオロしながら目を見開いている。
だが鈍い銀次はクソバネが付近にいることをまだ知らないらしい。
俺は銀次にクソバネの存在を知られねぇように、ぎゅっと抱き締めた。
 「…蛮ちゃん?」
銀次が俺を呼ぶ可愛い声に、俺は抱き締めている力を強めた。
 「銀次…もう少しだけ、このままにしてくれ…」
俺がそういうと銀次は俺の胸の中で大きく頷いた。
 「うんv」
しばらくそのままで居ると、クソバネの気配が消えた。
だから俺は再び銀次とのキスにチャレンジしようとし、銀次の顎をくいっと上げた。
すると銀次は俺と同じようなタイミングで瞳を閉じる。
そして再び俺と銀次との距離が数センチとなった時だった。
―チリン…
聞き覚えのある音に俺は咄嗟に瞳を開けた。そして―。
 「銀次っ、危ねぇっ!!」
俺はそう言うと咄嗟に銀次を突き飛ばした。
 「蛮ちゃん!…って言うか蛮ちゃんの方が危ないよ?」
…銀次の言うとおりだった。確かにどう見たって俺の方が危なかった。
だってアイツ等の狙いはこの俺なのだから…
俺は針金のように飛んでくる絃を必死に避けた。
するとその度に針金は、ブスリブスリと音を立てながら壁に刺さっていく。
―ちくしょ〜!アイツ等マヂで殺す気か!?
俺は絃を避けながら、座り込んでる銀次の手を取った。
 「行くぞっ!銀次っ!!」
 「行くって…何処に?」
 「もう此処にはいられねぇっ!いいから俺と一緒に来いっ!」
 「うんv」
するとアパートの部屋を出た途端、今度は狼の群が吼えながら近付いてきた。
 「蛮ちゃんっ!あっちから犬が…」
 「犬じゃねえっ、アレは狼の群だっ!」
 「ええっ…なんで狼さんがこんな街中に!?」
 「ちっ!銀次…奴らを捲くぞっ!」
俺は銀次の手を握り直すと、狼の群を避けながら、何とかスバルに乗り込んだ。
そして息をつく暇もなく、俺はスバルのエンジンを全開にして道路へと出た。
隣では銀次が荒れた息使いを治している。
スバルはかなりのスピードを出しているってのに、しばらく後ろからはカカカッというクソバネのメスの音と
ブスリと刺さる絃の音と猿回しの狼の群が追ってきていた。
だがスピード違反覚悟でスバルのスピードを上げると、その内段々と静かになった。






一体どの位スバルを走らせたのだろうか…
俺たちはほとんど車も通らないような場所まで辿り着いた。
だが地図に寄ると、確かこの辺にアレがあったはずだ…。
まあこんなトコまで取り締まるとは思わねぇが、俺は一応駐車違反で捕まらねぇように
スバルを茂みに隠すように止めると歩みだした。
すると銀次も置いて行かれないようにと、俺の後を小走りで追い掛けてきた。
 「ねぇねぇ、蛮ちゃん…?」
銀次がくいっと俺のシャツの袖を引っ張る。
 「あぁ?なんだよ」
 「此処って一体…」
銀次が問いかけたが、内緒にしたかった俺は銀次の手を取るとドンドンと進んでいった。
その正体を知ったときの銀次の喜ぶ顔が見たくて…
…って、俺って、かなり銀次にハマってるよなぁ…
そして茂みをかき分けて進んだ俺と銀次の目の前に現れたのは……




 「うっわぁ〜………」
予想通り銀次は目を大きく広げるとキラキラと輝かせた。
そう、俺たちの目の前に広がっているのは一面の海。
海は銀次の好きなモノのうちのひとつだ。
その上此処は綺麗なくせに人が余り来ない、穴場中の穴場だ。
その海辺の綺麗さに、銀次は犬のように走り出していた。
何から何まで予想通りの行動に、俺はフッと笑いながらその後をゆっくりと歩み寄る。
銀次は銀次なりに計算をして、ギリギリ濡れない位の波打ち際まで走ると、俺の方を振り向いた。
 「蛮ちゃん…海…だね」
 「ああ…海だな」
海はどう見ても海だから当たり前のことなのだが、
銀次が満面の笑みなもんだから俺もつい素直に答えちまう。
 「蛮ちゃん…海、広いね」
 「ああ…広いな」
 「蛮ちゃん…海、綺麗だね」
 「ああ…綺麗だな」
俺達は微笑み合うと、しばらく其処から海を眺めていた。
俺は銀次の肩に手を乗せて…
そして銀次は俺に凭れながら…
肩から伝わる銀次の温もりが心地よかった。
銀次も同じ気持ちなのだろうか…
俺達は何も喋らず、ただ、水平線に沈む夕陽をいつまでも二人で見ていた。
そして今にも夕陽が沈み掛けたときだった。
静かだった海辺に俺の声だけが響いた。






 「銀次…」
 「えっ…?なあに?」
銀次がニッコリと微笑み、俺の方を見る。
夕陽に照らされた銀次の顔が一段と輝いて見えて、俺はコホンと咳払いをした。
 「やっと二人っきりになれたな」
色々な意味を込めて言ったのに銀次はクスクスと笑いだした。
 「蛮ちゃんってば面白いねvいつも二人っきりじゃん♪」
―訂正。コイツの鈍さは宇宙一だ…。
俺は小さく溜息を吐いた。
…かと言っても相手は鈍い銀次だから仕方がねぇ。ハッキリと行動に示さねぇと…。
俺は銀次をぎゅっと抱き締めた。
抱き締めた俺の胸の中にいる銀次は、やっぱり幸せそうに笑っている。
俺は今日朝からずっと言いたかった言葉を口にした。
 「銀次…」
 「ん?なあに、蛮ちゃんv」
 「誕生日、おめでとう。銀次」
 「蛮ちゃん…覚えててくれたの?」
銀次はこれ以上にないと言うような極上な微笑みで俺を見つめた。
そんな顔で見つめられると…つい抱き締める手を強めてしまう。
 「…ったりめぇだろうが!大切なお前の誕生日…忘れるわけねぇだろ」
 「蛮ちゃん…v」
 「愛してるゼ、銀次…この世で一番愛してる」
 「オレも…愛してるよ…蛮ちゃんv」
『愛』だなんて…なにダセェ事、言ってンだよ、俺はよ…。
自分でも顔が赤くなっているのが分かった俺は、言ってしまったことに後悔した。
だがまだ今日の本来の目的は達成してねぇっ!
キスキスキスキスキスキス…∞
俺は銀次が好きだと言ってくれた瞳で銀次の瞳を射抜いた。
すると銀次は俺のしようとしている事が分かったのか、嬉しそうにニッコリと微笑むとそっと瞳を閉じた。
近付いていく俺等の距離。
聞こえてくる銀次の心臓の音。
そして…静かに重なる俺と銀次の唇。
出逢ってから始めての銀次とのキス…。
時間にしては、数秒だったのかもかもしれない。
だが俺にとっては無限の時間のように感じたし、今まで過ごしてきた時間の中で一番幸せな時間だった。
そしてアイツ等の攻撃は…もうなかった。





 「でも悪いな…俺、何もあげるものがなくて…」
―お前とキスすることしか考えてなかった…なんて言えるかっての!
俺が呟くそうに言うと銀次はふるふると首を横に振った。
 「そんな…いいんだよぉv 誕生日にこんな素敵な海に連れてきてくれて…
そして蛮ちゃんと始めて…その…キスできて…オレ、すっごく嬉しいv
今まで貰った中で、これが最高の誕生日プレゼントだよ、本当にありがとう…蛮ちゃんvv」
銀次はそう言うとニッコリと微笑んだ。
―ちくしょ〜!何処まで可愛いんだっ!コイツはよぉ!
理性が効かなくなった俺は、銀次の肩をがしっと掴んだ。
 「銀次…よしっ、分かった!キスだけじゃなく俺等の初エッチもプレゼントしてやるぜ!」
俺の突然の言葉に銀次は目を白黒させる。
 「ええっ…こ、此処で?だって海だよ、蛮ちゃん…」
 「なんだ、銀次…知らねぇのか?海は初エッチのしたい場所、ナンバー1なんだぜ♪」
 「えっ…そ、そうなの?知らなかった…蛮ちゃんって物知りだねv」
―バカ、嘘に決まってんだろ♪
感心するように俺を見つめる銀次に良心が痛んだが、俺の辞書から「止める」という言葉は消えた。
そして俺は銀次を押し倒した。
 「…いいか?銀次」
銀次は顔から火が出るほど赤くなっていたが、嬉しそうに頷いた。
 「…うん。オレ、よく分かんないけど…でも蛮ちゃんに全部任せるねv」
銀次の可愛さに俺は我慢が出来なくなっていた。
そして俺はフッと微笑むと、再び銀次にキスをしようとした。
―その時だった。






―カカカッ!
―チリン。
―ウォ〜、ウォウ!






 「「…………」」
再び聞こえてきた効果音に俺と銀次の動きが止まった。
 「ばっ…蛮ちゃん?」
銀次が恐る恐る、動きが止まっている俺に声を掛けた。
だが、もうコイツの『親衛隊』という存在に耐えられなかった俺は頭を抱えた。
 「だあぁ〜っっ!!もうっ!アイツ等は何処まで俺等の邪魔をすればっ!」
 「ばっ、蛮ちゃん、落ち着いてっ!ねっv」
銀次が必死でなだめようとする。
 「ねっv…じゃねぇ!こうなったらドイツだ!ドイツに行くぞ、銀次っ!」
 「えっ!?なんでいきなりドイツなの?」
銀次が不思議そうな顔で見つめる。
―確かにな…俺だって不思議だ。だが…
 「コイツ等もいくら何でもドイツまでは追って来ねぇ…つーか、ドイツなら俺等は結婚できるんだ!」
 「そうなの?じゃあ行きたい!蛮ちゃん、行こv」
 「銀次っ!」
 「蛮ちゃんっ!」
俺達は強く強く抱き合った。
だが俺の胸の中で銀次がボソッと呟いた。
 「…でもその前に」
 「…へっ!?」
 「パスポート代と…飛行機代を稼がないとね…」
―ひゅるるるる…
俺達の間に冷たい風が吹いた。




銀次との結婚資金のために、煙草とパチンコを少しだけ控えようかなと思った日のことだった。








〜The End〜




作:2003/04/19