君といた永遠・1 |
春―。 もうじき開花宣言通り、桜が咲こうかという時期。 聖は朝から不機嫌だった。 なぜなら―。 「なんで置いてきぼりなんや」 ということである。 「置いていくわけじゃない。お前も仕事があるだろう」 そう、今回弓生と聖は別々に仕事を請け負った。 弓生は神島家、聖は御景家の依頼だ。 「せやけど、オレゆうたやんか!三吾から依頼が来とるって」 「来たとは聞いていたが、一緒にとまでは聞いていない」 「せやけど普通は一緒にやるて思うやんか。せやのになんで他のを受けるんや」 「そっちの依頼はお前一人で充分だろう」 「せやけどー」 「それに今回の依頼料で温泉旅行に行きたいんだろう?両家から貰う分を足すと、豪華な宿に泊まれるぞ?」 「うっ……」 その言葉で思わず押し黙る。 確かに今回の依頼料で温泉に行きたいとは言った。 御景家から依頼が来たとも言ったが、一緒にやろうとは言ってなかった。 だが、当然一緒にやるものだと思っていたし、まさか弓生は弓生で仕事を他家から請け負うとは思わなかった。 聖としては、御景家の依頼を二人でサクッとやって、温泉に行きたかったのだ。 「文句を言うな」 「せやけどー……寂しいねん」 最後の言葉は聞こえるか聞こえないかくらいの呟き。 「聖…」 それに2日後は――。 「聖」 「…なんや。大体ユミちゃんはっ………」 自分を置いて行くという弓生に色々な文句を並べる聖。 むすっとしながら顔を上げると、突然口唇を塞がれる。 「………っ」 突然のキスに、思わず目をパチパチさせながら途端に黙る。 「いいから少し黙っていろ」 目と目の距離が僅か数センチと言う至近距離で釘を刺され、聖は素直に頷いた。 「……はい」 滅多に言わない、はいと言う聖の言葉に弓生も思わず微笑んだ。 「それにちゃんとお前の誕生日までには帰るから」 「え!?ユミちゃん、オレの誕生日覚えててくれたんか?」 「…あれだけ目立てば嫌でも分かる」 そう言って指した先には壁に掛かったカレンダーが。 ご丁寧に大きなハナマルと共に赤いマジックペンで『オレの誕生日』と書いてある。 「それで機嫌が悪かったんだろう」 「別に……そうゆうワケやないけど」 「全く…子供じゃないんだから」 「そんなことゆうてもユミちゃんすぐ忘れるやんか。覚える気なんかないやろ?」 口唇を尖らせ、文句を言いながらも、理由はどうあれ、弓生が覚えていてくれたことに聖はご満悦だ。 そして二人は再び口唇を重ねる。 ******** 「なんだよ、さっきから!」 「なにがや?」 「…もしかして自分じゃ気付いてねえのか?」 「せやからなにがや?」 「か・お!!」 「へ?顔になんか付いとるか?」 「ちげぇよ。さっきから顔緩みっぱなしなんだよ」 「そうかな?」 「よほどいいことあったんだな。どうしたんだよ」 ―(まあどうせ弓生絡みだろうがな) 「え〜、知りたいんかぁ?」 「別に知りたくねえけど、でもさっきから気持ち悪いんだよ…。吐けよ、ほらっ。まあどうせ弓生絡みだろ」 「なんや、聞きたいんか?困ったなぁ〜、しゃーないなぁ…」 困ったと言いつつも、少しも困った様子も見せず、聖は嬉しそうに身体を前に乗り出す。―が、すぐに身体を元の位置に戻す。 「……。やっぱ言わん」 「はぁ?なんだよ、それ」 「せやかて、勿体ないもん」 聖は嬉しそうに笑った。 それがなんか悔しいので、思わず意地悪を言いたくなる。 「でも弓生が行ってから二日だろ?寂しくねえのか?」 「平気や。行く前にいっぱいエッチしたし」 「………あっそ」 完全に聖の勝ちである。 「…せやけどやっぱ寂しいかな」 「……?」 「やっぱり二日会えんと寂しいわ。はよユミちゃんチャージしたいわ…」 素直な言葉に、思わず意地悪してしまったことを反省する。 「…寂しいなら、慰めてやろうか?」 「へ?」 「弓生の代わりに俺が抱いてやろうか?」 「…アホか!!そんなことしたらお前の顔の形が変わるで」 「……本気にすんなよ。ほんの冗談だろ」 確かに三吾は冗談だったが、聖は本気でやりかねない。 うーっと唸っている三吾を見て、聖はプッと噴き出した。 「オレかて冗談や。お前のこと、信用しとるしな」 それから、あははと笑う。 信用してもらえているのは嬉しいが、なんか悔しい。 しかも本当に不思議だが、聖の笑顔は本当に落ち着くのだ。―それにもかなり悔しいが。 だが調子に乗るから、本人には絶対に言ってやらない。 「そういや明日、誕生日か?」 「へぇ〜、よう分かったな」 「あれだよ」 三吾が親指でカレンダーを指す。 ご丁寧に大きなハナマルと共に赤いマジックペンで『オレの誕生日』と書い壁に掛かった例のカレンダーが。 弓生だけでなく、三吾にも効果があったらしい。 「ああ、あれか」 「どうするよ。いつも祝って貰ってんから、たまにはメシでも奢ろうか?」 「ええっ……それは嬉しいけど…。せやけど今回は遠慮するわ」 ―(なんで?) と聞こうとするが、理由は聞かずとも分かる。 「なーる。弓生に祝って貰うわけね」 その言葉に聖は答えずとも満面の笑みで笑う。 それが全てを物語っていると、果たして気付いているのか。 「気持ちだけで十分や。おおきにな」 そこに一本の電話が入る。 「…誰やろ」 聖は立ち上がり、電話に出た。 「もしもし」 途端、声のトーンが一気に上がる。 「あっ、ユミちゃん」 ―(分かりやす) 三吾は横目で見ながら、タバコをふかす。 「どないしたんや?……え?終わった?」 『ああ。今…から帰…から』 「ほんまに約束守ってくれたんやな」 『…約……束?』 「オレの誕生日までに帰るってヤツや」 『ああ、そ…か』 気のせいか、弓生の声が所々途切れて聞こえる。 「ユミちゃん、そこ電波ようないみたいやな」 『そうか?』 「うん、車の音が煩いってゆうか聞こえ難いっちゅうか…」 ―(というよりも、弓生の声が小さくて掠れてるというか) だが、後の言葉は言えなかった。 『じゃあな。ちゃんと帰る…ら、いい子…待っ…てろ…よ』 「…ユミちゃん?なんかあったんか?」 『いや…それより聖』 「ん?なんや」 『…愛し…て…いる』 「……え?」 それだけ言い残すと電話が切れた。 「ユミちゃん?もしもし?今、何処に居るんや?」 「どうした?なんかあったのか?」 聖の切羽詰った声に、いつの間にか後ろにいた三吾がなにごとかと問う。 「弓生、なんだって?」 「…今から、帰る……って」 「へぇ、良かったじゃねえか。なら俺は帰るとするか」 「せやけどなんか変なんや」 「変?」 「なんやユミちゃんの声が聞こえ難いっちゅうか弱々しいちゅうか…」 「単に電波が悪いところだったんじゃねえの?」 「ちゃう!なんやそうゆうんじゃないんや」 「聖?」 「それに普段ならユミちゃん、あんなこと言わへんっ!なのに」 ―いい子で待っていろ だなんて。 ―愛している だなんて。 そりゃ愛の言葉は嬉しいが、今のはなんか変だ。 愛の言葉なんて滅多に口にしない弓生が、あんなふうに電話で言うなんていつもの弓生らしくない。 仕切りに「帰る」を主張していたのも、なんか変だ。 ―(嫌な予感がする) 聖は体の横でギュッと拳を握る。 ―(ただの気のせいだったらそれはそれでいい。ただの笑い話だ) だが、どうしても気になって。 「どないしょ…。ユミちゃんになにかあったのかもしれん!!」 「へ?どうゆうことだよ」 「ユミちゃんにもしものコトがあったら…オレ、生きていかれへん!!どないしょ、三吾っ!!」 「ちっとは落ち着けって。変ってのもただの思い過ごしかもしれねえだろ?」 「それならそれで構わん」 そしておもむろにジャケットを手にし、リビングを出ようとする。 「オレ、行ってくる」 「行くって何処へ?」 「ユミちゃんのトコに決まっとるやろ!」 「そんなこと言っても何処にいるか分かるのかよ?」 「分からん…でも分かる!」 「…は?」 「ユミちゃんが何処におるかは正確には分からんけど、せやけどユミちゃんの気配は分かるんや!気配を辿ればなんとかなるわ!!」 こう言うときの聖には何を言っても無駄である。 とにかく弓生に何かあったらしいので助けに行きたい。聖の頭の中はそのひとつしかない。 三吾はフウッと息を吐くと車のキーを掴む。 「ちょっと待てよ、聖。俺も手伝ってやるから、頼むからもう少し落ち着け」 「…三吾」 「一応整理するけどよ、弓生は神島家の依頼で行ったんだろ?」 「せや」 「そしたらよ、達彦に今回の仕事場所を聞いたらどうだ?少しでも手掛かりになるかもしんねえだろ」 「…なるほどな」 聖がパニクった場合は、相手は何処までも冷静にならなくてはならない。 それは弓生から教わったことだが。 「ちょっと待ってろよ」 そういい、三吾はポケットから携帯を取り出すとおもむろに電話を掛けた。 そして何度か会話を交わし、電話を切った。 「あいつ、なんやて?」 「今回は弓生はひとりで行動したんだとよ。場所はこっからだと結構近い。車で1時間も掛からねえんじゃねえかな?」 「…それで?」 「それで1時間以上前に、『仕事が終わった。今日はこのままこのマンションに帰る』って弓生から電話があったってよ。時間的にお前に電話する前じゃねえのか?」 「1時間以上前って…ならなんで帰ってこんのや」 「そこまでは知らねえよ」 「あーもう!オレが電話代わればよかったわ。ぶん殴ってでももっと詳しく聞いたんに!!」 電話でどうやって殴るというのだろう。 まあ取り敢えずは代わらなくて良かったというのが三吾の感想である。 「とにかくだ。弓生が今回行った場所に行くだけ行ってみるか?もういねえかもしんねえけど」 振り返った時には聖の姿はもうそこにはなく―。既に靴を履いている。 「なにトロトロしとるんや、はよせんか!」 「……はいはい」 ******** そして今回の弓生が仕事を依頼された場所へと着いた。 「どうだ?」 「………」 聖はキュッと口唇を噛み締め、その場に立つ。 「聖?」 「………」 「おい、聖」 「なんや?呼んだか?」 「大丈夫かよ?顔色悪いぜ」 「…大丈夫や」 「…で、どうだ?弓生の気は感じるか?」 「うん、ここに居ったんは間違いないわ。ユミちゃんの気が残っとる」 「へえ」 聖はきょろきょろと辺りを見回す。 ―(ユミちゃん、どこや) 聖は必死で弓生の気を辿る。 ―(ユミちゃんユミちゃんユミちゃん) 単にここを経過して既に時間が経っているのか、それとも今にも消えそうなのか―。 残っている弓生の気は僅かな物だ。 それでなぜか一気に不安になり、泣きそうな顔で必死で辺りを見回す。 駆け足でキョロキョロと探すが、ふと、聖の足が止まる。 ―(血臭がするっ!!) 「ユミちゃんっ!!」 僅かに残る血臭が弓生のものだと決まってはいないのに、不安で押し潰されそうになる。 「ユミちゃん!この辺に居るんか?居たら返事せい!ユミちゃんっ!!」 忙しなく辺りを見回しながら走り回る。あまりにあちらこちらに走り回るものだから三吾は追い付かない。 その内に公園の敷地内へと入る。 既に門が閉まっている公園の中も躊躇することなく入っていくと、樹木が生い茂る場所へと辿り着く。 その途端、聖の足がピタリと止まる。 「…ユミ、ちゃ」 そう呟いた聖の視線の先にあったのは。 木の幹に身体を預け、グッタリとしている弓生であった。 「ユミちゃんっ!!」 聖の悲鳴のような声を聞きつけた三吾も駆けつけた。 「弓生っ!!」 弓生の身体から流れる血は既に固まりかけていた。 身体も……温もりが消えつつある。 聖は咄嗟に弓生を抱きしめる。まるで自分の温もりを移そうとするかのように。 その身体が震えている。 「ユミちゃん、なんで?どうしてこないな…ユミちゃん!しっかりし、ユミちゃん!!目ぇ開けてや!嫌や、ユミちゃんっ!!」 聖が必死で弓生の名を何度も何度も呼ぶ。 だが、その呼び声に答えるものはいなかった。 |
〜続〜 |