「なぁ、ユミちゃん知っとるか?」
突然の質問に、また突拍子もないことを言い出すのでは…と弓生は眉間に皴を寄せた。
「なにをだ?」
「この前テレビでやってたんやけど、主婦の仕事を年俸にしたら1200万なんやて」
「……」
「料理に掃除、洗濯に買い物。主婦は毎日朝から晩までやることぎょーさんで大忙しってことや」
「……」
「…で、思ったんやけど、ある意味オレも主婦やんか?」
「それで?」
「それに『本家』からの仕事も頑張っとるやんか?」
「だから?」
聞いているのかいないのか、相変わらず弓生の答えは三文字で簡潔だ。
「だからってことはないけど、そう考えるとオレって働きモンやと思わんか?」
「そうだな」
三文字から一文字増えた。 …ではなく、弓生の視線は隣の聖ではなく、読んでいる本から離れない。 それで聖はむっとする。
「…ユミちゃん、ちゃんと聞いとるか?」
「聞いている。だが、それで俺にどうしろと言うんだ?お前の分の給料を俺とは別に振り込ませればいいのか?」
「ちゃうわ!金のことやないんや!!」
ただ、『ありがとう』の一言が欲しいだけなのに…
「もうええ!」
ちっとも自分の気持ちを分かってくれない弓生に聖は口を尖らせる。 そしてプイッと横を向く。
「ユミちゃん冷たい…」
「冗談だ。こんなことでそんなに拗ねるな」
「せやかて」
「それに話もきちんと聞いていた」
「ほんまか?」
「ああ。だから御礼にお前の願いをひとつだけ叶えてやる」
「えっ!?ほんま?」
「ああ。ただし出来る範囲のことだがな」
弓生の出来る範囲内と言うだけでかなり範囲が狭まりそうが、聖はうんうんと笑顔で嬉しそうに頷く。
「ごっつぅ嬉しいわ〜。ゆうてみるもんやな」
単純な聖は、ニコニコ顔だ。 そしてピッと指を立てた。
「ほな、明日デートしよ♪映画見たりー、街歩いたりー」
やりたいことを指折り数える聖。 だが弓生は、指折り数えるその手を掴んで止めた。
「今は見たい映画がない。それに願いが叶う有効期限は今日だけだ」
「えー、なんやケチくさい」
聖は聞こえないようにボソッと文句を言う。
「なにか言ったか?」
聞こえているくせに問い返す弓生に、思わずなんもないと両手を振った。
「なあ、今日中ならええんやろ?」
「ああ」
その言葉に聖は再び指をピッと上げた。
「ほな今日は外で旨いモン食いたい」
―(今からか?)
時刻は既に19時を回っている。 仕事以外ではなるべく外出したくない出無精の弓生。 一言で言えば、今から出掛けるのは面倒くさい。 だから弓生はなんとか聖の気を変えようとした。
その結果。
「俺にとってはお前の作る料理が世界で一番旨い」
そう言いながら、頭を優しく撫でる。 明らかにおべっかである。 だが聖は気付かない。 …というよりも第三者から見ると明らかにおべっかだが、考えてみたらそうゆうことを言う弓生ではない。 つまり、今のは弓生の本心だったのだろう。
「ほんまに?それはごっつぅ嬉しいわ♪…せやけど、ユミちゃん世界中のメシ食うたことあったっけ?オレ、ないで?」
突っ込む所はそこでいいのかと思ったが、あえて口にはしなかった。
「ほんまは外で焼肉とか食いたかったけど、ユミちゃんがそういうなら仕方ないか」
明らかに残念そうな声音に、弓生は目を逸らす。 だが、どちらにせよその結果、聖の気を変えることに成功した。
「ほな分かった。今からごっつぅ旨いの作るから楽しみにしててな」
「なら俺も手伝おう」
「えっ!?ユミちゃんが?ええよ、オレが一人で作るからユミちゃん待っとって」
気持ちは嬉しいが、以前一緒に作った時に、予想もしなかった出来栄えになったことを、今でも鮮明に覚えている。 遥か昔のことだが―。 そして聖は手際よく夕食を作り、二人で仲良く夕食を取った。
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それから夕食の片付けも終え、食後の珈琲を飲みながら聖は、思い出したようにあっと言う。
「どうした?」
「さっきの話しやけど、思い付いたわ!!」
「なにがだ?」
珈琲を手に、隣の聖を見る弓生。
「なにて、ユミちゃん。オレの願いをひとつだけ叶えてやるって言ってたやんか?」
「…覚えていたのか」
「当たり前やろ!オレ、ずっと考えてたんやから」
それでな、と聖は続ける。
「やっぱり一番して貰いたいことを考えたんや」
「…出来る範囲だぞ?」
「大丈夫!出来るて。これやったら今すぐでもおーけーや」
「ほぅ?一体なんだ?」
「あのな…」
聖はカップをテーブルの上に置き、満面の笑みで弓生を見つめた。
「ユミちゃんといっぱいエッチしたい」
「………え?」
「ただのエッチとちゃうで?いっぱいや。いっぱいいっぱい抱いて欲しい」
両手で円を描き、身体全体でいっぱいを表現する聖。
「そんなこと…」
「あかんか?」
上目遣いで問われ、そんな表情は反則だと思いつつも弓生は珍しく微笑んだ。
「分かった。お前の願いを叶えてやろう」
「ほんまに?」
「ああ。明日の朝、足腰が立たないくらいにな」
本気なのだか冗談なのだか分からない弓生の言葉に、聖は思わずぎょっと目を丸める。 そして両手を横に振る。
「いや、そこまでせんでええよ」
「遠慮するな」
「遠慮とかやのうて…」
慌てる聖を見つめながら、弓生は僅かに口の端をあげた。 つまり微笑した、ということだ。
「だが馬鹿だな。それだったら別に願わなくても叶うのに」
「そうなんか?ほな今のなし。キャンセルや!!」
「もう受け付けた。残念だったな」
「ケチー!ええやんかぁ」
「駄目だ」
「あー、失敗した。勿体ないことしてしもた」
心底残念そうに言いながらも弓生と目が合い、聖はプッと吹き出す。
「ほな、お手柔らかにお願いします」
「ああ、任せておけ」
聖の願いは叶ったのかは二人にしか分からないが、
ただ翌日、聖は一歩も外へ出掛けられなかったのである。
〜終〜
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