今年のクリスマスイブは二人で過ごした。
弓生がいてくれるのが余程嬉しかったのか、いつも以上に腕によりをかけた大御馳走が
食卓を飾り、手作りのクリスマスケーキも見事なものだった。
そんな料理を囲みながらワインなんぞ飲み、更には窓の外には雪までちらついてきて、
ロマンチックやなーと聖はご満悦だった。
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「ユミちゃん、風呂あいたで?」
髪の毛をタオルで拭きながら、聖が洗面所から出てくる。
「ああ」
まだご機嫌続きなのか、鼻歌を歌いながら、冷蔵庫からビールを取りだした。
「ユミちゃんも飲むか?」
「いや、とりあえず風呂に入ってくる」
今まで目を通していた資料を置くと、弓生は立ち上がった。
そんな弓生と入れ替わるように聖はソファに腰掛けると、鼻歌を歌いながら今まで弓生が目を通していた資料を手に取った。すると―。
「触るな。せっかく整理して置いてあるんだからな」
手に取っただけなのに一刀両断の言葉に聖はむっと口唇を尖らせて、「ほなこないなとこに置くなやー」と文句を垂れる。
が、弓生と過ごした今日のことを思い出したのか、すぐに機嫌は直る。
「じゃあ入ってくる」
着替えを手に洗面所に向かう弓生に、聖は朗らかに話し掛けた。
「分かった。ほな、オレは先に寝るな?」
―(珍しいな)
いつも弓生が出るまで待ってて、そのあとも五月蠅いくらいに邪魔してくるのに、あっさりしてると正直寂しい気もする。
まあそんな本音を漏らすと調子をこいてしまうので、弓生は黙ってることが賢明だと悟った。
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風呂から上がると、先ほどの宣言通り聖の姿がなかった。
あんなことをいいながらも待っているのではと心のどこかで期待していた自分がちょっと悔しい。
弓生はフウッと息を吐くと、熱い珈琲と元通りに並べてあった資料を手にし、自室へと戻った。
すると―。
「ユミちゃん、お帰りー」
「………」
毛布にくるまった聖に朗らかに迎えられ、思わず固まる。
「ユミちゃん?どないしたん?」
「……お前はこんな所でいったい何をしているんだ?」
「なにて、先に寝るってゆうたやんか?」
「それがなぜ俺のベッドで寝てるんだ?」
「ええやんか。ケチなこと言わんといて」
背中越しに聞こえる猫撫で声に、弓生は溜息を吐いてから椅子に座るとデスクの灯りを点ける。因みにわざと聞こえるような大きな溜息したが、聞こえているのかはたまた聞こえていても気にしていないのか、聖には通用しない。
「オレはな、今日はごっつぅ幸せやったんや。イブの日に丸々ユミちゃんが居ってくれたのって珍しいやんか?一緒にメシ食ってケーキ食ってワイン飲んで、最高や」
「…ならもう満足だろう」
「嫌や。まだひとつが残っとる!!」
「ひとつ?」
えらく力を込めた聖の言葉に思わず振り返る。
「そや!エッチや!!」
一世一代かのような断言が余りにアホくさいので、弓生は無言で再びデスクへと向かう。
「………お前の馬鹿さは千年たっても治らんな」
「…なんやそれー」
「言っておくが、まだまだ終わらんぞ」
「ええよ。終わるまでこうして待っとる」
布団にくるまりながら、身体ごと振り返り弓生を見ている聖。
逆に気になる。
「やっぱユミちゃん、ええ男やなー」
「下らんことを言うな」
「ほんまのことやんか」
「………」
惚気てると気付いていないのも困りものだ。
「せや!珈琲かなんか持ってこよか?」
「いや、持ってきたからいらん」
「ならなんか食うもん」
「要らん。それより良い子で待っていろ」
「…分かった」
良い子ってなんやねんなーと思いつつ、聖は頷くと、嬉しそうにいつまでも弓生の横顔を見ていた。
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「ふぅ、ようやく終わったか」
弓生は椅子の上で伸びをすると、ベッドを振り返った。
すると、先ほどと寸分違わぬこちらを向いたままの恰好で、聖が安らかな寝息を立てて寝ている。しかも爆睡だ。待っていると言った割には、落ちるのが早かった。
「呆れたヤツだな」
弓生は身体を仰向けに直してやると、布団を掛けなおす。
そしてその寝顔をしばらく見つめてから、そっと頬に手を添えた。
「聖…愛している」
心を込めて囁いてから、優しくそっと口付けた。
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翌朝―。
「うわわー、しもたーっ!!」
隣から発生した大音響で、弓生は目を覚ました。
そして眉を顰める。
「…なんだ、朝っぱらから」
「どないしょ、ユミちゃん!オレ、寝てしもたみたいや」
「そのようだな」
「しかも朝やんか!」
「そうだな」
「どないしょ、…ほんまにかんにん」
「別に構わん。俺も遅くなったし」
「いや、オレが悪いんや〜。あれだけ待っとるってゆうたんにー!失態やー!大失態やー!オレのアホー!」
大袈裟だと思いつつ、頭を抱えて崩れ落ちる聖の頭を優しくポンポンっと叩くと、自分の腕の間からチラリと自分を見ている聖と視線が合う。
その瞳にはうっすらと涙が溜まっている。
「聖」
こんなことくらいで泣くな、と言おうと思ったが、言われる前に聖はグイッと乱暴に涙を拭った。
そして再び上目遣いで見つめた。
「ほんま、かんにんな」
「別に構わん。それに…」
「それに?」
ずずっと鼻を啜りながら、聖が弓生の言葉を反復した。
「それに、クリスマス本番は今日だろう?」
その言葉にハッと気付いたような顔をしてから、満面の笑みで微笑んだ。
「せや、せやな。そういえばクリスマスは今日やな」
弓生から言ってくれたのが余程嬉しかったのか、「せや。クリスマスは今日やんか」と何度も同じことを言っていた。そして。
「なあユミちゃん…今日は」
聖が聞きたいことを分かっている弓生は、包み込むように優しく抱き締めた。
そして、微笑した。
「空いている」
「ほんまに?」
その言葉に聖は、弓生の腕の中でさらに嬉しそうに笑った。
今年のクリスマスは、昨夜から降り続いた雪で、街は白一色になっていた。
その影響か、今日の気温は今冬最低気温を記録し、氷点下となっていた。
だが、ベッドの中で抱き合っている二人は、全く寒くなど感じなかった。
〜終〜
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