2月に入って間もない頃、俺は風邪をひいた。
理由は分かっている。夕べ、風呂上がりに銀次とベランダに出て星を見ていたからだ。
俺は見るつもりなんてさらさら無かったのに、
「わ〜っ、すごいきれいだよ〜v蛮ちゃんも早く早くv」
って、アイツが手招きするもんだから、俺もつい銀次の隣で星なんかを見ちまった。
そんなガラでもねえのに…
「蛮ちゃん、大丈夫?」
銀次が心配そうにベットの脇から俺の顔を覗き込んだ。
体重をかけたせいでベットがぎしっと音を立てる。
「平気なワケねえだろ…」
「でもなんで蛮ちゃんだけ風邪引いちゃったんだろうね?オレもお風呂上がりにベランダに出たし…
っていうか、オレの方が長く外にいたよねえ?」
―それはお前がバカだからだよ
言いたかったけど、嫌味を言う力も残ってねえ…
ちくしょー!大体銀次のヤローは人間じゃねえんだよ!
普通はコンセントに指突っ込んだだけで怪我なんか治んねえよ
「とにかく俺は寝るから…お前は感染るといけねえからどっか行ってろ」
「え〜っ、ヤダよぉっ!オレ、蛮ちゃんの側にいたいよおっ!」
―お前に感染ると俺が困るんだよ
俺がそう思ったのを知ってか知らずか銀次は少し寂しそうな表情を浮かべたが、静かに頷いた。
「……うん、分かった!蛮ちゃんが困るとオレも困るからあっちの部屋にいるねvでもあとでおかゆ
持ってきてあげるから、オレ、一生懸命かんびょーするから、ゆっくり寝ててねv」
銀次は笑顔で手を振ると、部屋を出ていった。銀次の看病―ま、たまには風邪もいっか
俺は布団を頭まで被ると静かに眠り始めた。
ガラガラ、ガッシャ〜ン!!
俺はけたたましい音と共に目が覚めた。
何だ?今の音は…?
俺はイヤな予感がしながらふらつく足で部屋のドアを開けた。
そこで俺が見た情景は、この世のモノとは思えない部屋だった。
部屋いっぱいに散らばった鍋やフライパンや割れた皿―
そして部屋にぶちまけられたお粥と思える物体の残骸―
「何…やってんだ?」
俺は低い声で銀次に問いた。
「ごめん、蛮ちゃん…起きちゃった?」
「起きるに決まってンだろ?あんなバカでかい音がしても寝てられるのはお前くらいだよ」
「ごめんね?蛮ちゃんにおかゆ持ってこうと思ってたんだけど、そこでつまづいちゃって…」
「誰が掃除するんだよ?この部屋…」
「それはもちろんオレが…」
「お前がやったらますます散らかるんだよっ!」
熱のせいもあった。頭がボーっとして何を言っているのか分からないせいもあった。
だが、今、確実に銀次を傷付けてしまった。
その事が分かっていながらも俺は自分の口を止めることが出来なかった。
「頼むから静かに寝かせてくれ…」
俺は部屋のドアを閉めた。閉める前に見えた銀次の泣きそうな顔―
俺はその顔が脳裏に焼き付いたまま、しばらく寝つかれなかった。
気がつくと窓から月明かりが差し込んでいた。どうやらあれから少し眠ったらしかった。
俺は起きあがろうと身体を起こした―すると、額から濡れたタオルがぱらりと落ちた。
―銀次がやってくれたのか。
あんなに酷い事を言ったのに…傷付けたのに…
銀次に言わないと―ごめん…と
俺はベットから出ようとしたが、何かに引っかかって布団が引っ張られた。
部屋の電気が消えていたせいで始めはよく見えなかった。
だが、部屋に差し込んできた月明かりで見ると…傍らには銀次がいた。
安らかな寝息を立てた銀次がいた。
おそらくずっと看病していてくれたのだろう。
ベットの横にあるサイドテーブルの上には、お粥の入った鍋もあった。
【さっきは起こしてごめんね。これ食べたらちゃんとお薬飲んでね】
銀次の手紙も添えてあった。
「ったく、こんなトコで寝てたらお前まで風邪引くだろうが…」
俺はそこら辺に落ちたあったセーターを銀次にかけた。
それから俺は銀次の作ってくれたお粥を食べた。
銀次の作ってくれたお粥はお世辞にも旨いとは言えなかった。
だが、銀次の気持ちが嬉しかった。すっかり冷え切ったお粥も温かく感じた。
「銀次…サンキュ」
俺はお粥を食べ終わり、その鍋を台所に片づけようとそっとベットから出ようとした。
すると―
「ん…蛮ちゃん?」
「あっ、悪り…起こしちまったか?」
「ううん…平気。あれ?オレ、いつの間に寝ちゃったんだろう?さっきまで蛮ちゃんの看病してたはずなのに…」
銀次が眠い目を擦りながら不思議そうに呟いた。
「大丈夫…ちゃんと看病されたよ」
俺は小さく微笑むと銀次の綺麗な金色の髪をくしゃくしゃっとした。
「ホント?」
「ああ、おかげでもうバッチリだ」
その言葉で銀次が喜んで俺に抱きついてきた。
「良かったあぁv」
「サンキューな、銀次。あと…さっきはゴメンな」
「なんで?だってオレが蛮ちゃん起こしちゃって…蛮ちゃんちっとも悪くなんかないよ?」
銀次がきょとんとした顔で俺を見る。
―だって銀次は俺のために
俺のその表情を読みとったのかは知らないが、銀次は何かを考える仕草を見せた。
「…蛮ちゃんがそこまで言うなら、じゃあさ、おわびに」
「お詫びに?」
「キス…して欲しいなv」
「えっ!?」
「キスしてくれたら、許してあげるv」
嬉しそうな笑みを浮かべながら、身を乗り出しキスをねだる銀次。
「まだ完璧に治ってねぇんだし、風邪…感染ってもしんねえぞ?」
「大丈夫!うつったっていいよvだって大好きな蛮ちゃんの風邪だもんv」
銀次は満面の笑みで俺を見つめた。
「…可愛いヤツ」
そう呟きながら俺は銀次を強く抱きしめた。
そしてまず始めに―銀次の小さな鼻先に唇を落とした。
そして―瞼、頬、耳にも唇を次々と落とした。
そして最後には―銀次の唇に深く深く口付けた。
銀次がくれた優しさの代わりに。俺はとびっきりの愛を銀次にくれてやった。
この世で俺がたった一人愛する―大切な銀次に
〜終〜
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