Freedom





 「じゃ、オレ達帰るね」
銀次が席を立つと、壁にもたれていた蛮も身体を起こした。
 「あっ…銀次さん、外までお送りしますよ。十兵衛…銀次さんを…」
マクベスの言葉を制止するように、銀次はにっこりと微笑んだ。
 「ううん、心配してくれてありがとう…大丈夫だよ。じゃ、行こっ、蛮ちゃん♪」
 「此方こそ、わざわざお越し下さって有り難うございました」
マクベスがお礼を言うと、隣にいる朔羅が微笑んでお辞儀をした。
 「ううん、また何かあったらいつでも電話してねvじゃあまたねvマクベス、十兵衛、朔羅」
銀次は満面の笑みで皆に手を振ると、蛮と共に部屋を出ていった。



そう、今日銀次は、マクベスから相談がしたい事があると言われて、此処、無限城にやってきた―



 「あっれ〜…おかしいなあ…?」
銀次が無限城にある瓦礫の山の中で前後左右を見渡した。そして何度目かの同じ台詞。
 「はぁ…だから送って貰えばよかったのによ…あの侍にでもよ」
蛮が溜息混じりで呟くと、銀次は蛮の服をキュッと引っ張った。
 「そんなっ!悪いよ…それに迷うなんて思わなかったし」
 「はいはい…んじゃ、とりあえずこっちに行ってみっか?」
 「えっ?そっちはさっき行ったよ?こっちじゃない?」
 「違げぇよ…そっちから来たんだろうがっ!こっちだよ」
―さっきからこの調子である。
その上、不運なことに空からは雨までも落ち始めて来ていた。
 「うわっ…マヂかよ!最悪だな、こりゃ…」
 「とにかくこっちだよv」
銀次は蛮の手をキュッと握ると、懐かしい匂いのする瓦礫の城の中を歩んでいった。
しかし、ある場所まで行くと、銀次の足が止まった。
 「………」
 「どした?銀次…」
 「………」
 「銀次…?」
銀次は蛮の呼びかけに瞳を虚ろにしながら、そっと呟いた。
 「オレ…」
 「ん…?」
 「…オレ、この場所…知ってる…」
 「そりゃそうだろ?此処は無限城なんだから…」
 「うん…そうなんだけど。でもこの場所は…」
―そう…この場所は…






 「銀次君」
 「龍華」
龍華が、壁にもたれて座っている銀次に声を掛けると、その隣に腰掛けた。
銀次の瞳が悲しげだったのが気になった龍華は、手にした缶ジュースを銀次に渡した。
 「飲む?銀次君」
だが、銀次は静かに首を横に振った。
 「どうしたの?銀次君」
龍華の問い掛けに銀次は膝を抱えると、顔をそっと埋めた。そして今にも消えそうな声で、呟いた。
 「…今日もまた…ベルトラインのヤツらに、オレの周りの人が…殺されたんだ」
その言葉に龍華の顔も曇る。
 「そっか…」
 「オレ…守られてばっかだ…天子峰にだって、他のヤツらにだって…」
銀次は震えるような声で拳を握りしめた。






そう―あの頃のオレは無力だった。
子供だった。
だから、天子峰さんや、他の大人達に守られてばっかりだった。
でもそんなのオレはイヤだった。
オレにも大切な人がたくさんいた。
守りたい人もたくさんいた。


龍華もそんなたくさんの人の中のひとりだった。
龍華はいつもオレの側にいてくれた。
そして、龍華は控えめな少女だった。
いつもベルトラインのヤツらの恐怖に怯えながらも、必死で生きていた。
だが、龍華は強い少女だった。
オレが泣きたくなったとき、何も言わず側にいてくれた。
いつもオレに微笑んでくれていた。
そんな龍華の口癖は、
『みんなが傷付かないで、幸せに暮らせればいいのにね』
だった――。


オレは龍華を守りたかった。
本当に―
本当に―
守ってやりたかった。
いつか彼女に、外の光を見せてあげたかった。
外の自由な世界を見せてあげたかった。
だが、そんなオレの願いも空しく、あの運命の日がやってきた―。





 「ベルトラインの奴らが攻めてきたぞっ!」
 「女、子供から早く地下シェルターに避難しろっ!!」
 「急げ、こっちだ!!」
 「早くしろっ!!」
たくさんのざわめきの中で、オレは天子峰さんに腕を捕まれ、地下シェルターの方へと走らされていた。
でもその時、龍華がいないことに気がついたオレは、咄嗟に腕を振り払った。
 「銀次っ!何処行くんだっ!!」
 「ごめん、天子峰っ!龍華がいないんだっ!」
 「なら俺達が探して連れてくるから、先にお前は避難しろっ!!」
 「…ダメだよ。だって…きっと…」
オレはキッと天子峰さんを見つめた。
 「きっと、アイツだって俺を待ってる!」
 「銀次っっっ!!!」
―そうだよ。アイツだってオレを待ってるはずだ!
だって守ってやるって…絶対守ってやるって約束したんだから…






 「龍華!!何やってんだ。こんな所にいたら殺されちゃうよ!?」
オレは、いつもオレの定位置だった壁にもたれていた龍華を見つけた。
 「銀次君…」
龍華は静かに首を横に振った。
 「何処にいたって一緒よ。上のヤツら、どうせ私達を皆殺しにするんだよ…」
膝を抱えたまま、龍華が呟いた。

いつもはオレを励ましてくれていた龍華―だが、今日の龍華は全てを諦めているように見えた。

 「大丈夫!!」
オレは必死に龍華に向かって手を差し出した。
 「大丈夫!天子峰達が必死で戦ってくれているんだ。オレ達はその邪魔にならないように、早く逃げなきゃ!!」
 「でも…」
 「大丈夫!オレが…オレが守ってやるから!!」
 「…うん!!」
龍華は、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、いつもの龍華の笑顔だった。
勿論、龍華に対して言った言葉は本当だった。だが正確に言えば、守ってやるではなくて…守りたかった。
ただ、それだけだったのに―オレは龍華を守れなかった。
オレにもう少し力があれば―オレがもう少し強かったら―龍華は死なずにすんだのかもしれない。






そしてオレは、『雷帝降臨』 した―






 「銀次っ!どうした!?」
蛮ちゃんの声にオレは我に返った。
 「あ…蛮ちゃん……どうしたの?」
 「どうしたの?じゃねえよ!何かあったのか?」
蛮ちゃんがオレの頬に流れていた涙をそっと拭ったことで、オレは、自分が泣いていたことに気がついた。
 「えっ…あっ…オレ…これは…」
オレは自分の瞳に触れると、必死にその涙を拭った。
 「そう、これは涙じゃなくて…そう、雨で…」
そう言いながら上を見上げると、既に屋根のある場所に移動していたので、雨のはずがなかった。
 「あ……」
オレは言葉の行き先が見つからなかった。でも蛮ちゃんは、そんなオレを見ると優しく微笑んでくれた。
 「まあ…何があったか?なんて聞くつもりはねえが…」
そう言うと蛮ちゃんは、オレのことをそっと包んでくれた。
 「泣きたいときは泣くのが一番だ…我慢することはねぇ」
蛮ちゃんの温かい胸の中で、オレは小さく頷いた。
そしていつまでもいつまでも声を押し殺して―オレは泣いた。 







今考えても、オレは龍華を好きだったのかは分からない。
あの頃は、愛だとか恋だとか言うよりも、その日を生きることが精一杯だったから。
だから龍華のことを好きだったのかは、今でも分からない。
だがオレは龍華を…龍華を守りたかったことだけは、紛れもない真実だった。
ごめん―ごめんね、龍華。
守ってやるって約束したのに―約束、守れなくてごめんね
オレがもっと強かったら―
みんなを守れるほどの力が、オレにあったなら―
あの時君は、死なずにすんだのにね…
本当にごめんね、龍華。
それに龍華。
君はオレの優しさがすごく嬉しかったと最期に言ってくれたけど、
オレは君の優しさも、絶対に忘れないよ。
ありがとう…龍華。
本当にありがとう、龍華。







雨もすっかり上がっており、雲の切れ間からは陽の光が射し込んでいた。
その光は無限城の中を、そして抱き合う2人をいつまでもいつまでも温かく照らしていた。






〜Fin〜