永遠なんていう言葉の意味…俺はずっと知らずにいた。
永遠なんていう言葉の意味…俺はずっと嘘だと思っていた。
そう、アイツに出逢うまでは…
それは俺と銀次が出逢ってから初めての雪の日の事だった。
春に咲いたせいか、雪の中に花弁が混ざっていて、白色もほんのりとピンクに染まる。
そしてその日は珍しく都心でも5cmの積雪を記録した。
たったそれだけなのに、案の定雪に弱い都会は交通状態が麻痺した。
そして雪に慣れていない都会人は、車にチェーンを着けるのにも一苦労のようだ。
だがそんなアタフタとしている都会の奴等とは裏腹に、一人、春に降る雪の中をはしゃいでいるヤツがいた。
「わ〜、蛮ちゃんv見て見てぇ〜v雪だよ雪vそれになんかピンク色で綺麗だねぇ〜vv」
先程から銀次が子犬のように雪の中をはしゃぎ捲っている。
コイツは例え天気が晴れでも雨でも雪でも…そんなもんに左右されることなくテンションがたけぇ…。
恐らく槍が降って来ても、「蛮ちゃん、槍が降って来たよvすご〜いv」って言うだろうよ…。
「蛮ちゃん冷たいよvほら♪」
掌にちょこんと乗る程の小さな雪玉を握り締めながら、銀次が振り返る。
「…そりゃ雪だもんな」
「蛮ちゃんテンションひっくーい!!」
「おめぇが高過ぎなんだよ!でもそんなにはしゃぐってコトは、無限城じゃ雪は降んなかったのか?」
そんな俺の問いに、銀次がううん―と首を横に振った。
「もちろん無限城にも雪は降ったよ。でもね、ほとんど積もらなかった。少しちらつく位かな?それに例え降っても、地面に着いたらすぐに溶けちゃってたんだ。だから冷たくても積もるのは嬉しいvv」
銀次がえへへと嬉しそうに微笑んだ。本当に心から嬉しそうだ。
だが、その輝く笑顔が今日は少し痛くて………。
「あ〜…そりゃよござんした。それより早くしねぇと置いてくぞ!」
俺は銀次の笑顔をワザと無視するように視線を逸らした。
ただ一刻も早く、兎に角此処から去りたかったから…
雪は嫌いだから…雪に良い想い出なんて何ひとつ無かったから…
「蛮ちゃん…なんか冷たい…」
「あぁ?雪だから冷たいに決まってるってさっきから言ってンだろ!」
「違うよ、雪じゃなくて蛮ちゃんが…。ううん。冷たいっていうより…その」
「なんだよ?」
「…なんか今日の蛮ちゃん辛そう。何かあるの?その…雪に…」
反らした俺の視線の先に回り込んで銀次がじっと見つめる。
―相変わらず勘の鋭いヤツだ。
俺はチッと舌打ちをすると、再びワザと銀次から目を反らした。
「…っるせぇな!別に…なんもねぇよっ!!」
「蛮…ちゃ…」
また怒鳴っちまった。銀次に当たるつもりなんて無かったのに…
そう、雪を見ると思い出すだけなんだ…。辛く虐げられた幼かった日々のことを…。
「蛮…貴方は私の大切な子供よ。ずっと一緒に居ましょうね」
母が俺のコトをぎゅっと抱き締める。
「ずっと…いっしょ?」
「そうよ、永遠に居ましょうね。だって貴方のこと、大好きだもの。蛮はお母さんのこと好き?」
母がぎゅっと抱き締めたまま優しく微笑む。
「うん…母…さん…」
だが、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。
俺がババアの血を受け継いでいると分かった途端、母親は一変した。
「貴方は悪魔の子よ!私の子供じゃないわ!」
「母さん…落ち着いて…」
俺は母に向かって手を差し出した。―だが。
「いやよ、来ないでっ!近寄らないでっ!」
母は差し出した俺の手を冷たく叩き返した。
「貴方なんか産むんじゃなかった!貴方は産まれるべき存在じゃなかったのよ!」
悪魔のような言葉を繰り返した母。
叩き返された手の痛さよりも、その言葉の方が数倍も痛かった。
そんな母の精神を気遣ってか、父は俺にババアの元に行くように―と言った。
「二度と逢いに来ないでくれ…」
―最後にそう呟いた父
―ずっと一緒に居ましょうね―と言ってくれたのに…
―大好きよ。と言って優しく抱き締めてくれたのに…
―永遠に一緒に……って………
―――ウソツキ
俺が両親の元を去った日、空からは雪が舞い落ちていた―
雪はあっという間に降り積もり、次に振り返った時には既に両親の姿は見えなくなっていた―
そして後にも先にも、母親に抱き締められ優しく微笑まれたのは、俺の記憶ではあの時一回限りだった。
「なぁ…ババァ」
「なんだい?」
「なんで俺にこんな力なんてあるんだろう…」
「蛮…」
「こんな力なんて要らなかったのに…」
「………」
ババアは黙って俺の呟きを聞いていたが、フウッと息を吐くとバシっと俺の背中を叩いた。
「なに情けない事言ってんだよ、蛮!お前はお前だ。それにお前のその力だって無駄にあるわけじゃない。いつか現れる大切な人を守るためにあるんだ」
「大切な人って……そんなの俺に現れるわけねぇよ」
「例え今はそうでも、この言葉の意味が分かる時がきっと来るさ」
「………」
「まあ、それまでは私が一緒に居てやるさ。ずっとね」
「ずっと?永遠に?」
「…あぁ」
ババアがニッコリと微笑んだ。
だが、そんなババアもそれから間もなくして、俺の前から居なくなった。
―――ウソツキ―――ミンナ、ウソツキダ。
ババアが居なくなったその日も、空からは雪が舞い落ちていた―。
ソシテ―オレノマエカラハ―ダレモイナクナッタ――
「蛮ちゃん…蛮ちゃん?」
銀次の声で俺はふと我に返った。
「銀…次」
「うん。大丈夫…蛮ちゃん?」
銀次が心配そうなツラをして俺の顔を覗き込む。
「具合悪いなら波児さんの所で休ませて貰う?此処からなら近いし…」
「いや…もう平気だ……。ただ昔を…」
「昔?」
「忘れてたはずの昔を…ちょっと思い出しちまっただけだ。ははっ…情けねぇな」
「ううん、そんなっ!昔を思い出すのって情けない事じゃないよ…少しも情けなくなんかないっ!」
「銀次…」
俺はそっと銀次の頭に付いていた雪を祓った。
「銀次…さっきは怒鳴って悪かったな」
「ううん…オレこそバカみたいにはしゃいじゃってゴメンね」
「いや、お前はちっとも悪くねぇよ」
「蛮ちゃん…」
「銀次…ちょっと俺の話…聞いてくれるか?」
銀次は俺の問い掛けに、コクリと静かに頷いた。
それから俺は、銀次に話した。
両親に蔑まれた日々のことも―
祖母に置いていかれたことも―
そして―
雪が嫌いになった理由も―
その全てを銀次に―
「…ってなワケだ」
俺が話し終わり銀次の方を振り返ると、銀次がポロポロと大粒の涙を流していた。
「って、お前っ…なに泣いてンだよ!」
「だってっ…蛮ちゃんがっ…っく」
「だからって、お前が泣くなよ…」
俺は焦りながらポケットの中にあるハンカチを必死で探した。
「ほらっ!」
そう言いながら零れ落ちる涙をハンカチで拭うと、銀次にそのままハンカチ毎押しつけた。
「…じゃあ蛮ちゃんは、だから雪が嫌いなの?だから永遠を信じないの?」
「あぁ…そうだよ。だから俺は雪が嫌れぇだし、永遠なんて言葉だってもう信じちゃいねぇんだよ!」
「そんなの悲しいよ、辛いよ!それにオレは永遠を信じてるっ!蛮ちゃんに出逢ってから信じられるようになった。だからオレは蛮ちゃんとずっと一緒にいたい。これからもずっと永遠に蛮ちゃんと一緒に歩んで生きたいんだ」
「銀次…」
溢れる涙を拭おうとしない銀次。俺はそんな銀次の涙をそっと指で拭った。
すると銀次はそんな俺の手をそっと掴み、噛み締めるようにポツリと言葉を発した。
「ねぇ、蛮ちゃん…オレは蛮ちゃんの苦しみも悲しみも何ひとつ理解していないのかもしれない…でも理解りたいと思うんだ」
「銀次…」
「だから…蛮ちゃんが背負っている苦しみや悲しみを…半分でいいからオレに分けて欲しい」
そしてそっと俺を優しく包み込む銀次。俺はそんな銀次の腕にそっと触れた。
―暖ったけぇ…
「なんでお前みたいなヤツが俺の傍に居てくれるんだろうな…」
俺の呟きに銀次はギュッと力を強めた。
「蛮ちゃん…オレが傍に居たいんだ。オレが蛮ちゃんの傍に居たい。それが今のオレの願い…それにオレはね、蛮ちゃんがいつも傍に居てくれるから、蛮ちゃんがいつも隣で見守っていてくれるから、だから笑顔にもなるし元気にもなるし、なにより幸せになるんだよv」
降り積もる雪の中、銀次がフワリ―と微笑んだ。
どうしてコイツはいつも
他人のために泣いたり笑ったり出来るんだろう…
どうしてコイツはいつも
俺の一番欲しい言葉をくれるんだろう…
この日を境に俺は『永遠』という言葉の真の意味を心で感じ取った。
そして少しだけ雪が好きになったのだった。
銀次…今、此処に居てくれて有り難う
The End
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