君といた永遠・2









いつも傍にいることが、『当たり前』になっていて。
いつも一緒にいることが、『当たり前』になっていて。
だけどそんな、『当たり前』を失うことなんて考えたことがなくて。






「弓生が病院に運ばれたってどういうことよ」

「しっ。真夜中の病院なんだからトーンを落とせよ」

「こんな重大なときにそんなこと悠長なこと出来るわけないでしょ」

 三吾としては常識なことをいったはずだったのに、佐穂子には通じない。

「どうやら撃たれたんだってよ」

「撃たれたって…誰に?」

「詳しくは知らねえよ。今回の依頼関係のやつじゃねえか?ただ、撃たれた場所がやばいらしい」

「やばいって…なによ、それ」

「言葉の通りだよ」

「だって鬼でしょ?撃たれたくらいで…」

―(いくら鬼でも不死身ってわけやない。撃たれた場所が悪かったら死ぬこともあるんやで)

 昔、聖がそんなことを言っていたような気がする。―と、そこで重大なことに気付く。

「…ねぇ、聖は?」

「さっきからそこにいるじゃねえか」

「え…」

 言われて振り返ると、手術室の前で膝を抱えて背中を丸めて小さくなった聖がいた。

「わっ、びっくりした」

「さっきからあの調子で手術室の前から動かねえんだよ」

「そう…」

 予想はしていた反応だ。
 佐穂子は聖に近付いた。そして同じ目線になるようにしゃがみこんだ。

「聖」

 だが三吾の言うとおり、佐穂子が話し掛けてもピクリとも動かない。
 聖の意識はおそらく手術室―弓生のところにいっているのだろう。
 聖自身、大丈夫だとは思っているものの、不安も消えない。
 いくら呼び掛けても反応を示さない聖―。
 佐穂子は諦めた様に聖のそばの長椅子に腰掛ける。
 そして手術中と点灯しているランプを見つめる。
 三吾も佐穂子の隣に腰掛ける。




 そして数時間が経過した。
 あれからも手術は今もなお、続いている。
 ただ時間だけが無情にも過ぎていく。
 聖にとっても、三吾と佐穂子にとっても長い時間が続いた。




 そして夜が明けた―。




 手術室のドアが開いたと同時に、それまでピクリとも動かず膝を抱えて床に座っていたままだった聖が立ち上がった。

「先生っ!!ユミちゃんは、ユミちゃんはどうなんや?」

 その声で、長椅子で思わずうたた寝してしまった三吾と佐穂子の目が覚める。
 すると医師の後ろにいた看護婦が告げた。

「お身内の方はいらっしゃいますか?」

「身内って…?」

 そのフレーズに、聖は一瞬息をするのを忘れた。
 だがすぐに人差し指で自分を指した。

「オレ!オレや!!」

 聖は自分を何度も指差す。
 すると医師は神妙な面持ちで告げた。

「大変に危険な状態で、2〜3日が山場です。申し上げにくいですが、最悪の場合も覚悟をしておいて下さい」

「覚……悟?」

 その言葉に聖の肩が震える。
 驚きを隠せない佐穂子も思わず口に手を当てる。

「聖」

「聖」

 三吾と佐穂子が聖に声を掛けるが、聖の震えは止まらない。

「覚悟って……なんやそれ」

「…聖」

「頼む…お願いやから、ユミちゃんを助けてくれや!一生のお願いや!!あんた先生やろ?お願いや、なあ?」

 医師の腕を掴み、必死で懇願する。

「聖っ!!」

「聖!!」

 三吾が聖を抑え、医師の腕から手を離させる。

「お願いや……」

 聖はその場に崩れ落ちるように項垂れた。

「お願いやから、……ユミちゃんを助けて」

「…出来る限りのことはしますんで」

 医師もそれしか言えなかった。



********



 弓生が危篤状態になってから数日が経過した。
 今のところは小康状態を保ってはいるが、目を覚ますこともない。
 あれから聖は一睡もすることなく、ずっと弓生のそばにいて弓生の様子を見ている。

「聖…。聖、おい聖」

 何度目かの呼び掛けで、ようやく聖は顔を上げた。

「三吾か…なんや?」

「さっきから呼んでたんだけど」

「かんにんな、聞こえんかったわ」

「別にいいけどよ。ほらこれ」

 言ってコンビニの袋を渡す。

「お前あれからろくにメシも食ってねえんだろ?」

「……食いたない」

「ダメだ、食え!!」

 強い口調で、まるで叱るように言う。

「それにお前あれから寝てねえんだろ?そんなんじゃ弓生が目を覚ます前にお前の方が参っちまうぞ」

「三吾…」

 三吾が心から心配してくれているのが分かったのか、聖は素直に受け取った。

「おおきにな、これは貰っとく。……せやけど大丈夫や」

「聖」

「オレ、頑丈やし。少しくらいは寝なくても平気や」

「……」

「せやけどユミちゃんも頑丈なはずなんに…。鬼やからこのくらいで死ぬわけないって分かってるのに…」

 せやのに…、と続く。

「せやのになんでこんなに不安なんや…。なんで目ぇ覚まさへんのや…」

 聖の声が震える。泣いているのか―。
 だが、聖は決して三吾たちに涙を見せようとしなかった。
 三吾も声を掛けずらく、しばらくそのままでいた。
 ―が、突然聖が立ち上がった。そして笑顔で振り返る。

「三吾。悪いけど、ちょいオレの代わりにユミちゃん見ててくれるか?」

「別にいいけどよ…どっか行くのか?」

「ん…。ちょい家戻ってシャワー浴びて気合入れてくるわ。……ユミちゃんの着替えも持ってきてやらんと。目ぇ覚めた時に着替えたいっていうに決まってるしな」

 聖は弓生が目を覚ますことを信じて疑わない。
 それはもちろん三吾も同じだが―。
 だが笑顔で言われると、三吾も何も言えなくなる。

「ついでに少し寝てきたらどうだ?弓生が目を覚ましたら電話してやるから」

「いや、用が終わったらすぐ戻る。……ユミちゃんが目を覚ました時に居ってやりたいし」

「…聖」

 聖は、三吾たちの前では滅多に弱音を見せない。いつもとなんら変わることなく笑顔を見せる。
 それが逆に心配になる、と佐穂子が言っていた。
 もちろんそれは三吾も同じだ。
 友達なんだから少しくらいは弱音を見せて欲しい。
 そう思っていた。


 だが、今日だけは違った。


 聖は立ち止まると振り返らずに呟いた。

「…なぁ、三吾」

「ん?なんだ?」

「オレ、ちゃんと立ってるかいな」

「…なんだよそれ。ちゃんと立ってんじゃねえか」

「そか…なんや自分やとふわふわしとって、ちゃんと立ってないような気ぃしてな」

「…聖」

「なあ、もしも…もしもの話やけど」

「ああ」

「もしも…ほんまにもしも万が一にもユミちゃんに…もしものことがあって…」

「おい、聖」

 思わず三吾は言葉を止めようとする。

「せやから、もしもってゆうとるやろ?」

 聖は笑いながら続ける。

「もしも…そのときは。……オレがユミちゃんの後を追おうとしても止めんでくれ」

「聖っ!」

「お前等に止められたら、オレは一度は考えると思う…。けど、それはほんの一時の事や…やっぱりオレはユミちゃんと一緒に…ユミちゃんの傍に逝きたいんや…」

 最後の言葉はほとんど聞こえないかのように呟く。

「…聖」

「変なこと言ってかんにんな」

 振り返る顔に迷いはなかった。

「ほな!」

 聖は笑って病院を飛び出した。







〜続〜