「今日は七夕やからみんなで流し素麺食うから来いや」
と言う聖の意味の分からない呼び出しに、三吾はいつものマンションへとやって来た。
―「七夕と流し素麺とどう繋がりがあんだよ」
思わず三吾は電話口でツッコミを入れた。
―「ええやんか!繋がりが無いんなら無理矢理繋げるもんや」
これまた意味の分からない答えが受話器の向こう側から返ってきて三吾はうなだれた。
だが、なんだかんだ言いつつも来てしまうのは断れない人の良さなのか、単に自分だけ仲間外れにされるのが寂しいだけなのか―。
チャイムを鳴らすと直ぐにドアが開き、聖が顔を覗かせた。
「おう!来たな?まあ上がれや、佐穂子と成樹はもう来とるで?」
「ああ」
「アイスコーヒーでも煎れてやるから先にリビング行っといてくれや」
「ああ、分かった」
部屋に上がると既にそこには笹やら短冊やらが飾ってあり気分はすっかり七夕だった。
そしてソファには聖の言った通り、佐穂子と成樹の姿があった。
「やっぱお前らも呼び出されたのか?」
「うん。“七夕だから流し素麺だ”って。面白いわよね、聖って」
―“変”ではなく“面白い”となる所が、愛なのだろうか?
「でも繋がりねぇよな」
「でもいいじゃん!俺、流し素麺ってやったことないから結構楽しみだよ?」
成樹がそう言うと佐穂子も隣で、そうよねーっと付け足した。
「はいはい、そうですか…って、そういやさっきからお前ら何やってんの?」
三吾が聞いたのも無理はない。
佐穂子も成樹も机の上に置いてある長方形の紙に何やら真剣に書いている。
「何って…。短冊」
「は?」
「素麺食いたかったら短冊書けって聖が言うから」
「聖もめんどくさいこと言うよなー」
と言いつつ、二人とも結構楽しそうである。
「私こんなの小学生以来かも」
「俺は幼稚園以来かも」
「成樹くん書き終わった?」
「うん、佐穂子さんは?」
え〜見せるの〜?と、やいのやいの話している時に聖がカランカランと氷の音を響かせながら、アイスコーヒーを持って現れた。
「外暑かったか?」
「ああ、すげぇ晴れ。寝不足だと眼球が痛いぜ」
「晴れか!せやったら今日は彦星と織姫会えるっちゅうことやな!」
「彦星と織姫だなんて、おいおい!似合わねーこと言うなよ」
「ええやんかー!それにここんとこずっと雨続きやったから気になっとったんや」
そう言いながら聖は三吾にも短冊を渡す。
「それよりほら!お前も早よ書き?素麺食わせんで?」
「つぅか急に願い事っつってもよ。別にねぇし」
「普通はあるやろ?せやなあ、お前やったら…」
そう呟きながら聖はん〜と考える。
「例えば“早よ借金返せますように”とか“早よ一人前になれますように”とか“早よ兄貴と本音で話せますように”とか…。なんや!ちょっと考えただけでお前ようけあるなぁ?」
「大きなお世話だよ!」
―だが、当たってるだけに返す言葉が無く、痛い。
「だったら俺は“貧乏クジを引きませんように”にするよ」
「ならそれでええやん!よかったなー、願い事見つかって」
―(貧乏クジの原因がよく言うよ)
自分のこととは全く気付いていない、貧乏クジの原因の当の本人である聖に明るく肩をポンポンッと叩かれ、三吾は心の中で溜息を漏らす。
「…よし、書けた」
「なら笹に飾り?終わったらメシにするから、みんなでここなおしといてな?」
「…なおす?」
成樹が小首を傾げる。
「ああ、片付けるっちゅう意味や。頼んだで?」
それから聖は満面の笑みで自分の部屋からいそいそと箱を持ってきた。
するとそこには『流し素麺セット』と書いてあった。
「聖。…これ、買ったのか?」
「そや!通販でな」
にんまりと笑う聖―。
表情はまるで新しい玩具を買って貰った子供のように嬉しそうだ。
「ほな机の上なおしたら、これ出しておいてな?オレ、洗濯もん取り込まな」
「ああ、分かった。…ところで聖」
「なんや?」
洗濯物を取り込む手を忙しなく動かしながら聖が答える。
「そこまで言うならお前は書いたのか?短冊」
「当たり前やろー?そんなん朝イチで書いたわ」
そう言いながら聖は吊してある短冊に目をやる。
「ま、どーせお前の願い事なんてサルにでも分かるケドよ」
「なんやー?その言い方、ムカつくわ!なら当ててみい?言うとくけどオレはそない単純やないからな?」
口唇を尖らせながら聖が抗議する。
そんな聖を横目で見ながら三吾は煙草を取り出し銜えながら答えた。
「どーせあれだろ?“弓生とずっと一緒に居られますように”とかじゃねぇの?…なぁんてな!いくらお前が単純でも…」
「………当たりや」
聖が驚いたように呟く。
「へっ?まさか本当に?」
冗談で言ったつもりが当たってしまい、三吾は銜えていた煙草を思わず落としそうになった。
だが聖は感心したように続ける。
「なんで分かったんや?お前凄いな!勘がええな、さすが陰陽師やなー!」
―(いや、普通みんな分かるから)
そこにいた面々は心の中で静かにツッコミを入れた。
「ところでその当の本人の弓生はどうした?部屋か?」
「ちゃう。なんや用があるて言うて朝から出掛けとるんや」
―(逃げたな)
そこにいた面々は、再び心の中で静かにツッコミを入れた。
「ほんまはユミちゃんにも短冊書いて欲しかったんやけど仕事じゃ仕方ないしなー。…せやけど素麺までには帰って来るゆうてたからそろそろやと思うで?」
逃げられたとは思っていないお気楽な聖は、畳み終わった洗濯物をそれぞれの部屋に置いてきてからチラリと掛け時計を見た。
「ほなオレ、そうめんのタレでも作るか!…なんと秘伝のタレなんやで♪」
腕捲りをしながらキッチンへ向かおうとした。―その時、玄関のチャイムが鳴った。
「あっ!ユミちゃんや!意外と早かったな」
パタパタと音を立てながら玄関へとすっ飛んでいく聖の後ろ姿を見ながら、三吾はポツリと呟く。
「まあなんだ…。あれだな、聖の願いは」
「別に短冊に書かなくても叶うわよね」
「ところでさ、聖にとってずっとってどんくらいなの?」
「そうねぇ…。100年?200年?」
「もうこの際1000年くらいどんと来いなんじゃねぇの?」
「言えてる!」
顔を見合わせ、プッと吹き出す3人。
“これからもユミちゃんとずっと一緒に居れますように”
確かにそれは聖の願い。
だがその短冊の裏にもうひとつ願い事が書いてあったのは誰も知らない。
聖のもうひとつの願い―。
それは―。
“ユミちゃんと三吾と佐穂子と成樹とこれからもずっと楽しく過ごせますように”
聖の願いの込められた短冊が、風に吹かれて静かに揺れたのだった。