| 
       今日の天気はピーカン。 
      ベランダから入ってくる5月の爽やかな風の中で、銀次は丁度1年前の事を思い出していた― 
       
       
       
       
       
       
      そう言えば去年の今頃だったっけ… 
      オレ達がこのアパートに越してきたのは… 
      そう言えばあの日もこんな天気のいい日だったっけな… 
       
       
       
       
       
       
      そう、それは今から丁度1年前の日のことであった― 
       
       
       
       
       
       
       
       「わあぁ…すごいねぇ、蛮ちゃんv」 
      狭いながらもやっと持てた2人の新居に、銀次は目を輝かせながら入っていった。 
      ただでさえ大きな瞳なのに、大きく見開くと今にも落ちそうなくらいだった。 
      銀次は急いで靴を脱ぐと、まだ何も置かれていない殺風景な部屋に入っていく。 
      そして蛮はそんな銀次の後を静かに追った。 
      キッチンとリビングが一緒になっている部屋と、ベットルームになるであろう部屋。 
      僅か部屋はそれだけの1LDKだった。しかし初めてのひとつ屋根の下。 
       「スバルは勘定に入れねえしな…」 
      そう呟きながら蛮は、大切な相棒兼恋人の姿を静かに目で追っていた。 
      銀次は相変わらず嬉しそうに部屋の中を走り回り、スイッチというスイッチの全てを入切したり、 
      ドアというドアの全てを開閉していた。そしてその内のひとつのドアを開けた時、銀次は蛮を手招きした。 
       「蛮ちゃんっ蛮ちゃん、ほらっ!見て見てぇ〜v」 
      その手招きに、蛮は静かに近付いた。 
       「なんだ?銀次」 
      不思議そうな表情の蛮が覗いたドアの向こうには浴室があった。 
       「良かったねv蛮ちゃんの願い通りだねvv」 
       「そうだな」 
       「そしてこっちのドアがトイレだよv」 
      銀次は浴室の隣のドアを開けた。 
       「へぇ…思ったより両方とも結構広いな」 
       「だよね〜v」 
      2人は顔を見合わせて、嬉しそうに微笑んだ。 
      そう、浴室とトイレは蛮の意見で別々だった。 
       「やっぱ日本人だ。風呂につかりてぇ!ユニットバスは好きじゃねえ」 
      蛮はこの意見をガンとして曲げなかった。そしてその結果、家賃は上がったものの蛮の願いは叶ったのであった。 
       「ほら、銀次。さっさと荷物運んじまえ」 
      蛮が銀次に段ボールを2つ重ねて渡した。 
       「は〜い♪」 
      荷物と言ってもそれ程無いのだが…それでも今日が2人にとっての新たな出発な日でもある。 
      結局荷物は、スバルからそれぞれが2往復するくらいで終わってしまった。 
       
       
       
       
       
       
      段ボールを運び終わった後、蛮は、ん〜っと伸びをした。銀次も蛮を真似て、ん〜っと伸びをした。 
       「…さてと。今度はこの殺風景な部屋をどうするかだ」 
      蛮はガランとした部屋をぐるりと1周見渡した。 
       「蛮ちゃん、オレね、テレビが欲しいなv」 
       「それはもっと後。とりあえず机にソファにベッドだろ?…TVは金が余ったらな」 
       「え〜っ!テレビ欲し〜い!」 
       「だからそれは別に無くても生活に支障はねえだろ?」 
       「あるよぉっ!オレには支障あるっ!すっごいある!テレビ、テレビ!蛮ちゃん、テレビ〜っ!」 
       「だ〜っ!うるせえぇ!!」 
       「テレビ!テレビ!テッ…」 
      銀次の言葉は、蛮のキスによって途中で遮られた。 
      しばらく唇を重ねた後、蛮は銀次の金色の髪の毛を優しく掻き混ぜた。 
       「分かったよ。買ってやるから…」 
       「うわ〜いvありがとう〜v蛮ちゃん、大好きvv」 
      銀次は嬉しそうに思いきり蛮に抱き付いた。 
       「その代わり新品じゃねえぞ?中古でいいか?」 
       「うん、もちろん中古でも全然いいよぉvそれってサイクリングって言うんでしょ?」 
       「……それを言うならリサイクルだ」 
      銀次の天然に、蛮は静かにツッコんだ。 
       
       
       
       
       
       
      2人は再びスバルに乗り込んだ。銀次は助手席から後部座席を覗き込むように振り返る。 
       「後ろも広くなったねぇv」 
       「まあぁ、要らねえモンは捨てたし、その他のモンも部屋の中に運んだからな」 
       「これなら他の人もいつでも乗せられるねv」 
       「…別に乗せるつもりで片したんじゃねぇし、誰も乗せるつもりもねぇよ」 
       「そう…なの?」 
       「スバルに乗っていいのは、今までもこれからだってお前だけだ」 
       「えっ…」 
       「それにアパートを借りたとしても、此処は俺とお前だけの空間だからな…誰にも邪魔させねぇよ」 
      蛮の言葉に銀次は顔が耳まで赤くなり、静かに前を向いて座り直した。 
       
       
      蛮は時々ではあるが、愛の言葉をサラリと口にする― 
      聞いている此方が恥ずかしくなる位の言葉も口にすることがある。 
      その度に銀次はドキドキが止まらなくなるのだ―勿論今も某 
      銀次は胸が苦しくなってしばらく俯いていたが、ドキドキする心臓を落ち着けながら蛮の方をちらっと見た。 
      すると、蛮の肩が笑いで震えていた。 
       「あ〜っ!蛮ちゃん、今、オレの反応見て楽しんでたでしょ〜っ!」 
       「…バレたか。」 
       「ひど〜い。蛮ちゃんのバカ〜っ!アホ〜っ!」 
      銀次は蛮の肩をぽかぽかと殴った。 
       「ははっ…悪かったって…うわっ!危ねえだろうがっ!本気で殴ンなっ!」 
      すると今度は簡単に反応してしまった自分が恥ずかしかったのか、再び俯いてしまった。 
       「銀次?」 
       「………」 
       「銀次」 
       「………」 
      何度呼び掛けても銀次は答えない。さっきまでの賑やかな車の中とは正反対に、車内に沈黙が流れる。 
      蛮はそんな俯いたままの銀次を横目でちらっと見ると、車を路肩に寄せ一旦停止させた。 
      そして依然拗ねて俯いたままの銀次の金色の髪にキスを落とした。 
      そんな蛮の行動に銀次は驚いて顔を上げた。そして今度は顔を上げた銀次の唇に優しく口付けを落とした。 
       「マジで悪かったって…だから機嫌直せよ…な?」 
       「蛮ちゃん…」 
       「それにさっき言ったことだって、全部本当の事だしな」 
       「蛮ちゃんっv」 
      単純な銀次はみるみる満面の笑みになり、蛮にぎゅっと抱き付いた。 
       「蛮ちゃん〜、大好き〜v」 
       「うわっ…お前こんな街のど真ん中で…ま、いっか」 
      蛮は自分に抱き付いている銀次の上着にそっと手を滑り込ませようとした途端、銀次が元気よく蛮から離れた。 
       「そうと決まったら早くテレビを買いに行こうよv蛮ちゃん、出発進行〜♪」 
       「………」 
       「蛮ちゃん???」 
      銀次は固まったままの蛮の目の前で手をひらひらさせた。 
       「はいはい…」 
      そして蛮は泣きたくなる自分を抑えて再び車を走らせた。 
       
       
       
       
       
       
      それから車を20分位走らせた所に、巨大リサイクルセンターがあった。 
      品数の多い場所だと波児から教えて貰っていただけあって、さすがに種類は豊富だった。 
      その上日曜日ともあって、リサイクルセンター自体も満員御礼といった感じだった。 
      そして銀次はその商品の豊富さと値段の安さに大喜びだった。 
       「蛮ちゃん、蛮ちゃん、これ安いよv」 
       「蛮ちゃん、蛮ちゃんvこれ¥500だってぇ〜vv」 
       「蛮ちゃん、蛮ちゃん〜v」 
       「…俺の大安売りじゃねえんだから、そんな連呼するな!それに迷子になるから俺から離れるな!」 
       「は〜いvv」 
      銀次は何も言わずスッと差し出してくれた蛮の手を、握りしめた。そして蛮の方を見てえへへと笑った。 
      そんな銀次の笑顔に気が付いたのか、蛮も銀次の方を向いて優しく微笑んだ。 
       
       
       
       
       
       
      そして2人はまず最初に日用雑貨売場に来た。 
      すると銀次はあることを思いついたように、蛮にここにいてねと言うて離れてしまった。 
      蛮はポケットからメモを取り出すと、その書いてあるモノを次々とカゴへと入れていった。 
       「とりあえずいるモンは…これとこれと…あと食器もある程度必要だよな… 
      食器類は波児がいくらか分けてくれるっつっても、どうせ銀次のヤローが割り捲ると思うし…」 
      蛮は食器も全て2つずつカゴに入れていった。ちょうどシチュー皿をカゴへ入れた頃、銀次が戻ってきた。 
       「蛮ちゃん…これ欲しいなv」 
      そう言って差し出したのは、ペアのマグカップだった。デザインはシンプルだったが、その片方は蛮の好きな色だった。 
       「おぅ…んじゃ、カゴに入れてくれ」 
       「うんv」 
      少し照れながら蛮は銀次の髪の毛を優しく掻き混ぜた。そしてメモ紙をポケットへと突っ込むとカゴを持ち上げた。 
       「さてと…あとはソファと机とベッドと…」 
       「テ・レ・ビvテレビだよv蛮ちゃんv」 
       「はいはい…」 
       
       
       
       
       
       
      そしてこの後も2人の買い物は延々と続いた。だが、さすが波児オススメのリサイクルセンターだけある。 
      元手も少なく、その上欲しいものは大体揃った。スバルの後部座席も行きはガランとしていたが、帰りには既にギッシリだった。 
      銀次はテレビが余程嬉しかったのだろう。最後まで抱きしめて放さなかった。 
      そしてソファとベットはさすがにスバルには乗らないので、配達してもらうことにした。 
      テレビも一緒に配達して貰うか?という蛮の提案を、銀次は却下した。 
      それから銀次は、蛮が書いている配達伝票を直ぐ隣りで嬉しそうにじっと見つめていた。 
      その視線に気付いた蛮は書き終えたペンを置き、振り返った。 
       「どーした?銀次」 
       「ううん…なんでもない」 
      銀次は静かに首を横に振った。 
       「…ただね。オレ達も住所を書くことが出来るんだなあって思ったら、なんだかすっごく嬉しくなっちゃてv」 
      満面の笑みで微笑む銀次を思わず抱きしめたくなる手を、蛮は何とか制止した。 
      いくら何でもこんな店のど真ん中で抱きしめるわけにはいかない。しかも目の前には店員もいる。 
      スウッと深呼吸をしていると、店員から先ほど書いた伝票の一枚目を笑顔で渡された。 
       「此方が控えになります。ありがとうございました」 
      蛮は伝票の控えを受け取ると、無造作にポケットに突っ込んだ。 
       「…じゃ、宜しく」 
      蛮がボソッと言う。すると隣にいた銀次が満面の笑みで微笑む。 
       「よろしくお願いしま〜すv」 
      銀次が笑顔で店員に手を振り、2人は再びスバルに戻った。 
       
       
       
       
       
       
      リサイクルセンターを後にしたスバルを走らせながら、蛮は横目でちらっと銀次を見た。 
      銀次は相変わらずTVを大事そうに抱き抱えている。 
       「重くねぇか?」 
       「うん!大丈夫♪」 
      満面の笑みで答える銀次の髪を、蛮は優しく撫でた。 
       「今日はメシ作れねぇから、どっかで弁当でも買ってくか?」 
       「波児さんトコ行ったら何か食べさせてくれるかもよv」 
       「…でもそれじゃ遅くなるだろ?片付けも全然終わってねぇんだし」 
       「そっか…そうだよね!うん、分かったv」 
      銀次は自分の膝の上に乗せてあるTVをぎゅっと抱き締め直した。 
      そして銀次は、はしゃぎすぎて疲れたのか、そのままの形で静かに眠ってしまった。 
       
       
       
       
       
       
      そしてスバルがアパートに戻ってきた頃には、既に日も暮れていた。 
       「銀次…着いたぞ」 
      蛮が銀次の身体を揺らした。その声に銀次がふにゃ〜として静かに目を擦った。 
       「ん…あっ…ゴメン…オレ、寝ちゃった?」 
       「いいよ…別に。色々と疲れたんだろ。起きて直ぐでワリィが荷物運ぶの手伝ってくれ」 
       「は〜いv」 
      一眠りしてスッキリしたのか、銀次が元気よく返事をした。 
      昼間に来た時とは違い、外はすっかり暗い。部屋の中も真っ暗だ。 
      だが、蛮が前もって手配していたため、電気もガスも水道も全て通っていた。 
      パアッと明るくなった部屋に、先ほど買ったものを全て運ぶと、とりあえずコンビニで調達したビールと弁当を買ってきたばかりの机の上へと置いた。 
       「まあ本格的な整理は明日でいっか」 
       「そうだね。とりあえず食べよvお腹空いちゃったv」 
      蛮と銀次は缶ビールのプルトップを上へと押し上げた。 
       「じゃあ…俺等の新しい生活に」 
       「新しいお家にv」 
       「俺等の未来に」 
       「これからもよろしくねvって意味で…」 
       「「かんぱ〜いv」」 
       
       
       
       
       
       
       「でもさあ…なんで蛮ちゃんは急に部屋借りてくれる事になったの?」 
      弁当の蓋を閉じ、ご馳走様というように両方の手を合わせた銀次は、前から聞きたかったことを問いてみた。 
      すると蛮はビールを一口流し込むと、その問いに答えた。 
       「そんなの、決まってンだろ?」 
       「なあに?」 
       「スバルじゃ狭くてヤりにくいから」 
       「なにを?」 
       「それにやっぱ公園じゃこれからの季節、衛生上に良くないしな…しかもやっぱ夏は暑いし冬は寒い」 
       「だ・か・らっ!なんの話?」 
       「何ってアレだろ♪昨日…はしてねえか…ほらっ、一昨日したイイコトだよ♪」 
       「良いことって………ええっ!?」 
      やっと答えに気が付いた銀次の顔がみるみる赤くなってくる。蛮はそんな銀次の反応が楽しくて、ついからかってしまった。 
       「お前だって毎日部屋でしたいだろ♪」 
      赤くなるのを通り越した銀次の顔からは、今度は湯気まで出て来ている。 
       「ばっばっ、蛮ちゃんのバカ〜っ!知らない!えっち!スケベ〜!そんな理由で部屋借りたのぉ〜!」 
       「なんだよ?じゃあなんでお前は部屋借りたかったんだ?」 
       「…それはちゃんと屋根のあるお部屋と、温かいベッドで寝たいなあって思って」 
       「だから、寝られるって♪色んな意味で♪」 
      蛮は銀次を床に押し倒してから、強引に深くキスをした。 
       「ふっ、んんっ……ヤダヤダヤダ〜!蛮ちゃんのバカァ〜っ!」 
      しかし、からかうにも度が過ぎたようだ。蛮が銀次のハーフパンツに手をかけたその時だった。 
       「蛮ちゃんの大バカアァ〜!」 
      その声のすぐ後、二人の部屋に雷が落ちたのだった― 
       
       
       
       
       
       
       「ほらよ」 
      蛮が銀次に珈琲を渡した。 
       「ありがとう〜v」 
      銀次は笑顔でその珈琲を受け取った。すると爽やかな風の中で、銀次が思い出したようにクスクスと笑った。 
       「どうしたんだよ?」 
      蛮が不思議そうに銀次の隣に並び腰掛ける。 
       「ん、今ね、去年…部屋借りた日のコト思い出しててv」 
      ああ〜というように蛮は遠い目をした。 
       「お前、いきなりだったもんな…落雷。マヂ死ぬかと思ったゼ」 
       「だってっ、あの時は…その、蛮ちゃんがオレの事からかったから…」 
       「それに結局ヤらせてくれたのもよ…あれから1週間ぐれぇ経った後だったし…」 
       「だってぇ…オレだってなんか引っ込みつかなくなっちゃって…でもあの時は落としちゃってゴメンね?…痛かった?」 
      銀次がうるるんとした瞳で蛮の事を見つめた。 
       「いや、まぁ考えてみれば俺も悪かったしよ」 
      蛮は微笑むと銀次に優しくキスをした。 
       「でも、そっか…今日で丁度1年目か」 
       「うんvオレ達の記念日だねv」 
       「そうだな」 
       「そのマグカップも覚えてる?」 
      銀次は蛮の持っているマグカップを指差した。すると蛮は銀次に軽くデコピンをした。 
       「当たりめぇだろ?お前が選んでくれたんだからな……お前の次に大事だよ」 
      蛮なりの精一杯の愛の言葉。だがそれは銀次には十分過ぎるほど伝わっていた。 
       「蛮ちゃんv」 
      2人は見つめ合うと、幸せそうに微笑みあった。 
      そしてベランダから入ってくる5月の爽やかな風の中で、2人は再びそっと唇を重ね合わせたのだった。 
       
       
       
       
       
       
       
      今日はオレ達の記念日― 
      オレと蛮ちゃんが、初めてアパートを借りた記念日。 
      すごくすごく特別な日― 
      でもね―でも 
      オレにとっては蛮ちゃんといる時が―いつでも記念日になるんだよ。 
      来年の記念日も―そのまた来年の記念日も。 
      ずっとずっと―毎年毎年― 
      一緒にお祝いしようねv 
      蛮ちゃん―これからもよろしくねv 
       
       
       
       
       
       
       
       
       
      〜End〜 
       |