RING





今日は4月19日―天野銀次の誕生日である。
天気は朝から晴天。
それに比例するように銀次は朝からニコニコ楽しそうにしている。
しかし蛮はそれに反比例するように、底抜けに機嫌が悪かった―






 「ねぇねぇ、蛮ちゃん…さっきから何で怒ってるの?」
銀次が少し潤んだ瞳をしながら蛮の顔を覗き込んだ。その可愛い顔に照れながらも蛮はぷいっと横を向いた。
 「別に…怒っちゃいねぇよ」
 「うっそだあっ!じゃあなんでオレの顔見て言わないの?」
相変わらずコイツは勘がいい―そう思いながら蛮は口を開いた。
 「それは……」
 「それは?」
銀次が蛮の言葉を復唱したとき、蛮はホンキートンクのカウンターを思い切り叩いた。
 「何でお前の誕生日をコイツ等と祝わなきゃなんねえんだっ!」
蛮が指した銀次の周りには、元四天王、運び屋と言ったいわゆる銀次親衛隊が取り囲んでいた。
そう―銀次親衛隊は銀次の誕生日パーティを此処、ホンキートンクで開いていたのだった。
 「…コイツ等とは心外ですね」
花月の眉がピクリと動いた。
 「大体銀次は呼んだが、テメエまで呼んじゃいねえよっ!」
士度も花月に続いた。それに続くように赤屍も頷いた。蛮はついで―そんな空気がホンキートンク内を包んでいた。その空気が杓に障った蛮はぐしゃっと煙草を灰皿に押しつけた。
 「俺だってテメエ等がいると知ってたら来なかったよっ!大体銀次のヤツが悪りいんだよっ!銀次が俺を引っ張ってくるから…」
蛮のその言葉でケーキを食べていた銀次の手がピタリと止まり振り返った。
 「えっ…オレが悪いの?」
悲しそうに小首を傾げながら蛮を見つめる銀次。そんな銀次の金色の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜると蛮はぼそっと呟いた。
 「ちげぇよ…悪かったな」
聞こえるか聞こえないか位の囁くような声だったが、銀次は嬉しそうに微笑んだ。親衛隊はそんな2人を邪魔するように、今度は各々箱を持って銀次の周りに集まりだした。
 「銀次さん、改めてお誕生日おめでとうございますv」
 「銀次クン、はいプレゼントですよvv」
 「これ、俺とマドカから」
 「あ、ありがとうございますぅ」
銀次の周りにはプレゼントの箱が山のようになっていき、ついにはたれ状態だと箱に埋まうくらいになってしまっていた。
 「う…うきゅぅ…」






ホンキートンクを壊すことなく銀次の誕生日パーティも無事終わり、蛮と銀次は家路を急いだ。楽しかったね〜と銀次の笑顔はホクホクだった。しかし蛮は相変わらずすこぶる機嫌が悪い。
 「蛮ちゃん何で怒っているんだろう…?」
銀次は勘はいいくせに、こういう所はかなり鈍かった。
―俺はお前と2人で祝いたかったんだよっ!それくらい気付けっ、このボケボケヤローっ!
そんな蛮の心の声を知ってか知らずか、銀次は皆から貰ったプレゼントを律儀に抱えながらも、前が見えにくいためフラフラとした足取りで歩いていた。そんな中、蛮の足がふと止まった。
 「どうしたの?蛮ちゃん」
 「…いや。別に」
そうは言ったものの蛮は何かが気になるらしく、ポケットに手を突っ込んだまましばらくその場に立ち止まっていた。
 「…はぁ、やっぱドタキャンは悪いよな」
髪の毛をくしゃっと丸めるように頭を押さえ、呟くような小声で言ったのに、銀次は聞き返してきた。
 「どたきゃん?…って何を?」
 「お前にはかんけーねえよ」
そう言って銀次の髪を掻き混ぜると蛮は、銀次の顔を覗き込んだ。
 「…銀次、ちょっと先に家に戻っとけ。んで、珈琲でも煎れといてくれや」
 「えっ…蛮ちゃんどっか行っちゃうの?」
不安そうな顔で蛮を見つめる銀次。だが蛮は優しく微笑んだ。
 「忘れモン。いいから…すぐ戻るからよ」
そう言って銀次の額に優しく口付けると、蛮はまだ賑やかな繁華街の中へ走っていった。
 「蛮ちゃん?」
蛮の行動を不思議に思いながらも、口付けてくれた額にそっと触れると、銀次は嬉しそうな足取りで自分達のアパートへと戻っていった。






 「ただいま」
アパートに戻ってきた蛮がドアを開けると、銀次が煎れた珈琲のいい香りが玄関まで香ってきた。
 「うん…いい匂いだ」
 「あっ!お帰りぃ〜蛮ちゃんv今ね、丁度コーヒー煎れ終わったんだよvv」
銀次がお揃いのマグカップに煎れた珈琲を蛮に見せた。
 「グッドタイミングだな…」
蛮が座った前に丁度来るように銀次は机の上に珈琲を置いた。そして銀次は珈琲を持ったまま蛮の隣に座った。そして蛮の顔を見つめると、えへへと笑った。その笑顔に蛮もつられて微笑む。
 「あ…そう言えば蛮ちゃんどこ行ってたの?」
銀次の問いに蛮は、人差し指で頭をカリカリと掻きながら横に置いてある大きめの袋を渡した。その横顔は少し照れているように銀次には見えた。
 「これ…オレに?」
 「…おぉ」
蛮は横を向いてしまったので銀次の顔は見えなかったが、銀次は嬉しそうに微笑みながら袋から箱を出した。それは誰が何処から見ても分かる。バースディケーキだった―
銀次はホクホクした笑顔で赤いリボンをほどくと、箱の中には真っ白い生クリームのケーキに赤い苺が綺麗に飾ってあるごく普通の―だが銀次の一番大好きな苺のデコレーションケーキが入っていた。
 「蛮ちゃん……これ…オレに?」
 「当たりめぇだろ?お前以外に誰が食うんだよ…」
蛮は銀次の金色の髪を優しく掻き混ぜた。
 「でもお前、波児ントコでいっぱい食ってたから買うの止めようと思ったんだけどよ…でも一応予約しちまってたし…ドタキャンすんのも気分悪り…」
蛮の言葉が最後まで終わる前に、銀次は蛮に抱きついていた。
 「嬉しいっ…嬉しいっ!オレすごく嬉しいよっ!ありがとう蛮ちゃんv」
銀次の嬉しそうな満面の笑みに蛮もいつしか笑顔になっていた。
 「誕生日おめでとう…銀次」
 「ありがとう、蛮ちゃんvv」
銀次の満面の笑みはしばらく消えそうになかった。蛮は優しく撫でるように再び銀次の髪を掻き混ぜた。

 「食えなかったら残してもイイからな。冷蔵庫入れて明日食やいいんだし…」
 「うん、そうだよねvv」
銀次は包まれている蛮の腕の中で頷いた。だが、結局蛮の買ってきたバースディケーキは冷蔵庫に入れられる事無く、全て銀次の腹の中に入っていった。






ケーキを食べたお皿もフォークも、珈琲を飲んだマグカップも綺麗に洗い終わり、蛮はソファに腰掛けると別に見るでもないTVのチャンネルを変えていた。銀次は次々と変わるTVの画面をただ、ボーっと見つめていた。一通り変え終わると、最後に左上にある赤いボタンを押した。するとTVの画面は真っ暗になった。
 「そろそろ寝るか…?」
銀次はお腹がいっぱいになって眠くなったのか、目を擦るとうん。と頷いた。蛮が立ち上がると、それに続くように銀次も立ち上がった。蛮は足を踏み出そうとしたが、その足を止めると振り返り、銀次の肩を掴むと、もう一度ソファに座らせた。
 「どうしたの…?蛮ちゃん」
銀次が不思議そうに蛮を見つめた。蛮は何かを迷っているかのように見えた。だが、意を決したようにポケットに手を突っ込むと、中から小さな青い箱を取り出した。
 「…やるよ」
蛮はぶっきらぼうにその小さな箱を銀次に渡した。
 「…オレに?」
 「ホントはケーキと一緒に渡そうとしたんだけど…なんかタイミングが上手くつかめなくてよ」
そう言いながら横を向いている蛮は、耳まで赤くなっているのを銀次は見逃さなかった。
 「蛮ちゃん…開けてもいい?」
 「…おぉ」
銀次は嬉しそうに微笑むと、不器用な手付きで綺麗に包装されたリボンをほどき、破かないように包装紙を静かにはがした。
 「そんなの思い切り開けりゃいいのに…」
 「蛮ちゃんから貰ったのは包装紙でもリボンでも嬉しいのvv」
蛮からのプレゼントはリボンでも包装紙でも嬉しい―そんな銀次が箱の中身を知った時の顔といったら、蛮が今まで見た中での一番の喜びようだった。そう、その小さな箱に入れられていたのは、銀色に輝く綺麗なリングだった。シンプルだが、銀次のイメージにはピッタリのシルバーリングだった。
 「はめてやるよ」
蛮はスッと箱から指輪を取り出し銀次の左手の薬指へと通してやると、指輪は銀次の薬指に
ピッタリと収まった。
銀次は自分の左手の薬指で輝いている指輪を、しばらく見とれるように見つめていたが、
蛮と目が合うと満面の笑みになった。―と同時に、銀次の大きな瞳からは、涙が溢れ出て来る。
 「ありがとう…ありがとうっ!ありがとうっ!ありがとうv蛮ちゃんvv」
銀次は涙をポロポロと零しながらも、何度も何度も蛮にお礼を言った。
 「オレ嬉しいっ!すごくすごく嬉しいっ!」
 「そんな…大げさなんだよ」
蛮は涙を流している銀次を優しくそっと抱きしめた。
 「ううん、大げさなんかじゃないっ!オレ、ホントに嬉しいんだよvv」
銀次が微笑みながら蛮の事を見つめた。
 「そっか…ならよかった」
蛮も微笑みながら銀次の頬に流れている涙をそっと拭った。銀次はそんな蛮の唇に自分の唇を近づけると、ちゅっと触れるだけのキスをした。
 「えへへvほんのお礼vv」
悪戯っ子のように笑っている銀次の額をつんっとすると、蛮は銀次を強く抱きしめた。
そして今度はどちらからともなく自然と唇と唇を通い合わせた。

お互いの気持ちが流れ込んでくるように深く深く―だが、そのキスは優しく、温かかった。
そして銀次の指には月の光に照らされた指輪が、いつまでもいつまでも光っていた―






〜End〜





 

作:2002/04/19