君といた永遠・3









くるりくるり。

思い出す、あの時のこと。
だんだんと消えていく君の温もり。
その感触がまだ腕に残っている。

くるりくるり。

ただ傍にいたくて、抱きしめて欲しくて。
傍にいてくれれば、それだけで――。
無限に繰り返される歴史の中で、それでも――。


弓生という存在が自分の存在意義だったこと。


いつだって、弓生がいれば幸せだった。






 マンションに戻った聖。
 誰もいない部屋は、暖かな春だというのにヒンヤリと感じる。
 聖は何をすることもなく、ソファに腰掛ける。
 そしてそのまま、消えたままのテレビを見つめる。

「寂しいなあ…」

 そしてソファに寝転がると、顔を隠すように両腕を顔の上で交差させる。

「ユミちゃんに会いたいなあ…」

 ふとボソッと漏らした本音が自分の耳に届き、聖は思わず起き上がる。
 そして、カリカリと人差し指で頭を掻いた。

「……あかん。なにやっとるんや、オレ」

 聖は立ち上がると、取り敢えず弓生の荷物から鞄に詰め始めた。
 それから自分の着替えを鞄に詰める。

「よし!これでおーけーやな。バッチリや」

 誰も居ない部屋で、わざと明るく朗らかな声をあげる聖。
 まるで寂しさを外へ放り出すかのように…。
 だが、気を抜くとすぐに落ち込んでしまう。
 キャビネットに飾ってある弓生と撮った二人の写真を見つめながら、しばらくその場に立ち尽くす。―が、力が抜け思わず落としてしまった鞄がリモコンに触れて作動し、真っ暗だったテレビに明るさと音が戻って来た瞬間、聖は我に返った。

「…せや、シャワー浴びに来たんやった」

 聖はフウッと息を吐くと、テレビを主電源ごと消してから浴室へと向かった。
 そしてシャワーを浴び始める。
 頭上から降り注ぐ熱い湯の雨。
 聖は思いきり頭から浴び、そして瞳を閉じ、顔を上へ上げる。

「置いていかんてゆうたやないか…。逝くときは一緒やて約束したやんか…」

 聖の頬を伝うのは、頭上から降り注ぐシャワーの雨なのか、それとも涙なのか――。

「約束したことは何があっても守れや、ボケ」

 聖の肩が震える。
 呼吸の仕方を忘れてしまうかのように息が出来ない。

「ユミ…ちゃ」

 どんなに熱いシャワーを浴びても、熱い珈琲を口にしても、聖の身体を温めるものはそこにはなかった。



********



「すまん、遅うなった」

「聖…」

 意味深な言葉を残して行ったので、気になっていても立ってもいられなかった三吾。
 だが聖に頼まれたからこの場から離れる事も出来ず、律儀な彼は待っていたのだった。
 それなのに笑顔で現れた聖―その様子はいつもとなんら変わらない。

―(心配させやがって)

 それが悔しい。
 だがホッと安堵する気持ちと合いまみあって、自分の気持ちなのになんだかよく分からず。

「ん?なんや、その顔」

―と、聖に突っ込まれたのである。恐らくその感情が顔に出たのであろう。

「うるせー。もともとこんな顔だよ」

 そしてカリカリと頭を掻く。

「もう来たのかよ。随分早いじゃねえか」

「え?せやけどシャワー浴びてすぐ戻るてゆうたやないか…?なんでや?」

「…さっきのが気になったんだよ」

「………さっき?なんかゆうたっけ?」

「あーっ、もういいよ!!」

―(なんで笑ってられんだよ)

 三吾はガリガリと頭を掻く。

「なに怒ってるんや?カルシウム足りてへんのとちゃうか?」

「るせえ!!」


 八つ当たりの相手が違うのは分かっている。
 笑ってはいるが、心で泣いているのだ、聖は。
 一番つらくて苦しいのは聖なのだ。
 それが分かっていながらも何もできない自分に頭にくるのだ。
 あの時ポツリと漏らした言葉は、無意識だったのだろうか―。
 それでもそれがおそらく聖の本心だから―。

 弓生が死んだら自分も後を追いたい。だから止めないで――。

 それが聖の最期の願いだから――。


 三吾は話題を変えようと、聖が手にしている荷物へと視線を向ける。

「それにしても随分な荷物だな」

「ん。なんや必要やと思うもん詰めとったら、どんどん増えてしもて参ったわ」

「へぇ」

「入院したら必要やからな。こっちの鞄にはユミちゃんの着替えやろー、パジャマやろー。あとタオルとか石鹸とか、コップとか箸も必要なの知っとったか?それとやっぱり殺風景な部屋は寂しいから花も飾ると思て花瓶も持ってきたしな。あとは…」

 トーンもいつもよりも明るく、持ってきたものを指折り数えていく聖。
 その明るめのトーンを維持したまま、ずっと喋り続けている聖。
 それが逆に痛々しくて…思わず三吾は聖を抱き締めた。
 両手に荷物を持ったまま、聖はされるがままになっている。

「…三」

「大丈夫だよ」

「…え?」

「弓生はぜってぇ目を覚ます!お前が信じて待ってるんだから、ぜってぇだ!」

「三吾…」

「その荷物だって全部必要になるって、ぜってぇ」

「…ん」

 聖は涙を堪えるかのように、キュッと口唇を噛み締めた。
 そして大きく頷いた。

「おおきにな、三吾」

 そして三吾から身体を離すと、聖は微笑んだ。

「ちょっと元気になったわ」

「そりゃ良かった」

「せやけどお前、ほんまええヤツやな。ええヤツ過ぎるから騙されたらあかんで?あー、なんか心配や。お前、ただでさえ貧乏なんやから、保証人だけはなったらあかんで?」

「なんだよ、それ」

 思わず三吾が苦笑すると、聖もプッと噴き出した。
 そして、まっすぐな瞳で三吾を見つめた。

「ほんま、おおきに」

 そのとき、ICUが騒がしくなった。
 そして看護士が聖を見付けた。

「早く来てください!患者さんが!!」

 その途端、聖は手にしていた荷物を落とした。
 そして花瓶の割れる音が、病院内に響き渡ったのだった。






〜続〜