明日見る夢 
〜Episode 3〜






 弓生と聖―互いの思いが通じ合ってから一週間が経過した。
 そして今日は、聖の停学が解ける日だ。
 三吾はいつもよりも早目に登校し、友人―阿部と川上を呼び寄せる。
「いいか?絶対アイツ落ち込んでるはずだから明るく励ましてやろうぜ?」
「分かった!…でもお前この一週間、聖んち行かなかったのか?」
「俺もとっくに会ってるとばかり思ってたぜ」
「いや、一応行ったんだよ…でもよ、聖のヤツを励まそうにもこの一週間いつ行ってもいなかったし」
「…ってことは家に帰れないほど落ち込んでんのか?…よぉ〜し、分かった!明るく―だな!」
「けど元気のないアイツにどう接すればいいのかが難しいよな〜」
「問題はそこなんだよな〜…」
 そうこうしている内に後ろのドアがガラリと開く―聖だった。
「よ、よう!聖…」
 ぎくしゃくとした笑顔で三吾が片手を上げ挨拶しようとしたときだった。
「おう!三吾、おはようさん」
 いつもと同じように元気良く挨拶をする聖。
「ええ天気やな〜、青空もごっつぅ気持ちええわ!」
 満面の笑みで自分の席に到着し、机の上にドンッと鞄を置く。―と、目の前にいる二人の友人にも気が付いた。
「お〜、阿部に川上もおはようさん!元気やったか?久し振りやな?」
 聖の声に気が付いた他のクラスメイトも、「おはよう!」やら「久しぶり!」やら次々と聖に声を掛ける。
「お〜、みんなも元気やったか?一週間会わんかっただけでえらい久し振りやわ〜…ん?どないしたん?」
 聖がそう聞いたのは三吾が拍子抜けしたような表情で見ていたから―
「いや、なんかいつもみたいに…いや、いつも以上に元気だからよ…」
「当たり前や!充電バッチリやからな」
 三吾の目の前に思い切りVサインを差し出す聖。
 とてもじゃないが、停学で落ち込んでいるようには思えない。その疑問は友人にも共通していた。
「なあ?野坂…励ます励まさない以前に、ちっとも落ち込んでないように見えるのは俺だけか?」
「いや…お前だけじゃ無いと思う」
 三吾はボソボソと答える―が、考えてみれば相手は聖である。
 そう、常識とはかけ離れているということを、すっかり失念していた三吾の失敗である。
「でもそれにしても妙にご機嫌じゃねぇか?なんかいいことでもあったのか?」
 その質問に、途端に聖は満面の笑みになる。
―分かりやすい
 その場にいた全員の心の中が一致した。
「いいことっちゅうか、なんちゅうか…人生バラ色、みたいな?」
 しまりなく笑っている聖の頭にポンッとノートを置き、顔を覗き込むように見つめたのは佐穂子であった。
「ご機嫌なのはいいけど、はい…休んでた分のノート取っておいたわよ」
「ほんまか?おおきにな〜、佐穂子」
 屈託のない満面の笑みで見つめられ、思わずドキッとしてしまった自分が悔しくもある。
 そんな佐穂子の心中に気付かず、聖は受け取ったノートをペラペラと捲りながら感心するような声をあげる。
「綺麗に取ってくれたんやな?ほんまおおきにな!助かったわ」
「別にいいわよ…一人分取るのも二人分取るのも一緒だし」
 一緒じゃねぇだろ?という三吾のツッコミを睨みで返してから、聖の机に頬杖を突き、佐穂子は、ねぇ…と言葉を続ける。
「それより聖、何処行ってたの?」
「いつのことや?」
「停学中よ…私、聖が落ち込んでると思って慰めてやろうかと毎日アパート行ったのにいないんだもん」
「あ〜、かんにんな!それやったらきっとバイトや」
「バイト?でもコンビニにもハンバーガーショップにも牛丼屋にもいなかったわよ?」
「あこは学校のもんもようけ来るやろ?出来るわけないやんか」
「じゃあどこでバイトしてたのよ」
「工事現場や!」
 何故だか胸を張って答える聖。
「朝から晩まで汗水流して働いて、しかも日給で手取り!なかなかええもんやで?」
―停学中だというのに全く堪えていない様子の聖。
「それにな、現場のおっちゃんとかに気に入られて、いつも仕事の後はメシとか奢てもろたりしてたからなぁ…帰るのは夜遅うなってからやから留守やったんやと思うわ」
「そう…そうよね!聖はそういうヤツよね!すっかり忘れてたわ」
 そうだ、心配するだけ無駄だった―佐穂子は大袈裟に仰々しく溜息を吐く。
「んもう!なにかあったんじゃないかと心配して損しちゃったわ!」
「心配してくれてたんか?えらいかんにんな?お詫びとノートの御礼に今度なんか奢ったるから…許してくれへんか…な?」
 結局は聖の笑顔には適わず、パフェで手を打ってしまう佐穂子であった。
「それより聖、平気だったか?」
「なにがや?」
 三吾がずいっと顔を寄せ耳元で囁く。
「この前喧嘩した3年…あいつらもあの後停学になったんだよ」
「あちゃ〜、そりゃ不運やったな〜」
 暢気そうに答える聖を見て三吾はガリガリと頭を掻いた。
「だ〜か〜ら!お前にお礼参りするとか…」
「礼?殴られて礼なんか言われたらこそばゆいやんか?」
「お前、お礼参りの意味知ってんのかよ?いいか、お礼参りっつーのは…」
「知っとるわ、それくらい…ほんの冗談やんか」
 その時、教室のドアがガラリと乱暴に開く。
「戸倉く〜ん…お〜、いたいた!待ちくたびれたよ〜、一週間!」
「たっぷり御礼をさせて貰うからよ」
 ニヤニヤと近付いてくる5人組を見て、聖はん〜と考える。そしてポンッと手を叩く―
「あいつら、この前喧嘩したヤツらや!」
「直ぐ気付けよ!」
 三吾が思わずツッコむ。
「せやかてあん時は暗うて顔がよう分からんかったし、こいつら制服やなかったし…」
「いいから来いよ!」
 グイッと乱暴に聖の腕を掴み、立ち上がらせる。その様子に教室がざわつく。
「テメエらジロジロ見てんじゃねぇよ!」
「ぶっ飛ばすぞ!」
 ガンッと机を蹴り、女子生徒がその音と雰囲気に驚いて泣きそうな顔をしている。
 その表情を見た瞬間、聖の表情も変わる。剣呑な雰囲気を帯びている。
「…止めや!何処行けばええんや?」
 低い声音で問うと、竹刀で肩をトントンと叩きながら一人の男が言った。
「素直じゃねぇか!そうだな〜、体育館の裏じゃベタだから体育倉庫なんかどうだ?」
「分かったわ」
 3年に連れられ、教室を出ていく聖。その姿が消えてから三吾はハッと我に返る。
「ヤバいぜ…今度問題起こしたら退学になっちまうかも…おい、阿部、川上」
「おう!」
「なんだ?」
「職員室に行って誰か先生―学年主任はマズイから…そうだ!志島だ…アイツを呼んできてくれ!場所は体育倉庫だ!」
「分かった…で、お前は?」
「取り敢えず俺は聖の後を追う―喧嘩になりそうだったらなんとか止めるから!」
「分かった!」
「気をつけろよ!」
「ああ…ったく、あのバカ!」
 捨て台詞を吐きながら、三吾は教室を出た。






 そして聖は素直に後に着いて体育倉庫に到着した。
「さてと…お前に御礼が出来るのを楽しみにしてたぜ」
 クルリと振り返るリーダー格の男。
 聖は、うん―と頷いたが、手をその男に向け制止する。
「その前にちょっとええか?」
「…なんだ?」
「オレに御礼参りしにくるのは構へんけど、机を蹴っ飛ばしたらあかん。女子がビックリしとったやろ?」
「うるせぇ!そんなことどうでもいいだろ!?」
「大体な〜」
 憤る男たちを「まあ待てや…」と制止してから、それから―と続ける。
「この前は痛かったやろ?オレもな〜、加減せえへんかったから、ごっつぅ痛かったと思うわ…かんにんな?」
「今更謝っても遅いんだよ!」
「それから、三吾から聞いたんやけど、お前らも停学になったんやて?」
「そうだよ!だからムカついてんだよ!」
「それはかんにんやったわ…停学はオレ一人でええ思たんやけど、巻き込んでかんにんな?」
 それから―とまだ続く。
「まだあるのかよ!」
「お前らちゃんと卒業出来るか?停学になって出席日数足りひんとかは大丈夫か?」
「ああ、それは平気…って、そんなことお前に心配される覚えはねえよ!」
 すると聖は満面の笑みになる。
「ほんまか?良かったな〜!これでもし卒業出来んってことにでもなったら夢見が悪いしな」
―ペースが聖のペースになりつつある。
 なんとか空気を変えないと―と、ひとりが聖の胸ぐらを掴む。
「ふざけるんじゃねぇ!テメェ、バカにしてんのか?」
「少しもバカにしてへんけど?でもまあこれで思い残すことはないわ…」
 そして自分の胸ぐらを掴んでいるものの顔を見つめる。
「ええよ、好きなだけ殴り?オレは手ぇ出さへんから…」
「聖っ!」
 それまでやりとりをずっと見ていた三吾が止めるように声を漏らす。
「三吾、このことは内緒にしとけよ?こいつら卒業出来ひんかったら可哀想や」
「けど…」
「ええて。―さ、殴り?お礼参りしたいんやろ?」
 聖が真っ直ぐに視線を射抜くと、そうさせて貰うぜ―と言いながら拳を振り上げる。その時だった―。
「止めろ―」
 唐突に声が掛かる。最初に口を開いたきり黙っていたリーダー格の男だった。
「いい度胸じゃねぇか―気に入ったぜ」
「へ?」
「もういい―お礼参りは終わりだ」
 きょとんとした様子で見つめる聖。その聖の掴んでいた胸ぐらを外させ、その男は肩をポンポンッと叩く。
「停学になったのは他の学校のヤツらと喧嘩したからだ…あれが原因じゃない」
 言いながらニッと笑う。
「それにまさか俺たちの卒業のことを心配してくれてるヤツが居るとは思わなかったぜ」
「ちゅうことは、許してくれるんか?もう怒ってないんか?」
「ああ、俺達こそ迷惑を掛けたな……じゃ、お前ら行くぞ」
 踵を返そうとした3年生を、聖は腕を掴んで慌てて止めた。
「ちょっ、待ってくれや!」
「…まだなんか用か?」
「友達や…」
「は?」
「今日から…いや、今からオレら、友達や…な?」
 その言葉に目を丸くさせる3年生。そして聖はスッと手を差し出す。
「仲直りと友情の印や」
「…変わったヤツだな」
「よう言われるわ」
 あはは―と笑う聖。3年の先輩たちは、笑顔で差し出す聖の手をスッと取った。
 そこへようやく弓生が到着した。―だが、想像していない和やかな光景に、弓生は不思議そうに三吾に問いた。
「…なにがどうなったんだ?」
「いや、だからよ。お礼参りに来たはずなんだけどよ…」
 そう言いながら全員と笑顔で握手を交わしている聖を見た。
「なんかダチになったみたいだ」
「…どういう意味だ?」
「だからその…」
 そこまで言うと、三吾はクックッと腹を抱えて笑い出した。
「聖らしいってゆうかなんてゆうか…ダメだ!可笑しすぎるっ!」
 涙を零しながら大笑いしている三吾。
 その隣でただ一人、状況を何も把握していない弓生は怪訝そうに眉を顰めた。






「そうか…そういうわけがあったのか」
「うん、そうや」
 聖から先ほどの和やかな光景の事情を全て聞き終えた弓生は聖が煎れた珈琲を口に含む。
「けど、あいつらも周りが言うほど悪いヤツらやなかったで?」
「その相手と喧嘩して停学になっておいてよく言えるな」
「それはもうええやろ?…けどやっぱり見た目とか噂で判断したらあかんっちゅうことやな」
 暢気にのほほんと答える聖に、弓生は一応釘を刺す。
「まあ丸く収まってよかったが、だが、余り無茶だけはするなよ」
「うん…けど売られた場合は…」
「買うな!」
 ピシリと言い切られ、聖も思わず黙る。そんな聖の口元にそっと手を当てる弓生。
 もう既にすっかり治っているが、数日前までそこには絆創膏が貼ってあった。
「俺はお前が傷付くのは見たくない」
 そんな弓生の言葉が嬉しくて、聖は素直に頷いて微笑んだ。
「うん、分かった…じゃあ売られてももう喧嘩は買わん」
 そう言いながら、聖は隣にいる弓生にもたれ掛かった。
「けどオレ、あいつらに嘘ついてしもた…」
「あいつら?」
「三吾と佐穂子や…あいつらこの一週間毎日オレのアパートに来てくれてたんやて…でもおらんかったって怒られてしもた」
「そうか―」
 工事現場でバイトをしていたのは本当である。―当然弓生はバイトを反対したが聖は一切聞く耳持たなかった。
 そして、現場の人に気に入られ、仕事帰りに食事を奢って貰ったのも本当である。
 だが、正直に言うとバイトも食事も夜には終わっていた。けれども聖はアパートには戻らず、そのまま弓生のマンションに来ていたのだった。そして終電近くまで居る―というのが停学中の聖の日課だった。



 そう、此処は弓生のマンション。互いの気持ちが通じ合い、付き合い出すようになってから、弓生のマンションで一緒に過ごすことが多くなった。…というのも、おおっぴらにはデート出来ないから。そう、二人は周りには秘密の付き合いであった。
 最初、聖は別にバレても構わないと言ったのだが、弓生としては二人の仲がバレて聖が退学になるのを恐れた。
 そう言われてよく考えてみると、弓生だってタダではすまない。地方に飛ばされるだけならまだしも、教員免許剥奪なんてことにでもなったら聖はイヤだった。
 弓生が困ったり、弓生と会えなくなる位だったら秘密でも構わない―今はそう思っている。
 秘密の付き合いは二人で決断したこと。それに聖は弓生と一緒にいられるだけで幸せだった。



「言いそうになったか?俺と付き合っていること」
「そんなわけないやろ?そりゃ言えるもんなら言いたいけど…せやけど今はこのままでええ」
 ただ―と付け加える。
「あいつらに悪い、思ただけや…いつか言える日が来たらええな」
 小さく呟いてから聖はふわりと笑った。
「あっ、そや!珈琲もう一杯飲むか?ユミちゃん」
 聖から名を呼ばれ、弓生の肩がピクリと動く。
 2人の時は下の名前で呼び合おうと決め、弓生は『聖』と呼んでいるのに、聖は『ユミちゃん』と呼んでいた。
 その都度、何度も「止めろ、弓生で良い」と言ったが、変なところで頑固な聖は聞く由もなかった。
「ユミちゃん?どないする?飲むか?」
「ああ、貰おうか」
 それで諦めつつある自分もイヤだったのだが―






 この日もいつものように弓生のマンションで食事をし、ソファーでくつろいでいた聖だったが、ふと時計に目をやる。
「そろそろ帰ろかなー」
「送ろうか?」
「ええよ、まだ電車あるし…それに」
「それに?」
「ユミちゃんに送ってもろたら帰りとうなくなってまう」
 そんな聖の発言に弓生は「可愛いヤツだ」と思いながら、チュッと音を立てるだけのキスを贈る。
「気を付けて帰れよ」
「おおきに!じゃ、また明日学校で」
「ああ、遅刻するなよ」
 そう言ったのは数学の時間が一時間目だから―
「寝坊するわけないやろ?数学は相変わらずつまらんけど、ユミちゃんに会えるんなら完徹してでも行くわ」
 その発言にフッと微笑む弓生―すると聖はふと動きを止め振り返り、弓生を見つめる。
「ユミちゃん、具合でも悪いんか?」
「別に…なぜだ?」
「ん…今キスしたとき、ほんのちょっとやけど熱い気ぃしたからや」
「気のせいだろう」
「…ならええんやけど。ほな」
 気になりつつも見送られながら聖はマンションを出た。
 だが、聖の予感は当たっていた。翌日の数学の時間、弓生は姿を見せず、自習となった。






「ラッキー、自習だってよ♪ゲーセンでも行くか?」
「俺、ボーリングの割引券持ってるぜ」
「おっ、じゃあボーリングにするか!行こうぜ、聖」
 暢気に掛かる声に、聖はわざとらしく腹を抱えた。
「いてっ、……いてててて!」
「どうした?」
「腹がっ!腹が死ぬほど痛いんや!あいたたたっ…死ぬ!」
「…腐ってるモンとか道に落ちてるモンでも拾って食ったんじゃねぇか?」
「そないなわけがあるか、ボケ!………あいたたた!」
「平気か?取り敢えず保健室にでも行って寝るか?」
 三吾は心配そうに顔を覗き込んだが、聖はスクッと立ち上がった。
「…っちゅうわけや!オレは今日は早退するわ…他の先生には病気やて言うといて…ほなな!」
 笑顔で元気良く出ていく聖を見つめてから、三吾はボソッと呟いた。
「…めちゃくちゃ元気じゃねぇか」






 仮病を見抜かれていることを知らない聖は弓生の部屋の前に立つ。そしてチャイムを鳴らそうと思ったが、寸前でどうしようかと躊躇した。
「寝てたら悪いしなー」
 聖はカリカリと頭を掻く。散々迷った結果、聖はつい先日貰った合鍵をポケットから出す。実はこれを使うのは初めてである。何とも言えぬ緊張感の中、鍵穴に鍵を差し込み音を立てないように静かにカチャリと錠を外すと中へと入る。閑散と静まり返っている部屋―灯りの点いていないリビングは、寂しさにより一層拍車を掛ける。
 次に聖はそっと弓生の部屋を覗いた。すると弓生は静かに眠っていた。そんな弓生に静かに近付くと、起こさないようにそっと額に触れる。その途端、一気に顔をしかめた。
「ごっつぅ熱あるやんか」
 聖は一旦部屋から出ると、直ぐに戻って来る。―手には洗面器に入った氷水とタオルを何枚か持って。
 そして弓生の額の汗を拭ってから、次に冷やしたタオルを額に乗せた。それでも全く微動だにしないのを見ると、余程具合が悪いのか―聖は心配そうな表情でしばらく弓生を見つめていたが、その内そっと立ち上がった。
「ユミちゃん、今メシ作ってくるからな?」
 返事が返ってこないと分かりつつも聖はそっと囁いた。






 それからどれくらいの時間が経ったのだろう―。
 弓生がふと目を覚ますと、傍らには聖が―看病疲れなのだろうか、すやすやと静かに眠っていた。
―(なぜ聖が此処に。病気のことは言っていないのに…)
 困惑しながら弓生が聖の頭をそっと撫で、頬に触れると聖の指がピクリと動いた。
 そして、ん…と寝惚け声を出しながら布団に伏せていた顔を上げ弓生を見る。
「あっ、ユミちゃん起きたんか……って、あーしもた!!」
 突然頭を抱える聖。
「あかん!ユミちゃん目ぇ覚ますまで起きてよう思たのに寝てもうた」
 ちゃんと看病しよ思たんに―と悲嘆にくれる聖の髪を優しく掻き混ぜ、弓生は微笑む。
「大丈夫だ、ちゃんと看病された…それより来てくれたのか」
「当たり前やろ?恋人が風邪引いたら見舞いに来るのは当然や!」
 笑顔で答える聖に、弓生はそうか―と言ってそっと笑みを漏らす。
「けどな、お粥は水吸ってもうて重湯になっとるやろなー…もっかい作って来るから待っててくれるか?」
「いや、それで構わない―くれないか?」
「けど…」
「お前が作ってくれたんだ。それがいい―」
「うん、分かったわ!ほな直ぐ温めて来るよって、ちょっと待っててな?」
 笑顔でそそくさと部屋を出ていく聖。そして聖が出ていって改めて部屋を見回した。
 果たしてどのくらい長い間居たのだろう―聖が眠っていた場所にはかなり前から居たであろう温もりがまだ残っていた。
 机の上に乗っている洗面器の氷水もすっかり氷が溶け、ぬるま湯状態になっている。
 そして先ほどの聖曰く『重湯になったお粥』
「あいつ、さては学校さぼったな」
 弓生はフッと微笑んだ。






 ご馳走様…というように弓生が茶を含むと、聖が嬉しそうに鍋をお盆ごと持つ。
「旨かったか?」
「ああ…昨夜から何も口にしていなかったからな」
「今、薬と水持って来るから、それ飲んだら寝るんやで?まだ完璧に治ってないんやからな」
「分かった…それよりもちょっといいか?」
「ん、なんや?」
 呼び止められ、再び弓生の傍にやってくる聖。
「看病してくれたのは有り難かったが、学校はさぼるな」
「えっ!?さ、さぼってへんよ?」
「嘘を吐くな!だったら俺の目を見ろ!」
 言われてちらっと弓生を見るものの聖は直ぐに視線を逸らす。
 そんな聖を横目で見てから、弓生は小さく溜息を漏らす。
「別に怒っているわけではない―ただ、俺のために貴重な時間を無駄にするなと言っているだけだ」
「…かんにん」
 弓生の言葉に、聖は素直に謝る。
「ほんまにかんにん…けど、心配やったんや」
「聖」
「学校で、数学は自習やて言われて、ユミちゃんがこの部屋でひとりで寝てるんやて思たら心配で居ても立ってもおられんかったんや…」
「………」
 弓生は黙って聞いている。
「せやけど来て正解やったわ…学校さぼるんは悪い思たけど、それは反省しとる」
「ならもういい…引き留めて悪かった。そろそろ帰る時間じゃないのか?」
 すると聖はギュッと身体の横で拳を握る。
「帰りとうない」
「聖」
「せやかてまだユミちゃん完全には治ってないやろ?治りかけが一番ぶり返しやすいんや…せやから心配で帰られへん!帰っても心配で寝られへん!」
「…聖」
 口唇をきゅっと噛み締めて弓生の言葉を待つ聖―と、弓生の手がそっと伸びる。
 そして聖の頭を撫でる。
「なら一緒に住むか?」
「えっ?」
「“泊まる”じゃない…一緒に住むか?」
「それって…」
「一緒に暮らそう…そうしたらそんな心配も今度から無用だ…イヤか?」
「そんなっ、イヤなわけないやろ?ごっつぅ嬉しいけど…」
「どうした?余り嬉しくないようだな」
「いや、嬉しいねんけど…ユミちゃん、熱あるせいでそんなこと言うてんのとちゃうか?朝起きて『そんなことは言ってない』とか言うんとちゃうんか?……ぬか喜びはイヤやで、オレ」
「熱のせいではない…朝になってもそんなことは言わない」
「ユミちゃん、せやったらほんまに?」
「ああ…お前は以前、帰るのは寂しいとよく言っていた。その度に俺は何でもないような顔で平気でお前を帰した。でも正直に言うと俺はお前を帰したくなかった…だから前から言おうと思っていたのだが、どうやら言うタイミングを逃してしまったようだ」
「ユミちゃん」
「どうだ?聖」
 その言葉に聖は満面の笑みで飛び付く。
「嬉しい…嬉しいっ!オレ、これからもずっと、ユミちゃんとずっと一緒に居りたい!」
「交渉成立―だな」
 自分の胸に顔を埋める聖の髪を優しく撫でる弓生。
「余り近付くと風邪が感染るぞ?」
「平気や…それにユミちゃんの風邪やったら感染っても構わん」
 ふわりと笑う聖。弓生はそんな聖の前髪を掻き上げた。そして―
「…バカなことを」
 そう言って、額に優しくキスを落とすのだった。






それから2週間後、聖は今まで住んでいたアパートを引き払い、弓生の待つマンションへと引っ越して来た。
そして二人の同棲生活が始まるのは、3月の終わり―聖が3年生に進級する少し前のことだった。










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やっと同棲が始まりました。
…ってゆうか聖は一体いくつバイトしているのでしょう?
イメージは桃矢兄ちゃん(by.CCさくら)で(笑)
あと、喧嘩した3年生も実は良いヤツだったということでお願いします!
それにコイツ等も聖スキーの一員になると思います。
…多分もう出番ないけど(笑)



2005/05/20