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       「お前は私の子じゃない!悪魔の子なのよ!」 
      「お前なんか生まなきゃ良かった。生まれて来なきゃ良かったのよ!」 
       
       
       
       
       
       
      この言葉は生まれてから今まで何度も言われて来た言葉だけど、やっぱ言われる度ヘコむよな…。 
      そして落ち込んでいた俺をババアは何も言わず、何故だか、またあのみょうちくりんな場所に連れてきてくれた。 
        確か、無限城―とか言う場所だったはずだ。 
       「この前お前を連れてきた時、楽しそうだったから、また連れてきてやった」 
        ババアはそんなことを抜かしていたが、別に楽しくなんか… 
      そういやあのガキは元気にしているんだろうか…銀次とか言う、俺と同い年なのに泣き虫で… 
      俺と同じ男なのに笑顔が妙に可愛くて…何故か無性に守ってやりたいと思った…アイツ… 
      そんな事を考えながら俺はアイツと出会った瓦礫に座っていた。 
      もしかしたら何処かで期待していたのかもしれない。もう一度アイツと逢えることを― 
      その時俺は視線を感じた。だが、この視線は何処かで感じたことがある。 
      俺は瓦礫と瓦礫の間から突き刺さる視線を感じ、その視線の行方を追ったら― 
      壁の向こうからじっとこっちを見ているガキは―嘘だろ…こんな広い場所で再び逢えるなんて… 
      そう、俺の目の前に現れたのは、紛れもないあの時のガキ―天野銀次その者だった。 
       
       
       
       
       
       
      銀次は俺を見つけると、笑顔でタタタッと駆け寄ってきた。そして俺の目の前で思い切り派手にすっ転んだ。 
       「あっ…」 
      俺が思わず声を上げると銀次はゆっくりと立ち上がったが、その瞳には今にも零れ落ちそうな涙を溜めていた。 
      だが、必死で涙を堪えながら服に付いていた砂埃を叩くと、再び駆け寄ってきた。そして俺の目の前に立つと、銀次は笑顔で言った。 
       「蛮ちゃんだよねv」 
       「おっ、おぉ。銀次…だよな」 
       「うん!わ〜いv覚えててくれたの?」 
      ―当たり前だろ…忘れようったって忘れられねえんだよ、何故か… 
      銀次は笑顔で俺の隣に座った。だが、転んだときの砂埃がまだズボンに残っている。仕方ねぇから俺はその砂埃を叩いてやった。 
       「ありがとう、蛮ちゃんv」 
       「ったく、気を付けろよ…ただでさえこの辺は足場悪そうだし… あんま走んねえ方がいいんじゃねえか?」 
       「うん…てしみねさんにも足下見ろってよく言われる…でもね、さっきは『あっ!蛮ちゃんだ!』と思ったらなぜかうれしくなっちゃって、走っちゃったv」 
      銀次がえへへと笑う。なんかコイツといると調子が狂ってくる…それも良い方向に…。 
         
         
         
         
         
         
         
      それからしばらく、銀次がこういう事があったとかああ言うことがあったとか色々楽しげに話していたが、その内俺の腹の虫がぐ〜っと鳴った。 
      ―カッコわりぃ…でもそういや朝から何も食ってなかったっけ… 
      そしたら銀次が何やらガサゴソしだして、ポケットからチョコレートを一枚取りだした。 
       「蛮ちゃん、お腹すいてるの?じゃあこれあげるv」 
      そう言って俺の目の前にチョコを差し出した。 
       「…いいよ。どうせこの後ババアとマリーアっつー知り合いんトコ行って飯食うし…」 
       「じゃあこれはこの前のパンのお礼にあげるv」 
       「…覚えてたのか?」 
       「うん!だってあの時のパン、すっごくおいしかったよvこういうのって『いっしゅくいっぱんのおんぎ』って言うんだよねv」 
       「一宿一飯って…おおげさな…」 
      本当はすげぇ嬉しかったけど、俺は要らねぇと言ってチョコを押し返した。 
       「ううん!あげる、蛮ちゃんv」 
      だが銀次は再び俺の目の前にチョコを差し出す。あまりにもしつこかったから俺は受け取ると半分に割り、半分を銀次に返した。 
       「じゃあ半分ずつな」 
       「うん!はんぶんこv」 
      銀次は満面の笑みで微笑むと、チョコレートを口にほおばった。その姿を見ながら俺もチョコをほおばった。 
      …うめぇじゃねぇか 
         
         
         
         
         
         
       「それで…今日は何かあったの?」 
      突然の銀次の言葉に俺は思わず狼狽えた。 
       「えっ…な、なんで?」 
       「だって蛮ちゃん…なんか…つらそうだよ?」 
      銀次が真面目な顔で俺の顔を覗き込む。 
      ―そんな直視すんなよ 
      俺はついっと視線を反らした。 
       「別に…何でもねぇよ」 
       「ううん、絶対なにかあったよ。だってこの前とちょっと感じがちがうもん…」 
       「銀次…」 
      ―勘のいいヤツ 
      だが俺が答えを渋っていると、銀次は申し訳なさそうに慌てて両手を横に振った。 
       「あっ、でも話したくない時は無理して話さなくていいよ。無理に聞いてゴメンね!」 
       「いや、別に話したくないってわけじゃ…」 
      ―つーか、どうせコイツみたいに、ぽや〜っとしてるヤツには分かンねぇ事だし…天子峰とかいう親のいるコイツには… 
      そう思いながらも俺は誰かに聞いて欲しかったんだと思う。 
      何より銀次に聞いて欲しかった。何か言って欲しいわけではない。 
      だが、銀次に聞いて欲しかった。聞いて貰うだけで良かった。だから俺は話した。 
      母親に疎まれ続けていること―生まなきゃよかったと言われ続けたこと―そして、悪魔の子と罵られ続けたことを― 
         
         
         
         
         
         
       「そうだったんだぁ…」 
       「あぁ…だからこの前とちょっと感じが違って見えたのは…フッ…さすがにちっとヘコんだからなんだと思う」 
      俺が苦笑しながら言うと、銀次の瞳が静かに揺らいだ。 
      ―別にお前がそんな悲しそうな顔をしなくてもいいのに 
       「でもまあ慣れてることだから、もう今更どうってことないけど…な」 
      俺は何でもないような顔で銀次の方を見た。だが銀次の顔を見た瞬間、俺はどうしたらよいのか分からなくなった。 
      だって銀次のヤローが…ポロポロと大粒の涙を流していたから… 
       「なっ…なんでお前が泣くんだよ」 
        銀次は溢れ出る涙を必死で拭いながら…だが肩を何度もあげている。 
       「だっ、だって…ひっく…ばっ、蛮ちゃんっ…ひっく…」 
       「だからって…なにもお前が泣くことねぇだろ…」 
      ―こんな俺のために泣いてくれるヤツなんて今まで居やしなかったのに。 
       「俺は平気だからよ…泣きやんでくれよ」 
       「っく…うそだよ…。そんな言われて…ひっく…悲しくない人なんてっ…いないよっ…蛮ちゃんはっ…っくっ…なんで泣かないの?」 
       「泣くなんて…そんなカッコわりぃこと出来ねぇよ」 
      ―それに泣くなんて…涙をどうやって出すかなんてこと…忘れちまったし… 
       「銀次…」 
      いつまでたっても泣き止まない銀次の頭を俺は優しく撫でた。それでも銀次の涙は止まりそうもなかった。 
         
         
         
         
         
         
       「ぼくもね、実はりょーしんに捨てられたんだ…」 
      ようやく泣きやんだ銀次の突然の言葉に、俺は思わず固まってしまった。 
       「えっ…今、なんて…?」 
      思わず聞き返すと、銀次は寂しそうにニッコリと微笑んで俺を見つめた。 
       「ぼくね、ここに捨てられたんだ。本当のりょーしんに…でもそんなぼくをてしみねさんは育ててくれたんだ」 
      銀次はそう答えると、そっと遠くを見つめた。 
       「…ひとつ聞いて良いか?」 
       「なあに?」 
       「お前の本当の親ってどんなヤツだ?」 
      俺の問いに銀次は首を横に振った。 
       「ううん…知らない。顔もおぼえてないし、声も名前も知らない…」 
      銀次は寂しそうに呟いた。 
       「じゃあ…何でお前は…いつもそんなに笑っていられるんだ?」 
      両親に捨てられて―両親のことを何ひとつ覚えていないで、何故笑っていられるんだ― 
      俺の問いに銀次は再び嬉しそうにニッコリと微笑んだ。 
       「だってぼくにはてしみねさんも友だちもいるし、蛮ちゃんもいる。だからぼくはさみしくないんだ。…蛮ちゃんは?」 
       「俺は…俺にも口煩せえババアもマリーアっつう母親代わりのヤツもいるし、此処に来りゃお前も居るしよ。だから今は寂しくねぇよ」 
       「そっか…よかったv」 
      銀次が満面の笑みで微笑む。そんな笑顔に見つめられると、俺自身も何故だか不思議と笑顔になる。 
      俺にとって久し振りに穏やかな時間だった。出来ることなら時間が止まってくれとさえ思っていた。 
      だが、そんな時間も終わりに近付いていた。 
       
       
       
       
       
       
       「蛮〜!そろそろ帰るよ」 
      遠くから名前を呼ぶ声が聞こえてくる。その声を確かめるように俺は座っていた瓦礫から腰を上げた。 
       「ババアだ…じゃあな、銀次」 
       「うん!蛮ちゃんv」 
      俺は手を振ってバイバイする銀次に軽く右手を挙げ、去ろうとしたその時だった。 
       「あっ…蛮ちゃんっ!」 
      銀次に呼び止められ、俺は立ち止まって振り返った。すると銀次は今にも転びそうな不安定な足取りで駆け寄ってきた。 
        そして― 
         
         
         
         
         
         
       「蛮ちゃんっ!ぼく…ぼくっ…蛮ちゃんにあえてうれしかったよ!」 
       「えっ!?」 
       「蛮ちゃんが生まれてきてくれたから、ぼくは蛮ちゃんに出あえた…だから蛮ちゃん、生まれてきてくれてありがとうv」 
        ―生まれてきてくれてありがとう。 
        それは生まれて始めて言われた言葉だった。 
       「銀…」 
      俺は思わず言葉を詰まらせた。すると銀次は俺がさっきやってやったように、手を伸ばして俺の頭を撫で始めた。 
       「蛮ちゃん…泣かないで…」 
       「ばっ!バカ野郎っ!泣いてなんかっ…」 
      ―ないはずだったのに。 
      俺の頬に温かいモンが流れている。第一、泣くなんて行動、覚えていると思わなかったのに―。 
      どんなこと言われても泣かなかったのに―。人前で泣くなんて死んでもイヤだったのに―。 
      俺は静かに零れ落ちる涙を止めることが出来なかった。だが、銀次の傍で流すこの涙は、何故だか心地よかった…。 
      そして銀次はぎこちない手で、いつまでもいつまでも俺の頭を撫でていた…。 
         
         
         
         
         
         
       「じゃ、マヂ帰るな」 
       「うん!気を付けてね、蛮ちゃん」 
       「おぉ」 
       「またね、蛮ちゃんv」 
      『また』なんて機会、果たしてあるのだろうか―この広い空の下で再び出逢える機会なんてあるのだろうか― 
      俺はそんな思いを抱きながら銀次の方を振り返った。 
      だが、笑顔でいつまでもいつまでも俺に手を振る銀次を見ていたら、俺のそんな思いは一瞬にして消滅した。 
         
         
       
       
         
         
         
        俺のために泣いてくれた銀次… 
      俺の一番欲しかった言葉をくれた銀次… 
      銀次… 
      お前とはいつかまた本当に出逢えそうな気がする… 
       
       
       
       
       
       
       
       
       
      End 
       
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