沢山のお菓子に囲まれて






「Trick or treatや〜」

 玄関を開けた途端、そんな声とともに何故か目の前でクラッカーが鳴り、頭上からパラパラと紙吹雪が落ちてくる。しかも目の前の鬼は、何故か魔女の恰好をしている。

「………」

 思わず固まる三吾。
 一方の聖は、三吾から何の反応もないので、ん?と小首を傾げてから再び朗らかに叫んだ。

「Trick or treatやで〜」

「だーかーら!分かったよ、それは」

 再びクラッカーを鳴らそうとする聖の手を取って止める。

「なんやノリが悪いなあ」

「当たり前だろ!朝からお前みたいにテンション高いヤツはそうそういねえよ。だいたい今何時だと…」

 言い掛けて、はたと止めた。
 どう見ても世間は真昼間という雰囲気だ。訪ねてくるのに非常識な時間ではない。

―(やべっ!寝過した)

 と言っても別に何か今日予定があった訳ではないが、昼過ぎまでゴロゴロしていたのがこの鬼にばれるのは少々悔しい。
 だが普段からアポなしで尋ねるとこの調子だから、目の前の鬼は全く気にも止めてない様子で再び叫ぼうとした。

「Trick or…」

「その台詞はもういいって。それより何の用だよ、そんな恰好をして」

「なにゆうてんねん。今日はハロウィンやで?ハ・ロ・ウィ・ン!!」

「ハロウィン?」

「なんや知らんのかい。こうやって仮装してお菓子を貰いに歩くんや」

「……あっそ」

「せやからほら。はようお菓子くれや。せやないと…」

「せやないと?」

「いたずらするでぇ〜」

「ほぉ〜、そいつはおもしれぇ。やってみろよ」

「ほんまにするで?」

「いいぜ?」

 知らんからな、と一応念を押してから、くすぐり始める。

「あっはっは!って、なにすんだよ!…あっはっは!!」

 笑っているんだか怒っているんだか分からない。

「降参か?」

「参った参った!ギブ!!」

「せやから念を押したやんか」

「いたずらがくすぐるなんて子供かよ」

―(笑い疲れた)

 はあっとその場にしゃがみこむ三吾と同じようにしゃがみこみ顔を覗く聖。そして。

「お菓子、くれ」

―(まだゆうか!)

 と思いつつ、三吾は近くにあったスーパーの袋を引き寄せてガサゴソと漁り、聖の手の上にポンっと置いた。

「ほらよ」

「…なんやこれ。カップラーメンやないか」

「仕方ねえだろ、うちにはお菓子なんてねえんだし。つぅかそんなもん買う金あったらメシ代にしてんよ」

「…そらそやな」

 頷いてから、ニコリと笑った。

「ほなこれで勘弁したるわ」

「はいはい。どーも」

「あとこれはオレからや」

「え?」

 三吾の頭の上に何かが置かれた。
 不思議そうに手に取り見てみると―。

「クッキー?」

「うん。かぼちゃクッキーや」

 綺麗にラッピングされた袋に、色々な形のクッキーが詰められていた。
 しかも温かい。

「さっき焼きあがったばかりの焼きたてや」

 少し―いや、かなり嬉しい。

「サンキュー」

「どういたしまして。お前もおおきにな、これ」

 そういってカップラーメンを差し出す。

「ほなオレ、そろそろ行くわ」

「もう行くのか?珈琲でも飲んでけよ」

「そうしたいのは山々やけど、今日は他にも行くとこあるしな」

「他?」

「おう。佐穂子んとこやろ?あと成樹んち」

 なるほどね、と思う。

「ならせめて送ってやろうか?その恰好で歩くのは目立つしな」

「おおきにな。せやけど平気や。ユミちゃん居るし」

「へ?今なんと?」

「せやからユミちゃんが乗せてくれるさかい。今もアパートの下で待ってくれとる」

 考えてみれば、弓生がこんな恰好の聖を笑顔で送り出すわけがない。目の届く場所にいるように車くらい出すだろう。思わず弓生に同情してしまった。

「…じゃあ旦那によろしくな」

「おぅ!ほなな」

******

「ただいま〜、ユミちゃん」

 朗らかに助手席に乗り込む。

「ああ」

「三吾がコレくれた」

 じゃ〜んとカップラーメンを掲げる。

「……ほう」

―これのどこがお菓子なのだろうかと思うが、まあ三吾にしてみれば上出来だろうか。

「あとユミちゃんによろしくってゆうてた」

「ああ。じゃあ次は何処だ?」

「んー、佐穂子んちやろか」

「分かった」

 弓生は車を走らせた。

******

「Trick or treatや〜」

「きゃー!可愛いー、魔女?」

 三吾とは違うノリに聖もご満悦だ。

「お菓子をくれんかったらイタズラするで〜」

「もう、仕方ないわねー」

 来るのを予想していたのか、佐穂子はちょっと待ってねと言って部屋に入ると、手に何か抱えて再び戻ってきた。

「はい、チョコレートとキャンディーとマシュマロと…」

 次々に聖の手の上に乗せていく。

「お〜、太っ腹やな」

「なんとなくね、来るかな〜と思って用意してたの」

 さすがこの辺りは付き合いが長い。聖がイベント好きだということをよく知っているものならではだ。

「おおきにな」

「どういたしまして」

「ほな、これはオレからや」

 そう言って佐穂子の手の上に、綺麗にラッピングされた袋を置く。

「え?もしかして…クッキー?焼いたの?」

「まあな」

「ありがとー!すっごい嬉しい」

「そない喜んで貰えるとこっちも嬉しいわ」

「ありがと、聖」

 ふわりと笑う聖に、笑みを返す。

「そうだ、あがってかない?紅茶でも煎れるわ」

「んー、嬉しい誘いやけどユミちゃん待っとるから今日は帰るわ」

「弓生、来てるの?」

「下で待っとる」

「そっか、そうよね」

―(確かにこんな恰好をした聖を易々と見送るわけないわよね。ほんっとに聖に関しては心配症なんだから)

「それに一人暮らしの女の子の部屋に入るわけにはいかん」

「…ばかね」

―少しは自分のことを異性だと思ってくれてるのだろうか。

 それだけで嬉しい恋する乙女であった。

「じゃあ弓生によろしくね」

「おぅ。またな」

 魔女っ子聖は元気よく駆けていった。

******

「ただいま〜、ユミちゃん」

 朗らかに助手席に乗り込む。

「ああ」

「佐穂子からはコレ、もろた」

 じゃ〜んと両手いっぱいのお菓子を見せる。

「ほう、すごいな」

「なんや、佐穂子な?オレが来ると思って用意してたんやて」

「用意周到だな」

「さすがはしっかり者や。ユミちゃんも食うか?」

「いや、いらん」

「あとユミちゃんによろしくってゆうてた」

「ああ。それで次は何処だ?」

「成樹んちでお終いや」

「分かった」

 弓生は再び車を走らせた。

******

「Trick or treatや〜」

「きゃー!可愛い、魔女っ子さんですか?」

「お?彩乃ちゃん、来とったんか?久し振りやな。元気しとったか?」

「はい、戸倉さんもお元気そうで」

「まあな」

 やっぱり女の子はノリがええなあと満足げに頷きながら、彩乃の後ろにいる成樹に手を挙げた。

「よっ!成樹も元気しとったか?」

「この前会ったじゃん。で、なに?その恰好」

「お兄ちゃん、これはハロウィンの仮装じゃない。ね?」

「せやで。魔女っ子聖くんや」

「……で?その恰好見せに来たわけ?」

「ちゃうわ。まあそれもあるけど、今日はお菓子を貰いにきたんや。Trick or treat〜」

「お菓子?そんなの…」

 ねえし、と言おうとした成樹の横で、彩乃がなにか手渡した。

「はいどうぞ、魔女っ子さん」

「おー、これってパウンドケーキやんか!すごいなあ、彩乃ちゃんが作ったんか?」

「はい。今日はハロウィンなのでお兄ちゃんにあげようと思って作ったんです」

「なら貰ったら悪いわ」

「大丈夫。お兄ちゃんさっき食べたから」

 そういったあと、少し拗ねた表情を見せる。

「でも甘かったって文句言うんです」

「そら酷いな」

「でしょ?でも文句言いながら全部食べてましたけど」

「ならええやないか。オレなんてな、一生懸命ユミちゃん好みの甘さに作っても、甘いって文句言って残すんや。酷いやろ」

「それは酷いですね」

「せやろ?」

「って、何の話してんだよ」

 忘れられていた存在の成樹がムッとしながら二人の会話に割り込む。

「ああ、かんにんな。ほな、これはオレからや」

 そう言って成樹と彩乃の手の上に、クッキーを置いた。

「美味しそ〜。これ、戸倉さんが焼いたんですか?」

「まあな。ほんまは焼き立てやったんやけど、少し冷めてしもた」

「嬉しいです、ありがとうございます」

「…サンキュ」

「どういたしまして。彩乃ちゃんもコレ、おおきにな?」

「こちらこそどういたしまして」

「ほな、オレ帰るわ。成樹も彩乃ちゃんと仲ようしいや?」

 大きなお世話だよ、という成樹を置いて、聖が笑顔で駆けて行った。

******

「ただいま〜、ユミちゃん」

 朗らかに助手席に乗り込む。

「ああ」

「成樹んとこに彩乃ちゃんもおってな、彩乃ちゃんからコレ、もろた」

 まだほんのり温かいパウンドケーキを見せた。

「良かったな」

 うん、と頷いてから、弓生の方を向いて両手を合わせ、ごめんのポーズをする。

「今日は色々付き合わせてしもて、かんにんな?」

「いや」

「せやけどユミちゃんが車出してくれて、ほんまに助かったわ。ほんま、おおきに」

「気にするな。それにたまには付き合わんと拗ねるからな」

「拗ねるって、オレが?いつ?」

「自覚ないのも困ったもんだ」

 なんやそれーと口唇を尖らせるも、聖は笑顔で運転席の弓生を見つめた。
 そして再度、礼を言う。

「ほんま、おおきに」

「いや。…そうだ、これ」

 手を伸ばし後部座席から大きめの箱を取り出す。

「俺からだ」

「え?」

 弓生からも貰えるなんて―。
 正直かなり驚いた。

「…開けてええ?」

「ああ」

 リボンを外し、開けてみると―。
 美味しそうな焼き立てパイ、1ホールだった。

「パンプキンパイだそうだ。限定10個の最後の1個だった」

「ユミちゃん、これどこで?」

 確か佐穂子の家を出た時はなかったはずだ。すると弓生はスッと人差し指で斜向かいの店を差した。

「あそこでお前を待っている間に買ってきた」

「ユミちゃん…おおきに、ほんまおおきに」

「気にするな」

「せや!これはオレからや」

 そういって綺麗にラッピングされたクッキーを渡した。

「そういえば朝から焼いていたな。みんなにもやったのか?」

「うん。せやけどユミちゃんのは特別なんや。みんなのとはちぃと違うで」

「どこが?」

「なんと!!ユミちゃんのは全部ハート型なんやでぇ♪」

 ニコニコと満面の笑みの聖。

「………」

―嬉しい。

 だが、どういう顔をしていいのか分からない。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 聖はフワリと笑った。

「ほな、ユミちゃん。はよ帰ってこれ食お?」

「そうだな」

 弓生は再び車を走らせた。

―ハロウィン、大好きやー!!!

 魔女っ子聖は、心からそう思うのだった。






〜終〜





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拍手からの移動です。
はっぴーハロウィン★ということで、1週間の期間限定モノ。
聖に甘いユミちゃんは大好物です☆


掲載 2008.10.31
再UP 2008.11.22