君といた永遠・4 |
看護士に呼ばれた聖は部屋の入り口まで走りよるものの、思わず躊躇するようにその場に佇む。 「聖」 「…分かっとる。けど……」 三吾が早く入るように促すものの、勇気が出ない。 すると部屋の入り口が開き、静かに声が掛かる。 「お入りください。患者さんの意識が戻りました」 「…え?」 「あなたを呼んでいます」 「…オレを?」 「はい」 「ほな…もう」 「もう大丈夫ですよ」 笑顔で言われ、ようやく我に戻る聖。 「良かったじゃねえか、聖」 「…おぅ」 「早く入れよ。弓生が待ってんだろ?」 「…お前も一緒に来いや」 「野暮なこというな。人の恋路を邪魔する気はねえよ」 「…アホか。ほな、行ってくるな」 聖は満面の笑みで微笑んだ。 ―久し振りに見た聖の笑顔。 三吾は久し振りに見たその笑顔を、優しく見送った。 ******** 部屋に入るとそこには、ようやく意識が戻り目覚めた弓生がいた。 そして弓生のそばに歩み寄り、小さく恐る恐る声を掛けた。 「ユ…ミちゃん」 その声に、弓生がベッドに横たわっているまま、静かに振り返る。 ―(聖…) 弓生の視線の先には、今にも泣きそうな顔で心配そうに自分を見つめている聖の姿があった。 「ユミちゃん…」 聖は涙を堪えるかのようにキュッと口唇を噛み締め、弓生の傍らに立った。 「ユミちゃん…、気ぃ付いたんか?」 「ああ」 「良かった…ほんまに、良かった」 「聖…」 久しぶりに聞く自分を呼ぶ声に安堵したのか、聖の瞳にはみるみる涙が溜まっていく。 顔を上げれば涙ぐみながら微笑む聖がいて。 だが、聖は瞳に溜まった涙をぐいっと拭うと、弓生に満面の笑顔を向けた。 「ユミちゃん…もう平気か?気分悪ないか?」 「あぁ…それよりも今日は何日だ?」 「今日?」 ―(なぜ目覚めた最初の質問が日にちなのだろう?) 感激の再会もあったもんじゃない、と思いながらも聖は答えた。 「今日は…もう4月やで。桜ももう散ってしもた」 「そうか…」 「ユミちゃん、ずっと意識が戻らなくて、ほんまに危険な状態やったんやで?」 「そうか…」 「花見も今年は出来んかったな」 「すまん。間に合わなかったな」 「花見がか?ええよ、来年もあるんやし」 「そうではない」 「ユミちゃん?」 弓生が何を言おうとしているのか分からず、聖は小首を傾げる。 「花見やないんなら、なんのことや?」 弓生はのろのろと首を動かし、聖を見据えると小さく微笑む。 「誕生日おめでとう…聖」 「…はあっ?」 思わず口をぽかん…と開く聖。 だが、すぐ我に戻る。 「ユミちゃん!今はそんなことはどうでもええやろ?」 聖が口を尖らせて文句を言うが、なぜ聖が怒っているのか全く分からない弓生。 「遅くなったから怒っているのか?」 「ちゃうわ!今は自分の身体を考えんかい!ユミちゃんほんまに死ぬところやったんやで?」 「…俺がこのくらいで死ぬか」 「ようゆうわ。ほんまに死にそうやったくせに」 文句を言っているくせに、聖の声が段々と上擦って来る。 「人にぎょーさん心配掛けて、それがなんや、誕生日って……アホか。ユミちゃんほんまアホか」 聖はじんわりと滲む目をゴシゴシと擦った。 「そないなことよりも他に言うことないんか?」 「…他に?」 首を傾げるが、思い出したのか、あぁ…と呟いた。 そして少し痛んだのか一瞬顔を歪めたが、腕を伸ばすと聖の頭を撫でた。 「心配掛けてすまなかったな…」 その言葉にふわりと笑う聖。 「ユミちゃん…」 そして傷を労りながら静かに弓生の胸に顔を埋める。そして呟く。 「よかった…ほんまによかった…ユミちゃん帰って来て、ほんまによかったわ…」 「フッ…バカだな…泣く奴があるか」 「泣いてへんっ!けどこのまま目ぇ覚まさへんかったらどうしようかと思っとった」 聖の瞳に堪え切れない涙が溜まる。 「俺は死んでなんかいない。ほら、ここにいるだろう?」 その言葉に我慢していた涙がついに頬を伝い、ポタリ、と床に落ちる。 それがきっかけのように、ぽろぽろと溢れ出す。 「うん、せやな。ユミちゃん居るな」 「それに逝くときは一緒だと約束しただろう」 「うん、うん!せやな。約束したもんな」 一度溢れ出すと、聖の瞳からは涙が止まることはない。 「お帰り…ユミちゃん」 「ああ」 「お帰り…お帰り」 「ああ」 「お帰り、ほんまにお帰り…ユミちゃん」 聖は何度もその言葉を繰り返す。 「ああ、ただいま」 「ユミちゃんに会いたかった…ほんまに会いたかったんや」 「俺もお前の笑顔に会いたくて戻ってきた。だから笑顔を見せてくれ」 聖は、うんと頷くと笑顔を見せた。 泣きながらの笑顔は器用なものだ。 思わず弓生が笑みを漏らすと、聖は嬉しそうに笑った。 「…ユミちゃん。おおきに」 「なにがだ?」 「帰って来てくれて…あと」 「あと?」 聖はフワリと笑い弓生を見つめた。 「誕生日覚えててくれて、おめでとう言うてくれて…オレ、ほんまはごっつぅ嬉しかった。せやけど誕生日なんてええんや…」 弓生は聖の頬に伝っている涙を優しくぬぐってやった。 「退院したら、お前の誕生日を祝ってやるから…」 「うん、ユミちゃんの退院祝いも兼ねような?」 聖が満面の笑みで微笑んだ。 「だがプレゼントを用意していない」 「そんなもんいらん。ユミちゃんが気がついたことが最高のプレゼントや。それにオレはユミちゃんといるだけで幸せなんや」 ―(可愛いことを言う) 「せやからはよ身体治して、な?オレ、寂しかったんや。はよユミちゃんに抱きしめて欲しい」 「ああ。じゃあ早く治してお前を抱いてやらんとな」 その言葉に、聖がこれ以上にないといった様子で微笑んだ。 弓生は聖の頬に触れる。 もう涙はない。 聖はその手の上に、自分の手を重ねる。 「せや!ユミちゃん、三吾や佐穂子にもぎょーさん心配掛けたんやからな、ちゃんとお礼言うんやで」 すっかりいつもの聖に戻ったようだ。 コロコロと変わる表情に微笑しながらも弓生は頷いた。 「ああ。分かっている」 そして弓生は手を頭に移動すると、聖の頭を撫でた。 聖は不思議そうな顔をしていたが、されるがままでいた。 そしてもう一度、言った。 「ただいま、聖」 「うん、お帰り。お帰り、ユミちゃん」 そのときずっとふわふわ浮いていた聖の精神は、ようやく地上に降り立ったのだった。 |
〜終〜 |