星に願いを











今日は7月7日―七夕の日―
彦星と織姫が出逢える一年に一度のロマンティックな日―
だがここ最近は、雨のため天の川が余り見られないらしい。
銀次はTVのニュースでその事を知ると残念そうに呟いた。
 
「可哀相だよねぇ…1年に1回しか逢えないのに、雨が降って天の川が見れないと逢えないの?」
 「でもそこがロマンチックだよねぇv憧れちゃうv」
夏実だって女の子―ロマンティックには憧れるものだ。

 「でも…オレは…」
銀次がアイスカフェラレを飲む手を止めながら小さく呟いた。
 「オレはロマンチックじゃなくてもいいから、蛮ちゃんに毎日逢いたいな…」
銀次は小さく微笑みながら、ホンキートンクに飾られている笹にそっと触れた。それから―
 「じゃ、オレもう帰るね!蛮ちゃん、今日は直接アパートに帰るって言ってたから…」
銀次が立ち上がった時だった。
 「あっ…ちょっと待て、銀次」
 「何?波児さん」
波児に呼び止められた銀次が振り向いた―






 「ただいま」

 「あっ!蛮ちゃんお帰り〜v」
銀次がリビングから背を延ばし、玄関にいる蛮の事を、嬉しそうに見つめている。
靴を脱ぎ部屋に上がった蛮もその笑顔に気付くと、微笑みながら銀次の側に歩み寄ってきた。
だが、リビングに入った途端、蛮の足が止まった。
 「…何だ。そりゃ?」
 「何って…」
銀次は笹を蛮に見せた。
 「笹だよ?蛮ちゃん知らないの?パンダさんの餌でもあるんだよ?」
首を横に傾げ、持っていた笹も同じ様に横に傾ける銀次。
 「知ってンよ。そんぐれぇ」
銀次の額をつんっとつつく蛮。
 「俺が聞いてンのは、何で笹がココにあんのか?ってコトだよ」
 「えっへっへ〜v実はね、波児さんに貰っちゃったv」
嬉しそうに笹を抱きしめる銀次。
 「なんかね、お客さんに貰ったらしいんだけど、あの店に笹は似合わないから、オレにくれたんだ♪」
 「……ったく、波児も余計なモンを押し付けやがって」
小さく溜息を吐く蛮。だが蛮の隣りでは銀次が嬉しそうに、笹に飾り付けをしている。
そしてソファに座り煙草に火を付けた蛮に、銀次は長方形の紙を渡した。
 「はい。蛮ちゃんv」
 「……えっ?」
 「短冊だよ。これに願い事を書いて笹に結ぶんだよ。そしたら願いが叶うんだってv」
 「んなの今時子供でも騙せねぇよ…」
 「いいじゃん♪それにオレはもう願い事、書いちゃったんだv」
 「へぇ〜もう書いたのか。…で、なんて書いたんだ?」
 「それは内緒だよぉ♪」
悪戯っ子のように微笑みながら、銀次は自分の書いた短冊を後ろへと隠した。
 「何だよ。いいじゃねえか、減るもんじゃねぇんだし…」
蛮も銀次の背中に手を回して短冊を奪い取ろうとしたが、銀次はダメっと言うように頬を膨らませた。
 「…だって、願い事って他の人に言っちゃったら叶わないって夏実ちゃんに聞いたよ?
だから例え蛮ちゃんでも内緒…だってどうしても叶えて欲しいんだもんv」

 「ま、どーせお前の願いなんて、どーいうのか想像付くけどな」
そう言いながら銀次から短冊とペンを取ると、サラサラと書き始める蛮。
銀次は笹に飾りを付けつつも気になるらしく、何度も覗こうとした。
 「駄目だっ!見ンなっ!」
 「ちぇ〜っ…蛮ちゃんのケチィ〜」
 「お前さっき言ったコトと矛盾してんぞ?……よし、出来た!」
 「蛮ちゃんも書けた?じゃあさっそく笹に結ぼうよ♪」
 「はいはい。りょーかい」
蛮と銀次は目を合わせて微笑むと、それぞれお互いに見えないように短冊を笹に結んだ。
それから二人は笹を飾るため、ベランダに出た。






ベランダを通り抜ける風を受けながら、蛮と銀次は空を見上げた。
 「綺麗な星空だな」
 「そうだねv」
 「こういうのってなんて言うんだっけ…ん〜…風なんとか」
 「風流か?」
 「そうそれ!風流だねv」

 「そうだな」
 「天の川…見えるかなあ?」
 「見えンじゃねえか?今日天気良かったし」
 「あれかな?」
銀次は目の前に光っている星を指差した。
 「いや、あれじゃねぇ」
 「そっかぁ…」
銀次は少し残念そうに呟きながら、それでも天の川を探し続けた。
蛮はそんな銀次の金色の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜると、そのままぐいっと自分の肩に引き寄せた。
少しひんやりとした風を受け、肩から伝わる蛮の温もりを感じながら、銀次がそっと瞳を閉じたときだった。
 「あ…銀次」

 「えっ?」
蛮に呼ばれ、銀次は瞳を開けた。
 「あれ…見えるか?」
銀次は蛮の指した方向をじっと見た。そして―
 「うん…うんっ!見えるっ!見えるよ、蛮ちゃんv…じゃああれが」
 「天の川だ。多分な…」
 「良かった〜vじゃあ彦星さんと織姫さんは逢えたかな♪」
銀次が嬉しそうに微笑んだ。
 「逢えたんじゃねえのか?お前の願いだもんな」
蛮のその言葉に、嬉しそうに微笑んでいた銀次の顔が強張った。
 「…なっ、なんで蛮ちゃん、オレの願い事…しっ、知ってるの?」
 「見えたんだよ。お前が結ぶ時に」
蛮はニヤッと笑うと、銀次はぷうっと頬を膨らませた。
 「ずる〜い!蛮ちゃん、ずるいっ!オレも蛮ちゃんの見る〜っ!」
 「ダ〜メっ!」
自分の短冊を見ようとした銀次を、後ろから包み込むように抱きしめる蛮。
その蛮の暖かな腕に銀次の動きも止まった。そしていつしか2人は笹の前で抱き合っていた。
 「でも意外だったな…」

 「なにが?」
 「お前のコトだから、『ご飯がいっぱい食べられますように』とか、『仕事の依頼がいっぱい来ますように』とか…」
 「…とか?」
 「その…『俺とずっと一緒に居られますように…』とか書くと思ったのによ」
少し残念そうに銀次の額にコツンと自分の額をあてる蛮。だが銀次は、ふふっと微笑むと蛮の胸に顔を埋めた。
 「それはわざわざ書かないよ。だって…」
 「…だって?」

蛮が聞き返すと、銀次は満面の笑みで微笑んだ。
 「だって、オレの本当のお願いはもう願わなくても叶ってるもん♪」
 「…えっ?」
 「だって蛮ちゃん、これからもずっと一緒にいてくれるんでしょ?オレもずっと蛮ちゃんの側にいるから…ねっv」
 「…銀」
 「だからオレの願いは、彦星さんと織姫さんもオレたちの様にずっと一緒にいられますように…なんだv」
 「バ〜カ!他人の事、祈ってンじゃねぇよ。ホントおめぇはお人好しだな…」
えへへと笑う銀次を、蛮は抱きしめる力を強めた。
 「まあ確かにお前の言う通り、お前の願いは、祈らなくても叶ってンけどな」
 「蛮ちゃんv」
蛮の言葉に銀次の顔がみるみる内に満面の笑みになっていく。
 「お前がイヤだっつっても、もう離してやんねぇぞ?」
 「ふふっv蛮ちゃん…オレがそんな事、言うわけないじゃんv」
嬉しそうに微笑みながら、銀次は蛮の背中に腕を回した。
そして2人は微笑み合うと、天の川の見える星空の下で、そっと口付けを交わした。
涼しげな風が2人のそばを通り過ぎると、笹も、笹に付いた飾りも、短冊もみんな一緒に揺れていた。
 『これからもずっと銀次の笑顔を一番近くで見れますように…』
蛮の願いを乗せた短冊もいつまでも風に吹かれて揺れていたのだった。
それでも蛮と銀次はいつまでもいつまでも―口付けを交わしていたのだった。
彦星と織姫の見守る、天の川の満天の星空の下で―






〜End〜






作成 2002.7.10