風を切る翼







「高遠ぉ〜」

「……」

「おーい、高遠ってばー!高遠ーっ!!」

「……」

 屋敷中に響き渡るような大声に周りの人間は何事かと振り返るが、名前の持ち主は全く反応しない。仕方ないので鬼同丸は大きく息を吸い、更に大きな声で叫ぼうとした。
 すると高遠は足元にあった石を拾って…投げた。

「たぁか…ふぎゃっ!!」

 石は見事に鬼同丸の額に命中した。

「痛いやろ!いきなりなんすんねん!ちゅうか、落ちたらどないすんねん」

「お前がうるさいからだ。…それ以上大声で名を呼ぶな」

「なんや聞こえてたんか。なら無視すんなや」

 額を擦りながら鬼同丸は文句を垂れる。

「それで俺に何の用だ?」

「別に用ってほどやないんやけど…」

「なら用もないのに呼ぶな。大体なぜそんな所にいる」

 鬼同丸がいるのは塀の向こう側。何故か塀に鉄棒のようにぶら下がっていて肩から上しか見えない。先ほどは見事に石が顔面に命中したため、思わず落ちそうになったというわけだ。

「門から入ろうとしたら追い返された」

「お前の素行の問題だろう」

 此処に来てまだ日が浅い鬼同丸だ。得体のしれない彼を簡単に屋敷に入れるわけにはいかないのだろう。それとも毎日なにかしら大騒ぎしている鬼同丸なのでわざと締め出されたのか―。

―(恐らく後者だな)

 高遠はこれみよがしに溜息を吐いた。

「だいたい締め出されたくなければ屋敷で大人しくしていろ」

「その中は窮屈やから好かん」

「そのくらい我慢しろ。仮にもお前も使役鬼だろう」

「仮ってなんやねん。オレはじーさんの正式な使役鬼や!せやからじーさんに呼ばれたらいつでもじーさんの処に来るしなんでもやるわ。それでええやないか」

「子供の使いじゃあるまいし」

「なんやて!?」

「まあ俺には関係ないことだが」

 冷たく言い放ち、踵を返そうとする高遠を慌てて止める。

「あっ!ちょ、ちょい待ち!」

「…なんだ」

「用ならあるわ」

「だったらそれをさっさと言え」

 なんでいっつも偉そうなんやと思いながら、鬼同丸はよっと反動をつけながら塀の上に座ると、高遠に向かって小さな巾着を投げた。巾着は見事なコントロールで顔の前に飛んできたので思わず受け取る。

「なんだ?」

「薬や。お前、疲れとるみたいやからやる。精が付くで?もう煎じてあるから飲むだけや」

「…っ!!」

 確かに此処の処、忙しすぎて食事も睡眠もほとんど取っていなかった。だがそんなことは決して表には悟られないようにしてたのに、それをなぜ出会ったばかりのこの者が分かるのだろうか。
 そんな心中を余所に、鬼同丸は投げ出した足をブラブラとさせながら、フワリと笑った。

「オレのお勧めは酒かな?酒と一緒に飲むのが一番効くで」

「……」

「ほんまはじーさんから渡して貰おうと思ったのに、じーさんは直接オレから渡した方が絶対ええってゆうし…なんでやろな?」

「……」

 鬼同丸はさきほどからベラベラと捲し立てるが高遠は何も言わない。
 ひとりで喋ってるだけなので馬鹿みたいだ、と思いつつも高遠の無視は慣れっこなので、鬼同丸はまあええかと頷いた。

「渡したからな!ほなな」

 屋敷に門から入れないのならこちら側に下りればいいのに、なぜか逃げるように塀の外側に下りようとした鬼同丸。だが―。

「待て!!」

「ん?」

「………一応、礼をいう」

「え?」

 耳を澄ませないと聞こえないくらいの声だったが、鬼の耳には届いていた。
 鬼同丸は予想していなかった礼の言葉に目を丸くさせたが、すぐに満面の笑みで笑った。

「どう致しまして」

―(じーさん、やっぱりじーさんの言う通り、オレから渡して良かったわ)

「ところでこれは何を煎じてあるんだ?」

「んー、イモリの干涸びたヤツやろ?それと蛇の干したのとアレとアレと…」

「……え?」

 思わずゾッとするようなモノから聞いたことのないモノまでの名前が鬼同丸の口から出てくるものだから、高遠は思わず手の中の巾着を握り締めた。

「あとはなんやったかなー。まあ中身はどうでもええやんか。それを黒焼きにして粉にしたんや。手間掛かったで。せやけど効果バツグンや!ちぃと苦いけど精はつくし、大江山ん時も盗みや戦いの前にはよう呑んだもんや」

「……」

「せっかくやから今からじーさんにもやろうと思て。年寄りにも効果バツグンや!ひょっとしてじーさん、牛車なんぞ使わんでもどこでも行けるようになるかも」

 自信満々で笑う鬼同丸だが、反対に高遠はさっと青冷めた。

「よせ!晴明様に得体のしれないものを呑ますな!」

「得体のしれないって、失礼やな〜!オレの御墨付きの自信作や!」

「それが怪しいと言っている」

「なんやそれ!」

「それにやはり俺もいらん」

 そう言って再び巾着を投げ付けると、今度は顔面に命中することなく鬼同丸は受け取った。そして口をへの字に曲げながら見事なバランスで塀の上に立ち上がる。手には巾着を握り締めながら…。

「人の好意を無にする気かいな!」

「それ持ってさっさと帰れ」

「帰れって。オレもここに住んどるやないか」

「ならさっさとそこから降りて来い」

「偉そうに言うなや!何様や!」

 いつしか塀の上と下とで、二人はぎゃーぎゃーと言い合っていた。


******


「賑やかなことだね。楽しそうでいいことだ」

 その姿を遠くから晴明が優しい瞳で見つめている。

「晴明さま、ひとつよろしいですか?」

「なんだね?」

「晴明さまはなぜあのような者を屋敷に住まわすのですか?」

「あのような者とは?」

「最近来た…」

 チラッと塀の上の鬼同丸に目をやる。

「鬼同丸のことかね?」

「…はい」

 確かに鬼同丸の言葉使いも行動もなにもかもが、この屋敷には相応しくない。
 それはこの従者だけではなく周りも同意見だった。

「失礼ですが、あの者の素性も知りませんし、素行も良くないし、礼儀も常識もまるでなっていませんし…」

「そんなものは必要あるのかい?」

「しかし」

「それにあの子はここにいる誰よりも清い心を持っているよ」

「清い?あの者が?…清い、ですか?」

 信じられないという顔で従者は見返す。
 晴明はその視線を受け取り、優しく頷く。

「あの子はたくさん傷付いてきた。それでも決して自分を見失わず笑顔を絶やさない。その強さと優しさが永遠に彼を救っていくのだよ」

「…彼、とは?」

 その質問には答えることなく、晴明はこれから永きに渡り支えあい守りあっていく二人の鬼の姿を、静かにそして優しく見つめていた。






〜終〜




高遠&鬼同丸は、まだくっつく前の二人も好物ですvv
高遠が小言ばかり言って、鬼同丸が文句を言う。
互いに気になりつつあるけど、仲が良いのか悪いのか。
まだまだ発展途上な二人。そんな二人が好きですvvv
因みに余談ですが、締め出される鬼同丸は慣れっこなので、
いつも夜コッソリと入ります。

2009.01.17