亀の恩返し





 

オレは蛮ちゃんが好き
好き
好き

大好き
でも蛮ちゃんは、あんまりオレのこと『好き』って言ってくれない
いくら聞いても
“そんなの言わなくても分かれ!”
いつもその言葉の繰り返し…
でもね、蛮ちゃん―
オレはバカだから、ちゃんと言われなきゃ分かんないんだよ?

愛されている証拠が―オレは欲しいんだ―






気が付くとオレは、ひとりで裏新宿を歩いていた。


これは夢だ―
何故だかすぐに分かった。
夢だったら望んだ人がでてくるのかな♪蛮ちゃんだったらいいな♪


そんなことを考えながら
裏新宿を歩いていたら雑踏の中で、一匹の亀がひっくり返って足をバタバタさせていた。
なんでこんな所に亀さんが?って思ったけど、人に踏まれちゃ大変だと思い、オレはその亀さんの傍に行き、亀さんを元通りに直してあげた。
そしたら―
 「ご親切にどうも有り難うございます!」
―亀が喋った!?
オレはビックリしたけど、これは夢だから何でもアリなんだ♪って思って気持ちを切り替えた。
 「もう大丈夫?」
オレが声を掛けたら亀さんはにっこりと笑った。
 「はい!これからはひっくり返らないよう気を付けます」
 「気を付けてねぇ〜v」
手を振ってバイバイしたオレに深々とお辞儀をすると、亀さんはゆっくりとした速度でまた歩いていこうとした。
…と思ったら急に振り返り、またオレの側に歩み寄ってきた。
 「銀次さんにこのお礼をしなくては…」
 「そんなのいいよ、お礼なんて♪当たり前のことをしただけだから気にしないでv」
どうして亀さんがオレの名前を知っていたか?なんてことは別に気にしなかった。
だってこれは夢だもん―
でも亀さんはそんなオレの気持ちを知ってか知らずか首を横に振った。
 「いいえ、何かご恩返しをしなくては私の気が…そうですっ!このお礼に銀次さんの願い事を3つだけ何でも叶えましょうv」
 「願い…ごと?」
 「はい!何でもいいですよvv何にしますか?」
亀さんはオレを見るとコクンと頷いた。(ように見えた)
―わ〜い、なんか面白そうv
オレはこの夢がなんだかだんだんと楽しくなってきた。だからオレは少し考えてから、一つ目のお願いをした。
 「んとね…蛮ちゃんに愛されてるって証拠が欲しいな…」
言った後、オレはなんだかとても恥ずかしくなった。だから亀さんをチラッと見た。でも亀さんはにっこりと笑った。
 「蛮さんとは…貴方の恋人の方ですね。分かりました!それではその願いを叶えましょう…」
そう言うと亀さんはパアッと光に包まれて消え、オレは夢から覚めた―






目が覚めてからオレはしばらくボーっとしていたけど、蛮ちゃんの『メシ食いに行くぞ!』と言う声に、うん―と答え、ベットから起きあがった。
 「ねぇねぇ、蛮ちゃんv」
 「あ?」
オレはえへへと笑うと、隣で着替えている蛮ちゃんに、さっき見た夢の話をしようとした。
 「オレね、今、面白い夢見ちゃっ……」
けど、オレの言葉は突然の蛮ちゃんのキスで途中で遮られた。
 「ふんん…っんん…」
―しかもこのキスはなんて言うのか…息が出来ないくらい激しいってゆーか…そんな、蛮ちゃんっ!朝からっ!!
オレは必死で手を延ばして蛮ちゃんを押しのけた。ようやく解放された唇と呼吸―

 「ど、どうしたの?蛮ちゃん?急に?」
 「いいじゃねぇか。お前にキスしたかったんだから…お前こそ何だよ、避けンなよ…」
 「…だ、だってぇ…急だったからちょっとビックリしちゃって」
上目遣いで見つめると、蛮ちゃんはそれ以上何も言わず、おでこにチュって音を立てて触れるだけのキスをしてくれた。

 「……んじゃメシ食いに行くか?」
 「う、うん」
オレは朝からドキドキが止まらなくなった。






着替え終わったオレ達は、いつものようにホンキートンクに行こうとした。
昨日はホンキートンクが休みだったから、オレたちは昨日からご飯を食べていなかった。だからお腹がペコペコだった。
そして2人で玄関に向かおうとした時、蛮ちゃんがふと足を止めた。

 「あ…携帯忘れた。…銀次、先に靴履いとけ」
 「うん♪」
オレは言われた通り靴を履こうとした―が、その途端オレは自分の目を疑った。
だってオレの靴の上にいたのは…あの亀さんだった。
 「かっかか……亀さん?」
思わず疑問系になってしまうオレの問いに、亀さんはニッコリと微笑んだ。

 「はい!嬉しいです、覚えていてくれましたか?」
 「えっ、なんでっ!?だってあれは夢で…でも今は現実で夢じゃなくて…ええぇっ〜、一体なにがどうなっちゃってるのぉっ!!」
オレがパニくっているのに、亀さんはオレを無視して話を続けた。
 「ひとつ目の願い事は如何でしたか?」
 「えっ…願い事?……あっ!」
オレは亀さんに言われて、さっき夢の中で亀さんにした願い事を思い出した。
 「蛮ちゃんに愛されてるって証拠が…欲しい?」
オレがチラッと亀さんを見ると、亀さんはホッとしたように笑った。まるで思い出して良かったと言うように―

 「そうです!どうです?蛮さんのお気持ちは分かりましたか?」
 「あ…うん、その節はどうもありがとね。証拠は…何となく分かったような…分かんないような…」
―あのキスがそうだったのかな…?
 「そうですか…でもいずれ分かると思います。先は長いですから♪それでは2つ目の願い事をどうぞv」
急かすようにぬっと首を前に出す亀さん。

 「えっ…どうぞって急に言われても、なかなか思いつかないんだけど…」
オレは必死に願い事を考えている時だった。
グ〜ッ……
 「…はぅ〜お腹空いたな。あっ、そうだっ!『今日はご飯をお腹いっぱい食べたいv』がいいなv」
 「……そんな事で宜しいのですか?」
 「うん!だって昨日からなんにも食べてないからお腹空いちゃって…あっ、オレだけじゃなく蛮ちゃんもお腹いっぱい食べさせてあげてねv」
 「分かりました。ではその願い事を叶えましょうv」
そう言った途端、亀さんは再びパアッと光に包まれた。余りの眩しさにオレは思わず目を瞑ってしまった。
そして次に目を開けたら、亀さんの姿はもうそこにはいなかった―
 「待たせたな…って、なにお前、アホ面して靴見てンだ?」
 「あ…蛮ちゃん」
オレは今のことを言おうとしたけど、未だ夢のようで嘘のようで何となく言う機会を失ってしまった。
でもほっぺたをつねったら痛かった。






 「こんにちはぁv」
 「蛮さん、銀ちゃん、いらっしゃいませ〜♪」
いつものように元気よく入ると、いつものように夏実ちゃんが笑顔で迎えてくれる。
波児さんにも挨拶をすると、オレ達はいつものカウンター席に座った。
 「波児さん…あのね、いつも悪いんだけど…」
ツケでご飯を下さい!って言おうとした時、波児さんの方からコーヒーを出してくれた。
 「波児さん…まだ頼んでないよ?それにオレ達お金無いから…」
 「銀次、今日はツケの話は無しだ…今日は何でもお前らの好きなの食え」
 「「えええ〜っっ!!」」
オレと蛮ちゃんの声がハモった。
 「波児さん…そんな、悪い…ってかなんで?」
いつもならきちんと1円単位でツケるのに―
オレと蛮ちゃんは同時に聞いてみた。そしたら波児さんも不思議そうに首を傾げた。
 「さあ…?なんかよくわかんねえけど、今日はお前らから金を取りたくない気分っていうか、急にお前らに奢りたくなった。
 ほら、さっさと注文しろっ!今日は腹一杯食わせてやるからな」
 「うわぁ〜い、波児さんってば優し〜いv……あっ!!」
波児さんの『腹一杯』という言葉で、オレはさっきの亀さんとの会話を思い出した。
『ご飯をお腹いっぱい食べたいv』
―あれはこの事だったんだぁ〜vv
オレは目の前がパアッと明るくなった。
 「じゃあね、コレとコレとコレとコレと………」
 「…ったく、お前は少し遠慮しろ!」
口調は怒ってたけど、波児さんの顔は少しも怒ってはいなかった。
―すごい!すごいっ!すごいぃ〜!亀さんの願い事は本当になんでも叶うんだっ!最後のお願いは何にしよっかなvvv
オレの頭の中はもうそれしかなかった。






お腹の中もだいぶいっぱいになった時、ホンキートンクの扉がカランと鳴った。
 「あっ、士度とカヅッちゃん。一緒だったの?」
 「銀次さん、こんにちはvはい、今そこで偶然逢ったんです」
 「そうなんだ〜v」
 「そうだ、銀次さんvこれから何処か行きませんか?十兵衛も呼ぶので」
 「…えっ!?これから?」
 「マドカがメシ作ってるんだ。俺と来ないか?」

オレはちらっと蛮ちゃんを見たけど、蛮ちゃんは横目でオレを一瞬だけ見ると、また横を向いてしまった。
 「行きましょうよv」
 「ほら、行こうゼ!」
2人に腕を引っ張られた時だった。―と同時にオレの身体は士度とカヅッちゃんの引っ張る引力に逆らっていた。
だってそこには2人の腕を払いのけオレを後ろから抱きしめる……蛮ちゃんがいたから。
 「ばっ…ばば…蛮ちゃん?」
普段はぎゅってしてvって言っても、ちっともしてくれないのに…
 「銀次は俺のだ。誰にもやらねえよ」
 「へっ…?ば…蛮ちゃん…?」
―なんですと?今、なんと仰いました?
聞いたこともない台詞でオロオロしているオレをくるりと反転させると、
蛮ちゃんはもう一度オレを抱きしめ、熱烈なキスをした。
 「ふっ…んっんんんっ…んっ」
そして静かに唇を離すと、見つめながら静かに微笑んだ。
 「好きだ…銀次。俺はお前を愛してる」
そう言うと蛮ちゃんは再びオレを強く強く抱きしめた。
 「銀次…愛してる」
 「ば、ば…蛮ちゃん…?」
―何がどうなっちゃってるのぉ???
パニくってるオレに蛮ちゃんは何度も何度も愛の言葉を囁き、キスをした。
士度とカヅッちゃんを始め、店にいた人が全て蛮ちゃんのそんな行動に口をあんぐりと開けて見ていた。
その時だった―






 「2つ目のお願いの、ご飯はいっぱい食べられましたか?」
亀さんはニッコリと微笑むと、よいしょと言いながらカウンターの上によじ登り、オレの目線と並んだ。
 「か、亀さんっ!うん、亀さん!2つ目の願い事は叶ったんだけど、蛮ちゃんが、蛮ちゃんが変なのおぉ…」
 「銀次さん?だってそれは貴方が望んだことでしょう?」
 「……へっ?」
 「ひとつ目の願いは 『愛されてる証拠が欲しい』 だったじゃないですかv」
 「あっ、そっか…じゃあ朝のキスもやっぱり…。じゃあじゃあ、この蛮ちゃんはいつ治るの?」
 「
その効果ですか?その効果は一生続きますよv」
 「一生〜!?ええぇ〜っ!そうなのぉ〜!?」
オレの叫び声で、蛮ちゃんは強く抱きしめていた手を少しだけ緩めて見つめた。
 「銀次、耳元で叫ぶなよ。…ってか、お前さっきから誰と喋ってンだ?」
 「誰と?って…亀さんだけど」
 「亀…?」
蛮ちゃんはキョロキョロと辺りを見回した。
 「…って亀なんて何処にもいねえじゃねえか?…ってか普通こんなトコに亀がいるか?」
 「いるじゃん…ほら、そこに…」
オレが指差した場所に亀さんは確かにいるのに、蛮ちゃんを始め、みんな首を傾げている。
どうやら亀さんはオレにししか見えないらしい。

 「そんな事より俺はお前を抱いてる方が何倍もいいぜ…愛してるゼ、銀次…」
そう言って蛮ちゃんは、オレを再び強く強く抱きしめた。
―うわ〜んっ!こんなの蛮ちゃんじゃないよぉっ!!蛮ちゃんは、もっと…こう…その、なんて言うか…
クールで、無愛想で、口が悪くて…あとは、オレが「好き?」って聞いてもあんまり答えてくれなくてっ…
少なくとも人前で、だっ抱きしめたりなんかしなくてっ…キ、キスなんてもってのほかでっ!
 「やだよぉっ…いつもの蛮ちゃんがいいっ!」
 「何言ってンだ?これがいつもの俺だろ?」
 「違う…やっぱり違うのぉっ!お願い、亀さんっ…蛮ちゃんを元に戻してっ!お願いっ!」
 「それが最後の願い事で宜しいのですか?」
オレは、うん―と言うように蛮ちゃんの胸の中で思いきり何度も頷いた。
 「オレが…オレが抱きついたらウゼーとか言ってすぐ殴るけど、でもその後優しく抱き返してくれる蛮ちゃんがいいのっ!
100回に1回くらいしか好きって言ってくれなくてもいいのっ!でも…それでもオレは…」
―蛮ちゃんに愛されてるって分かる。オレってバカだ…そんな事、ずっとずっと前から分かっていたのに…
 「分かりました。それでは最後の願いを叶えましょうv」
そう言ったと同時に亀さんはパアッと光った。
そして光に包まれて消えると同時に、オレは亀さんの言葉が聞こえたような気がした。

 『その事が分かってよかったですね!どうぞ幸せになって下さいね、銀次さんv』






 「…銀次、お前人前でなに抱きついてやがるっ!」
蛮ちゃんがオレをぐいっと離した。
 「何言ってるんですっ!貴方の方から抱きしめたんでしょうっ!」
 「その上、キ、キ……。ンの野郎、許さねえっ!」
そしたらようやく正気に戻った2人が蛮ちゃんに襲いかかってきた。
 「知らねえよっ!俺が人前でそんなことするワケねえだろっ!」
 「すっごい衝撃的でしたよね〜v『銀次、愛してる!ガバッ!ちゅ〜vv』 あたし初めて見ちゃいました〜vあんな熱烈な蛮さん♪」
夏実ちゃんがさっきの蛮ちゃんの再現をすると、蛮ちゃんの顔がみるみる赤くなってきた。
 「だ〜か〜らっ!んなことしてねえっつってんだろっ!!」



 




どうやらさっきまでのことは、蛮ちゃんは少しも覚えていないらしかった

残念なような…残念じゃなかったような…
でもオレは今回のことで分かったことがあった
蛮ちゃんはオレのことを好きだって言ってくれる代わりに
優しく微笑んでくれる
優しく髪を撫でてくれる
優しく抱きしめてくれる
優しくキスをしてくれる

そして―優しく―
オレはそれだけで十分だったのに―


愛されている証拠
それはいつだってオレの心の中にある
オレはその事にようやく気が付く事が出来た
その事を気付かせてくれて、本当にありがとう、亀さんv
今度亀さんにあったら…もっといっぱいお話ししようねvv






 

ホンキートンクの中はいつまでも蛮ちゃんの『知らねえ!!』という声が響いていた。



 




〜End〜




作:2004/04/19