1/2の出逢い vol.1

 

 

 「いいかい、蛮。私はちょっと用があって出掛けるから、お前は此処で待っておいで」
蛮と呼ばれた黒髪の小さな少年は、面倒くさそうに小さく頷いた。
 「分かってンよ、クソババア。俺をいくつだと思ってるんだ」
綺麗な顔立ちからは想像もできない口の悪さだった―
 「まったく、お前は口が減らないねえ」
 「…口が減ったら困るんじゃねぇの」
クソババアと呼ばれた魔女風の老女は、やれやれと呆れた感じで瓦礫の山の中に入っていった。
 「…にしても」
少年、蛮は辺りをキョロキョロと見回した。
 「此処は一体何処だ?」
裏新宿―とは聞いてはいたが、こんな瓦礫や崩れた建物が多い街なのか…?
蛮は数メートル歩くと、傍にあった瓦礫の一部を椅子替わりにし腰掛けた。
遠くの方から人の悲鳴とかも聞こえる。銃声だって聞こえる。
だが、蛮の傍を通る者は別に気にも止めてはいなかった。まるで当たり前のことのような表情だ。
 「変な街…クソババアもこんな妙なトコに置いてくなっつーの」
蛮はふてくされながら呟くと、お腹が空いたらお食べと言われていたパンを取り出した。
 「仕方ねぇ。ババア連中は話が長いからな。これでも食って待ってるか…」
蛮は手にしたパンに被り付こうとした、その時だった―






蛮は自分に突き刺さる視線を感じた。その視線の方向を見ると、自分と同じ位の年齢の黒髪の少年が立っていた。
今にもこぼれ落ちそうな大きなくりくりとした栗色の瞳に、少し赤みがかったほっぺ。その瞳は蛮から視線を動かそうとしなかった。
 「何だよ…あのガキ、俺に喧嘩売ろうってのか?」
蛮も睨むような視線でその少年を見た。だが、少年は蛮の睨みに臆することなくじっと蛮の事を見ていた。
―と思ったら、どうやら見ていたのはパンらしかった。
試しに蛮がパンを右に移動すると少年の視線も右へと移動する。左へと移動すると少年の視線も今度は左へ―。
その事に気付いた蛮は手の中のパンを見せるように正面に掲げ、その少年に聞いた。
 「……お前、コレ…食いたいのか?」
少年はキョロキョロしていたが、どうやら自分に話し掛けられたのだと分かると、笑顔で大きく頷いた。
 「うん」
 「じゃ半分やるから来いよ」
 「うん!」
そして笑顔で駆け寄ると少年は蛮の隣にちょこんと座った。蛮はパンを半分に割ると、大きい方をその少年に渡した。
 「ほらよ」
 「わ〜いvありがとう〜vvv」
その少年は満面の笑みで微笑むと、パンに思い切り被り付いた。
―変な所だと思ったけど普通のガキもいるじゃんか…ま、妙に人懐っこいヤツだけどな
蛮はチラとその少年を見た。するとその視線に気が付いたのか、少年は満面の笑みで蛮を見つめた。
そして蛮は何故か分からなかったが、その少年の笑顔を見るのが嬉しかった。






パンも食べ終わり、しばらくすると蛮はその少年に聞いた。
 「ところで…お前名前、何て言うんだ?」
 「ぼくはね、ぎんじ。天野銀次って言うんだ」
 「へぇ…銀次か…」
 「ねぇねぇ、君は?」
逆に問われ、何故か蛮はコホンと咳払いをすると答えた。
 「俺は蛮だ。美堂蛮」
 「ばん…?じゃあ蛮ちゃんだねv」
銀次が笑顔でそう言った途端、蛮は椅子替わりにしている瓦礫から落ちそうになった。
 「ちゃんって何だよ、ちゃんって!」
 「え〜、変かな?でも蛮ちゃんは蛮ちゃんだよv」
笑顔で繰り返す銀次にガックリと肩を落とす蛮。
きっと祖母が聞いていたら、「はっはっは!!お前が蛮ちゃんっていうタマか」と言って、笑い飛ばされるだろう。
だが嬉しそうに、蛮ちゃんvと呼ぶ銀次に「そう呼ぶな」とは子供ながらにさすがに言えなかった。
 「お前は…此処の人間か?」
 「うん!ここにすんでる」
銀次が笑顔で大きく頷いた。
 「じゃあ丁度いいや…この辺案内してくれよ」
蛮がそう言った途端、銀次の瞳が静かに揺らめいた。
 「ごめんね…あの…その…ぼくっ…よく分かんない…」
 「えっ!?だって此処の人間だろ?」
銀次の瞳が一瞬揺らいだのに気が付きつつも、蛮は聞き返してしまった。
 「でも…分かんなくて…ここ広いから…ぼくいっつもまいごになっちゃって…
 そう言えば…さっきもてしみねさんと…はぐれちゃって…おなかがすいたなぁって歩いていたら、
 蛮ちゃんがパンを食べようとしていて美味しそうだなって見ていて…それで……」
迷子になった事を思い出してしまったのだろう。銀次の瞳がうるうるして来たかと思うと、ついにつうっと一筋の涙が
零れ落ちてしまった。一筋流れ落ちるともう銀次には止めることは出来なかった。次から次へと涙が溢れ出てきて、
ついにはしゃっくりあげて泣き始めてしまった
 「うわあぁあぁんっ!……っく、ひっく、てしみねさあぁんっ!」
蛮は涙に弱かった。そして何故か銀次の涙にはもっと弱かった。どうにかして涙を止めなきゃと思った蛮は、
思わず銀次を抱きしめてしまった。それから自分の腕で銀次の涙をぐいっと拭った。
 「ふえっ…びゃんひゃん…?」
 「ったく、俺もその天子峰ってヤツを探すの手伝うから、頼むから泣きやんでくれよ」
蛮がそう言って銀次の頭を優しく撫でると、銀次は自分の服の袖で残りの涙を拭き、嬉しそうに笑った。
 「うんvありがとう、蛮ちゃんvv」
嬉しそうに微笑みながら自分を見る銀次の手を取ると、蛮は先導するように歩いていった。
 「ところで銀次はいくつだ?」
 「ぼくはねぇ、6才vばんちゃんは?」
 「俺も一緒…六つだ」
 「わ〜いvおんなじなんだねvv」
右手は蛮と手を繋いでいるもんだから、左手だけを挙げてバンザイをする銀次。蛮は自分も子供のクセに、
小さい子供の子守りをしているような気分にかられた。そしてやれやれという感じで、今度こそ銀次が迷子に
ならないようにと繋いでいる手の力を強めた。だが呆れつつも、何故だか蛮の口元は微笑んでいた。
 「ところで此処は何ていう所なんだ?」
 「ここはね、むげんじょうっていうんだv」
 「へぇ…無限城か」
その時だった―




 【銀次ー!銀次ぃ〜!何処だ、銀次ぃ〜!?】


 【蛮〜!まったく何処行ったんだい?】


それぞれ2人を呼ぶ声が聞こえてきた。
 「あっ!てしみねさんの声だ」
 「クソババアだ」
2人は繋いでいる手をパッと離した。
 「じゃ、ぼくもう行くねっv」
 「あぁ…俺ももう行かねぇとババアが五月蠅ぇや」
 「じゃあまたね、蛮ちゃんv色々ありがとうねv」
銀次はまたねを繰り返し、笑顔で手を振ると、自分を呼ぶ声の方へ走っていった。
 「またね…か」
蛮はつられて振ってしまった右手を照れくさそうに見つめると、その右手をポケットに突っ込み、歩いていった。






 「銀次っ!お前何処行ってたんだっ!?心配しただろ!?」
天子峰が銀次を抱きしめた。
 「ご、ごめんなさい。てしみねさんっ!ぼくね、まいごになっちゃって、すごく寂しくて怖かったんだ。
 でもね、その後すごく楽しくなったの♪」
銀次が満面の笑みで天子峰を見つめた。
―迷子になって寂しくて怖かったけど、凄く楽しかった???
天子峰の頭からはしばらく 「?」 が消えなかった。






 「蛮!此処で待ってろって言っただろう?勝手に待ち合わせ場所を変えるんじゃないよ」
 「うるせぇな…ババアが遅すぎンだよ」
 「まったく、本当にお前は口が減らないねぇ…」
またもや反撃が来ると思いきや、蛮は何も言わず何かを考えるように明後日の方を見ている。
そんな蛮の姿を見、ふうっと溜息を吐くと祖母は蛮の耳元で囁いた。
 「ところで蛮…待ってる間に何か良い事でもあったのかい?」
祖母がニヤニヤと笑いながら蛮に聞いた。
 「えっ!?何でだよ?」
 「だってお前幸せそうな顔して笑ってるじゃないか」
 「う、うるせぇなっ!別になんもねぇよっ!」
くすくすと冷やかす祖母と、赤くなり思わず腕で顔を隠す蛮。
うっせぇな、見んなよ!と怒鳴る蛮だったが、今までに感じたことのないモノを銀次に出逢った途端、感じたことだけは確かだった。






―またな…銀次






End