おあしす





 「銀次…本当に大丈夫か?」
 「うん、大丈夫だよ。ちょっと寝れば治っちゃうって」
銀次は布団の中から、今出来る精一杯の笑顔を蛮に贈る。
 「でも、バカは風邪をひかないって…嘘だったのかなぁ」
蛮が意地悪く微笑む。
 「ひど〜い、蛮ちゃん…」
いつもならもっとバカはバカなりにも反論するのだろうが、なんせ生まれてこのかた風邪などひいた事などない銀次には、
風邪に対する抵抗力というものが備わっていなかった。なのでこの一言「ひど〜い」を言うのが、やっとだった。
蛮は、自分の額を銀次の額にそっとくっつけた。

 「…まだちっと熱があるな。今日はこのまま大人しく寝てろ」
 「ん…でも蛮ちゃん。お仕事が…」
 「心配すンな。依頼人のトコには俺一人で十分だ。今日は金受け取るだけだしな」
 「ゴメンね。一人で行かせちゃって…」
蛮は、子供をあやすように銀次の頭を撫でた。
 「アホ!ンなコト気にするな。…それよりお前は早く風邪を治して、早くいつもみたいなアホ面見せろ!
 でないと…その、なんだ。こっちの調子がくるっちまうからな」
蛮は今度は自分の頭を掻いた。
 「蛮ちゃん、それって誉めてるの?けなしてるの?」
銀次が布団の中からフフッと微笑み、潤んだ瞳で蛮を見つめる。
 「…さあな?」
蛮はフッと笑うと銀次の頭をもう一度撫でた。
 「じゃ、行って来る。イイ子で待ってろよ」
 「うん…蛮ちゃん気をつけてね。いってらっしゃい…」
銀次が笑顔で布団の中からひらひらと手を振ると、寝室のドアが静かに閉まった。






 「…じゃあ、ちょうどだな」
 「今回はどうもありがとうございました」
 「また何か奪り還して欲しいモンがあったら、ここまで連絡してくれ」
蛮はピッと名刺を依頼人の女性に差し出した。
 「はい、では失礼します」
その女性は名詞を受け取ると、深々とお辞儀をしてHonkyTonkを後にした。
蛮はそのお金をぶっきらぼうに胸ポケットに突っ込んだ。
 「これならやっぱ銀次連れて来なくても正解だったな。まあアイツにも休養ってモンも必要だったしな」
蛮がポツリと呟いている所へ夏実が依頼人のカップを片付けに来た。
 「今日は銀ちゃんいないんですね?」
夏実が聞くと、蛮は煙草に火を吐けた。

 「あぁ…アイツ、ちっと風邪ひいちまって…今はアパートで寝てる」
 「えぇぇ!銀ちゃんがぁ?」
 「珍しいだろ?アイツ自身も『風邪ひいたのは初めてだぁ』って言ってたからな」
蛮は珈琲を飲みながら、ニッと笑った。
 「あっ…だからよぉ波児。悪リィけどツケは今度にしてくれ。
 今日はこの金で薬とか何か栄養のつくもん、買って帰るからよ…」

 「今度か…まぁ期待しないでおくよ」
そんな二人の会話を聞きながら夏実がニコニコしながら言った。
 「でも蛮さんって銀ちゃんには優しいですね。そんなに心配するなんてvv」
その言葉を聞き、蛮は危うく珈琲を吹き出しそうになった。
 「し、心配なんかしてねぇよ!…ただ、アイツがいねぇと…ほら、仕事があるしよ!
 それによ、銀次のヤロー、銀次のクセに俺一人で仕事するとヤキモチ妬くんだよ!」

懸命に弁解をする蛮。そんな蛮の狼狽振りが面白くて、笑っている2人を残して蛮はカリカリと頭を掻くと立ち上がった。
そしてまだ半分も吸っていない煙草を押し消し、残りの珈琲を流し込むと、逃げるように店を出た。






…独り
…孤独

今までは独りでも全然平気だったのに…
むしろ無限城では、逆に独りになりたい時もあったのに…
なのに、どうして今は独りがこんなにも居心地悪いんだろう…
どうして今はこんなにも寂しいんだろう…

今は独りがすごく不安だ…
いつも蛮ちゃんが傍にいてくれたからかな…

銀次は軽く微笑んだ。


…そう言えば昔、天子峰さんが言ってたっけ。
自分にとって一番居心地の良い場所の事を『おあしす』って言うんだって…
あの頃は、天子峰さんの隣りがオレの『おあしす』だったなぁ…
でも今は…

今は蛮ちゃんと一緒にいるコトが…


「蛮ちゃん…早く帰って来ないかなぁ…早く逢いたいなぁ…」
銀次は何かを掴むように両手を天井に向けて伸ばすと、そう呟いた。







コンコン―
寝室の扉が遠慮がちにノックされる。
 「…はい」
中から銀次が返事をすると、カチャリと静かに扉が開く。
 「ただいま、銀次」

―安心する声。
―安心する姿。
―銀次にとっての心のオアシス。

銀次は身体をそっと起こすと、満面の笑みで蛮を出迎えた。
 「おかえりなさい、蛮ちゃんv」







 「銀次…どーだ?飯、食えそうか?」

 「ん…少しなら…」
いつもの銀次だったら信じられない言葉だが、やはり病人なのだと実感した蛮。
 「じゃぁ…今からお粥作ってやるから、それまでもういっぺん寝てろ」
蛮は微笑むと銀次の金色の髪を優しく掻き混ぜた。何故だか銀次はこの蛮の行為がとても安心するのだった。
 「ねぇ蛮ちゃん。その前にひとつだけお願いしてもいい?」
 「なんだ?お粥の他に何か食いたいか?」
 「ううん…手。ちょっとでいいから、手…繋いでいて欲しいな♪」
 「手ぇ!?」
 「うん!………ダメ?」
蛮は頭をポリポリと掻くと、今回だけだぞ。と言って銀次の手を取った。
繋がれた手の温もりを感じながら、銀次は先程の言葉を思い出していた。
―おあしすか。
銀次はさっきまでの不安が嘘のように消えていくのを感じた。
そして繋がれた手の温もりと安心感の中で、静かに眠りに落ちていった…






 「おう、起きたか?」
銀次が目を覚ましリビングへと出ると、蛮がTVを見ながらビールを飲んでいた。
 「うん、蛮ちゃん…今何時?」
 「8時。お前、寝過ぎなんだよ…お粥も餅になっちまったぞ。ほら!」
蛮がそう言ってお粥の入っている鍋の蓋を開けると、銀次はゆっくりと歩み寄り、笑顔で鍋の中を覗き込んだ。
 「あはは、ホントだね。でもおいしそうv」
 「食えるか?」
 「うん!寝たらだいぶ良くなったみたいvありがと。蛮ちゃんv」
銀次が満面の笑みでふわりと笑う。
―元気になったみたいだな。
銀次の笑顔がいつもの笑みになり、蛮も安心したのだった。





 「ん〜vおいひいよ。蛮ちゃん!このお粥♪」
 「当たりめぇだ!この美堂サマに不可能はねぇ!」
 「ホントにおいひい〜…でも蛮ちゃんが食べてるのもおいしそう」
やはりお粥だけでは物足りないのだろう。銀次は蛮が食べているものを羨ましそうに覗きこむ。
 「お前なあ。さっき食欲あんまり無いって言ってただろ?」

 「そうなんだけどぉ…なんか寝たら治っちゃったみたいv
 それにオレね、さっきは蛮ちゃん帰ってくるまで不安であんまり眠れなかったんだ…。
 ねぇ〜…蛮ちゃぁん、一口ちょうだいvねぇってばぁ〜vv」

 「しょうがねえなあ、ほらっ!」
 「わーいvありがと。蛮ちゃんv」
銀次が口をもぐもぐ動かしながら、いつもの笑顔で答える。
 「ホントにありがとv」
 「何言ってんだ、メシのひとつやふたつで」
 「ううん」
銀次は首を横に振る。
 「そうじゃない…お粥のことだけじゃないよ…本当に色々ありがとvあと、手も繋いでくれてありがとv
 あと…色々と心配かけてゴメンね」

満面の笑みで蛮を見つめる銀次。その笑顔に安心し、蛮も微笑むと銀次の金色の髪の毛をくしゃくしゃっとした。
 「まあ治って良かったけどよ、メシ食ったら今日ぐれぇは薬は飲んどけ」
蛮のその言葉に元気良く、うん―。と頷いてみせる銀次。






やっぱりここだな…
蛮ちゃんの隣。
ここがすごく落ち着く。
ここがオレのおあしす。
ここだけがオレの…おあしす。








〜The End〜





作:2001/07/01