「たっだいま〜」
両手いっぱいに買い物袋を持ち、ガサガサと賑やかな音をさせながら聖がリビングへと入って来る。
「ユミちゃん、居るかぁ?ユーミーちゃあ〜ん」
部屋の何処に居ても聞こえるような大声に、自室で読書していた弓生は顔をしかめた。 だが行かないといつまでも名前を呼び続けそうなので仕方なくリビングへと向かった。 すると当の聖は、鼻歌を歌いながら買って来たものを冷蔵庫に入れていたが、 弓生の気配がしたのか振り返ると姿を認めて嬉しそうに笑った。
「なんや急に冷えて来たから、今日は鍋にしようと思て。ええか?」
「ああ」
「あとな、実はユミちゃんにサプライズがあるんや。これだけ入れるからちょっと待っててな」
言ってしまったらサプライズにならないのではないかと思うが、聖は笑顔でそう告げてから残りの食材を冷蔵庫に詰めて立ち上がった。 そして紙袋を手にするとソファに座って夕刊を広げ始めた弓生の隣りに腰掛け、ほいっと言いながら箱を渡す。
「なんだこれは?」
「プレゼントや」
「なんの?」
別に今日は誕生日でもクリスマスでもバレンタインでもないはずだ。 すると聖自身分からないのか、ん〜?と言いながら小首を傾げた。そして。
「いつもおおきにっちゅう御礼かな?ええから開けてみて」
相も変わらぬ笑顔で勧めるものだから、弓生は頷いた。
「ああ」
箱を開けると中からパジャマが出て来た。そっと生地に触れると、触っただけでかなり上質の良いモノだと分かる。 それにデザインも…。
「どや?ユミちゃん、そうゆうデザイン好きやろ?」
「ああ」
「ユミちゃんに似合うと思て奮発してしもた。…気に入ってくれたか?」
「ああ、ありがとう。聖」
その言葉に聖は、ほな良かったわと言って、ますます嬉しそうに笑った。
******
その夜、早速新しいパジャマを身に着けて寝ようとすると、コンコンとノックされる。 恐らく自分がパジャマを着ているのかが気になって見に来たのだろう。 聖の考えが手にとる様に分かり、思わず可笑しくなって微笑してから、どうぞと言った。 すると珍しく遠慮がちにドアが開かれ、顔だけ覗かせた聖と目が合った。
「どうした?」
「いや…別に」
そして弓生の着ているパジャマを見た途端、笑顔になった。
「着てくれたんやな、それ」
「ああ。せっかくだからな」
「嬉しいわ。それによう似合うとる」
嬉しそうに笑うがドアにへばりついたまま、一向に部屋に入って来ようとしない。
「どうした?中に入らないのか?」
すると聖は悪戯っ子のように笑ってから、じゃあんと言って出て来た。
「……」
「どや?」
聖の着ているパジャマを見てから自分のを見る。そして再び聖のパジャマを交互に見る。 ……何度見ても、どの角度から見ても同じデザインだ。
「思わずオレも同じの買ってしもた。ユミちゃんのと色違いや」
いわゆるペアルックだと言うことだ。 思わず机の上にあった昨日まで着ていたパジャマ―もちろん洗濯&アイロン済みだ―に着替えようとする弓生。それを慌てて止めようとする聖。
「ちょっ、ユミちゃん。なにするんや」
「着替えるんだ」
「なんでや!?」
「まさかペアだと思わなかった」
「せやかてオレも同じの買ったって言うたらユミちゃん着てくれんやないか」
「……」
「それに別に騙したわけやないで?言わんかっただけや」
「それを騙したともいうんだ」
「そんな言い方酷いわ!オレとペアになるんが、そんなにイヤなんか?」
「そうじゃない。ただ人に見られたら…」
「見るヤツなんか他に誰も居らんやんか。寝る時はオレらだけやんか」
悲しそうにうるうるとした瞳で見つめられ、弓生も言葉を失う。 弓生も聖とペアなのが嫌なわけではない。むしろ聖と同じものを身に付けるのは特別な気がして正直嬉しい。 だが、それ以上に恥ずかしいのだ。 でも確かに聖の言うとおり、パジャマなんて寝ている間だけだから誰も見ないっちゃあ見ない。
「分かった」
納得した弓生はそのまま着る。 そして横にずれてスペースを空けると、ポンポンっと叩いた。来い、という意味だ。 聖は笑顔で頷くと素直にスペースに収まった。
「このパジャマ、思ったよりもあったかいな」
「そうだな」
「ユミちゃん、ごっつぅ似合うとるな」
「お前も似合っているぞ」
「ほんまに?」
ペアのパジャマを着て同じベッドで寝る―。それだけで幸せを感じる聖。 そして実は弓生もなんだかんだ言いつつ幸せだったりした。
******
翌朝―玄関のチャイムが鳴った。 時刻はまだかなり早い。
―(誰や?こんな時間に)
ふぁ〜と大きな欠伸をしながら出ると、そこにいたのは三吾だった。 こんなに朝早く来るなんて初めてのこと。
「なんや、お前か」
「悪いな。こんな朝早く」
「ほんまや。どないしたん?」
「実は昨日の夜に電話があって、兄貴が午前中に来るっていうから…。なんか今日親父のところに行くから一緒に来いって…。 なんつぅか心の準備ができてないってか」
「それで逃げて来たんか?」
次期当主のくせに、相変わらず現当主に会うのは苦手のようだ。
「違うよ。緊急避難だ」
「同じやんか。まあええわ、入り?」
促すと、リビングの灯りを点け、暖房のスイッチを入れる。
「せやけどちゃんと後で兄貴に電話するんやで?」
「ああ。分かってる」
まだ部屋が暖まってないので、はあっと息を吐き手を擦りながら頷く三吾。 と、そこへ弓生が入ってきた。
「聖、ベッドの脇にカーディガンが落ちてたぞ。部屋が暖まるまでは着ておけ」
「おおきに」
聖にカーディガンを渡したあと、三吾を見て溜息を吐いた。
「ほぅ、珍しく随分と早起きだな」
ちくちくと刺すような嫌味に、すみませんねーと言いながら、ふと気付く。
「それにしてもペアのパジャマに同じベッドなんて、相変わらず仲がよろしいことで。羨ましいねぇ」
その言葉でハッと気付いた弓生と聖はそれぞれ自分たちが着ているパジャマを見たあと、互いのパジャマを見た。 そしてそのまま弓生は無言で部屋に戻ってしまった。
「あ、……」
嫌み返しのつもりだったのに、空気を読めなかったようで…。 チラッと聖を見ると、へたへたとその場所に座り込み、項垂れていた。
「ひじ…り?」
「アホか!余計なこと言うなや!」
「わりぃ」
「大体なんでこんな朝っぱらから来るんや〜!」
「それはさっき言っただろ?緊急避難だって」
「知らんわ。だいたいお前んちの下らん家庭事情にオレらのラブラブ生活を邪魔するなやー。パジャマかてせっかく着てくれる気ぃなったんに、 二度と着てくれんかったらどない責任取る気や〜!ごっつぅ高かったんに〜っ!!」
部屋に残ったのは半泣きの聖とオロオロする三吾だった。
〜終〜
|