明日見る夢 〜Episode 2〜
翌日、弓生に抱く思いがなんなのか未だ分からないまま聖は登校し、いつもと同じように友人たちと他愛もない話をしていた。 廊下での話し声―いつもと何も変わらない日常。 だが、実際聖は朝からボーっとしていた。友人との会話も笑ってはいるものの実は余り聞いていない。…というのも聖の頭の中は昨日から引き続きモヤモヤしていたから―。 するとそこへ廊下の端から一人の人影が近付いてくる。その近付いてくる人影が弓生だと認めた瞬間、聖は周りの音が何も聞こえなくなった。 聞こえるのは弓生が近付いて来る距離と比例するようにドキドキと音を立てる心臓のみ。 ついに弓生が横に並んだ―だが、何も言わず弓生はそのまま横を通り過ぎる。 そこでようやく聖にザワザワとした音が戻る。 「…よな?」 「………」 「聖?どうした?」 三吾に声を掛けられ、ようやく我に戻った聖。 「ん?なんや?」 「どうしたんだよ?ボーっとして」 「いや、別に…それより今なんて言うたんや?」 三吾に笑ってみせると、隣にいた友人の一人、川上にポンッと肩を叩かれる。 「なんだよ、聞いてなかったのか?…志島ってやっぱ顔とか雰囲気とか怖ぇよなって言ってたんだよ」 あぁ…と何気なく周りと同じように頷く聖―だが、けど…と続けた。 「せやけどよう知らんヤツのこと悪く言うんはあかんと思う」 同意が得られると思った聖の口から出たのは、それとは逆の言葉だった。 「ほら、よう考えたらオレら志島のことあんまよう分からんやろ?もしかしたらええやつかも知れんし…」 「聖?」 「どうしたんだよ?お前も志島が嫌いなんじゃなかったのか?」 「えっ…それは…勿論、その…」 もごもごと口の中で言葉を紡いでいる聖。その時助け船のようにチャイムが鳴る。 「ほら!授業始まるで?」 そう言うと逃げるように教室へと入っていった。 そしてその日の放課後、自分の中でモヤモヤしているモノの正体がなんなのかを確かめたくて、聖は数学準備室の前に立つ。そして大きく深呼吸してからノックをした。すると中から声が聞こえた。聖は何も言わずカラカラと扉を引き開ける。すると弓生が身体ごと振り返った。 「お前か…どうした?今日は居残りは命じてないはずだが?」 「うん…そうなんやけど…」 「なにか用か?」 「いや、用もあるような…ないような…」 煮え切らない様の聖を見て、弓生は微笑すると立ち上がった。 「珍しいな、お前のそんな様は…。まあいい、こっちに来て座れ。珈琲でも煎れてやる」 「うん」 小さくそう呟きながら聖はいつものパイプ椅子へと腰掛ける。その聖の前に珈琲を置く弓生。 そのままの動作で窓を開けると、外から風が入り聖の髪を揺らす。 その風に当たりながら、気持ちええなぁ…と聖は微笑んだ。 そこへ、ガタ…と弓生が椅子を引き、その音で聖は向かいへと視線を戻す。 「悪いがこの後職員会議があるから余り時間は取れんぞ?」 「うん、ええよ…直ぐ終わるから」 「そうか…」 頷きながら聖の向かいに座ると弓生は珈琲を口に含んだ。 その様子を見ながら聖も珈琲を口に運ぶ。そしてポツリ…と言葉を紡ぎ始めた。 「あんな?昨日志島とラーメン食ったやろ?」 「ああ」 「その後も色々話したやろ?」 「ああ」 「それが楽しかったんか分からんけど、志島と別れてから…この辺がずっとこう、モヤモヤして…」 言いながら胸の辺りに触れる聖。 「志島に『そんなに別れたくないのか』って言われた時も違うって言えんかったし、もしかしたらそうなのかもしれんって思たし…」 一旦言葉を止め、聖は胸の辺りに置いた掌をギュッと握り締める。 「この気持ちがなんなのか分からんから、ごっつぅイヤなんや」 「それで…俺に聞けば答えが分かるとでも思ったのか?」 「うん…だって先生やろ?」 よく分からない聖論に弓生はふうっと小さく息を漏らすと立ち上がり、聖の顔を自分の方へ向かせた。 「本当に分からないのか?」 「せやからそう言うとるやろ」 「分かった…じゃあ教えてやる」 その言葉と同時に聖の顎をくいっと上げて上を向かせると、そのまま強引に口唇を奪う。 「んっ…」 いきなりのことに聖は初めこそ驚いたが、けれどもそのまま拒むことなく弓生からのキスを受け続ける。 そして弓生からのキスが続く中、突然数学準備室のドアがノックされる。 「んん…っ」 驚いた聖は離れようとしたが、弓生は離そうとしない。すると再びノックがされる。 「志島先生、いらっしゃいますか?会議が始まりますよ?先生?」 聞こえてくる声に焦りながら必死に弓生を押し返し、ようやく呼吸を取り戻した聖は小さな声で弓生に問い掛ける。 「あかんて…バレたらまずいんやろ?こないなとこ見られたら…」 「平気だ…このまま静かにしていれば誰も居ないと思うから直に行くだろう」 そう言うと再び聖の口唇を塞ぐ弓生。聖はいけないことをしていると思いつつもこのままの状態で居たかった。 時間にしては長かったのか短かったのか分からない。 ただ、吹き抜ける風の中、聖はこのままずっと弓生に触れていたかった。 すると弓生を訪ねてきた人影は「もう職員室へ行ったのかしら…」と言いながら去っていった。 それに反応するように弓生は口唇を離すと口の端を少し上げて微笑んだ。 「ほらな、行っただろう?」 聖はそんな弓生を感心するように見つめた。 「志島って度胸あるんやな」 「そうか?」 「そうやて!だってオレ、ごっつぅドキドキしたで?この前乗った絶叫マシーンより百倍はドキドキしたわ」 あっけらかんとした聖の発言に、弓生はフッと微笑んだ。 「じゃあ俺は会議に行くから気を付けて帰れよ」 「うん…って、ちょい待ち!」 踵を返そうとする弓生を必死で止める聖。 「さっきの答えを教えてくれるんやなかったんか?答えてくれるんかと思たらいきなりあないなことするんやもん…焦ったわ」 「お前…ひょっとして未だ分からんのか?」 「せやからさっきからそう言うとるやろ?」 ふうっと溜息を漏らすと弓生は聖の頭の上に手を乗せた。 「自分の気持ちには鈍いんだな」 バカにされたような響きに、なんやそれーと聖は口を尖らせた。 「じゃあ分かりやすく言ってやる…さっき、俺にキスされてどうだった?」 「どうだったって…」 「イヤだったか?」 「えっ!?………イヤやなかった」 ボソボソと小さく答える聖。でもそれは正直な気持ちだった。 何故だか少しもイヤじゃなかった。それどころか嬉しかった。もっともっと触れていたかった―キスされていたかった。 だが、それのどこが答えなんだろう。聖は首を捻るばかりだ。 「それが答えだ」 「はぁ?ちょっ、答えになっとらんやろ?志島!先生なんやから分かりやすう答えんかい!志島!」 ピーピーギャーギャーと喚く聖を無視するように弓生は一枚の紙を渡した。 「これをやるから静かにしろ」 「なんや?これ」 「俺の住所と携帯番号を書いておいた…来ても構わないし電話しても構わない」 「うん…って、何処行くんや?」 聖がそう聞いたのは、渡すと同時に弓生が踵を返したからだ。 「職員会議だとさっきから言っているだろう」 「ちょっ、待っ!志島?志島ってば!」 聖の必死に呼び掛けに弓生は振り向くことなく部屋を出ていった。 「なんなんや、あいつは!あれの何処が答えなんや…益々わけ分からんやんか」 一人置いて行かれた聖はしこたま文句を言ってから手に持っていた紙を見つめた。 「ま、しゃーないから貰っておいてやるわ」 そう言うと、聖にしては綺麗に紙を畳んでから、大事そうにポケットへと閉まった。 それから数日後― ボーっとした表情で弓生が書いて渡した連絡先を見つめている聖。 ―あのキスはどんな意味があったんや。ちゅうか、先生があないなことしてもええんか? するとポンッと背中を叩かれ、聖は慌ててその紙を折り畳みポケットへ閉まった。 「なんだよ?なに隠したんだ?」 「別になんでもええやろ…」 「でもお前最近妙にボーっとしてんじゃねぇか?悩み事か?」 「別にそんなんやないけど……」 三吾の視線を逸らすようにして窓の外を眺める聖。 ま、いいけどよ―と言いながら聖の前の椅子を引くと、三吾は横向きに腰掛けた。 因みに聖の席は窓際の一番後ろ、三吾はその前の席である。 「なあ…三吾?」 横向きから前へと身体を移動しようとしたとき、不意に名を呼ばれ、三吾は振り返る。 「なんだ?」 「オレもそろそろ携帯持とうかな思うんやけど…」 「えっ!?マジかよ?でもお前携帯嫌いだって言ってなかったか?」 「そうやったんやけど、でもあった方が便利やろ?色々と」 「そりゃあまあお前にいつでも連絡付くのは有り難いけどよ…でも一体どういう風の吹き回しだ?」 「…文明の利器や」 ―意味合いが違うのだろうが、自信満々に答える聖。 「せやけどキツいかなぁ…バイト増やせば持てるやろか」 「あれ以上バイト増やすのか?通話とか気を付ければ増やさなくても持てると思うけど…」 「そっか…」 納得するように頷く聖たちの傍に、友人たちが駆け寄ってくる。 「聖、野坂。今日バイトあるのか?」 「いや、オレは休みやけど…三吾は?」 「俺も休み。なんでだ?」 「今日放課後みんなでカラオケ行くんだけど、お前らも来ないか?」 「カラオケか!ええなあ♪行ってパーッと騒ぎたい気分なんやけど…けど、バイト代はまだ先やし、今月金欠やしなぁ〜」 「行くよ!俺も聖も」 三吾の答えに聖は思わず振り返る。 「ちょっ、お前聞いとらんかったんか?オレ金欠やて言うたやんか」 「立て替えといてやるよ」 「せやけどお前もバイトの身やんか」 「大丈夫!一応俺には仕送りっつぅもんがあるわけよ…使うのはしゃくだけどな」 「せやったら…」 「行ってパーッと騒ぎたい気分なんだろ?行こうぜ、な?聖」 「三吾…お前ええヤツやな」 聖は嬉しそうに頷いた。 そして友人とのカラオケを楽しんだ聖。弓生のことも頭から離れ、久し振りに思い切り楽しんだ。 その後友人と別れ三吾と二人でハンバーガーを食べた後のことだった。 駅への近道の公園を歩きながら他愛もない話をしているとき、三吾があっ…と小さく声を漏らす。 「どないしたん?」 「いや、あっちから歩いて来るヤツら」 そっと指を差した先にいたのはいかにもガラの悪そうな5人組。 「あいつらがどないしたん?」 「お前知らねぇのかよ!俺等の学校の3年で、あんまり評判良くねぇんだよ」 「へぇ〜」 まるで興味なしと言った感じの聖。 そしてそのまま何事もなく歩いて行こうとする聖の腕を掴んで慌てて止める三吾。 「待てよ、聖…こっち回って行こうぜ」 そしてもう一方の手で逆方向を指す。 「なんで?遠回りやんか」 「でもアイツらの横を通らない方が賢明だと思うぜ…アイツら誰かれ構わず絡むのが好きな面倒なヤツらなんだよ」 「せやったらお前だけ遠回りしたらええやんか」 そう言うと三吾の腕を振り解き、スタスタと歩んでいく。 「ちょっ、待てよ…聖!あ〜もう!変な所で頑固だな、アイツは!」 三吾はガリガリと頭を掻くと聖の後を追った。 そして横を通り過ぎようとしたとき、案の定、幾人かが聖の存在に気が付いた。 「おっ、お前…2年の戸倉じゃねぇのか?」 「そうやけど…あんたら誰や?」 「なんだよ、先輩の顔も分かんねぇのか〜?」 「分からん」 きっぱりと答える聖にちっと舌打ちをしながら回り込み行く手を阻む。 「それよかお前らこそよく分かるな、オレの名前」 「お前は有名人だからよ、色々とな」 「へぇ〜…オレ有名人なんやて、三吾」 ひとり状況を分かっていないのか、楽しげな聖。 一触即発な雰囲気をなんとか穏便に済ませようと三吾は営業スマイルを出す。 「すみませんね〜、こいつアホなんすよ。後でよく言って聞かせますんで…」 「なんで謝るんや?大体なんでオレがアホ…」 「だぁ〜!もう、お前は黙っとけ!」 聖の口を手で塞ぎヘコヘコと頭を下げ、その場を立ち去ろうとする。―が。 「けどお前らも災難だよな〜」 「そうそう!副担任が志島ってことは3年になったら担任だろ?同情するぜ」 「なんやて…」 聖の歩みがピタリと止まる。 「おい、聖?どうした?」 何事もなく済みそうだったのに面倒なことになりそうな予感がする三吾。 「そうそう!大体あいつっていつも女を囲ってムカつくよな〜」 「子供には興味ありませ〜んみたいな顔してるけど、実は何人かとヤッてたりして」 「有り得る〜」 「あのブランドもののスーツも貢がせてたりして」 「それも有り得る〜」 ケラケラと笑う上級生。 「訂正せい」 「は?」 「訂正せい、言うとるんや!」 「おい!聖?」 「お前ら志島のことなにも分かっとらんくせに勝手なこと抜かすな!謝れ言うとるんや!」 「なに熱くなってんだ?コイツ?」 「あれじゃねぇ?志島の毒牙に掛かってるとか?」 「許さん…絶対許さへんっ!」 「聖っ!ちょっと待てっ、聖!」 唐突に玄関のチャイムが鳴る。部屋に掛けてある時計を見ると午後11時。決して早くはない時間だ。 無視を心に決めたが、ゲームのボタンのように連打され仕方なく出ることにした弓生はドアを開けた瞬間、怪訝そうに眉を顰めた。 「確かに来ても構わないとは言ったが今何時だと思っている…大体なんだ、その格好は?」 「ちょっと喧嘩してしもただけや…もちろん勝ったで?」 「そんなことは聞いていない…何が原因だ?」 だが、答えない聖。沈黙が続く中、弓生はフウッと息を吐いた。 「取り敢えずあがれ…絆創膏くらいは貼ってやる」 「うん…ほな、お邪魔しまぁす」 促され部屋に上がる聖。そのままリビングへと案内され、ソファに腰掛ける。 その聖の隣に救急箱を手にした弓生が腰掛ける。 「かんにんな?こんな時間で悪い思たんやけど、オレんち帰るよか近かったし…」 「…別に構わない」 「それよかここ広いな〜、先生って儲かるんか?」 「そんなわけはないだろう…安月給だ」 「ふ〜ん…それなのにこないな高そうなマンションに住めるなんて、やっぱり志島やな」 暢気に話し続ける聖だが― 「それで、喧嘩の理由はどうしても言いたくないのか?」 弓生がその話題に触れると、聖は途端に黙る。 沈黙が流れる中、最後に口唇の横に絆創膏を貼り、弓生は救急箱の蓋を閉じた。 「終わりだ」 「…おおきに」 聖は軽く頭を下げると立ち上がった。 「ほな、帰るわ」 「送ろうか?」 「ええよ、まだ電車あるし」 「そうか…じゃあ気を付けて帰れよ」 玄関まで見送った弓生だったが、無理だと思いつつももう一度聖に問いた。 「それで喧嘩の理由も相手が誰だかも、どうしても言いたくないのか?」 「言いたない」 「相手が学校のヤツらだったら問題になるぞ?」 「別に構わん」 ―この答えで相手が同じ学校の生徒であることを肯定している。 「理由が分からなければ庇えるものも庇えんが…」 「…別に庇って欲しいわけやないし、志島には関係ないことや…大体昨日の今日でバレるわけないわ」 そして、ほな!と手を上げて聖は帰っていった。 「…そんな甘いものじゃないぞ」 弓生の言葉は扉に阻まれた。 だがその翌日、弓生の予想通り夕べの喧嘩がすっかり学校側にバレていた。 当然の如く聖と三吾は校長室に呼び出されたが、聖は決して喧嘩の原因を話そうとしなかった。 「困ったなぁ〜、理由を言わないとお前が全面的に不利になるぞ?」 「しかも先に手を出したのは戸倉だと向こうは言ってますしね…」 「だが相手はあの3年だ―なにか理由があったんだろう?言ってみろ?」 「言いたない」 頑として理由を言おうとしない聖に、教員はフウッと溜息を漏らす。 するとその内の一人が、ふと弓生に視線を投げかける。 「志島先生は副担任として今回のことはどう思われます?」 その質問に、聖は救いの手を伸ばすように弓生の顔を見た。 すると一瞬目が合ったが、弓生は聖から視線を逸らすと呆れたように溜息を吐いた。 「どんな理由があるにせよ、先に手を出した方が全面的に悪いと思います」 「………っ!」 「戸倉には厳重な処罰が必要かと私は思います」 突き放すかのような弓生の意見に聖の表情が揺らいだ。 聖はまるで捨てられた子犬のような表情で弓生を見たが、それは一瞬のこと―直ぐに表情は元に戻る。 「ちょっと待てよ、志島!聖はお前をっ…」 「よせ、三吾!言うたら絶交や!」 聖の迫力に三吾の言葉が詰まる。そんな三吾を見てから聖はキッと前方にいる数人の教員を見た。 「あいつらがムカついたから殴った。三吾はあの場におっただけで手は出してへん。コイツは関係あらへん…オレが全部悪いんや」 「聖!自分ばっかり良い格好してんじゃねぇよ!」 「やかましい!お前が手は出してへんのは合っとるやないか!」 「では自分が全部悪いと?」 「そうやって言うとるやろ!」 「…分かりました。じゃあ校長先生と相談した結果、戸倉聖は―」 自分に下された処罰を聖はただ黙って聞いていた。 「ちょっと待てよ!一週間の停学なんて、厳しくねぇか?」 校長室を出てから三吾は烈火の如く怒り、廊下の壁をガンッと殴る。 「そうか?一週間の休みや思たらええやないか?」 のほほんと答える聖を見て、三吾はチッと舌打ちをする。 「お前なぁ、どこまで暢気なんだよ?」 「もうええて…それよかお前は残念やったな?休みなくて」 冗談っぽく聖は笑う―そんな笑顔が三吾には痛かった。 「聖…」 「あっ、なあやっぱり停学中にバイトはマズイやろか?」 「…良くはねぇと思うけど」 「やっぱりそうやろな〜…なら、あとでバイト休むって電話しとかんと…ほなここで!」 そう言いながら聖は歩みを止める―気が付くとそこは下駄箱だった。 「送ってくれておおきにな!」 いつもと変わらない聖の笑顔―聖はそのまま手を振って笑顔で学校を出ていく。 こんな状況なのに何故笑っていられる―三吾はなんともやるせない気持ちになった。 その時、三吾の背後から声が掛かる。 「アイツは帰ったのか?」 その声に振り返ると、其処に立っていたのは弓生だった。 「ああ、たった今な」 ぶっきらぼうに答えると、弓生はやれやれというように息を吐いた。 「今度のことでアイツがバカだと言うことが分かった」 その言葉に三吾はキッと声を荒げる。 「そうだろうよ!けど、お前はもっとバカだぜ!何も知らねぇくせにっ!」 「どういう意味だ、それは?」 「聖は絶対にお前には言うなって言ってたけど…でも俺は我慢出来ねぇんだ、アイツが誤解されるのが!」 そして三吾は弓生の胸ぐらを掴んで叫んだ。 「いいか?よく聞け?聖が喧嘩したのはな…」 昨日何があったのか、何を言われたのか、何が原因で喧嘩をしたのか―その全てを、弓生は三吾から聞いた。 だが、全てが誤解だったと分かったとき、聖は家には居なかった。 「停学中のくせに家にいなくてもいいのか?」 突然背後から掛かった声に驚きつつも、聖は振り返らなくても声の主が分かった。 「家にずっと居るのは性に合わん…心配せんかて大人しゅうしとるわ」 「野坂から全て聞いた…ったく、俺のことで喧嘩をして停学になるなんてバカなヤツだ」 「どうせオレはバカや…絶対言うな言うたんに三吾もお喋りやな…」 口を尖らせながら文句をたれた後、自分の隣に立つ弓生を見て微笑んでから、聖は遠くを指さした。 「綺麗やろ?こっから見える夕焼けが最高なんや!」 そう言いながら聖が満足げに微笑んでいる場所は廃ビルの屋上― 聖が落ち込むとよく来る場所だと三吾から教えて貰った場所に文字通り聖は居た。 「ああ、綺麗だな」 「せやろ?志島にもいつか見せてやりたい思てたから、ちょうど良かったわ!」 夕焼けを見つめながら聖は微笑む。そして同じように夕焼けに目をやりながら弓生は言葉を紡いだ。 「何も知らなかったとは言え、お前を傷付けてすまなかった…」 すると聖は、ううん―と言うように首を横に振る。 「オレな、志島が誤解されるんがイヤやったんや…悪く言われるんが我慢出来んかったんや…ただそれだけやから、志島が謝る必要はなんもないで?」 その言葉に弓生は夕焼けから聖へと視線を移した。―そして徐に口を開く。 「お前は俺が好きなのか?」 唐突な質問に動じることはなく、聖は弓生を見つめた。そして―。 「そっちはどうなんや?志島は…志島はオレのことが好きなんか?」 真剣な表情で弓生を見つめ、逆に聞き返す聖。 その問いに弓生は身体ごと聖の方へと向く。 「…俺が好きでもないヤツを抱き締めたりキスをするような男に見えるか?」 「…見えん」 「じゃあそう言うことだ」 「…言うてる意味が分からん。もう少し分かりやすう言うてくれんか?オレ、バカやし」 「つまりこういうことだ…」 聖を優しく包み込む弓生。そんな弓生の胸に顔を埋めながら聖は笑った。 「そうや!なぁ志島…この前の答え、分かったで」 「この前の?…じゃあ答えてみろ」 聖は、うん―と頷き、顔を上げた。 「オレ…寂しかった。志島ともっと一緒に居たかった…つまり、オレは志島が好きや…大好きや!」 そこまで一気に言った後、聖はちらっと上目遣いに弓生を見た。 「……どや?合ってるか?」 「正解だ…よく出来たな」 「ほんまか?せやったらご褒美くれへんか?」 「ご褒美?」 「うん!」 嬉しそうに頷き、そっと瞳を閉じる聖。 「しょうがないヤツだ…」 そう言うと聖を抱き締め、唇を塞ぐ弓生。 夕焼けの中キスを続ける二人。 「俺もお前が好きだ…聖」 初めて呼ばれる自分の名前にふわりと笑う聖。二人の気持ちが重なった瞬間だった。 |
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ユミちゃん手が早っ!な第2話(笑) 初めは喧嘩のシーンを書こうと思ったけど、 これ以上長くなるのもな…と思って却下しました。 個人的には好きな第2話ですv 2005/05/07 |