清しこの夜 |
十二月下旬。 師走は何かと気忙しく、街行く人々も何処となくピリピリしている気がする中、不満たらたらな声がリビングに木霊した。 「ええーっ! 何で仕事やねんな!」 クッションを抱えた体勢で仕事内容を厳かに告げた相棒に向けて、戸倉聖のブーイングが炸裂する。 だが、そんな事は知らぬと言いたげに聖を一瞥する志島弓生の、眼鏡越しの冷めた視線が聖を射る。 「以上だ。さっさと行く準備をしろ。でなければ今年もここで留守番しているんだな」 素っ気無く言って、弓生は目の前の相棒に最後通牒を突き付ける。 去年、現地調査が思っていた以上に手間取り、置いて行かれた挙句、結局十二月最大の行事がぱぁになったと嘆いていた聖の事だ。是が非でも今年はと息巻いていたので残るとは言わないだろうと、考えての弓生の言葉。 まんまとそれに嵌った聖はクッションを投げ出して文句を言いつつも準備をしだす。 「全く」 呟いた弓生の声音は何処か笑み混じりで、けれどもそれは聖の耳には届いていない。 仕事の内容としてはごく単純なものだ。いつもの如く、現地へ行って封殺して来いというものだから、体力だけは並以上ある聖には打って付けの仕事だろう。唯、その時期が問題なだけで。 「……言いそびれたか」 仕事内容の書かれたものと一緒に同封されていたものを見て笑みを浮かべる。 「本家」とは関係のない者からの指示書は、時としてとんでもないサプライズを用意してくれる。今回もサプライズ付きだったので、弓生は事前の下調べまで終えている。 「ユミちゃん、準備できたで。早(はよ)う行って早う終わらせようや」 どたどたとリビングに戻ってきた相棒を見上げて、弓生は嘆息して立ち上がった。 向かう先は東京駅。今回も使用するのは公共交通機関だ。グリーン車のチケットが奮発されているので利用しない訳にはいかない。 「贅沢すぎやで」 ぼやく聖を無視して、座席に納まった弓生は鞄の中からペーパーバックを取り出し、聖の文句という雑音を締め出して活字に没頭する。 東京から約二時間半。特急券の行き先は、新大阪である。 ざわざわと、東京とはまた別のざわめきの中に降り立った二人は取り敢えず先に荷物を置く為に大阪駅へと移動した。 ホテルは大阪駅から徒歩十分。キャメルのコートに身を包んだ弓生とブルゾンにジーンズ姿の聖とでは、どうしたって人目を引いてしまう。 足早に歩く弓生の後を迷子にならぬよう追いかける聖は彼の背中を眺めて苦笑する。慣れればいいものを、車の移動に慣れてしまっているので周囲の好奇の視線にはからっきし弱い。 「ユミちゃん、何処まで行くんや」 痺れを切らせた聖の声に弓生は目の前にあるホテルへ足を運んだ。背後で「ゲッ、何でこないなところに」と驚いている聖の事は、きっぱり無視だ。 弓生名義で既に予約が入れられている。しかも支払い済みともなれば利用しない手はない。唯、どの部屋かは、指示書に同封されていた用紙には書かれていなかった。 従業員に荷物を手渡し、部屋に案内してもらえば、そこは「ジャパニーズスイート」という場所で、二人の度肝を抜くには充分な場所だった。室内に荷物を置き、部屋の鍵を渡した従業員が会釈して出て行く。 「イヤガラセかいな、これ」 聖がうんざりした口調で言えば、弓生からは唯肩を竦めるだけのゼスチャーが返っただけでコメントはない。 一応室内を見て回り、ベッドがない事に気付いた聖がもう一度部屋の中を見て回る。 「……布団かい」 脱力する聖の背後で弓生は呆れたように吐息して、指示書の入った封筒だけを持って部屋の外に向かう。 「行くぞ、聖」 「えっ、ちょお待ちて!」 外に出て行く弓生の後を聖は慌てて追いかけた。エレベーターホールで追いついて、近隣地図と住所を照らし合わせて大体の場所の見当をつけている弓生の横顔を眺める。 仕事場所はここからそう遠くはない。歩いても知れている距離の為、フロントで大体の場所だけを聞いて二人は黙々と歩き出す。 東京と違い、大阪のこの時期は何やらお祭り気分になっている。 「聖、きょろきょろするな」 「せやかて、東京と違(ちご)うてオモロイもんあるし」 「……。終わってからにしろ」 すっかりおのぼりさんと化している聖を小突いて、弓生は現場へと足を踏み入れた。 大阪駅前にある工事中の広場が今回の「仕事場所」だ。 異変を起こす対象物を封殺する、という、至極簡単な依頼だが、その際周りの物を壊すなという難解な指示が出ている事は、未だ聖には言っていない。 足を踏み入れた瞬間に感じた異様な気配に二人は臨戦態勢を取る。ぐるりを見渡し、結界で区切られてもいない、妖気というか異質な空気がだだ洩れ状態の場所で、よく今まで苦情や異変が起きなかったなと二人は思う。 「聖。物は一切壊すな」 風を切って飛んでくる鉄骨を叩き落そうとした聖に弓生は平然とそう言った。 「でぇーっ、そんな無茶言いなやっ」 「その分依頼料から差っ引かれても知らんぞ」 慌てて飛び退き、反動を利用して飛び上がる聖の情けない声にしれっと返すと、弓生は根源を探す為に現場内を見渡す。 飛んでくる鉄骨を避け、無人で動く重機のアームを掻い潜り、鞭のように撓るホースを躱し、挙句ブルーシートが一反木綿よろしく襲い掛かってくる。 埒が明かないとばかりに足を止めた聖に、弓生は上空を見て声を上げた。 「聖、上だ!」 「げっ!」 弓生の声に聖は頭上を見上げて慌てて後ろへと飛び退(すさ)る。 今まで聖の頭のあった場所を別の重機のアームが通り過ぎて行った。もう少し反応が遅ければ、頭を持っていかれたに違いない。 げっそりとした聖は襲い掛かってくるものを片端から避けて走り回る。その間に弓生が対象物を見つけて雷光の気を叩き込んだ。 軽く地面が揺れただけで周囲への被害はなく、それよりも工事現場が悲惨な事になっていた。鉄骨はあちこちに散らばり、重機のアームはそっぽを向き、鉄骨にかけられていたブルーシートは足場に引っ掛かってはたはたと、力なく風に靡いている。 体力の塊とはいえ、逃げ回っているだけというのはなかなかに体力を消耗するのだろう。さすがの聖も肩で息をしながら辺りを見渡してその場にしゃがみ込んだ。 「聖?」 「……ああ、大丈夫や。怪我は、あらへんけど、さすがにきついで」 怪訝な弓生の声音に答えて、聖はよいしょと立ち上がる。 砂煙が落ち着き、正常な気配に戻ったのを確かめて、二人はさっさと工事現場を後にした。こんなところでぐずぐずしているといらぬ責任まで負わされてしまいそうで、長居は無用というのが共通の意見だろう。 現場を離れた弓生は、来た道を戻らずに真反対の方向へと足を向けだした。 そのままホテルに戻るものだと思っていた聖としては驚きだ。 「ユミちゃん、何処行くん」 時刻は既に午後七時を回っている。 派手に動き回ったおかげで聖の空腹はピークに達しており、先程からおなかは悲鳴を上げている。 もう少しだと言いながら、弓生は少し歩調を落とす。擦れ違う人々の視線が痛いのでさっさと通り過ぎたいところだが、珍しく無傷で、だが空腹を抱える聖の歩調に合わせるくらいには、まだ精神的余裕はある。 やがて見えた場所に聖はぽかんとして見上げ、弓生に「こっちだ」と促されて敷地内の地下へ向かう。 「へぇ、こんなとこあんねんや」 聖が目を丸くして感心する。 そこは昔懐かしい店先を模した作りになっている飲食店が立ち並び、人々で賑わっている場所だった。 適当に選んで入ると、店員に案内された場所は窓際で、地下なのに窓もなかろうと思いながら外を眺める。ちょうど人工的に作られた川の水面の高さで、感心していると水音がして滝が流れ出した。 「おお、凄いやないか」 目をきらきらさせて喜ぶ聖を見て弓生が苦笑する。オーダーも適当に済ませ、滝を眺める聖の笑顔にまあいいかと半ば諦めた。 滝見小路と称する場所だ。ここでこれだけ人が多いと、目的の場所に足を踏み入れられるのは一体何時になる事やらと、今から気鬱な弓生である。 素直に喜んでいる聖は、やっと食事にありつけたと言って目の前の食べ物を攻略にかかった。 「聖」 「ん?」 「……いや」 少し言い淀んだ弓生は、きょとんとして見返してくる聖を見て何でもないと首を横に振り、窓の外へ視線を移す。何やねんなと文句を言っている聖を無視して溜め息をついた。 今回の仕事場所を見て調べてみれば、なかなかにお洒落な場所が近くにある事が判ったのでいつもこの時期大騒ぎしている聖の為にとここまで足を伸ばしたのだ。聖に調べる暇を与えなかったのは、単に驚かせたかったから。 「ユミちゃん? 疲れたんとちゃうか?」 名を呼ばれて我に返れば、聖が気遣わしげにこちらを覗き込んでいる。彼の分の食事は既に胃袋の中で、あまり箸の進んでいない弓生を心配して呼びかけたようだ。 「大丈夫だ。それより、お前はそれで足りたのか?」 「……腹八分目にしようとは思ってるんやけど」 言葉を濁すところを見るとどうやら足りないらしい。 いるかと皿を押しやれば、笑顔でそれを掻っ攫い、弓生の分まで堪能する。聖らしいといえばらしいが、昔からあまり変わらないのは頂けない。 やっと人心地つけた聖を促して滝見小路を出ると、そこかしこにある木々に灯ったイルミネーションの下でカップル達が自分達の時間を過ごしている。 「人目も憚らずに、ようやるわ」 何だか居心地が悪いと付け足す聖を連れて弓生は向かいのスカイビルへと誘った。 時間が時間なだけにどうかとも思ったが、やはり上る人数が多い。一瞬後悔しかけたもののここまで来て引き返すのもどうかと思うので、ここはやっぱり行くべきだろうと自身を納得させる。 「ユミちゃん、何や怖い顔しとるけど。俺何かしたっけ?」 恐る恐る訊いてくる聖に何でもないと笑って返すと、ならええけどと、不満げに返された。 行くならどうぞと、展望台へのチケットも同封されていたのでチケットを買う手間は省ける。 そのままエレベーターに向かい、ここでも随分と待たされ、ようやく乗り込めたのは午後九時を回った頃。 「へ?」 乗り込んだ聖は他の客同様、エレベーターの「外」を見て驚いた。そう、シースルーなのだ。 何となく落ち着かないのか、そんなに混んでいる訳ではないのに引っ付いてくる聖に苦笑して、弓生は上っていく箱の外に視線を移す。 煌めくイルミネーションが、まるで宝石を散りばめたかのように眼下に広がりだす。 途中でエレベーターを降り、ぞろぞろと進む人々に続くと、今度はエスカレーターが待ち構えていた。 何処まで上んねんと零す聖の目がそのエスカレーターを見て点になり、弓生が早く行けとばかりに彼の肩をそっと押す。 こちらもまた、シースルーだ。高所恐怖症でなくても、正直言って怖いものがある。 「ユーミちゃぁん」 「どうした。今更怖いもないだろう?」 情けない声で弓生を呼ぶ聖にそう言って弓生は先にエスカレーターを降り、展望台へと歩を進める。 怖い訳ではないが何となく落ち着かない聖としては弓生がここに拘る理由が判らない。早く来いと急かされて、仕方なしに後を追いかける。 この時期の空中庭園は、クリスマス仕様になっていて二十四時まで開いている。訪れるのはカップルが多いが、特別な夜という事で夫婦の姿もちらほら目立った。 「……ごっつ綺麗やんか」 空中庭園に足を踏み込んだ瞬間、言葉を失くした聖がやっとそれだけを言って弓生を見た。してやったりといった表情が何となく腹立たしいが、この景色をもってチャラにしようと内心呟く。 弓生としては聖のご機嫌が直った事に胸を撫で下ろし、薄く笑みを浮かべて柵の向こう側へ視線を転じた。 地上に散らばる光の渦。そして空中庭園を彩るのも光のそれ。上空へ視線を転じれば、晴れた夜空に星が瞬いている。 「ユミちゃん、これ…て」 「クリスマスプレゼント、といったところかな」 「何で急に」 「毎年お前が張り切るから、たまにはこういうのもいいだろうと」 「せやけど」 「不満があるならホテルに戻るが」 「いや、ない! ごっつ嬉しい!」 毎年張り切った聖が友人達を呼んで開くパーティーに、少なからずとも弓生は飽きていた。楽しいのは構わないが、たまには二人きりで過ごしても罰は当たるまい。 去年は図らずも仕事が終わらずにクリスマス自体が過ぎてしまったが、今年は図ったように二十四日からの仕事だった為にこれを企画しただけだ。 「ええもんやな、二人、いうのも」 くくっと笑って上空に視線を転じた聖の言葉に頷いて、弓生は目を細めて聖の横顔を眺める。 こんなにも穏やかな気持ちでいられるのは、きっと聖が隣にいるからだ。隣にいて、変わらぬ笑みを向けてくれるから。 「ユミちゃん、おおきに」 不意にこちらに顔を振り向けて、聖がふわりと笑う。つられるように笑みを浮かべた弓生は行くかと呟くように言った。 小さく頷いて歩き出した弓生の後を追う聖の視界に白いものがひらりと横切る。 わっ、と周囲から声が上がり、二人は足を止めて上空を仰ぎ見た。先程まで晴れていた筈の上空に薄い雲がかかり、闇夜にも鮮やかな白い雪が舞い散る。 「ホワイトクリスマスやな」 「ああ。……行くぞ、聖」 地上に視線を戻してあるかなしかの笑みを唇に載せ、弓生は満面の笑みを浮かべる聖を促して屋内へと戻って行く。 清しこの夜。二人の鬼の上にも、幸あらん事を。 Fin. |
羅紗さんからクリスマスプレゼントを頂いてしまいましたvv うわぁ〜んっ!!ありがどうございまずーっ!!(大感激) クリスマスはいいですねいいですねvv 普段よりもラブラブって感じでvv しかも聖のために動くユミちゃんというのがさらに萌えますvv いつも聖が企画して、ユミちゃんが付いていく…、な感じですからねぇvv そして綺麗な景色…私も行ってみたいです(≧Д≦)ゞ そして二人の姿を目に焼き付けたい!!(笑) 羅紗さん、本当にありがとうございましたvv 2008/12/12 |