優しさの基準

 

 オレの名前は銀次―オレを飼っていてくれたご主人様、天子峰さんがそう呼んでいた。
 オレは天子峰さんが大好きだった。
 天子峰さんもオレのコトを可愛がってくれていた。
 でもある日、天子峰さんから“おっかないおばちゃんだから気を付けろ”と言われていた“大家さん”という人にバレてしまった。
「ちょいと、天子峰さん!このアパートは動物禁止って言ってるでしょっ!」

「で、でも大家さん!こいつはこんなに小さい猫なんですよ。ほら、可愛いでしょう?」
―そう、オレは猫だった
「こんなに小さい猫をこんな寒空に捨てるわけには…なんとか見逃してくれるわけには…」
「ダメだよ!」
 火を吹くような大家さんの迫力に、オレと天子峰さんは壁まで吹っ飛ばされた。…怖かった
「いいかい?天子峰さん、この猫を飼うならアンタも出ていって貰うからねっ!いいねっ!」






 その夜、天子峰さんは泣きながらオレを公園に連れてきた。
「ゴメンな、銀次…ホントにゴメン。今、あそこ以外に安いアパートは他にないんだ。
でもいつか絶対動物飼える所見つけるからな…それまで待っててくれ」
―いいんだよ、天子峰さん…
 天子峰さんはここに捨てられていたオレを拾ってくれた。そしてここまで育ててくれたね。
 いっぱいいっぱい可愛がってくれたね。大家さんに見つかりそうになる度、必死に隠してくれたね。
 オレはそれだけで感謝でいっぱいだよ。
―ありがとう天子峰さん
 オレはいっぱいの感謝の気持ちを込めて、天子峰さんにキスをすると天子峰さんは泣いていた。
 そしてオレはおいおい泣いている天子峰さんを後にして、公園の中を歩いていった。
―また捨てられちゃったな…
 オレは寂しい気持ちをごまかすように、公園の中を元気よく歩いていった。






 しばらく歩いていくと、ベンチの所に1匹の犬が座っていた。
 その犬は月明かりに照らされた紫の瞳の色がとってもきれいだった。
 オレはその瞳の色に惹かれるように近付いた。
 するとその犬はオレをちらっと見ると、ボソッと呟いた。
「お前…何泣いてるんだよ。」
「えっ!?オレ、泣いてなんか…」
 いないよ―と言おうとした時、オレは自分の目からこぼれ落ちている涙に気が付いた。
―カッコ悪い
 そう思って急いで涙を拭おうとしたら、暖かい温もりを感じた。
 その犬がいつの間にかベンチから下りて、オレの涙を拭っていてくれたのだ。
「お前、捨てられたのか?」
 その言葉でオレの方がびくっと動いた。
―なんで分かったんだろう
 オレは静かに頷き、再び涙が落ちないように今度は我慢した。
「あっ、悪りい。そんな冷たい意味じゃないんだが…」
 その犬はオロオロしながら、その場をぐるぐるすると、オレの真正面に座った。
「お前、名前は…?」
「銀次―って呼んでくれてた」

「そっか、銀次か―俺は蛮だ、よろしくな」

「ばん?うん!よろしくねっ、蛮ちゃんv」

「蛮ちゃん〜?ちゃん付けってイメージじゃねんだけど」
 蛮ちゃんはブツブツ言ってたけど、オレを見ると軽く溜息をついた。
「ま、いっか―おい、銀次?腹減ってねえか?」

「そう言えば…すっごく空いてるっ!」

「じゃあ決まりだ!ついて来いよ」

 そう言うと笑うと、蛮ちゃんはオレの前を歩き始めた。
 オレは必死で蛮ちゃんを追った。






「着いた…ここだ」
 そう言うと蛮ちゃんは1軒のお店の前で立ち止まった。
「ここ?え〜っと…」

―英語のお店?なんて書いてあるんだろう?
「HonkyTonk。ここのマスターは捨て猫とか捨て犬って響きに弱い人情化なんだ」
「そうなんだ」
「んじゃ、入るぞ」
「あっ…待ってっ!蛮ちゃんっ!」
 オレは蛮ちゃんを追って店内に入った。






「おっ、また来たのか?蛮…あれ?新入りか?」
 マスターって言う人はオレを見た。
 オレはにゃ〜と答えた。
「新入りは大事にしないとな」

 そう言いながら、オレの前にミルクを置いてくれた。
 オレは必死になって飲んだ。
「そんなに急いで飲んだら咽せるぞ」
 蛮ちゃんがそう言いながら優しくオレに微笑んだ。
 オレもそれにつられるように笑った。
―ありがとう、天子峰さん!ありがとう、マスター!そしてありがとう…蛮ちゃんv
 オレは全ての人に感謝をしていた。






 そして次の瞬間―





「おい、銀次っ?いつまで寝てやがんだよっ!」
 蛮ちゃんの足蹴りが見事にオレの頭にヒットした。
「痛〜い!何すんのぉ〜っ!」

 オレは頭をさすりながら起きあがった。
 もう蛮ちゃんはパジャマから洋服に着替えていた。
 オレはしばらく頭が正常に動かなかった。
 蛮ちゃんに言うと「いつもだろ」っていうから言わなかったけど―
「ほらっ!早く朝飯食え!今日は朝イチで依頼人とHonkyTonkで会うんだろうが…」

「あっ!そうだった…」
 オレは急いで飛び起きて蛮ちゃんが焼いてくれたパンにかぶりついた。
「ねぇねぇ、蛮ちゃん聞いてv」
「喋る暇あったら食え」
 蛮ちゃんが怒鳴った。
「ふあ〜い」
 オレは急いで食べた。
 そして蛮ちゃんが煎れてくれたコーヒーを一気に飲み干した。
「ぷは〜っ!蛮ちゃん、あのねっv」
「食ったらさっさと準備する!」
「ふあ〜い」
 蛮ちゃんはすでに靴を履いていたから、オレも適当にそこら辺にあった洋服に着替えた。
「あのね、蛮ちゃんv今見た夢でねv」
「鍵閉めるから早く出ろ!で、先にスバル乗ってろ!」
「えっ!?鍵閉めるくらいすぐじゃん?オレも待ってるよ」
「いいから先に乗ってろっ!」
 蛮ちゃんがまた怒鳴った。
「ふあ〜い」
 オレは蛮ちゃんの言う通り、スバルに先に乗って待っていた。
 早く蛮ちゃんに夢の事話したいのにな…

 夢の中の蛮ちゃんの方が犬だったけど、優しかったな…






「う〜…さみい〜」
 蛮ちゃんが身を屈めながらスバルに乗ってきた。
 そして―
「ほらっ!」
―えっ!?リンゴ?
「お前、あんだけじゃ足りねえだろ?」
―蛮ちゃん、これ取りに行ったから、先に乗ってろって言ったの?
「ふふっ、蛮ちゃんvありがとv」
 おお…って言う蛮ちゃんの耳は赤かった。
「…で、さっきの話は何だったんだ?」
 オレは首を横に振った。
「ううん…もういいの」
―だって、今の蛮ちゃんもすっごく優しいもんv
「何だよ?気になるだろーがっ!」
「もういいのv」
 オレはにこにこして答えた。のに―
 ドカッ!
「痛〜い!なんで殴るの〜!」
「さっきから散々人に“聞いて聞いて”攻撃したクセに、今度は“もういいの”だぁ?逆に気になるじゃねえか!」
―そっか、蛮ちゃんも聞きたかったんだv
 オレは嬉しくなった。
 だからリンゴを一気にほおばると助手席に深く座り直した。
「お前、そんなに急いで食うと咽せるぞ?」
 蛮ちゃんはそう言うと優しく微笑んだ。
 オレもその微笑みにつられるように笑った。






 夢の中の犬の蛮ちゃんは優しかった。
 でもやっぱり今の蛮ちゃんも優しい。
 蛮ちゃんといると、いつの間にか笑顔になっている自分に気付く。
 そんな気持ちを込めながらオレは夢の話を始めた。
「実はねvv」






〜終〜





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このSSは黎朱サマに貰って頂いたSSなのですが、
サイト閉鎖されたので出戻りました。
ただいくら初期とは言え、なんて酷い作品なんでしょう…(-_-;)
こんな痛いヘタレ作品を飾って下さって有り難う御座いましたv