月 光






―それはある夜明け前の事だった。




 蛮が寝返りを打った時、いつも隣にいるはずの銀次の姿がそこにはなかった。
「…銀次?」
 蛮は身体を起こした。
「便所か?」
 そう呟きながらリビングに出た蛮の目に入ったのは、窓から入る月の光を浴びている銀次の姿だった。
 その姿は美しかった―
「どうした?眠れないのか…銀」
 そう言いかけて蛮はそこにいるのが、銀次であって銀次でない事に気がついた。
「雷帝か…?」
 その言葉で銀次は、いや、雷帝は静かに振り返った。
「蛮…か」
「おお、何やってンだよ。こんな真夜中に」

「…月」
「えっ!?」
「…月を見てた」

「どれ…?」
 蛮は雷帝の隣りに並んで月を眺めた。
「無限城から見える月も綺麗だったが…此処から見る月の方が綺麗だな…」
 雷帝は静かに微笑んだ。




 無敵と言われた雷帝。そのため、命を狙われる事もしばしばだった。
 その都度、銀次は雷帝へと変貌した。仲間と銀次を…自分を守るために。
 今、雷帝の脳裏には、無限城での出来事がプレイバックしていた。




 バケモノと言われるほど強かった自分。




―だが、俺は強くなんかない


―むしろ、俺は弱い人間だ


―独りが怖い

―孤独が怖い

―もうあんな想いはしたくない

―それに俺は

―俺は守らなきゃいけないんだ

―大切な仲間を

―ベルトラインの奴等から






 雷帝は自分を守るように自分の事を強く抱きしめた。
 蛮はあえて何も言わなかった。何も聞かなかった。いつも銀次が自分にそうしてくれるように…
 しばらくして後、雷帝はぽつりと呟いた。

「なあ…」
「ん…?」
「ひとつ…頼みがあるんだが…」
「何だ?」
「その…抱きしめて欲しいんだ…今だけでいいから…」
 雷帝はそう囁くと、蛮を見て静かに微笑んだ。
「時々…俺はひとりなんだって感じる時がある…今日みたいに月の綺麗な夜は特に…
あの男に捨てられた時も、月の綺麗な夜だったんだ…」

 月に輝く雷帝の微笑みは美しかったが、それ以上に悲しみが映っていた。
 蛮はフッと優しく微笑むと、雷帝を強く強く抱きしめた。
 雷帝も自分の腕を蛮の背中に静かに廻した。
 そして蛮は雷帝の耳元でそっと囁いた。

「抱きしめるだけでいいのか?」
「…それ以上頼むとアイツに怒られそうだからな」
「ハハッ、確かにな」
 蛮は声を上げて笑うと抱きしめる腕の力を強めた。
「なあ…」
 今度は蛮の方から雷帝に話し掛けた。
「お前はさっき、『自分は一人だ』って言ってたけど、お前は一人じゃないぜ…ずっと…」
「…ずっと?」
「ずっと俺が傍にいるからな」
 その言葉に雷帝は、はあっと溜息をついた。
「俺は…いや、銀次は幸せだな。お前みたいなのが傍にいて…」
「何言ってやがるっ!」
 蛮は雷帝の額をピンッとはじいた。よく銀次にするように―
「いいか?よく聞けよ?俺は雷帝であるお前も全部ひっくるめた銀次が好きだ。愛してる」
「…普段はあんまり『愛してる』って言わないんじゃなかったのか?」
 そのことで銀次が拗ねるのも知っている。
 だが、蛮は首を横に振った。
「今だけ特別だ。それに『愛してる』なんてしょっちゅう使う言葉じゃねえよ」

 そして蛮は優しく雷帝を見つめると、そっと口付けを贈った。
 銀次には内緒の、愛情と言う名のキスを―
 雷帝はそれを静かに受け取った。
 見ていたのはただ、月の光だけだった―






そして雷帝はひとつの言葉を蛮の耳に残すと、朝焼けと共に消えていった。
今、蛮の腕の中では銀次が静かに寝息を立てている。
それは、銀次には内緒の出来事―
それは、月の綺麗な夜明けの出来事だった。
そして蛮の耳に残された言葉。


それは―






―俺が…銀次が好きなのがお前で良かった

 

 

〜Fin〜






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このSSはHIZKIに捧げたSSなのですが、
サイト閉鎖されたので出戻りました。
…確かはじめての蛮雷だった気がする。
それだけに痛い…痛すぎるっ!
この頃、私達(特にHIZKI)の中では蛮雷がブームで
「蛮雷を書いてくれ!」と言われて書いたような気がします。
頑張った割には余り上手く書けなくて、今となっては
蛮雷大好きHIZKIの所に飾って貰っていたことに震えを覚えます…;;
こんな痛いヘタレ作品を飾っていてくれて、
有り難う、HIZKI。そしてごめんなさい…(苦笑)